この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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なんとか本日中に投稿できました。もし何かあるようでしたら、ご遠慮なく申しつけください。

紅葉崎もみじさんが支援絵を描いてくれました! 本当にありがとうございます!!
[穂紫香火]

ここからが3章の本当のプロローグなのかもしれない。
相変わらずな所が多々だと思いますが、これからも楽しんで頂けたら幸いです。


第四十九話

 

 ──私は耳を塞がずに受け継がなければならなかった。彼女が失われた時に、すぐに代わりにならないといけなかった。

 

 ──私は聞くべきだった。自然と誰かを笑顔にできた彼女に、どうやったら人を笑わせることができるのと。

 

 ──私は見てしまった。だから、どうせなんて諦めていなければ、とにかく何かをやればもっと違う結果になっていたと思う。

 

 ──私は彼女のようにするべきだった。勝手に裏切られたと絶望してしまった。常に勇気を抱き続けなければならなかった。

 

 

 

 ──オレは、リーダーでありたい。来夢(らむ)の時のようにもう失いたくないから守ると誓った。

 でも、先輩たちのような特別な強さも持っていない。後輩たちのような特別な能力も持っていない。

 

 そんなオレは……。

 そんなオレは……──。

 

 

 ────どうすればいいんだ?

 

 

 +++

 

 

 ──アスクヒドラは意志疎通に制限が掛けられていた。会話はできず、何かしら意志を伝える動作もまともにできず首を傾かせるか、指を立てるか閉じるかしかできなかった。

 

 それが昨日、『ペガサス』たちの視点では唐突に挙動に関しての意志疎通が自由になったことで、アルテミス女学園高等部は混乱の渦に叩き込まれ、なんやかんやあって小さなダンスパーティーが開かれた。

 

「──昨日は楽しかったね」

 

 高等部三年『喜渡(きわたり)愛奈(えな)』は、アスクと踊った背丈の差故に不格好ではあったが幸せに満ちた社交ダンスを思い出す。

 

「はい! ──これが無ければ普通に楽しめたのに──タイミング本当にクソでしたね!」

「あはは……」

 

 眉間に皺を寄せた笑顔という器用な表情を作る後輩『蝶番(ちょうつがい)野花(のはな)』に愛奈は気まずそうに苦笑を浮かべた。

 

 愛奈はダンスパーティーのさいに表情を曇らせている野花たちに気付くが、明日話すとして事情を尋ねるようなことはしなかった。

 そうして今日の朝食時、通信機にて別の寮で暮らす『アイアンホース』と『東海道ペガサス』たちにも聞こえるようにしながら、高等部二年ペガサスの北陸聖女学園第七分校への転校通達があった事が語られた。

 

 その時はどう対応するかは考え中で、夜には伝えると終わらせたが、野花はこっそりと愛奈を含めた3名の『ペガサス』たちに声を掛けて生徒会室へと集めた。

 

「──それでは、転校に関してボクと月世先輩の意志をお伝えしたいと思います」

「……まだ何も決まっていなかったんじゃないのか?」

 

 当事者であり、ひとりだけで呼び出された高等部二年ペガサス『土峰(つちみね)真嘉(まか)』は、分かりやすく不安な様子で尋ねる。

 

「あの場での全体公表は、少々慌ただしくなりそうだったので控えさせていただきました」

 

 そして最後の1名、高等部三年『久佐薙(くさなぎ)月世(つくよ)』が答える。いつもと変わらない調子の先輩に真嘉は羨ましさと、安心感を抱きちょっとだけ落ち着いた。

 

「──それで真嘉先輩? ……真嘉先輩?」

「あ、ああ悪い……それで、決めた事ってなんだ?」

「はい、結論から言いますと真嘉先輩たちには指示通りに、北陸聖女学園第七分校へと転校してもらいます」

 

 気を引き締めた真嘉に真っ直ぐとみられた野花は、気が重くなりながらも月世が提案し、自分が決めた内容を口にした。

 真嘉は派手な反応こそしなかったものの、いざアルテミス女学園の外に出て欲しいと言われたことに小さなショックを受けつつ、話してくれるであろう理由に黙って耳を傾ける。

 

