この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」 作:庫磨鳥
コロナになって投稿が遅れました。
幸いにも、まだ咳はでますが酷い事ならず治って一安心です(それにしても熱くなったり、寒くなったり、とってもおフ○ックですわ~)
紅葉崎もみじさんから支援絵を頂きました。本当にありがとうございます。
[マイネームイズローレル]
[ポッキーの日]
[篠木沙耶]
煌びやかで財を強調する、されど目を痛めずにむしろ落ち着くことのできるようにと細部まで計算され尽くしたアンティークデザインの室内にて着飾った老若男女二十人が各々自由に振るまい話し合っていた。
「──それで? 【303号教室列車】をどうするつもりだ?」
「記念館の展示物になってもらう予定です。とはいえまだ二名の『アイアンホース』が在籍しているので、彼女たちが“卒業”するまでは、いつも通り北陸地方の隅っこを巡回し続けてもらいますが」
ウイスキーロックで飲み続けながらもいっさい酔う素振りをみせない威厳ある初老の男性の問い掛けに、愛煙家の年若いスーツ姿の女性が和やかに答える。
「
「そこが悩みどころでして、あんなのでも英雄におんぶに抱っこというわけではありませんでしたので、幾人かの車掌教師に支持を得ています……そんな彼を真似てマニュアル無視が目立つような事はあってほしくないのですが」
「無理にでも出世させなかったのが裏目にでたようだな。いっそこちらで片付けたほうが早いだろう」
「そうなんですけど、このまま終わりとするには少し勿体ない気がしましてね。英雄が『アイアンホース』の指針教材とするなら、せっかくですし車掌教師向けの教材も作りたくて、よいオチは無いものかと考えている最中です」
「創作屋気取りも大概にしておけよ、鉄道アイアンホース教育校校長」
「きちんと建ててこその広告塔ですよ。新日本鉄道社長様」
──この室内に居る人間たちは西日本の経済にて支配する久佐薙財閥、その金稼ぎの怪物たちである。
さらにいえばこの室内に集められた二十名は久佐薙財閥の中でも上澄みと呼ばれる者たちであり、彼らは各々の分野において生殺与奪の権を自由に行使できる経済圏の怪物たちである。
「そういえばだ。俺たちに寄越してくれる車掌教師は決まったか? いい加減誰か出世させないと全体モチベが落ちるだろ?」
「いえ、【504号教室列車】のタクヤ氏をお断わりされてから、次の候補を決められていません……参考までに、どうしてお断わりされたのか聞かせて頂けませんか?」
「アイツの場合は現場で燻っているほうが役に立つ。だからお前だって本校勤めを見送っているんだろ」
「あはは、やっぱり知られていましたか」
「というかだ、“会う人に自分の宝石を舐めさせる趣味”を戒めさせろ。火遊びを広めている点では九重零よりも無しだ」
「……申し訳ございません。この会議が終わったらすぐに厳重注意を行ないます」
出世欲が高い【504号教室列車】のタクヤは、チャンスが少ない人との出会いのさい、自分の覚えを良くして貰うために己の持つダイヤモンドを一日貸し出したりしていた。
袖の下を送ること自体は野心があるとして感心するところであったが、いくら安全装置を首輪に嵌め込んでいるとはいえ兵器物としてカテゴリーされているものを遊ばせるのは『富士の大災害』という未曾有の事故を経験した久佐薙財閥たちにとって心証をかなり悪くするものであった。
「頼むぞ……それで提案なんだが、彼はどうだ? 【606号教室列車】の車掌教師」
「よろしいのですか? 彼は……」
「現場に残しても仕方ない。特に使い道もなければ邪魔にもならないだろう……時期を見て辞令を出してくれ」
「分かりました。私としても助かります」
「──ではどうか、次は私の話を聞いて頂けませんか?」
二人の会話が落ち着いたのを見計らって、淡々とした口調で年若いメガネ女子が声を掛けた。
集まった二十人の中で唯一19歳と未成年久佐薙の登場に、二人は露骨に嫌そうな顔をする。
「分かっているとは思うが教室列車の大更新で『新日本鉄道』の金庫も空になるまで吐き出したんだ。無い袖は振れんよ、K//G社開発局主任」
「そこをなんとかお願いできませんか? 中央ペガサス予備校では次世代の『アイアンホース』となる子たちが育ってきています。もしかしたら急遽数が必要となるかもしれません。なのでもう少し『ALIS』を買って頂けると、私としてもほくほくできるのですが」
