夜の雲間から月の光が幻想的に雪原を照らす。雪原にて対峙するイツキとマジェコンヌ。
女神の力を手に入れ、狂喜した後もあのホワイトハートの姿でニヤついた笑みを止めないマジェコンヌにイツキは憤りを感じ、同時に外気の冷たさとは違う寒さを感じた
「フフフ……」
「……」
マジェコンヌは笑っているだけで、動きだそうとしない。嵐の前の静けさの如く微動だにしないその様子が、イツキの悪寒を助長した。
「……うおぉぉぉぉぉぉ!」
場の空気に耐えられず、イツキはマジェコンヌの元へと駆け出し、拳を構える。
「……フッ」
それでもマジェコンヌは笑みを崩さなかった。それどころか不敵な笑みを浮かべていた
イツキの拳がマジェコンヌの顔を捉えようとした時、ミシッと、骨が砕ける音がした
「……ゴアッ!」
声をあげたのはイツキだった。息を詰まらせ、肺から無理やり空気を抜かれたイツキ
「フンッ」
そのイツキの胸骨に膝蹴りを入れたマジェコンヌは、そのままイツキの顎にショートアッパーを食らわす
声もあげられずイツキは空中に放物線を描きながら飛ばされる
「アグッ!」
落下の衝撃が背中を伝う。そんな衝撃よりも今受けた2発の攻撃のほうがずっと重かった。
イツキを殴り飛ばしたマジェコンヌは自分の体を確かめるように、手を開いたり閉じたりしていた。
「ふむ……まだ力が馴染んでいないな……上手く体が動かん……」
だが、と区切り既に苦しげなイツキを一瞥し余裕ありげに呟く。
「貴様を圧倒するのには充分なようだな」
「……くっ…」
場の優劣が完全に逆になり、主導権を取られてしまったイツキは悔しげに歯噛みする。
その様子を楽しげに見るマジェコンヌは急に何か思いついたように言った
「そうだな……よし、今から1分間こちらから手はださんでいてやろう。そうすればもう少しフェアになるんじゃないか?」
「なっ……」
明らかに自分が不利になるような提案をしてきたマジェコンヌに痛みも忘れ、驚愕する。
「ほらほらどうした?もう5秒たったぞ?残り53秒だ」
それでも余裕そうなマジェコンヌ。それに屈辱を感じ、直上的に突っ込んでしまう。
「だあぁぁぁぁ!!」
声を荒げ、拳を振るうイツキの渾身の攻撃は、いとも簡単に避けられてしまう。
マジェコンヌの動きに必死に食らいつこうとするイツキだが、どれだけ拳を振るっても、それは虚しく空を切るだけであり、当たらないことに焦りを感じるイツキの攻撃がさらに単調になるという悪循環が出来てしまい、そんな攻撃がマジェコンヌに当たるはずも無かった。
「クソ!クソぉぉぉぉ!」
破れかぶれのイツキの回し蹴りがマジェコンヌの腰を捉えようとしたとき
「……1分だ」
マジェコンヌのつぶやきがイツキの耳に入った瞬間、イツキの回し蹴りはいとも容易くガードされ、鳩尾に深く蹴りを入れられた。
「……ガッ…」
イツキはそのまま足を掴まれ遠方に投げ飛ばされた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
イツキは雪を巻き添えにしながら岩場に激突した。ろくに受け身も取れず、叩きつけられた衝撃がイツキの全身を貫いた。
「実につまらない単調なステップだ。オマケに力強さも疾走感もない。これでは遊びにしかならん」
呆れたようなコメントだが、その言葉には自分の手に入れた力への喝采も含まれているようだった。
「……うっ、グ……!」
イツキは叩きつけられた岩場を支えに立ち上がった。それだけで彼の体に激痛が走った。
「……ほう。まだ立ち上がるか……」
楽しそうに言うマジェコンヌは、満身創痍のイツキに駆け出す。
ガードしようとイツキは手をクロスしたが、マジェコンヌの蹴りがイツキの腕に当たった瞬間、ガードは意味を成さず、イツキは地面を転がった。
「ほら、まだまだ付き合ってもらうぞ。この程度で倒れられては私は満足出来んしな」
◇
圧倒的だった。
完全に優劣が逆転してしまった。
女神の力を間近に見たことはあるのに、まさかこれ程とは思いもしなかった。
まだ数発程度しか攻撃を受けていないのに、自分の体はもうボロボロ。果敢に攻めても全て躱されて子供扱いをされてしまう
「ほら、まだまだ付き合ってもらうぞ。この程度で倒れられても私は満足出来んしな」
女神の力を手に入れ、その力を振りかざすマジェコンヌ。
僕に歩み寄ってくるマジェコンヌが僕を冷たく見下した目で見ていた。
虫を見るような目だった。力を持たない、
迫ってくる敵に立ち向かおうと立ち上がることも出来ず、モゾモゾと地面を這い回る様子は、さぞ滑稽に見えるのだろう
僕はマジェコンヌを睨みつける。
お前には屈しないと、それくらいの抵抗しか出来なかった。
「何だその目は……気に入らんな……そんな性格では長生き出来ないぞ?」
口では気にいらないとは言っても、全く意ともせずにいるマジェコンヌ。そして右手を振るい、あの巨大な戦斧を現出させた。
「もっとも、貴様はここで死ぬがな……少し早いがまあいい。安心しろ、痛みは一瞬だ」
戦斧が振り上げられた。僕にはその戦斧を避けるだけの力は、もう残っていなかった。
それでも、目の前の敵に屈したくなかった。戦斧には目もくれず、マジェコンヌを睨みつけるのはやめなかった
「…フン、憐れな奴だな」
そんな呆れた声と共に、戦斧は振り下ろされた。
◇
「い、イツキ……」
今私を守るために戦っているイツキが、私の力を手に入れたマジェコンヌによってボロボロにされて行くのを、私はただ見ていることしか出来なかった。
助けに行こうにも、体は言うことを聞いてくれず、動くことが出来ない。
情けなかった。
自分の慢心が原因で、自分を守ろうとしている人が死にかけているというのに、何も出来ずにいる自分があまりにも情けなかった。
「……!」
イツキの元にたどり着いたマジェコンヌが、戦斧を装備したのを見て息をのんでしまう。
「や、やめてよ……」
か細い声だった。
マジェコンヌは戦斧を段々と掲げていく
「やめろよ……」
いつもの声が出ず、自分とは違う誰かが声を発しているようだった。
マジェコンヌの戦斧が完全に振り上げられた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ザシュッ
鈍い音が、雪の大地に響いた。
ドサッ
それから少しして、目の前で砂袋が落ちたような、不快な音がした。
「あ……」
目の前に落ちてきたそれは
「ぐアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!??」
イツキの苦痛の咆哮が耳をこだました。
◇
戦斧が振り下ろされた瞬間、何か知覚した感覚は無かった。
あれ?何でまだ、景色が見えているんだ?生きているんだ?