「ボクとしては真嘉先輩たちを、()()北陸聖女学園に転校させるというのは怖くて、できる事なら阻止したいと考えていました──でもそれができない事情があります」

「事情……」

「ここの説明はわたくしが……アルテミス女学園に『アイアンホース』たちが転校してきた時と同じく、真嘉たちの転校には久佐薙財閥が関わっています」

 

 ──久佐薙財閥。月世の生まれた家にして西日本の経済圏を支配する一族。その人物たちが、どんなものであるかは分からないが、何かと異常な先輩を見てきた事で、それだけで納得できてしまうのはズルだと思った。

 

「大人たちに送られているデータ内では高等部二年の活性化率は抑制限界値ギリギリです。なのでアルテミス女学園の外へと出るのを怖れた高等部二年ペガサスたちは集団“卒業”を決行、なんて言い訳も考えたりもしたのですが少々事情が込み入りまして、下手な動きをすると、わたくしたちの事柄全てを気付かれてしまう可能性が高いのです」

「……そうなると、どうなるんだ?」

「いちばんまともな未来で、全員仲良く“卒業”ですね」

 

 真嘉が疑うことなく全てが事実であると認識したのもまた、恐ろしい先輩が言ったからだった。

 

「──本当に嫌だ──そんなわけで! ──本当に嫌だけど──真嘉先輩たちには申し訳ないんですが、送られてきた内容とおりに北陸聖女学園第七分校へと転校してください!」

「それは分かったけど転校して、あっちの学校に着いたとして、その後オレたちはどうすればいいんだ? 帰るにしても何かあるのか?」

「──その、またもや答えだけを先に言いますと──やって欲しいことがあります!」

「やって欲しいこと?」

「──転校先である北陸聖女学園、第七分校の機械とか備品とか設備を強奪(パク)ってきてください!」

「は? はぁ!?」

 

 真嘉は驚きのあまり思わず立ち上がると、クスクスと月世が笑う。

 

「間違ってはいませんが、そういう言い回しであれば理由を先に語るべきですね」

「……ううっ──もう先輩が説明してくれません!? ──なんでボクが──荷が重すぎて泣きそうなんですが!?」

「昨日も言いましたが生徒会長だからですよ。フォローはしますので、きちんと最後までお願いします」

 

 半泣きになりながらの抗議は躊躇無く一蹴されて深いため息を吐く野花。そんな後輩の様子に真嘉は相変わらず大変なんだと同情心が湧き出たことで心が落ち着き、大人しく椅子に座り直した。

 

「──現状、アルテミス女学園は“自立”のために高等部校舎を改築──改造ですね──をしています。それ自体は順調に進んでいますが──足りないものが多く、もし予定通りに全ての作業が完了したとしても、それは最低限の準備が揃うだけであるとのことです」

「そうなのか?」

「はい──特に『ALIS』周り、つまりもっとも大切な戦うための装備品関係は完全にお手上げ状態で、アルテミス女学園の豊富な在庫があるとはいえ、各々が得意な得物の総数となると限りは目に見えるほどです──だから、できればボクたちの手でも『ALIS』を作れる──あるいは強化ができるようにするための機械が必要なんです」

 

『ALIS』を製造するために必要なデータは関連ある大企業、もしくは国が厳重に管理しており、高等部が保有している機器だけでは解析ができていない状況である。

 現状、大規模侵攻にて愛奈と高等部二年である『穂紫(ほむら)香火(かび)』の保有する専用ALISが完全破損してしまっている。

 通常在籍中であれば破損が確認された時点で、東京地区から新しい専用ALISが送られてくるのだが、愛奈も香火も偽装であるが既に“卒業”しているため、もう送られてくることはない。

 

 このように消耗兵器でありながらも、学園内では頼れる技師ペガサスが居るため改造は出来るが生産が出来ず、もしも東京地区の支援が切られるような事を考えれば、非常に不安な状態であった。

 

「──他にもアスクたちの事を調べるための設備や、『オーヴァツー』の安全性の向上のためにも──最先端の研究施設に置かれているであろう機械やデータが必要らしいんです!」

「北陸聖女学園の管理元は『P細胞』に関する研究を行なっている『天馬研究所』です……まあ、内容が非道徳的であることは一旦置いておきましょう。大事なのは北陸聖女学園に揃えられているものが、わたくしたちが喉から手が出るほどほしい最先端の設備ということですね」

 

 月世の補足説明を受けた真嘉は東海道ペガサスから聞いた北陸聖女学園、第四分校にて行なわれていた所業を思いだしていた。

 それは『ペガサス』を『ALIS』の部品にするというもの。最初聞いた時は信じられなくて、それが事実であると認識したとき、真嘉は吐きたくなるほど気持ち悪くなった。

 

 ──私たちも、こうなるの?