「そもそも発注している教室列車と貨物列車の製造は順調ですか? 予定通りに運行がなされなければ、私たちそろって倒産ですよ」
「それは無いですって、日本の生命線ですからね。たとえ久佐薙財閥が見捨てたとしても日本政府が助けてくれるでしょう。というわけで作り過ぎた【
「他社の代表が口出すことではありませんよ。あと在庫処分は自己責任でお願いします」
脈は無さそうだとして、調子に乗って作り過ぎてしまった商品が捌けないと悟ったK//G社開発局社長はしゅんとする。
売れる商品を作り出す天才であるが、製造管理の分野については若干他の久佐薙たちよりも劣るところがあるため、彼女がこのような失敗をするのは『アイアンホース』関連で付き合いが深い二人にとって慣れたものであった。
「……なんにしても『北陸聖女学園』との交渉次第だろう。ああなってしまったら契約も無しになる可能性が高い。中央ペガサス予備校校長はどうするつもりか」
「同じ校長としてぞっとする話です。やはり生ものを取り扱うのは、こういうことがあるので怖くてできませんね」
「これで壊滅したと聞いている分校は三つ目ですね。第一、第五、そして第四……原因も分からず終いで、今後どうなっていくのかビクビクしてます」
中央地区にて存在する中央ペガサス予備校は久佐薙財閥が関与するペガサス学校に入学させるための子供たちを事前に引き取り、育てる育成機関である。
中央ペガサス予備校にて育てられた子供たちの入学先は主に『鉄道アイアンホース教育校』『東海道ペガサスセンター』『北陸聖女学園』の三つであった。
特に『北陸聖女学園』は最多人数の取引が決まっていたが、三つの分校が壊滅してしまったことで、それが無しになってしまうのではないかと噂になっていた。
「もっとも懇意にしている筈のお前たちK//G社が何も分からないなら俺たちもお手上げだ……それにしても、そこまで残念そうにしていないな? 第四の
「まあ従来の『ALIS』とは違うシステムにおける『接続反応』と、それが一度に生成できる電気量の多さは大変興味を持てるものでしたが、電池自体はなんとも非効率で使い勝手が悪く、褒めていたのは人間関係ゆえのシブシブですよ。第四世代はまだまだお金にならなさそうです」
『ペガサス』を人間が扱う兵器として作り上げる第四世代ALIS。
第四分校で開発されていた
「第一と第五は、そんな第四世代製作途中に起きた事故とも聞いていますが?」
「『天馬研究所』が使う“事故”って言葉は原因不明も含まれているのですよ。北陸聖女学園分校は物理的に孤立している事もありますし、案外『天馬研究所』も現状を把握できていないのかもしれませんね。なのでもし本格的な調査となったら鉄道アイアンホース教育校に仕事が回ってくるかもしれません」
「そうなるのでしたら、教室列車の更新前のほうがいいかもしれませんね」
「ああ、そういえば社長様に是非とも聞きたい事がありました。第四分校の、通信途絶した日に感知された謎の未確認飛行物体について何か知っていますのでしょうか?」
「……不明だ。軌道に法則性が見られず。自衛隊関係者に当たってみたが、あちらも相当混乱しているのか『プレデター』かすらも分からないとの事だ」
「正に正体不明の未確認飛行物体といったところでしょうか、恐ろしい話です」
「無理もない。自分たちがミサイルを撃ち込んだ富士のプラント型周辺から飛びたったのが確認されたかと思えば、東北地方に消え、そうして東北地方から再び現われたかと思えばこれだ。もし第四分校壊滅の原因として、なぜあそこだけ被害が出ている? アルテミス女学園や東京地区が襲撃されていない理由はなんだ?」
──プテラリオスは生まれて初めて飛びたった時点で既に感知されていた。
しかし久佐薙財閥だけでなく日本政府においても、『プレデター』と判断するには前例のない行動を取っており、また日本上空の守護者であった航空自衛隊が、『ギアルス・ダルウォノ』によって主力たる戦闘機を撃墜された事から未知の飛行物体に対して及び腰になってしまった事もあり、その正体に行き着ける情報すら集まらなかった。
だからこそ謎の飛行物体は、別の謎へと結びつくこととなる。
「……ふと、アルテミス女学園周辺に現われた『叢雲』と名乗った組織に関わりある存在かと思ったのですが、如何でしょうか?」
「『プレデター』ではないと?」
「分かりません、あくまで私の理論ガタガタの見解である事はご了承ください」