そんな疑問を浮かべながら、何とか動こうとしたが、別の疑問を感じた。
疑問の原因はすぐに解消された。
左腕が無くなっていた。
痛い?
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
「ぐアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!??」
現状を理解した途端に、身体中を痛みが貫いた。
あまりの痛みに地面をのたうちまわった。
「あはははははは!!すまないな!まだ体が馴染んでいないらしく手が滑ったようだ!」
「だが面白い!実に面白いぞ!!まるで虫のようじゃないか!無様な姿だ!」
マジェコンヌは何か言っているが聞こえない。脳は身体中の痛みを知覚するばかりで視覚も聴覚も触覚も嗅覚も味覚も、五感は殆ど機能していなかった。
「アウゥゥゥ……ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
声を抑えようとしても抑えられない。左腕の血を止めようと右手で抑えるが、右手の隙間を縫って血はとめどなく溢れてくる。
死、ぬ?
死ぬ死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ殺される殺される死ぬ死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ!!!!!!!!!!
何で?どうして?僕は何で殺されかけてるの?死にそうなの?何で、どうして?どうして!
激痛によって頭が混乱し、それでも痛みの原因を止めようと強く腕を抑える。
でもそれでも止まらない血の奔流。確実に死に迫っている状況を目にしたくなくて、強く瞼を閉じた
しかし、目を閉じた筈なのに、瞼の裏に何がが張り付いたように見えるものがある
『こいつ、本当気持ち悪いな、殴っても蹴っても笑ってやがる』
何処かで見たことがある
既視感を感じた
『だな。薄気味悪いし、何考えてるか分からないしで、存在が害悪だな』
その光景は見たことがない筈なのに……
何故か、自分のことのように感じてしまう
『こいつ生きてる価値無いし、ここで殺そうぜ。誰も気にしやしねぇよ』
こ、ろ、す……?
ブチンッ
ふざけるなよ
お前らは知らないからそんなことが言えるんだ
誰にも助けてもらえず、誰にも助けを求められず、ただただ自分の身体と心が傷つけられるのを耐え続けて
それでも笑っていればいい事あるって信じて、止まらない理不尽にも耐え続けて
痛いのに、苦しいのに、悲しいのに、
お前らは知らないから
ブチンッブチンッ
知らないんだったら、教えてやるよ。
いや、思い知らせてやる。
痛みの意味を、生まれてきたことを後悔するほどに……
…………………………死ね……………
死ね殺す死ね殺す殺す死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す死ね殺す死ね殺す死ね死ね殺す殺す死ね殺す殺す死ね死ね死ね殺す殺す死ね殺す死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す死ね死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね死ね死ね殺す死ね殺す殺す死ね殺す死ね死ね殺す死ね死ね殺す殺す死ね殺す殺す死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す死ね殺す死ね死ね死ね殺す死ね死ね殺す死ね死ね殺す殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す死ね殺す殺す殺す殺す死ね殺す殺す殺す殺す死ね殺す殺す死ね死ね殺す殺す殺す死ね殺す死ね殺す殺す殺す死ね殺す殺す殺す死ね殺す殺す殺す殺す殺す死ね殺す殺す死ね死ね殺す殺す死ね死ね殺す殺す殺す死ね殺す殺す死ね死ね殺す殺す殺す殺す死ね殺す殺す死ね殺す死ね殺す死ね死ね殺す殺す死ね死ね殺す殺す死ね殺す死ね死ね死ね死ね殺す殺す死ね死ね殺す殺す殺す殺す死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!!!!
死への恐怖は怒りに転換される
身体中の痛みは憎悪に変化する
それらは全て、殺意に変貌した。
ブチブチブチブチブチブチブチッ!
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
-------コロシテヤルーーー--
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
頭の中でどす黒くドロドロした物が蠢き始めた。
意識が薄れ始め、視界が真っ赤に染まっていく。
ダメだ!ーーーーーーコロス
そんなことしたらーーーーーーコロス!
あぁ……ーーーーーーコロス!!
意識が……ーーーーーーコロス!!!
……アイツヲコロスーーーーーーアイツヲコロス
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぅぅぅぅぅ、アッ……が、ギャハハ……ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!アハッハッハハハハ!ゲヒャヒャヒハハハハハハハハ!!エヒヒャヒハハハハハ!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
……まるで獣じゃないか
そんな事を思い、最後の理性は砕け散り、意識は消え去った
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
----ゼンブブッコワレロ--ーーー
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒
憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