 

 ぐるぐると渦巻く感情が落ち着きだしたころ、一緒に居た咲也の呟きは今でも鮮明に覚えており、月世や野花が徹底的に大人たちから“自立”を望む理由が、はっきりと分かった。

 だから真嘉は転校がみんなのためになるというなら言う通りにしたい。そもそも頑張っている後輩の頼み事に応えたかった。しかし自分だけではないことが、真嘉の心を引っかける。

 

「……危険……だよな?」

「──はい。あんな事をする人たちがいるペガサス学園です。それに移動中だって何があるか分かりません──『街林調査』とはわけが違う──まさに未知への探索です」

「転校は久佐薙財閥による、アルテミス女学園の崩壊を促進させるための手段であると思いますが北陸聖女学園が承諾した理由のほうは判りません──でも確実に()()()()()()()()()()()()

 

 “血清”によって真嘉たちの活性化率は常に50%台をキープしている。しかしデータ上での真嘉たち高等部二年ペガサスの活性化率は抑制限界値ギリギリとなっており、それが大人たちの元へと送られている。

 あと一度でも『プレデター』と戦うようであれば『ゴルゴン』になりかねない、そんな自分たちの転校目的が碌でもないことだけは分かる。

 

 ──『プレデター』だけなら、まだいい。あいつらはどんな時だって戦うべき敵だ。だけど北陸聖女学園に待っているのは人間たちだ。場合によっては『ペガサス』と戦うことになるだろう。

 

「……話は分かったが必要な機械の回収ってどうすればいいんだ? なにが必要とかオレには分からないし……そもそも行き帰りの方法とか、分からないことが多すぎるぜ」

 

 思考が不安に寄っていきはじめた事を感じた真嘉は、とりあえず疑問に思ったことを質問していく、すると野花はハッとしたかと思えば、ひどく申し訳無さそうにした。

 

「本当にすいません! ──マジでごめんなさい──これを先に言うべきでしたね! えっと、確かに真嘉先輩たちには指示通りに転校してもらう予定ですが、他にも同伴者を付けます!」

「同伴者ってことは、オレたち以外に一緒に来てくれるってことか?」

「はい! ──あくまでこっそりと付いていく形ですけど──真嘉先輩たちと共に北陸聖女学園へと向かってもらいたいと思います!」

 

 真嘉は無意識に頬が緩んでしまうぐらい心の底からホッとした。

 それはそうだ。こんな大事なこと自分たちだけでやるほうがおかしいだろうと、浮かれた言葉が頭を過った。

 

「真嘉先輩たち高等部二年は5名全員で同行する事が望ましいとして、“卒業”扱いになっている香火先輩も付いていくことにします」

「あ、ああ。そうだな……それなら、もしもの事があってもなんとかなりそうだな」

 

 アルテミス女学園ペガサス最強とまで言われている香火。彼女が一緒に来てくれること自体頼もしいが。高等部二年全員で行動できるならば、変な事が起きたって乗り越えられるという自信が湧いてくる。

 

「それに移動手段は本決まりではないのですが、ほぼ確定的に鉄道アイアンホース教育校の教育列車に乗車して向かうとの事なので──いっしょに搭乗するわけではありませんが──外の世界を知っているということでも、ハジメとルビーにも同行してもらう予定です」

「本当に心強いぜ」

 

 真嘉が浮かれていくなか、野花は酷く気まずそうに最後の同行者たちを告げる。

 

「それで──アスクと夜稀も一緒に行きます──」

「分かった…………え?」

 

 そのふたつの名前が耳に入ったとき真嘉は思考が停止した、聞き間違いだと思い訂正を待つが誰も何も言わず、間違っていなかったのだと気付くと打って変わって顔を青くする。

 