「『叢雲』、たしかアルテミス女学園の大規模侵攻において現われた正体不明の『ペガサス』でしたか? アルテミスの『ペガサス』が行なったごっこ遊びという評価も出ていますが?」
「確かに目撃情報が現場の『ペガサス』のみ、“卒業”したはずの『ペガサス』を見たなどの噂も混ざって信憑性は低い……だが『
『
「──『久佐薙月世』の怨念ですかね?」
その名前に久佐薙たちは一瞬黙る。
「……滅多な事を言うな。そうであるなら私たちが想像できる以上に厄介な話になっているかもしれないぞ」
「しかし、あの子が大人しく“卒業”したというだけでも疑わしいのも事実。もし厄介になっているとしたら何が考えられると思いますか?」
「私は直接会ったこともないのでさっぱりです。でも『叢雲』が久佐薙月世の遺した物であるほうが納得は行くでしょう。問題はその目的ですが」
「単なる恨み辛みであるなら楽ではあるがな……まあいい、ここらを考えるのは当主様の仕事だ。その当主様が東はいったん置いておく事に決定した。飛行型の『ギアルス』の事もある、先ずは西を固めるつもりなのだろう」
既に全国にて徐々に発見率が多く成っている『ギアルス』の名前は【303号教室列車】からの報告書を元に久佐薙財閥の中でも根付くことになった。
そんな『ギアルス』の登場は久佐薙財閥にとっても、無視できるものではなく、彼らに大きな転換期を迎えさせた。
「ようやくですね。それが成されれば東京地区と“四国首都”を完全に分断することができます。そうすればアルテミス女学園の事を待たずに、話がとんとん拍子に進むことでしょう」
東北地方が『プレデター』の手によって落ちた時、政府は緊急事態として、国家機関を別の県へと移す事となった。そのさい最有力候補とされていたのは愛知や大阪であったが、時の政権事情によって県側が移転を拒絶した事で、日本政府は『プレデター』の侵攻ルートも加味して四国へと移動する事となった。
そのため、この時代において東京地区や中央地区などと名前を変えている最中、四国のみがまだ県として数えられている。
──東京はもはや日本の首都ではない。単なる東でぽつんと孤立している地区でしかないが旧時代から続く人口の多さによって、たった1区画で日本の経済循環を大きく回している地区であった。だからこそ久佐薙は欲しくてたまらない。たまらないが年を越すまでは、遠い東の大地よりも自分たちの近場である、この西の土地を纏めるほうを優先したと、三人は予想を立てた。
「なら、今回集まったのは」
「そのあたりの話ですね」
そう結論付けたタイミングで誰とも示したわけでもなしに、この場にいた二十名の久佐薙たちは一斉に会話を止めて室内を沈黙で満たした。
「──それじゃあ、今日集まってもらった本題を話すよ」
集団心理なんて片付けていいのか、そんな異常な様子を当たり前だとして話し始めたのは、どこにでもいそうなスーツ姿のふくよかな中年男性であった。
この場の、誰よりも穏やかな声色は、スピーカーを通さずとも全員がハッキリと耳に入ってくる。
「事前に話したけど東の事は一旦置いておくことにしたよ。元より次の冬には、どうあっても話が進むだろうし、そのための
今の日本は海外との貿易が『プレデター』によって、ほぼ断絶状態となっている事もあって、新しい戦闘機を用意するのは極めて難しい状況にまで落ちぶれていた。
大規模侵攻のさいに『ギアルス・ダルウォノ』によって戦闘機四機を落とされた日本自衛隊は、これによって未確認飛行物体に対して極めて深刻なトラウマを植え付けられる事となり、またこれ以上被害を受けてしまえば、本当にもしもの時に戦う事すらできないとして出撃において慎重にならざるを得なかった。
そんな彼らの萎縮した態度が、プテラリオスの正体を特定されなかった要因にもなっている。
「だからね、日本政府は鳥取砂丘で発見された翼竜型ギアルスを生み出すプラント型を、どうしようって頭抱えていたものだから、大丈夫かなって声を掛けたんだ」
鳥取砂丘、ミミズ型プレデターなど砂地に適応した『プレデター』たちが生息する侵略地帯。単なる人間は一歩足を踏み込んだだけで死ぬ事を免れない場所となった死の砂丘。その海側に『ギアルス・ダルウィノ』を生み出すプラント型プレデターが存在していた。
音速で追尾する爆撃羽を持つ『ギアルス・ダルウォノ』は日本の現代兵器では地に堕とす事は不可能なほどに強い。
