小3のころだったか、両親が死んだ。
両親は俺の事を親身になって育ててくれた。
母も父も夜遅くまで働いて、疲れている筈なのにそんな様子も見せず、俺と話をしていた。
「俺たちは、どんなことがあってもお前の味方だ」
当時、親にいじめられていることは話さなかったが、見抜かれていたのだろう。
それでも何も言わずにいてくれていたのは、俺が話してくれるのを待っていてくれていたのだろう。だからこんな言葉を言ってくれたのだろう。
何の運命か、その言葉を言った次の日に交通事故で両親は死んだ。
……ナンダコレハ…
「……?」
目が覚めると、フローリングの天井が目に入った。体を動かさず眼球だけ動かして周りを見たが、どうも見覚えの無い部屋だ。
「……ッッ…」
起き上がろうとしたイツキだったが、バランスが取れずベットにまた倒れこんだ。
「…あ、そっか……」
今更自分が大怪我をしている事を思い出したイツキ。身体中が包帯だらけの姿を確認し、初めてブランとフィナンシェに会った時の事を想起した。
「な〜んか
今負っている怪我はその時の比にはとてもならないのだが
「……起きたの?」
不意に声を掛けられた。声のした方向に寝返りを激痛に耐えながらうった。
「おはよう。イツキ」
隣にあるベットには、横たえてこちら側をじっと見ているブランがいた。布団を被っていて、ブランの全身は見えないが、彼女もまたイツキのように包帯を巻かれているのだろう。
「……ブランさん、ここは?」
挨拶の返しもせず、疑問を口にしたイツキだったが、反対側からドアの開く音がした。
「ブラン様、言われた物持ってきましたよ……って、イツキさん!?目が覚めたのですか!?」
恐らく包帯などを持ってきていたのであろう、物を置く音が聞こえた後、イツキたちの間に現れたのはフィナンシェであった。
イツキが目覚めたことにより、少し騒ぎ気味のフィナンシェに、イツキは今の状況の説明を求めた。
「ブラン様とイツキさんが襲われたあの日、帰ってくるのがあまりに遅いので、街に探しに行った時に途中ですごい爆音が聞こえたので、そちらに向かったらブラン様とイツキさんが血だらけで倒れていたのです」
「襲われた、あの日?」
「イツキ、私が目が覚めたのはその翌日よ。今日でもう3日は経つわ」
「え?じゃあ僕3日も眠っていたの?」
「ええそうよ。おかげでこのまま目を覚まさないんじゃ無いかって、とても心配だったわ……もう一度言うわよ。とっても、心配だった」
苛立たしげに言うブランにイツキはかなり心配をかけたのだなと思い、一言謝ったが、それだけでは許してはくれず、今度何か奢る羽目になりイツキは少し財布の中身が心配になった。
「話を戻しますね。お2人の倒れた位置からだと麓の街の私が個人的に持っているこの一軒家が最も近かったので、ここに運び出し療養をしてもらっているのです」
つまり、この家はフィナンシェの持っている不動産と言うことだが、何故教会に運び出そうとは思わなかったのだろうか?
「……結果論だけど、フィナンシェの判断は正しかったと言えるわ」
ブランはイツキに手元にあった紙の束を投げつけた。イツキはそれを危うげにキャッチした……顔で
「いてっ!って何々……『自衛手段確立の為にアヴニールより兵器購入を教会が決定』……って、は?」
「……それ、2日前の新聞なのよ」
新聞の見出し記事にはどうやら教会がアヴニールといつ会社の開発している兵器の購入することを決定し、その経緯やメリットなどか書かれていた。ご丁寧にブランとコンベルサシオンの写真も添えてあった。
「でも、2日前って……」
「そうよ。私が目の覚めた日ではあるけど、とても動ける状態じゃ無かったわ。今でこそ、何とか歩ける程度には回復したけど」
つまり、この新聞の記事の写真に写っているブランは偽物ということだ。心当たり……と言うより、間違いなくマジェコンヌが関与している。
「そんな事をしてくれたおかげで、私へのシェアは著しく低下したわ」
「でも、隣に写っているコンベルサシオンは誰なんだろう?確か、マジェコンヌ自身がコンベルサシオンだった筈……」
「さあ?その写真にうつるどっちがマジェコンヌだなんて分からないけど、結論的に言えるのは、ルウィーは乗っ取られた、と言うことかしらね」
乗っ取られた。その言葉は何処か非現実的に思えたが、現実で起こってしまったことに内心は勿論、表情にも表れる程イツキは戸惑った。
「これが、マジェコンヌの目的だったのかな?」
「分からないわ……あいつが何でこのルウィーを乗っ取り、アヴニールとか言う所と取引を始めようとした理由も……」
何処か自嘲気味なブラン。それもそうだ。自分の好きな国がこうも簡単に乗っ取られるとは思いもしないだろう。
そんな姿のブランにイツキはどんな言葉を掛けようか迷っていたのだが
「まあ、このまま指咥えて引き下がる程私は甘くはないけどね」
