この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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感想、お気に入り登録、評価、ここすき、誤字報告本当にありがとうございます。

GW中の急がしさ、予想谷しないシーン追加、分割などを得てお待たせしました。
できるかぎり、頑張って行きたいと思うので楽しんで頂けたら幸いです。

そんなかんじさんが企画として作者をイメージした『ペガサス』を描いてくれました。本当にありがとうございます。
[庫磨鳥(ペガサスの姿)]
カラス(作者をイメージしたペガサス)可愛い!



アイドル・ドリーム・ステージ 3

「――というわけでして! 『勉強会』および『東海道ペガサス』の歓迎会で、愛奈先輩――もといアイドルENAのライブステージやりますからご協力のほうお願いします! ――はいって言ってくれなかったら、月世先輩が説得に来ます」

「……それはお願いじゃなくて、もはや命令なのよ」

「あ、本当に無理そうでしたら、断っても全然いいです――なんとかするんで」

「死んだ目で言わないで頂戴? そ、それに別に嫌とは言ってないわよ……」

 

高等部二年のツッコミ役、もとい戦闘指揮役を担っている『篠木(ささき)咲也(さや)』に呆れられながらも、多くの苦労をしてきた後輩を労いたい気持ちもあり、高等部ペガサスたちは全員了承する形で、準備を進める事となった。

 

「……吐きそう」

「飲み過ぎは良くないですよ」

「おかげで本当に胃が水風船になりそうだよ」

 

たった1度のアイドルらしいステージをすると言うだけなら簡単だろう。そんな気持ちで始まったが、計画書の段階で想定を遙かに超える必要な作業、材料、時間が多いことが発覚、その中でも同級生の『(すずり)夜稀(よき)』の作業量は野花が顔を合わせられないほどであった。

 

「まあ、やってみるよ……結構楽しそうだしね」

 

一番ノリノリっぽい怖い先輩に付き合わされて徹夜して作った計画書、それを読み込む夜稀は頭の中で計画を立てているのか、もう既に気分転換になってそうで、この時点でやってよかったと野花は思えた。

 

――とりあえず、『歓迎会』が終わったころには、友達がストローと蓋付きコップを手放せるようになっていることを願う。

 

「……兎歌は呼んでいる?」

「製作した紙チラシは渡したようですが――正直、反応は芳しくないみたいですね」

 

ある程度脳内で情報のスケジュールを組み立てた夜稀が、ふと気になったのは中等部一年後輩の『上代(かみしろ)兎歌(とか)』が、この『歓迎会』に来るかであった。

 

『最悪』と呼ばれて中等部の後輩ペガサスたちからは、負の感情を抱かれている中で、己を慕ってくれて世話を焼いてくれる後輩となれば、先輩として可愛がってやりたい対象であった。そのため“秘密”を守って精神が摩耗している兎歌を、夜稀はどうにかしたいと強く思っていた。

 

しかし、大規模侵攻前の“秘密”を守ることは何よりも優先されるべき事だと夜稀も重々承知しており、また自分自身の対人能力が乏しい事を自覚している。下手な干渉をすれば不味いことが起こるという“経験則”も合わさり、冷静を気取った思考がブレーキを掛けて慣れないフォローをすることしかできなかった。

 

だから大規模侵攻が終わったら、夜稀なりに兎歌の事をできなかった分、気に掛けようと思っていたのだが、真白い後輩はあっと言う間に茨の道へと進んでしまった。こうなってしまったら夜稀は、どう触れていいのかすらも皆目見当が付かず、むしろ大規模侵攻前よりも見守っている事しかできなかった。

 

「……ファン心理というのは知識でしか語れないけど、愛奈先輩がアイドルになって歌うんだ、きっと来るよね?」

「そうですね、あれだけ好きなんですもの――間違いなく来ますよ」

 

生徒会長として優先するべきことは全体の成功であるが、野花も、自分がしでかした事もあって個人としては、これを機会に兎歌には元の元気を取り戻して欲しかった。生徒会長と風紀委員として、やりとりするたびに土下座したくなるので本当に、切実に。

 

「――この数日は、こっちの方に集中して良い感じ?」

「はい、『東海道ペガサス』たちのおかげで、スケジュールにかなり余裕ができましたので大丈夫です! ――『勉強会』の後輩たちも含めて、そんな彼女たちの歓迎会でもあるのを忘れないでください」