「……マジか?」

「マジです、それにこの同行に関してアスクからは既に同意を得ており、夜稀に到っては自分から付いていきたいとお願いしてきました──そもそも設備奪取も夜稀からの提案です」

「なんでだ!? 流石にダメだろ!?」

 

 今度は椅子が倒れてしまうほどの勢いで立ち上がって叫んだ。

 

 アスクは言わずもがな、目の前の生徒会長と同じく自分の後輩に当たる『(すずり)夜稀(よき)』は、“自立”を行なう上で必要不可欠な機械技能を持つ替えの利かない『ペガサス』だ。そんな2名を『プレデター』が蔓延る学園の外に向かわせて、自分たちと同行させるなんて正気の沙汰とは思えなかった。

 

「それに……アスクたちが外に出るのに先輩たちは一緒に来ないのか?」

「……そうなの? 月世」

「はい、その通りです」

 

 愛奈もまた何も聞かされておらず月世に尋ねると、表面上は何時もの調子で肯定した。

 真嘉はドシリと膝を床に付いてしまいそうなほど重たいものが背中に乗った気がした。

 

「真嘉たち5名に『アイアンホース』の2名が長期的に学園の外に出るとなれば、流石にわたくしたちまで外に出るわけにはいきません。プテラリオスも『勉強会』も居てくれますが……もし独立種や『ギアルス』が襲来してきたとあれば心許ないものです」

 

 それにと月世は内心で、目を離すと何をしでかすか分からない後輩が居るからと理由を付け足した。

 

「が、学園に残るやつの活性化率はどうするんだよ!?」

「そちらのほうは二週間であれば問題無く生活する事ができますし、“血清”も既に備蓄だけでいえば充分な量を確立されています──といっても二ヶ月ぐらい──ではなく二ヶ月は持ちます!」

 

 既にアスクに頼み込み、“血清”は大量の備蓄がなされている。それを注入するための注射器も、教室を改造して作られた生産工場が問題無く稼働しており、材料さえあれば東海道ペガサスたちの運転で製造が可能となっている。

 

「それに夜稀が居ないと、それこそ作業とか滞るだろ!」

「そうですね、東海道ペガサスたちに設計書を渡しているので、ある程度は変わらず進行できるとのことですが──それでも止まっちゃうところはでる──ですが、先ほども言ったように北陸聖女学園に同行するのは夜稀の願い、たっての希望なんです──ボクはそれを承諾しました」

 

 野花の言動からして本当は嫌だったことが分かる。それでも許可を出したということは、自分では到底考えつかないほど悩んだゆえの結論だろう。

 それでも、大人しく頷くことはできなかった

 

「いや、なっ……どう考えたって危険過ぎるだろ! そ、それに先輩たちも野花たちは学園に残るんだろ? ──お、オレには……荷が重すぎ……ます」

 

 徐々に頭を垂れさせて口に出した己の言葉が、頑張っている後輩にも、尊敬する先輩にも、自分を尊重してくれる同級生にも応えられないもので、あまりにも情けないと真嘉は顔が赤くなってしまうほど羞恥に見舞われた。

 

 次に真嘉は愛奈を見た。弱々しい瞳の奥には何か言って欲しいと懇願が込められていたが、愛奈は申し訳無さそうにするだけで無言を貫く、

 

 本当は愛奈だっていま初めて聞くことばかりで尋ねたいことが沢山あった。安全とか危険とか別にして、アスクと数日会えなくなるということが、酷く寂しくて心辛い。

 だけど愛奈は何も話せない。もしここで自分がこの件について何かを話してしまえば、()()()()()()()()()()()()

 

 それがどう影響を与えてしまうのかは分からないが、人を読み取る事に長けている己の直感が、それだけは駄目だと強く警鐘を鳴らして口を堅く閉ざしてしまう。

 それを無視して声を掛けようとしたとしても、先ほどからずっと顔を向ければ目が合う月世に止められてしまう事が容易く想像できた。

 

 自分が真嘉の前でそうなることを承知の上で親友は、真嘉と共に生徒会室に呼び出して事情を話したのだと気付いた時には既に遅かった。

 この話が終わるまで愛奈は何も言えない。必死で考え事をしているのか、逆に何も考えられないのか動かない真嘉を見守ることしかできなかった。

 