よって二体目が生まれる前にプラント型を破壊したいが、日本政府も自衛隊もそれは分かっている。しかしトラウマを刺激されて慎重になっている彼らの代わりに、ふくよかな男性は自分たち久佐薙財閥がプラント型を倒そうかと申し出たのだと言った。
「──日本政府は首を縦に振ったよ。鳥取砂丘にあるプラント型プレデター……うーん、この場合はプラント型もギアルスって呼んだ方がいいかな? ……プラント型ギアルスを鉄道アイアンホース教育校主体で討伐する事にしたよ。僕のほうで勝手に決めちゃったけど良かったよね?」
「はい、もちろんです──『
どこでにもいそうな、ふくよかな体型のサラリーマン風の中年男性。怪物の血筋の頂点に立つ怪物。久佐薙財閥の当主はニコリと微笑んだ。
「みんなは彼女たちに協力してあげてね」
鳥取砂丘のプラント型ギアルスの討伐において主体となるのは『アイアンホース』の管理元である鉄道アイアンホース教育校であるが、これは久佐薙財閥全体で活動する大きなものであり、惜しまない支援をするようにと当主自らが厳命する。
この時点でプラント型ギアルスの討伐となれば確かに大仕事であるが、この仕事に想像以上に大きな報酬を約束されているのだと全員が察する。
「もし、この仕事が上手く行ったら──天照女学園を売ってもらえるんだ」
アルテミス女学園と校風は違うが同じく『ペガサス』が人間らしい生活をできることを第一に掲げている学校であった。
よって、この学園もまた兵器派と呼ばれる者たちによって、もっと金が関わらない学校へと改革が望まれていた。もし彼らの望みが叶えられるならば『ペガサス』たちの生活には少なくとも鋼鉄の首輪が足されてしまうかもしれない。
そうならないように構えられていた人道の盾は、プラント型ギアルスの討伐と共に日本政府から民間企業へと委託される形で剥がされる事となる。
──久佐薙財閥が最も重要視するのは企業としての利益である。彼らが管理するとなればきっと──『ペガサス』だったとしても子供にはどうにもできない、非力な
「『プレデター』は新たなる段階を迎えている一方で、私たちの手に持つものは無くなるばかりです。所詮、私たちは金の成る木を育てるのは得意でも、飢えを満たす作物は枯らしてしまう怪物です……それなら最後まで、しっかりと稼がせてもらいましょうか」
別に久佐薙たちは日本を滅ぼしたいわけではない。見方によっては彼らの商売がこの日本の寿命を引き延ばし、長生きさせているものであるのは確かだ。
されど、彼らに日本を救う気はいっさいない。もし人々のための行動をしたとしても、それは何かしらの理由で金銭が生じる故の行動だ。だからもし損をするとなれば、彼らは望んで滅びを受け入れるだろう。
そんな怪物たちの当主は百か、あるいはそれ以上の命を消費する選択をしたというのにも関わらず。できれば良い感じに終わって欲しいよねと周りに笑いかけた。
+++
──これだけ平和な日々が続けば、あの件については何も起こることはないでしょう。
いつもなに考えているか分からない先輩が唐突に言った。
「──えっと、急になんの話ですか?」
「プテラリオスと聖女学園の件ですよ」
「あー、そういえばそんなことも──あー!!?」
「大人たちの介入は、ひとまず考え無くてもいいという事です」
生徒会室にて、生徒会長である『
そんな後輩の反応に悪い笑みを浮かべる先輩、『
ある日、プテラリオスは自身の友達を救出するために北陸聖女学園第四分校を襲撃。その場にいた人間を鏖殺し、22名の『東海道ペガサス』をアルテミス女学園へと連れてきた。
そのさいプテラリオスの音速飛行は隠密性に欠けたものであり、大人たちにアルテミス女学園との関係性が気付かれてしまう可能性は決して低くはなかった。
もし気付かれてしまった場合、月世が提示した対策は極めて暴力的且つ大量の血が流れるものであったとして野花は数日間気が気じゃなかったのだが、仕事が忙しいという理由で忘れてしまっていたのは自分が平凡ゆえか、そんな自分が怖くて嫌になる。
「え、でも……なんで?」
「もし、アルテミス女学園を怪しんでいるとしても、動くにはあまりにも時が経ちすぎました。何かしら関係性がある事を勘付いているのでしょうが……そうですね、優先度は下に設定されたといったところでしょうか」
「優先度が下ですか──あれだけの事を起こしたのに?」
プテラリオスのしたことは、いってしまえば人間の虐殺だ。それが自分たちが納得できるほどの正当性にあったものだとしても人外が人間に害をなした事実に変わりは無い。