「分かってるよ。うん……じゃあ、やれるだけやろう」

 

愛奈のアイドルステージは『歓迎会』であり、全体のためのイベントであることは、夜稀も承知している。それでも兎歌のために出来ることがあるのだと、一層やる気が注入される。

 

――割となんでも有るアルテミス女学園、音楽活動を行なうための防音施設に必要な音楽関係の機材はあったが、ライブ用の機材など足りない物も多く、それら全てを夜稀が製作する事となった。

 

AIによる設計と、夜稀お手製の製造室を用いれば、余裕を持って用意できる。そう夜稀は思っていたのだが、最初の設計図出力における命令(コード)入力の時点で問題が発生した。

 

「あ、幾つかの機材が著作権プロテクト掛かってる。製造機械のAIだから当然と言えば当然だけど……しまったな」

「えっと……それって作れないって事です?」

「ぱぱっとは設計書出せないってだけで、やり方変えれば行けるかな。ただ著作外設計品は、そのまま組み立てても、ちゃんと使えるかどうか怪しいから、何度もリテイクして、出たものを1枚ずつ確認して、細かな所の手作業でやっていく事になる……つまり、作業が、かなり増える、これは時間が掛かるね」

「……お願いですので妥協してくださいね――いやほんとに――妥協大事ですからね!? ――話聞いてる?」

 

――けっきょく夜稀は、余裕を持たせた分だけクオリティの向上に費やしてしまい、スケジュールを圧迫するのであった。

 

+++

 

ライブの開催地になったのは、恐らく音楽関係で使われる事を想定された建物、その地下に広がる防音室であった。

 

割と、そのまま地下ライブハウスのような施設は、高等部区画である事も相まってか、長年使われず、点検もされずにいたらしく、置かれていた機材の中には経年劣化によって調子がおかしいのもあった。使用したい機材の中には完全に反応しない物、動きはするが、いつ止まってもおかしくない物も多く、いざ本番の時にトラブルが起きないように点検をする必要性がでてきた。つまりは夜稀の仕事が増えた。

 

ともあれ、アイドルライブともなれば単に音楽を鳴らして歌うだけにもいかないと言う事で、ライブ用ステージの設置が決められたのだが、アルテミス女学園に来る前は小学生であった『ペガサス』たち、現場系の仕事に該当するステージ作りの経験を持っているものは居なかった。

 

「かんとくー、これ動かしといたほうがええの?」

「あー、そうっすね。そっちの右っかわに置いといてくれっす」

「あいさー!」

「現場監督さん、配線はこうやって繋げていけばいいですか?」

「完璧っす。そのまま全部説明書通りに繋げてくれっす」

「かんとくさん、こっちはどうするん?」

「そっちは明日でいいっすー」

 

AI機器は万能であるが、あらゆる場面において活躍できるものではなく、前提としてAI機器を活用したければ、それに合わせたAI機器を1から用意しなければならないという事情があり流石に時間もなければ、夜稀に負担が掛かりすぎるとして、どうするかと頭を悩ませていた所に、オレンジゴールドの髪を常に古びたタオルで巻いている中等部一年『未皮(ひつじかわ)群花(ぐんか)』が手を上げた。

 

「……ヤバいっすね。『東海道のペガサス』」

 

経験はあるから手を上げたが、まさか現場監督に任命されるとは思って居なかった群花は、上手く指示ができるか悩んだ。しかし色々あって転校してきたらしい『東海道ペガサス』たちと仕事を開始すると、そんな不安は直ぐに吹き飛んだ。

 

頭にヘルメットを被り、自分たちのものである緑色のカモフラージュ色の制服を着用し、その腕には“作業補助”と自身の割り振られた担当を表わす刺繍が施された腕章を巻き付けてる『東海道ペガサス』たちは教えた事を直ぐに吸収し、『ペガサス』の身体能力をきちんと活用して、指示のもとテキパキとタブレットに表示される設計図通りにステージを作っていく。そんな彼女たちに群花は、心から感嘆する。

 

「――群花! 準備できたぞ!」

「了解っす。じゃあ照明上げますんで印の場所と方向で固定してください」

 