「──そんなに難しく考えないでください──真嘉先輩にやってほしいことは、ある意味ではたったひとつなんです」

「……え?」

 

 真嘉、それに愛奈もまた苦悩する最中、野花がなんとか張り上げた声で話を再開させる。

 

「なんにしても転校は一度成さなければなりません。ですので北陸聖女学園、第七分校には到着してもらわなければなりません──でももし危険だと思ったら、正門を潜った時点でアルテミス女学園に──この高等部に──帰る指示を出して欲しいんです」

「……いいのか?」

 

 今までの説明はなんだったのか、なんでそれを先に言わないんだとか、言葉が浮かんでは消えて最後に残ったのは頼りない四文字だった。

 

「確かに今のままでは不安が残りますが、逆に言えばグレードが最低であっても“自立”の準備はできます。『街林調査』をすれば、いいものは見つかるかもしれません──ボクの考えですが北陸聖女学園に固執する必要はないと思ってます──なので、真嘉先輩が帰りたいと思ったら、その時点でリーダーとして号令を出してください」

「それに、ひとりで決める必要もありませんよ。どうするかはみなさんとご相談してもいいですし、『アイアンホース』のお二方を頼っても構いません。むしろそうしてください」

「──この件は、あくまで“お願い”なんです!」

 

 自分の判断でお願いごとを果たせずに帰ってきてもいいと言われた真嘉は、幾分か気持ちが楽になる。

 

「──切っ掛けが欲しくはないですか?」

「え?」

「アスクや夜稀、それに勿論高等部二年の貴女たちが長期間外に出るのも、北陸聖女学園に滞在するのも、わたくしたち誰もが望まないことです。なので目的地へと到着した時点で帰って来てくれたほうがありがたいのです──だからちょっとした旅行と思ってもらっても、さしたる違いはないかもしれませんね」

「そんな簡単に……」

 

 途中で声にならなくなったのは月世の言う“切っ掛け”というひと言が、妙に頭の中で反響を繰り返し、思考を奪われてしまったからだ。

 何のことを言っているのか、惚ける暇もなく高等部二年ペガサス4名の顔が頭に浮かぶ。

 

 真嘉たち高等部二年勢は仲が悪いわけではない。むしろその逆、彼女たちだけが持つ強固な絆によって結ばれている。

 だけどほんの少しでも間違った持ち方をしてしまえば引き裂いてしまいそうな溝があるようで、それをどうにかしたかった。

 

 ──咲也とは話しもした、言い合いにもなった。それからも変わらず会話も談笑も意見交換もできているし、一緒に『街林調査』にも行っている。けど、それだけだ。お互いに譲れないところがあって、そこに触れようとしたら直ぐに退いてしまう。

 

 ──響生も会えば変わらず話すことができる……いや、きっと誰よりも変わってしまったのに、気付かないふりから抜け出せていない。どうにかしようにも日々会える機会は減っており、月世先輩の下で働いていると知ったのは随分後になってからだ。

 

 ──レミはいつも通りだ。ただ思えば心の内っていうか、本音というものを聞いた事が無かった気がしてならない。困ったことがあるのか、悩みを抱えているのか、そんな事を聞いても当たり障りのない答えが返ってくるだけで、誰よりもオレの事を拒んでいるのかもしれない。

 

 ──香火は何も変わっていない。症状も治る気配が微塵もない。関係も昔のままだ。そうやって接していくなかで、香火がオレの事をどう思っていたのか知らないと気付いたが、夢と現実を行き来する中で上手く聞けないでいる。

 

 そうやって大規模侵攻が終わったあと、危機感を抱いて自分なりに努力したが、結局なにも変えられなかった。歓迎会を経ても同じだった。

 

「……変われますか?」

「分かりません。ですが環境を変化させることは大事だと思います」

 

 俯いたまま真嘉は何も言わなくなり、それを野花たちは静かに見守っていた。

 そうして観念したかのような深いため息を吐いた真嘉は顔を上げる。

 

「──わかった」

 

 今度はいつまで続くか分からない張りぼての覚悟で心を覆いながら真嘉は同意する。

 

 +++

 