と、強気に言うブランにイツキは閉口した。
「え?」
「え?じゃないわよ。取られたら取り返すのは普通でしょ?大体普段だったらあんなやつに遅れなんてとらないわよ。向こうが汚い奇襲何てしなければ……ああぁ!ちくしょう!思い出したらムカついてきた!!あいつ今度会ったらぶっ飛ばしてやる!!」
憤慨するブランにイツキは少し唖然とするが、いつも通りのブランに少し安心して、微笑みを浮かべた。
「良かった。いつも通りのブランさんだ」
◇
イツキが目覚めたので、フィナンシェはかかりつけの医者の診断結果を教えてくれた。肋骨は折れ、失血も酷く何故生きているのか不思議と言われたそうだ。しかし、切られた左腕はどうしようもなく、傷口を塞ぐ程度しか出来なかったらしい。
その診断結果を話している時、ブランは少なからず暗い顔をした。イツキは気にしないで欲しいと言ったが、それでも申し訳なさそうな顔をしていた。
このままでは話が平行線を辿りそうだと考えたイツキは話題を変えることにした。
「とりあえず、今はこれからの事を考えようよ。そう言えば、ブランさんフィナンシェさんに何か持ってくるように頼んでいたんじゃないの?」
「……分かった。フィナンシェ、あの本を」
「はい。ブラン様」
フィナンシェは何処か見覚えのある分厚い本をブランに手渡した。
「あ、その本……」
「ええ。あなたにも前に見せた異世界人の伝承よ」
「でも、今更どうしてそれを?」
その質問にブランは無言でベットの備え付けの引き出しから紙の束を取り出した。
「この紙、マジェコンヌが立ち去った場所に落ちていたの。一見何も書いていない紙に見えるけど……やっぱり」
ブランは本を開き、破られていたページと取り出した紙の束と合わせた。すると切れ目同士が殆ど一致したのだ。
「つまり、このページを破ったのはマジェコンヌと言うことなのかな?」
「そうね。マジェコンヌがこのページを破ることは十分可能だったわ。マジェコンヌのもう1つの姿であるコンベルサシオンなら書庫にいつでも入れたし」
しかし、疑問も残る。確かにマジェコンヌが異世界人の伝承のページを破ったのは確定ではあるが、何故わざわざ全て
ブランがマジェコンヌの落とした物とする紙の束は全て白紙だ。紙の劣化具合とページの切れ目から、異世界人の伝承の破られたページのものと判断したらしい。
「ブランさんそれ僕にも見せて欲しいんだけど」
「ん、分かったわ」
ブランはベットから降り、イツキに本と紙の束を渡した。
イツキは確かめるように本の切れ目と紙の束の切れ目を合わせた。
「……ん?」
「どうしたの?」
「……ブランさん、いつの間に切れ目に接着剤でもつけたの?」
「つけてないけど……」
「……くっついた」
「……え?」
「いや、だから切れ目同士合わせたらくっついたんだよ。ほら」
イツキの掲げる分厚い本の破られていた筈のページはまるで元から破けてなどいなかったかのように、綺麗にくっつけられていた。
「……どう言うことかしら?」
「さあ?僕にも分からないけど……ん?」
「今度はどうしたのよ?」
「文字が浮かび上がってる……!」
見やすいようにベットの上でイツキは本を開いた。その本の様子を見るべくブランとフィナンシェは、本のページに注目する。
破られていたページの中央に、少しづつ浮かび上がるように表れる文字。最初の方は掠れ気味で読めなかったが、やがて文字がはっきり見えるようになり、3人はその意味を捉えようとした。
「……何?この文字?」
「……私にもわかりません……」
しかし、その文字は読めるものではなく、ブランとフィナンシェは疑問を持った。汚くて読めないのではない。知らない文字であった。確かに形にはある程度整合性があるのだが、意味のわからない文字では読み様がないと思われた。
たった1人を除いて
「……『インフラクション』?」
そうイツキが呟いた瞬間、本から眩い光が漏れ出しイツキを包んだ。
「う、うわぁああああああ!!!!」
イツキは光に呑まれ、意識を失った。
◇
急に本が光りだし、あまりのまぶしさに目を瞑った。それから光が弱くなるのを感じ、目を少しづつ開ける。
「……?」
目を開けると、そこはどこを見回しても白い空間だった。
『……待っていた』
それは声、と言うより頭の中に直接伝えてくる様な、そんなものだった。
「だ、誰ですか?」
声の主を探そうとキョロキョロ周りを見回すが、やはりどこを見ても白一色だ。
『俺に名前は無い。俺はこの本の管理人のようなものだ』
また頭の中に直接言葉が伝わってくる。
「本の、管理人?」
『そうだ。そして、この空間は俺を作り出した、主人が作り出した特別な空間だ』
「あなたは、ここで何を?」
『最初に言ったはずだ。お前を待っていたと』
僕を、待っていた?僕の事を知っているのだろうか?