また『東海道ペガサス』たち以外に、ステージ作り担当として任命された紛うことなき先輩にあたる高等部二年の『土峰(つちみね)真嘉(まか)』も、群花の下で作業する。

 

「ん? これって結構きつくねぇか?」

「あー、先輩。そこのライトは一番小さい奴にしましょう。あと方向を左に回してもらって……」

「これでいいか?」

「OKっす」

 

大先輩をこき使うのは流石におかしくね? とは思いつつも優秀な『東海道ペガサス』たちは小さくて高所の作業に向いておらず、かといって自分は現場全体を見ないといけない事もあって、真嘉が居てくれるのは素直に助かっていた。

 

――大規模侵攻では後輩の指示で戦っていたしな。今更だからあんまり気にすんな。

 

本当に俺が指示役でいいのかと聞いた時の、真嘉の返事を思いだして群花はそんなものかと深く考えないようにした。

 

「うしっ、これで全部か?」

「そうっすねー。今日やる作業分は、もう殆どないですし、いったん休憩入れますか……全員、小休憩っす!」

「「「「はーい!!」」」」

 

群花の声かけに『東海道ペガサス』たちが元気いっぱいに返事を返すと、それぞれの作業を止めて1箇所へと集まった。そこには『蝶番(ちょうつがい)野花(のはな)』から貰ったお菓子とジュースがあり、お喋りと共に楽しみはじめる。

 

休憩の間、楽しそうにしている『東海道ペガサス』を見て、群花は特に考えもせずに『ペガサス』からすれば必要のない小休憩を二回導入して良かったと思った。

 

「……やっぱ俺だけでも、他にやる事あるならやりたいんだが」

「休憩してくださいっす。でないと東海道の子たちが休まらないんで」

「うっ、悪い……」

「別に謝らなくても……まあ、こういうのは緩急が大事らしいので、余裕があるなら休憩はちゃんと、とっておきましょう」

 

――真嘉先輩、後輩のちょっとした軽口でも謝ってくるので正直言えば酷くやりづらかった。高等部二年のリーダーらしいんだけど、なんかハルナ先輩とか愛奈先輩とは違うんだよなぁ。

 

「始めた時は本当にできるかと思ったけど、気がつけばあっと言う間だな。本当に凄いぜ」

「ん? ああそうっすね。東海道のペガサスとんでもないっす」

「群花もだろ、まだ中等部一年なのに、しっかりしてて羨ましいぐらいだ」

「……あー」

 

群花は、不意打ちの称賛が自分だったとは思わず、戸惑って頭のタオルを触る。

 

「別に、地下鉄スラム育ちだったんで働かないと喰えなかったってだけっすよ。それで学校には行かず親父の仕事を手伝っていたらいつの間にかっすね。おかげでAI機器の操作は何もわかんないっすけど、工具の使い方は、それなりには身についたっす」

 

今の日本は急激な人口減少も相まって、どんな職業でもAI機器が活躍している。とはいえコストの面からAI機器を導入できない、維持できない会社などは少なくない数存在しており、群花たち使われなくなった地下鉄などで暮らすスラム民は、そんな小中会社から流れてくる仕事を行ない、日銭を稼いで生きている。群花の持ち得ている経験やスキルは、そんな義父とのスラム生活によって得たものであった。

 

「そっか……オレの同級生にもひとり、スラムで育ったって奴がいるんだ」

「そうなんっすか? なんか意外っすね」

 

大先輩の中に自分と同じ境遇の『ペガサス』が居ることに、群花は素直な気持ちを口にする。

 

「ああ、この学園に入学してからの付き合いで、一緒に戦ってきた大切な仲間なんだ……でも、最近ちょっと何を考えてるのか分からなくて……どうすればいいんだろうな」

「……ちゃんと話とかはしてるんっすか?」

 

なんで年少の自分が、数個上の先輩の悩み事を聞かなければならないのかと思いつつ、群花は意見を口にする。

 

「話はできてる……と思う。本音も聞けたんだと思う、でも、それだけなんだ。アイツも、他のやつらも……なんでか距離が遠のいているばかりな気がしてな」

 

大規模侵攻の後、真嘉は彼女なりに同級生たち、響生(ひびき)咲也(さや)香火(かび)、レミの四名と会話を重ねているが、逆に言えばそれだけであった。決定的な問題を解決できずに時間だけが過ぎ去っている危機感が真嘉の心に残り続けており、それを解決する方法も分かっていない。