「……月世」

「申し訳ありませんが我慢してください。これも皆で生き残るためです」

「……月世が、そんな顔をするなんてよっぽどなんだね」

「え?」

 

 野花からすればあまり変わったところはなかったが、愛奈からすれば今の月世は機嫌があまりよろしくなく、大変つまらなさそうであった。

 

「……できることなら、アスクを北陸聖女学園に近づけたくないのが本音です。しかし、もしもを考えれば真嘉たちに同行するのが、もっとも危険であり、もっとも安全なのです」

 

 月世が“アスク”を真嘉たちに同行させることにしたのは、愛奈の願いに準じているからであった。

 

 この転校には、“血清”の事を気付かれてはならない久佐薙財閥の現当主が関わっている事が確実だ。

 そんな転校に、隠れてとはいえ同行するとなると、あまりにもリスクが高すぎる。行って帰るだけになったとしても、月世としては本当はやりたくなかった。

 

 しかし、学園の外は何が起こるか分からないという意味で未知だ。周辺の『街林』とは比べものにならないほどの『プレデター』が蔓延っており、中には独立種や、もしくは『ギアルス』がいるかも知れない。

 そしてマッドサイエンティストの集まりたる『天馬研究所』が絡む北陸聖女学園。それ以外にも考える危険は幾らでもある。それらに対抗するためには、どうしたって活性化率が枷となってしまう。

 

 ──みんなで生きたい。その願いを叶えるためには、ひとりの犠牲も出してはならない。ならどれだけ愚かな判断だと思われても、最悪全滅を覚悟で、そうならないための矛盾だらけな高いリスクを抱える安全策を選ぶしかなかった。

 

「……ごめんなさい」

「それは言わない約束ですよ」

「……うん、ありがとう」

「まあ、わたくしとしましても夜稀がご一緒するのはお出かけするのは予想外でしたが」

 

 月世から注がれる視線に、野花は椅子の背もたれを回して壁にする。

 

 ──夜稀のお願いの承認、それは野花の独断によるものだった。就寝時間に珍しく寝室にやってきた夜稀に何事かと招き入れたら自分も行きたいとお願いされて、必死の拒否も虚しく、最後には許可してしまった。

 

「最終的な決定は生徒会長である野花に委ねられます。しかし悔いるようでしたら、是非ともご相談ください」

「──すでにめちゃくちゃ後悔してる──ですが、真嘉先輩たちのように、『歓迎会』のイベントが兎歌たち『勉強会』に必要だったように、これもまた夜稀にとっては大事なことだと思いました──多分、きっと──そうだと思います!」

 

 あれだけ鬼気迫る勢いでお願いする夜稀を初めてみたのもあった。吐露した気持ちも分かるものであった、友達が苦しんでいる。どうにかしてあげたいけど、彼女の苦悩はきっと技師や発明家ゆえのもので、疎い自分にはどうにもできない。お願いを聞いてあげることしかできなかった。

 

「──それで月世先輩。お願いがあるんですが、この転校に関して、他に何か気になるようなものがあるなら、是非とも教えてくださいっ! ──ボクはもう友達を殺したくはありません」

「……元よりそのつもりですよ生徒会長」

 

 いつものあざけるものではなく、月世は純粋に喜ばしい気持ちから微笑んだ。

 愛奈は大規模侵攻を経て変わった野花のことを嬉しく思い、そしてほんのちょっとだけ羨ましく思った。

 

「ごめんなさい愛奈。少しのあいだ寂しい思いをさせます」

「……うん、でも真嘉のことも心配だから、アスクに付いて行ってもらえば私も安心だよ」

 

 愛奈は心からの本音を言う。しかし同時にやっぱりほんの数日でもひどく寂しい気持ちが強く、今日は側を離れられない気がした。

 

「──あー、そういえば結局、真嘉先輩たちの問題ってどういったものなんですか?」

 

 真嘉たち高等部二年が抱える人間関係の問題があるというが野花の視点からすれば疑問で、愛奈と月世の三年先輩コンビや、ボクたち高等部一年勢とはまた違った関係性というだけであって、周りも本人たちも口を揃えて駄目だと言う理由が思いつかなかった。

 