『正確には、ここに来ることが出来る人間を待っていた……まあ、今はそんなことはどうでもいい。ここに来れたと言うことは、お前は俺の主人同様、異世界人と言うことだな?』
「!」
つまり、今自分の頭の中に直接語りかけている存在は、この本の伝承の異世界人が作り出したと言うことらしい。
しかし、語りかけてくる存在が言ってきた1つ前の言葉が疑問に残った。
「どう言うことですか?この異世界人の伝承を作り出したのは、あなたの主人である異世界人と言うことなのですか?」
『そうだ。もっとも、俺の主人が異世界に来たのはお前らの女神よりも前の、そのまた前の女神の時にやって来たと言うこと以外は、ほとんどの事はでっち上げのカモフラージュだ。この空間と俺がこの本の中枢だ』
「……どうして、僕を待っていたのですか?」
『お前の中にある力……いや、既に目覚めかけている力があるだろう?それについてだ』
「僕の中にある、力?」
『その力は、俺の主人がかつて使っていた力そのものだ。分かっているとは思うが、その力は少しでも使い誤れば、簡単に世界は滅びてしまう。本来、その力は無い方が良いのだ』
その言葉を聞き、頭の中にあの凄惨な光景が浮かび上がってくる。
血が舞い、相手を嬲り、いたぶり、苦しむ様を楽しむ自分に吐き気を催した。
『だが、その狂気とも言えるその力は、恐らく俺の主人同様、お前にも必要になってくるだろう。だから俺は、お前の力を引き出すためにここにいる』
「……え?」
耳を疑った。この、あまりにも化物じみた力が必要なる?
「い、嫌です!!こんな悪魔のような力は持ちたく無い!!」
僕は叫んでいた。もう、あんな凄惨な光景を、見たくも作り出したくも無かった。
『甘ったれるな』
「!!」
『悪魔のような力は持ちたく無い?ふざけるなよ。その力を手に入れた以上、お前にはその力を使い、制御する責任がある』
頭の中に響く声は、僕を強く叱咤した。その強く感情の篭った声に、たじろいでしまう。
『お前は拒否することは出来ない。力を引き出すのには、お前に力のコントロールを教えることも含まれているんだ。……始めるぞ』
声を出す暇もなく、何か始まった。
少しづつ、少しづつ何かが頭の中に流れ込んでくる。それは何故だか異物感を全く感じさせず、元から自分のものであったかの様に、ドンドン自分の中に流れ込んできた。
『……終わりだ』
本当にあっという間だった。何だか、長く感じた様な、短く感じた様な、不思議な時間だった。
「……?これって…」
『……その力は、人間が罪に走るとされてきた、欲や意識によって出来ている』
…人間が罪に走る可能性があるとされる欲や意識……それが、僕の力そのもの……?
『これで、俺の役割は一先ず終わりだ』
その言葉を聞いた途端から、意識がまた薄れ出した。もう数秒したら、意識が途切れるだろう。
『……さらばだ。これからお前の歩む道は、辛く厳しいものとなるだろう……』
その言葉を聞き、僕は意識を失った。
『……汝の道に、幸があらんことを」
◇
「……イ……っば!……こ……お、……起きろ!!」
頭に強い衝撃が伝わり、目を覚ます。
「いてて……て、あれ?ブランさん?」
「ハァ……やっと起きたわね。何か急に白目なんか剥くからびっくりしたわ。その上いくら話しかけても無反応だったし……」
まるで夢を見ている様な感覚だった。しかし、自分の頭の中には確かに、記憶がある。
そこで僕は試したいことがあると思い、フィナンシェさんにお願いした。
「フィナンシェさん。僕を外に出してくれないかな?」
◇
イツキが突如外に出たいと言った時は、その場にいるフィナンシェとブランは勿論反対はしたが、イツキがどうしてもと言うので仕方なくフィナンシェは車椅子を持ち出し、イツキを外に出した。
「よし……よいしょっと」
「い、イツキさん?」
車椅子から立ち上がったイツキにフィナンシェは声を掛けようとしたが、イツキは急にしゃがみ込み、右手を地面に当てた。
「……はぁっ!!」
そして気合の入った声が入った瞬間だった。
「……え?」
フィナンシェは唖然とした。
なぜならイツキの左腕が、生えてきたのだから。
いや、生えてきたと言う表現は誤解があるかもしれない。瞬きした瞬間、イツキの左腕が突如
「……ふぅ……上手くいった……」
事の張本人は、上手くいったことに安堵する様な声を出していたが、フィナンシェはそんな声なんて目にも入らず、目の前のあり得ない現象を前に、声を出すことも出来なかった。
◇
あの後、僕は力の確認も兼ねて