 

――貴女たちに必要なのは気付きではなく“納得”だけなのですよ。

 

意を決して、こういうのに一番詳しいであろう先輩に相談して貰った答えは、分かったようで分からないものであった。それ以上の助言は放って見ているほうが好みなのでという理由で断わられてしまい、真嘉の悩みは深くなるばかりであった。

 

「ふーん、仲がいいのにも色々とあるんっすね」

 

群花は、たまたま商店街区画で高等部二年全員が集まった所を見たことがあったが、見た感じ険悪な雰囲気というのは感じられなかったなと、思いだしていく内に、ふと気になる事に思い至る。

 

「……先輩にとって、同級生たちってどんなんっすか?」

「そうだな……大切な、大切な仲間なんだ。だから、あいつらのこと出来るだけ分かりたいんだ」

「――先輩たちって」

 

――仲間とか友達というかは上司と部下って感じっすよね。

 

そう言いかけた群花であったが、なんだか言ってはいけないような気がして、寸前で言葉を飲み込んだ。

 

「ん? どうした?」

「……ああいや。俺もいま絶賛同級生の友達で悩み中なので何も言えないっす」

「友達……『勉強会』の事か?」

「まあ、はい……っす」

 

濁した意味を考えてほしいなと思いながらも、話題を逸らしたいし実際に悩んでいるので後輩として先輩に相談をするのも有りかと話し始める。

 

「この仕事も、学園に来てまでやりたくないと思ったんですけど……まあ、なにか有ればなって」

 

『勉強会』は現在、3名ほど重い心に沈んでしまっているものが居る。その中で現在、風紀委員という訳が分からない、おかしな方向へと進んだ『上代(かみしろ)兎歌(とか)』に対して、自分ができることがあると、群花はステージ作りの話を聞いた時に手を上げたのだった。

 

群花にとって兎歌は住む世界が違う存在であった。話に聞くかぎり金持ちという程ではないみたいだが、日々の食うものに困ることは無く、三食きちんと食べられて、衣類も自分だけのものが与えられて、健康的な体で好きな事を自由に趣味としてやりながら、のびのびと生きてきたらしい、同年代の中でも遙かに恵まれて生きてきた子だ。

 

――でも良い奴だ。この学園に来た理由が理由だけに他者を拒絶していた自分を誘い、過去を知ったとき凄いと称賛してくれる居場所を与えてくれた。そしてお人好しで作る飯が美味い、学園に来て出来た友達だった。

 

「でも大規模侵攻が始まる前は、結局上手くやってやれなかったんで……今回も上手く行くかどうか、ちょっと不安っすね……見てくれるかどうかも怪しいみたいですし」

 

頭に巻いているタオルを触りながら、喋りすぎたかなと群花はちょっとだけ後悔する。群花は色んな意味で、この学園に来て俺も変わったんだなと自覚し、複雑な気持ちとなった。

 

「……正直言って、なに言っていいかはわかんねぇ、悪い」

「あ、別にいいっすよ。俺も話したかっただけな感じっすし」

 

さらに言うなら、そもそも群花が自分の話をしたのは話題を逸らしたかっただけというのもあり、とりあえずは上手く行ったので、別に解決するような答えが欲しいわけではなかった。

 

「でも、そういう理由があるなら、このステージを最高のものにしないとな。俺の事は遠慮無く使ってくれ、どんな仕事だってしてやるぜ」

「……先輩って、結構恥ずかしいひとっすよね」

「はずか……!?」

「でも、嫌いじゃないっすよ」

 

でもまぁ、真嘉に相談して良かったなと群花は、休憩が終わった後も頑張ろうと思った。

 

「――ぐんかにゆうびーん!」

「……はぁ~」

 

舌っ足らずな元気いっぱいの声がした方向を見ると、“執務補助”と描かれたワッペンをする『東海道ペガサス』が居た。群花は嫌な予感がして溜息を吐きながら近づくと、ケースに入れられた1枚のSDカードを渡された。

 

もう、ほぼ確定だなと酷くめんどくさそうな顔をしながら、SDカードを電子パットに差し込みデータを中へとコピーしていき、完了したらSDカードを待機していた『東海道ペガサス』へと返す。