「難しい話ではありません。きっとわたくしたちのと比べてしまえば年相応で、至って普通で、何処でも有りふれた悩み。大切なものを失い、亀裂が生じてできた溝をどうやって埋めるのか意見が合わせられなくて、いつまで経っても埋められないといった感じです」

「──来夢先輩のことですね?」

 

 話した事はない、真嘉たち高等部二年の先輩であり、進級して一週間後活性化率を理由に自らの意思で“卒業”した先輩。

 もし、あともうちょっと何かが違えば、共に生きられたかもしれないと野花は時々考えてしまう『ペガサス』であった。

 

「本来であれば時間が解決してくれるものかもしれません。あるいはキッパリと諦めて、新しいものを探したほうが上手く行くのかもしれません。彼女たちはいま正にその最中なのでしょう。もしも平和な日常が続くのならば、このまま放っておいてもいいですが……それも難しい」

「先輩たちが取り持つというのは無理なんですか?」

「高等部二年内で完結してしまっているものなので、わたくしたちが関わっても難しく……そして余計拗れてしまうかもしれません」

「うん……そうだね」

 

 真嘉たちの問題は、高等部二年というグループ内で完結してしまっている。愛奈が真嘉の心を救ったとしても、月世が響生を動かしたとしても、アスクが五名の心を癒しても、彼女たちが抱えるものはどこまでいっても本人たちが決着をつけなければならないものであった。

 

「願わくば何事もなく、素晴らしい景色を目に焼き付けて、心の重荷を溶かし、無事に帰ってきて欲しいものです」

 

 月世はいっさいの悦楽を見せることなく、真剣にそうであって欲しいと口にした。

 

 +++

 

 生徒会室を出た真嘉は頭の中が空っぽになっていた。

 いきなり背負うこととなった責任に脳みそが疲れた形だ。

 

 ふらふらとした足取りで、足が勝手に向かったのは帰巣本能が働いたのか高等部寮。このままソファに埋もれて眠りたい気分だった。

 

 しかし、リビングの中に入ったとき、ふと気になった真嘉は『硯開発室』へと向かった。

 

「──がんばれー! パパがんばれー!!」

 

 扉を開けば、聞こえてきたのは後輩である『縷々川茉日瑠』の声援であった。

 なにごとかと疑問に思いつつ見れば、そこには自分たちの救世主的存在、人型プレデターのアスクが巨体の下半分をコタツに潜らせながらペンを持って紙に何かを書いていた。

 

「あともうちょっと、あともうちょっとだから、最後まで挫けないでー!」

「……なあ、夜稀、あいつらはなにやってるんだ?」

 

 そんなアスクに向かって茉日瑠は応援していたようで、なんだか邪魔してはいけない気がした真嘉は、ふたりをずっと見ていた部屋の主である『(すずり)夜稀(よき)』に声をかけた。

 

「何か伝えたいことがあるみたいで、アスクが長い時間をかけて文字を書こうとしてくれている」

「……書けてるのか?」

「書けてはいるって感じかな。相変わらず文字は認識できても、それを伝えようとしたら、読めなくなるみたいだから、ああやって時間を掛けて自分の書いているものを認識しなおしつつ進めている」

 

 真嘉は改めてアスクをみる。表情こそなにも変わっていないが、首の角度、腕の震え、他にも小さな特徴から何か苦悶しているように見えた。

 ペンは長い時間をかけてわずかに動いているようであり、まだ途中ではあるが紙に書かれているであろうものは、果たして文字と呼べるものなのかはちょっと分からなかった。

 

「ああやって2時間ぐらい経ってるね」

「長いなぁ……」

「それでも何か伝えたいことがあるのか、ああやって頑張ってくれてる」

「そっか……夜稀、オレたちの転校についていくのか?」

「……うん……ケホ……行くよ」

 

 生徒会室で事情を聞いたのだと察した夜稀が水を飲み始めながら話し始める。

 

「学園の外は危なすぎる。なにがあるか分からない……前みたいに急に『ギアルス・ティラノ』にだって襲われるかもしれないんだぜ?」

「それでも行くよ……そして知らないといけないんだ……自分自身の事を……」

 

 呼吸をみだし、顔を青白くしながら、それでも覚悟を決めている夜稀に、真嘉は生徒会室での自分の言動がいっそう情けなくなった

 

 ──切っ掛けが欲しいとは思いませんか?