そしてその場にいたフィナンシェさんに、説明を求められのを躱し、部屋に戻ったら戻ったで、無くなっていたはずの左腕が生えていることに気づいたブランさんにも説明を求められたので、さっきの力を使ってブランさんの傷を癒したら
「……もう、何も言わないわ」
とのコメントが。何か引っかかるが、聞かれないことは助かる。
そして、3人でこれからのことを話し合った。
まず、ブランさんが最初に言った通り、乗っ取られた教会を取り戻すのは確定していたが、どの様に取り返すのかを考えた。
ブランさんは策なんて考えず、力技で取り戻そうと言ったが、僕たちの戦力は今のところは3人……いや、フィナンシェさんは戦えないので2人なのに対して、向こうの戦力はアヴニールとか言う兵器を購入し始めたせいで完全に未知数である。
そこでフィナンシェさんが提案したのは、レジスタンスの設立だった。確かに、これまでのやり方と打って変わって兵器を購入すると言う事態をよく思う国民は少ないだろう。その国民たちを引き入れるのだ。
役割としてはブランさんがレジスタンスのリーダー。フィナンシェさんは偽物たちの陣営に密偵をすると言う役割になった。
そして僕はと言うと……
「……本当に、行くの?」
まだ朝日が登り切っていない時間帯、僕はフィナンシェさんとブランさんにお見送りされている。
僕の役割は、ルウィー外でのマジェコンヌの動向の追跡調査だ。
マジェコンヌ、つまりコンベルサシオンは宣教師として活動していたために、各国を回っていた。そのコンベルサシオンの残した物を追って行けば、何かマジェコンヌの目的の真意を掴めるかもしれないと考えた結果だった。
それに、もう1つ理由がある。
僕は今回の件で、自分の弱さを痛感した。
それは実力的にも、精神的にもだ。
このままブランさんのところにいて良いわけがない。ある意味、自分を鍛える修行の旅だ。
「大丈夫だよ。絶対無事に帰ってくるから」
そうは言ったが、ブランさんの気遣い気な表情は直らなかった。
「イツキさん、これが各大陸の渡航許可書です。失くさないでくださいね」
「ありがとうフィナンシェさん」
とりあえず最初に向かうのは、ラスティション、アヴニールのある大陸だ。
具体的にはそこでアヴニールの実態や、マジェコンヌとの関係を探る予定だ。
「じゃ、行ってきます!」
2人に背を向け歩き出そうとした時、僕の左腕が掴まれた。
「……ブランさん?」
「……これ」
ブランさんは僕の左腕の手首に、何か太めの糸を巻かれた。その糸は秋の紅葉を思わせる紅色と、降り積もる雪を思わせる白の糸が合わさってできていた。
「御守りよ。昨日一晩掛けて作ったの。きっと、あなたを守ってくれる」
そしてブランさんは僕の左手を両手で包む様に掴み取り、自分の胸にまで持ってきた。
「……1つだけ、約束しなさい。絶対に、無理をしないこと」
言葉と共に、ブランさんの両手から温かい思いが伝わってくる。そんな気がした。
「……うん。分かったよ」
だから僕はそう約束し、名残惜しいがブランさんの手を放した。
「それじゃ、いってきます!!」
「「いってらっしゃい!!」
2人の送り出しの声を背に、僕は歩き出した。
さあ、行こう。
-- 第一章 目覚める大罪人 完 --
……to be continue
こんにちは。作者ことアルテマです。
これにて、第一章は完結です。
第一章と銘打ちながら、ネプテューヌ達との合流を考えると第一章は長い長いプロローグと言えるでしょう。
これからイツキは自分のした行いに苦しみ、涙し、迷いながらも前に進みます。しかし、自分の行いに向き合うか、それとも逃げるのか、それとも溺れるか……それは作中でわかることでしょう。
暫くブランとフィナンシェの出番はありません。恐らく4章辺りまで。その期間の間、ブランのイツキへの思いはどうなることやら。
さて事務的連絡です。作者は学生であるため、実は一昨日よりテスト2週間前になりましたので、テスト終了まで更新をしない、もしくは著しく低下するでしょう。誠に申し訳ございません。出来れば、2章への準備期間と思ってもらいたいです。
それと、作者のポリシー的に、シリアスなシーンでの前書き後書きは書きたくないので事務的連絡はこのような時に書きます。
投稿して一ヶ月たちますが、通算UA5000を突破し、お気に入り件数も50件になりました。皆さんのおかげです。
こんな私の小説を読んでくれてありがとうございます。
それでは、また会いましょう。
……実は最近ネプテューヌに浮気気味