 

「……ありがとっす」

「あい、じゃっ!」

 

まだやることが有るのか忙しく廊下へと飛び出ていくのを見送ったあと、群花はタブレットに新しく入れられた設計図を見て、的中と小声で呟いた。

 

「……真嘉先輩、大変言いにくいっすけど夜稀先輩から、ちょっとステージ台の中に機械を仕込みたいって話が来たっす」

「おう、分かった」

「ただ悪い知らせっていうか……機械を入れるために組んだ柱が邪魔っすね」

「……あー、つまり」

「照明から全部取り外しの、やり直しっす」

「まじかぁ……」

 

ちなみに設計図以外にも、夜稀から謝罪と無理しなくて良いと言われているが、群花たちはついさっき、このステージをいいものにしようと言ったばかりである。

 

「……今日は残業確定っすね」

「いくらでも付き合うぜ」

 

なんにせよ、動かなければ何もはじまらないかと、群花は休憩を終わらせて作業へと取りかかった。

 

+++

 

――失恋を経験して、髪を切って、本格的にアルテミス女学園への転校を表明した。元【504号教室列車】所属の『アイアンホース』、ルビーは『街林(がいりん)』にて、プレデターとの戦闘を行なっていた。

 

赤染の制服姿は変わらないが、その手に持つ『ALIS』は、もはや自分の第三の手と言える相棒であるK//G社製のショットガン型ALIS【KG4-SG/T3(フォーティースリー)】ではなく、『械刃製第三世代ALIS・片手剣』であった。

 

「――っ!」

 

カマキリ型プレデターの側面へと身軽な身のこなしで回り込むと、片手剣型ALISを振るい、鎌腕を切り飛ばす。

 

カマキリ型プレデターは、ルビーに向かって正面を向くと残ったもう片方で斬りかかる。それに対してルビーは後ろへと跳んで避けると、今度はカマキリ型プレデターの真上に向かって跳躍した。

 

「〈引我(いんが)〉」

 

別にする必要性は皆無なのだが試しにと目視している地点に向かって、自身を引き寄せる〈魔眼〉を発動、真下のカマキリ型に向かって不自然に加速したルビーは、片手剣型ALISを突き立てて、カマキリ型プレデターの脳天から突き刺した。

 

「……械刃製のアシスト機能、K//G社と比べれると頭が可笑しいレベルね。アルテミスペガサスたちが碌な訓練をせずに達人になるわけだわ」

 

アシスト機能とは、電気刺激における筋肉操作(ESM)技術などを用いてALIS側から『ペガサス』の攻撃に対して調整を行なう機能の事である。『ALIS』は製作している企業によって物が殆ど違うにしても、械刃社製の第三世代ALISのアシスト機能の違和感やタイムラグの無さ、さらには、これで第二世代と比べると活性化率の上昇が少ない事に、ルビーは変態だわと評価する。

 

とはいえ、人間だったころの訓練で培った格闘術を思い出しつつ、実戦で慣熟させながら『プレデター』を屠れるのは、ルビーの経験と能力があってのものだろう。

 

「でも、やっぱり銃が一番ね、特に間近でばら撒ける奴が」

 

K//G社製の銃型ALISは、当然な話ではあるが発射する“弾丸”が無ければ、殴るのには向かない筒型ALISへと成り下がる。現状アルテミス女学園ではK//G社製銃型ALISの使用する弾が確保できないため、持って居る弾薬の温存のためにルビーは械刃製ALISに慣れておこうと、慣熟訓練も兼ねて『街林調査』へと赴いたのであった。

 

大人たちに命令されるならば不向きな荒行でも、初めての命懸けの作業でも熟さなければならない。故に経験を積んだ彼女たちは新しい事をするのに恐怖や躊躇いが薄いのは『アイアンホース』の特徴だろう。

 

「ハジメ、あんたの出番は最後まで無さそうよ」

 

自分に群がった『プレデター』を切り終えると、ルビーの要望に応えて後衛(バック)で様子を見守るだけに徹していた同じ『アイアンホース』である『九重(ここのえ)ハジメ』に向かって通信越しに軽口を叩く。

 