 

 そんな真嘉は先輩の言葉を縋るように思いだして、気持ちを切り替える。

 

「……わかった、どっちにしてもオレたちは一度北陸聖女学園に向かわないとだめらしいしな」

「……ありがとう。あ、でも、もし真嘉先輩が無理だと思ったら、直ぐにでも学園に帰っていいから、それが野花との約束でもあるし」

「……ああ、ほんのちょっとでも駄目だと思ったら、その時はすぐに帰るからな」

「──やったー! できたー!!」

 

 ちょうどいいタイミングで、どうやら書けたらしく茉日瑠とアスクがばんざーいと両手を上げている。

 

「できたの?」

「うん! 見てみて!」

「……ふむ、後で解析するからとりあえずコピーをとってもいい?」

 

 そういって見せられたアスク文字。アスク“の”文字ではなく、アスク文字に夜稀はやはり元の言語が違うのかと考察をはじめる。

 

「夜稀、これ読めないのー?」

「……茉日瑠は読めるの?」

「『レガリア』って読むの、むふー、夜稀ってカタカナ読めないんだー。こんどまひるが教えて上げるね!」

「カタカナだったのかよ」

 

 正解を確かめるためにアスクを見ると、身体を丸めて明らかに落ち込んでいる様子だった。たぶん正解らしい。

 

「ごめん。最近はずっとソースコードばかり見てたから、気がつかなかったうん……えっと、それで『レガリア』っていうのは、なんの事を言っているの?」

 

『レガリア』と聞いて夜稀がパッと思いついたのはラテン語の“王の証”を意味する言葉であった。

 ただ、それが関係しているかの議論は別に行なうとして、先ずはアスクがどういった理由で、それを伝えたかったのかを聞いた。

 すると、落ち込んでいたのはちょっとした冗談だったのか、アスクは直ぐに立ち上がると自分に向かって指をさした。

 

「……もしかして、アスクの本当の名前?」

 

 夜稀がさらに質問を重ねると、アスクは手を振るって否定したと思えば、どう伝えれば良いんだろうと指をくるくる回し、顔を天井に向けたかと思えば、今度は自分と天井に向かって指を交互に向け始めた。

 

「天井……二階、いや屋上のプテラリオスの事を示してる? なら『レガリア』はアスクたち人型プレデターの属名みたいなもの?」

 

 夜稀の考察に、アスクはそれそれそれと、両手の人刺し指を夜稀に向けた。正解ということらしい。

 

「……レガリア型、それがアスクたち……これは大きな進歩だ……!」

「良かったねー、夜稀」

「うん! すごい! 本当にすごいよこれ……!」

 

 アスクたちに関する事で新しい情報を得られた夜稀は感動で打ち震え、茉日瑠と騒ぎはじめた。真嘉は確かに凄いと思ったが、それよりもアスク本人にずっと意識が向いていた。

 

「……本当に変わったなぁ」

 

 同じ()()()()型であるプテラリオスと相対している時は、こんな風に自由にリアクションをとっていたため新鮮味というのは実の所そこまでない。しかしながら、昨日までと比べてアスクの気持ちがこんなにもわかりやすくなった事を素直に嬉しく思った。

 

「……アスク」

 

 真嘉の小さな呼び掛けに、アスクは聞き逃すことなく反応して、傍による。

 まさか、来てくれるとはと真嘉は狼狽えながら、とにかく何か言おうと口を開いた。

 

「一緒に付いてきてくれるのか?」

 

 ──あの頃から何も変わっていないなと内心で自虐する真嘉に、色々と変わったはずのアスクはいつもどおりに親指を立ててくれた。

 それを嬉しく思いながらも、真嘉は自分の意志を伝える。

 

 ──覚悟は張りぼてかもしれない。それでも自分を、大切な同級生(みんな)を救ってくれた彼を守りたいという気持ちは本物であると信じて、真嘉は言う。

 

「……ありがとな……アスクも、みんなも、オレが絶対に守ってみせるから──だから──傍に居てくれ」

 





――リーダーではない貴女。

元は一話で納める予定だったのものが、数話になります(いつもの)。

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