であるならば、野花の予想としては大人たちはプテラの事を本気で調査するだろう。そのさいに自分たちの事についても知られるかもしれないと脅えていたからこそ、月世の言葉が信じられなかった。
「この案件を調査したところで得られる利益は少ないですからね……それに『ギアルス・ダルウォノ』によって戦闘機が複数落とされたと聞きます。そうであるならば西側は稼げる火事場に成っている可能性が高いので、そちらを優先しているのかもしれません」
「──いったい何処の話をしていますか?」
野花が考えていた大人たちとは東京地区の上層部や政府など日本全国に住む人々の事であったが、月世が言及しているのはたったひとつの組織である事に気付く。
「戦闘機を多く失った自衛隊は、あの時期であるならば確実に動きが消極的になっていたと思われますし、北陸聖女学園は秘密主義の『天馬研究所』が管理するペガサス学校。自分たちがやっている事も大きく関係するとは思いますが、東京地区や日本政府に情報を渡すのを渋り、彼らの腰を重くしてしまうでしょう」
「自分たちに被害がでているはずなのに、ですか?」
月世は幾つか組織が“動けない”理由を思いついているが、それを全て語るにしては予想ばかりものが多く、最もらしいものを要点として口にする。
それを聞いた野花は謎こそ解消されてはいないが、とりあえず納得できるとして気になった所を尋ねる。
「わたくしも、かの組織については余り知らないもので実際どうなっているかは分かりませんが……自分で分校を調査すること自体難航しているのかもしれませんね。今の時代遠くに建てられているというだけでも調べる事が難しくなります」
「──アルテミス女学園もそんな感じ──そんな感じなんですか?」
「ふふっ、はい。東京地区は地方で、アルテミス女学園は辺境の村といったところでしょうか……距離が遠いか近いかだけでも優先度は大きく変わるものですよ。もちろんそれだけではありませんが」
ピンときた野花が遠慮がちに聞くと、月世は嬉しそうに答えた。
『プレデター』が蔓延る時代において距離の長さは、リスクの高さである。距離が遠いほど『プレデター』に襲撃される確率が高まる。その中には厄介な物が存在するかもしれず、動きを鈍くする要因になりえる。
「ですから、この時期にプテラリオスの正体を探る事ができるのは、『アイアンホース』という個人戦力を持ち、そして小さな違和感から答えへと導く事のできる怪物が揃う久佐薙財閥だけというのが、わたくしの考えです」
──月世が言った事が全て正しいかはちっとも分からないが、久佐薙財閥に関することだけは納得しかなかった。
なにせ何を考えているか分からない、すぐに突飛な事をする。それでもどうしてか上手く行っている。そんな久佐薙月世先輩と同じ血が流れている人たちだ。僅かな隙で何もかもを看破してきそうなイメージがある。
「あの当主の事ですから、関係性のない情報を繋ぎ合わせて“血清”の事を勘付かれたっておかしくなかった。それだけが恐ろしかったですね」
「──も、もしも知られていたら、どうなっていましたか?」
「第一優先目標が“血清”の実在の有無を調べる事となり、あらゆるものを無視してアルテミス女学園を襲撃し、アスクヒドラの確保に来たでしょうね。なにせ“血清”はきっとこの時代の何物よりもお金になると思いますので」
何かをするにしては遅すぎる。その言葉に含まれていた思ったよりも重い理由に、野花はなんでこの先輩平常心で日常を過ごす事ができて、アイドルとか楽しそうにやれたのだろうかと、さらに怖くなった。
そして前に提示した、もし気付かれていた場合の恐ろしい対策。あんなことをどうして行なわなければならないのか、その真意も知る事となり、自分たちが想像以上に蜘蛛の糸並の細いところで綱渡りをしていたことを知り、魂が抜けそうになる。
「──正直聞きたくはありませんが──そんな久佐薙財閥の当主は今なにをやっていますか?」
「……さて、アレは久佐薙の中でも生粋の怪物ですので迂闊な事は言いたくないのですよね。ただ『ギアルス』の事もありますし、自分たちの周りを固めているとは思いますが」
「──予想でもいいので教えてください」
──いつも何を考えているか分からない先輩であるが、もうそれなりの付き合いだからか、本当に時々、何か隠しているなぐらいは分かるようになってきた。
野花は、そんな怪物が何をしているのか分からないままの方が怖いと、後悔する事を前提で尋ねる。