ちなみにハジメの場合は、元担任である【303号教室列車】の車掌教師ゼロから大規模侵攻のさいに弾丸をはじめとした消耗品を大量に送られているため、構わずマークスマンライフル型ALIS【KG9-MR/(ナイン)】を装備して『街林』に来ていた。

 

≪そうですね……ですが、ルビーの出番も終わったみたいですよ≫

「はっ?」

 

まさかと思い、少し遠くを見れば、こちら側に来ていたはずの『プレデター』の小隊規模の群れが忽然と居なくなっており、たった1名の『ペガサス』、赤紫色のロングストレートの髪を靡かせて、『械刃製第三世代ALIS・槍』を気怠そうに持ちながら、あくびをする高等部二年『穂紫(ほむら)香火(かび)』だけが立っていた。

 

「……生まれた世界間違ってるんじゃないの?」

 

不慣れな片手剣型ALISの具合を確かめながら戦って、いつもよりも注意が散漫になっていたかもしれないが、正にほんのちょっと目を離した隙に、『プレデター』を単身で全滅させた香火に皮肉交じりの称賛を送る。

 

「――正に瞬殺でした、槍を振るったら『プレデター』が絶命して気がついたら居なくなったと言った所だ」

「後方支援が碌に描写報告できないなんて、職務怠慢じゃないの?」

「それを言うなら、ルビーは前方不注意で叱られるべきですね」

 

KG9-MR/(ナイン)】を携えて合流してきたハジメと挨拶がてら言い合いをする。後衛(バック)であるハジメが自己の判断で前に出てきたという事は、他に『プレデター』は潜んでいないとして、ルビーは周辺警戒を一段階引き下げた。

 

「中型種の、一個中隊ぐらいで推し量るのもおかしい話だけど、あそこで立ちながら寝ている先輩が“アルテミス女学園最強”なのは嘘じゃなさそうね」

 

使い慣れた『ALIS』でないのに、常に酷い眠気に襲われているのに、圧倒的な実力を以て『プレデター』を蹂躙した、その実力は疑いようもないもので、高等部ペガサスたちの香火に対する評価が正当なものであるとルビーは実感した。

 

「これで活性化率を気にしなくて良いっていうんだから、ほんとズルいわねー」

「ルビー、分かっているとは思いますが――」

「分かってると思ってるなら言わなくていいわよ。活性化率自体は消えた訳じゃないんでしょ? 馬鹿じゃないんだから、ちゃんと気を付けるわよ」

 

『ペガサス』の戦いに於いて、常に障害となるのは活性化率である。アスクヒドラという存在によってアルテミス女学園は、世界で唯一活性化率を下げられる場所となったが、“血清”の注入を怠り、過度に戦い続ければ、当然だが数値は上がり続けてしまう。

 

どうせ下げられるんだから、なんて怠惰な事をしていたら、気がつけば抑制限界値を超えてました何て馬鹿みたいな事にはならないようにと『ペガサス』も『アイアンホース』も全員が、どんな状況であれど、こまめな管理をする事を頭の皺にしっかりと刻む。

 

「ふわぁ~……ふたりともお疲れ、初めての登山はキツいと思うけど……怪我もせず終わって良かったね」

「これでも、きちんと鍛えてますからね。いくら不慣れとはいえ山登りぐらいは簡単よ」

「ふふっ、元気があっていいね……下山するまでが登山だからね……気を付けて」

了解(ラジャー)、香火先輩もどうか気を付けてください」

 

合流してきた香火は『アイアンホース』の二名に声を掛ける。その内容は夢と現実が入り交じったものであり、意思疎通にある程度の解釈が必要になるものであった。不眠症で過眠症、香火の睡眠障害について事前に聞いているハジメとルビーは難儀だなと思いながら最強の名に相応しい先輩として、きちんと敬う。

 

「あとハジメ、ちゃんと呼んだの? 遅くない?」

「はい、そろそろ来る頃だと……来ましたね」

「こういうの何て言ったのかしら? 噂をすれば地雷?」

「自分もぼんやりとしか覚えていませんが、そんな物騒な内容で無かったのは確かだな」

 

――遠くから尋常では無い速度で走って近づいてくる人型プレデターがやってきたのを見て、変なトラブルになってなくて良かったわと内心で安堵する。

 