「……あくまでもしもの話ですが──西にある双子校、天照女学園は可哀想な事になってしまうかもしれませんね」
天照女学園、知っていることは少ないが西日本の方にあるアルテミス女学園と同時期に建てられた最初期のペガサス学校。
──もし、その学校が自分たちと同じく“せめて、最後まで人間らしく”という校訓を掲げて運営されているのであれば、兵器派にとって邪険されているであろう、それこそアルテミス女学園と同じように全滅される事が望まれているのだとしたら。
そうして国の兵器派が、久佐薙財閥が本格的に動いたのならば──きっと碌でもないことが天照女学園に在籍する『ペガサス』たちの身に起こることだけは確かだ。
「──そうですか……そうですよね──仕方のないこと──仕方のないこと……ですよね?」
「はい、仕方のないことです。それに他人事ではありません。冬の大規模侵攻が終わった頃には大人たちも本格的に、アルテミス女学園に干渉してくることでしょう。なので年を越すまでには“自立”の準備を完成させなければなりません」
「──はい」
自分に言い聞かせるために吐き出された野花の問いに、月世は何時もの調子で返事をする。それが頼もしくて、恐ろしくて、野花は直ぐに甘えて心の逃げ道として使った。
「このタイミングで『東海道ペガサス』たちが来て、人数が増えたのは良かったかもしれませんね。おかげで“自立”の内容を迷わず一本化できました」
「でも、本当にこの学園の中でやっていけるんですかね──避難先がない──いやどこに避難するって話ですけど──大人たちも居るのに、本当にやっていけるのかな?」
「やっていけるかではなく、やっていくのです。もうここまでの人数規模となってしまえば学園を捨てて、みんなで生きていくというのは難しくなってしまいましたからね。ゆえに整備が整った壁も天井もある高等部区画で、わたくしたちは暮らしていくしかなくなったのです」
野花たちが当初から掲げていた“自立”は、大人たちとは独立して生きていけるようにするという目的こそ掲げていたが、その方法は曖昧なまま進めていた。
そして、『アイアンホース』に『東海道ペガサス』たちが転入によって人数増加したことで、学園の外へと出て1から自分たちの生活拠点を作り出すことは現実的ではないとして無しとし、言ってしまえばこのアルテミス女学園高等部区画を完全に自分たちのものにして暮らしていこうという内容にて決定を行なった。
「というわけで時間は、そう残されてはいませんので、生徒会長としてのお仕事頑張ってくださいね」
「分かりました──でも本当にお願いですから事務仕事ができる『ペガサス』はいませんか!?」
「生徒会室に居なければいないですね」
生徒会長としての業務の大半は一日の作業チェックであるが、人数が増えたぶんチェックの数も増えた。よって野花ひとりで確認するにしては難しくなってきたのだが、なにぶんどこもフル稼働状態であるため“執務補助”として事務作業を手伝う『東海道ペガサス』たちのチームもあるのだが、忙しさによって彼女たちは伝令に学校中を駆け回り生徒会室に仕事を運んでくる存在になっていた。
「月世先輩! お願いですから手伝ってくださいよ!」
「わたくしのほうは『街林調査』がありますので、ごめんなさい──ああ、それとですが」
──ジリリリリリリ!!
「あ、すいませんちょっと──」
月世はいま思いだしたといった素振りで伝えようとした寸前、生徒会室の電話機が鳴ると、野花は条件反射で直ぐに受話器をとって耳に当てた。
「はいもしもし! あ、はい! 分かりました、あー、そうですか。はいはい、はい! はいはいは~い!! ──学園長から、なにか東京地区から報告との事です」
いったい東京地区から何かと不安を抱きつつ、送られてきたFAXの内容に目を通して──野花は叫んだ。
何事かと書類棚の下引き戸でうたた寝していた
「……恐らく、冬の大規模侵攻でアルテミス女学園を確実に崩壊させるための嫌がらせをしてくると思いますので覚悟してください。そう言おうとしたのですが、一歩遅かったようですね」
「──野花! 月世先輩! アスクが……って、どうしたの?」
慌てた様子で入ってきた夜稀は、紙を1枚握り締めて床にうつ伏せで倒れており、
──学園長から送られてきた書類。それは“転校の知らせ”だった。
その内容は大規模侵攻のときに偽装“卒業”がなされた『
這い寄る。
評価、感想、お気に入り登録、ここすき、誤字報告、本当にありがとうございます。