『ペガサス』よりも速い走力でやってきたアスクヒドラであるが、その全身にはリュックやバッグなど運搬するためのものが装備されており、そして8本ある蛇筒によって担がれていた、五名の『東海道ペガサス』たちが降り立ち、整列する。

 

「――はい、みんな居る!? 1!」

「にー!」

「サン!」

()!」

「ふぁいぶ!!」

「点呼終了、全員確認、作業にうつれー!」

「「「「やー!」」」」

 

“調査補助”と刺繍された腕章を身につけている、大小様々な5名の東海道ペガサスたちは、点呼を終えて全員が確認すると、各々がアスクの担いでいたバッグを持って、先ほどルビーたちが倒した『プレデター』の、溶けきれずに残った『遺骸』たちを素早く回収していく。

 

『東海道ペガサス』たちにも戦いに参加してもらいたいと考えていたのだが、未成熟な肉体で『ペガサス』となった彼女たちは、通常の『ペガサス』よりも遙かに活性化率が上昇しやすい、そのため数値コントロールが難しいという判断となり、直接的な戦闘は緊急時を除いてさせない事となった。

 

一方で、中央ペガサス予備校で受けた教育で培ったスキル。『東海道ペガサス』としての山岳および森林地帯の活動経験における身軽な動きを活用しない手は無く、“調査報告”に割り振られた『東海道ペガサス』たちは『街林』に於いて『遺骸』や材料の回収などの戦闘以外の雑用を担う事となった。

 

「……ルビーたちが大規模侵攻の時に狩った、『プレデター』の『遺骸』が回収できれば、こんな、ちまちまと集めずに済むのにね」

「回収に来た中等部ペガサスとの鉢合わせの危険性を考えれば妥当な判断です」

 

そんな風に気の抜いた雑談をするルビーとハジメであるが、しっかりと周辺を警戒していた。またルビーが少しだけ前に出て、ハジメの視界内に収まっているのは、もしものさいには視界内の物体を転移するハジメの〈魔眼(監那)〉で、いつでもルビーが転移できるようにであった。

 

『遺骸』は『接触反応』によって電気を生み出す事から、『プレデターパーツ』として加工されて現代日本を支えているエネルギー源となる重要な代物である。『ペガサス』の自主性を重んじるアルテミス女学園においても、『遺骸』の回収は数少ない義務となっている。

 

昔は遠隔操作におけるロボットやAI機器によって回収を行なっていたのだが、ある時期から、一定の地点で人間が関わっているであろう“動く機械”に悪さをする『プレデター』が現われた事によって、『遺骸』の回収も『ペガサス』たちに頼らざるをえなくなったという事情があった。

 

「というか、ルビーたちの『歓迎会』なのに、なんで働かされているわけ?」

「通常業務だ。ただ本日のノルマは上方修正されていますが……」

「素材集めに『プレデター』を狩るなんて世も末ね。……まあいいわ、なにもしてないのも退屈なだけだし」

「ああ、それに自分たちのためになる事を、自分たちで成すのは良いものだ」

 

生きた『プレデター』が居て、戦闘になる可能性も低くはない『街林』での『遺骸』回収は、義務であれやりたくないが不参加であればマネーカードの停止などのペナルティの付与。そして同じ『ペガサス』たちの評価にも直結するからと、大規模侵攻の傷が落ち着いてきた現在、跡地では中等部ペガサスが『遺骸』の回収に励んでおり、そんな彼女たちと鉢合わない場所で、率先して『プレデター』と戦い『歓迎会』に必要となる分を加算した『遺骸』を集めていた。

 

「まっ、働き者の“神様”には負けるけどね」

「そうだな……やはり、前線に出ないように進言するべきか……」

「どんな我儘でも叶えるしかないってことでしょ。だって“神様”なんだから」

 

『東海道ペガサス』を運んできたアスクヒドラが率先して動き、腕と蛇筒を駆使して『遺骸』を回収する姿を、ルビーは呆れた様子で、ハジメは不安そうに眺める。

 

自分たちの生命線である“血清”を生み出せる人型プレデター。本来であれば学園で大人しくしてほしいのは『アイアンホース』たちにとっても当然であった。なので、ハジメたちはしつこく、本当にいいのかと野花に尋ねたところ、本人たっての望みであること、また重たい物を担ぎながら自動車並みの馬力で動けるアスクは『街林調査』の荷物運びや、もしもの時の逃げ足として彼以上に適任者がいないという事情もあって許可を出しているというのを聞いた。

 

「アスクー、これ運んでー」

 

小さな『東海道ペガサス』たちは最初こそアスクたち人型プレデターに怯えていたが、高等部三年勢との交流や、アスクたちの意思疎通に制限がありながらも献身的な態度に早い段階で心を開き、まるで遊んでくれる大人のように懐いた。年長者に当たる子たちは、『プレデター』に関する経験や『北陸聖女学園』での出来事などもあって、恐怖心を拭えない子も居るが、時間が解決してくれるほどには落ち着いていた。

 

――ここにいる『東海道ペガサス』の中で最も小さな子が、アスクの腕にバッグを取り付ける作業が上手くいってないのを悟ると、蛇筒を動かして気付かれないようにサポートする。そして、きちんと取り付けが完了すると親指を立てて、賞賛を表した。

 

「あら、香火先輩が行ったわ」

「いつのまに……」

 

香火がふらっと、アスクに近づくとリュック越しに背中に乗ると寝息を立てた。そんな香火に対して、アスクは蛇筒を用いて優しくリュックとの位置を前後入れ替えて、そのまま背負いはじめた。

 

堅くて冷たいアスクの背中を、なによりも居心地が良さそうにしながら熟睡する香火を気にする事なく、むしろ気遣うように動きが慎重になった事をルビーたちは見ていて感じた。

 

「……紳士ね、男かどうか分かんないけど」

「ルビー。アスクは愛奈先輩との仲が、かなり良好なようで、他にも数名の『ペガサス』が特別な好意を抱いている可能性が高いです」

「いま、ルビーの前で恋バナしたら殺すわよ」

「……そういえば先日収穫したキュウリなんですが、味噌か塩かマヨネーズ、どれで食べるのが至高かを悩んでいまして……」

「なんでも良いわよ……強いて言うなら、ルビーは味噌ね」

 

人類の絶対的な敵対種、意思疎通もままならず、どうして『ペガサス』たちの味方をしてくれるのか本当の理由は掴めていない。しかしながら、ルビーも、ハジメも、この数日間の交流で確かな信頼を抱いていた。

 

 

+++

 

 

大規模侵攻にて数千から万の『プレデター』の大群たちが残した大量の『遺骸』。それらは現代を生きる人類にとって必要な資源である。しかし必要とするのは、なにも人類だけでは無かった。

 

高等部二年勢が配置された地点、2種類の『ギアルス』の攻撃によって見るも無惨に地形が変わった大地は、猫都を含めた多くの『ペガサス』が“卒業”した周辺土地という事もあって大規模侵攻の後も『ペガサス』たちは寄りつこうとはしなかった。

 

今年度の曰く付きとなってしまった土地には、殆どは爆散、もしくは消失してしまったが、それでも偶然に攻撃を免れた、主に二年勢が倒した『プレデター』の『遺骸』が多く残っていた。

 

――そんな土地にて1体のカマキリ型が孤独に活動していた。その姿はある日を境に基準化したものではなく、より大きく、より鋭利に、より鎌を増やした姿となっており、明らかに普通ではない事が見て取れる。

 

カマキリ型プレデターは、大規模侵攻で息絶えた同胞が遺した『遺骸』を、腕の鎌で突き刺すと、口元へと運び捕食していくのを繰り返す。そうやって体内に増加された『P細胞』によって、姿形が着実に強化されていく。

 

――大規模侵攻のさい、『ペガサス』の攻撃から一命を取り留めてしまい、怪我の治癒のために『遺骸』を捕食しはじめたカマキリ型独立種は、今はただ、さらなる“進化”を求めて『街林』を彷徨う。

 

 

 





( ー)<……やべー、エナちゃんたちが戦っていた場所の『遺骸』、手当たり次第04が食べちゃったよ……許可出したの俺だけど。

東海道ペガサスの“調査補助”“執務補助”“業務補助”は、七名ずつ割り振られて、それぞれ必要に応じて集まったり、分かれたりして補助(手伝い)を行なってます。


次話はできるだけ早く出したいと思うのでお待ちになっていただけば幸いです。

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