この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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連続投稿なので省略させてください。

この話を掲載するにあたり魔眼の〈蝸刹〉の効果内容を整えました。

紅葉崎もみじさんが[兎歌の表情集]を書いてくれました! 本当にありがとうございます!掲載元

【挿絵表示】

かわいい→末期末期(by作者)

今回のメインは[篠木咲也]です。


第三十七話

 

「──真嘉」

「咲也……全員無事か?」

 

 太陽が昇り始める明朝、再びやってきた『プレデター』の群れを倒しきったあと、『篠木(ささき)咲也(さや)』は、自分たち高等部二年ペガサスのリーダーである『土峰(つちみね)真嘉(まか)』に声を掛けた。

 

「みんな無事よ。怪我もしてない……真嘉は?」

「ちょっと顔を切られた」

「ほんと? どこ?」

「ここ、つっても、もう塞がって痕も無いけどな」

 

 真嘉はカマキリ型の刃が掠った頬を咲也に見せるが、『ペガサス』の高い治癒能力によって、既に跡形もなく消えていた。ふと、真嘉の制服が湿っている事に気付く。

 

「服、濡れてるわね?」

「ん? ああ。カニ型を持ち上げた時にな。まあ夏だからすぐ乾くだろ」

 

 真嘉の大盾型専用ALIS【ダチュラ】の杭をカニ型プレデターに打ち込んださい、致命傷に至らなかったので、真上へと持ち上げて、カニ型の自重によって杭を深く刺しこませた。そのさい、真下にいた真嘉は液体化した『プレデター』を浴びてしまったのだ。

 

 プレデターの液は健康を害するものではなく、夏日に当たっていれば直ぐに乾くだろう。咲也が心配しているのは、『プレデター』を一体でも多く倒して後方に居る中等部ペガサスたちの負担を少しでも減らそうとしている、安全性よりも効率を優先している真嘉の戦い方で、危ないと感じる場面が何度かあった。

 

「もう……気をつけてよね」

「悪いな」

 

 ──別に、謝って欲しくて指摘したわけじゃない。ただ危ない戦い方をして欲しくなかった。そう口にしたいが、どうしても変に棘のある言い方しかできそうになくて、閉口してしまう。そうこうしている内に、香火(かび)にレミの他高等部二年ペガサスも、咲也たちに合流し、流れで話題を変えてしまう。

 

「……真嘉、休まず戦いすぎよ。次が来る前に少しでも休憩したほうがいいわ。『ペガサス』の脳は人間と同じように疲労するから、眠れる時は眠ったほうがいいって、夜稀(よき)も言ってたでしょ?」

 

『ペガサス』は人間と違い、水分とカロリーを摂取していれば、一週間は疲れ知らずで戦い続けられる。そのため咲也たちも丸一日戦っていたのにもかかわらず肉体的疲労感はほとんど皆無であった。しかし『ペガサス』体内に存在する『P細胞』は、脳には関与しない。そのため人の時と同じく、睡眠による休息は必要で、これを怠ると何かしらの精神的疾患および脳に大きなダメージを受ける事となる。

 

 ──思わず、香火を見てしまった事を後悔し、激しく自己嫌悪に陥り、『妖精』がやかましくなる。

 

「……そうだな。もう少し様子をみて大丈夫そうなら、いっかい寝るわ」

「え、ええ、見張りは任せて」

「ああ……」

「「…………」」

 

 途端に沈黙に支配される咲也と真嘉。戦場だから呑気にお喋りするほうが間違っているのだが、咲也は真嘉との会話が途切れる事を、ひどく気まずく感じるようになった。

 

 そもそも咲也と真嘉の会話量は、高等部二年ペガサス全体で見ると、そこまで多くはなかった。咲也は『幻聴(妖精)』の事もあって、常に他者に対する発言に脅え、会話というのを避けていたからというのもあるが、咲也にとって真嘉は自分を下とする対等ではない存在であってほしかったという理由から、自分から話を振るのを無意識的に避けていた。

 

 しかしながら、咲也はアスクヒドラに思いをぶちまけて、直接的な交流が始まったことで、まだ少なくも心に余裕が生まれ、このまま甘えた関係を続けていたらダメだと考え始めた。

 

 ──真嘉の心を支えていた来夢(らむ)はもう居ないのだから。付き従うだけの関係は終わらせないといけない。そうは思っているのだが上手くできない。そんな自分に苛立ち、焦燥感が、嫌な気まずさを生むという悪循環から抜け出せないでいた。

 

「……」

「どうした?」

「なんでもないわ……いつものやつよ、気にしないで」

 

 ──先ほどから『妖精』が“無駄な努力乙”とか囁いて罵ってくるのを、内心で五月蠅いと叫んで抑える。戦闘の時は協力的な事を言い始めるようになったが、日常では変わりのない『妖精(こいつら)』に、咲也は溜息を吐きそうになるのを我慢する。

 

「そうか……じゃあ少し寝かしてもらうわ。お前等もしっかり休めよ」

「あ、ちょっと待って!?」

 

 ──こめかみを押さえて眉をひそめた自分を、明らかに気遣って拠点に戻ろうとする真嘉を咄嗟に呼び止めてしまう。

 

「どうした?」

「えっと……その……」

 

 なんでもないのひと言で済ませればいいのだが、自分の発言に対して責任感が強い咲也は、呼び止めた以上、何か話題を出さなければと焦る。

 

 ──この際アスクの事をどう思っているのか聞いてみようか? このタイミングで? というかなんで真っ先に浮かぶのがアイツの事なのよ。でも真嘉との共通の話題といえば、それぐらいしか思いつかないし……ああもう本当にアスク以外思い浮かばなくなった! 見た目の印象強すぎるのよ! ……自分はこんなにもコミュ障だったのか、なんだか悲しくなってきた。

 

(随分と脳天気だね)

 

 五月蠅い『妖精』たちの声も大きくなっていき、最悪と声に出そうになる。

 

(放っておいていいの?)

 

 ──『妖精』たちの囁きの質が変わった。

 

(気付いてないの?)(ほんと疎いね)(鈍いね)

 

 咲也は周囲を見やり、音を聞くことに集中するが『プレデター』は見えない。

 

(来てる)(来てるよ)(なんで動かないの?)(まずいんじゃないの?)

 

「……咲也?」

「みんな……何か来てるわ」

 

『妖精』たちが何を見たのか当の本人が分からず、曖昧で自信なく伝えてしまうが真嘉たちは疑う事なく周辺を警戒しだす。

 

「見えないな。小型種か?」

「違う……ヤシの実はどこにも……なにも反応が……ふわぁ」

 

 高等部二年ペガサス全員で、正体を見つけようとするが姿形が見えなければ、音も聞こえない。ついに嘘を言うようになったかと『妖精』を疑い始めるが、それにしては緊迫しているというか、やけに状況を詳細に言ってくる。

 

 ──『妖精()』は、いったい何を見ているのだろうか??

 

 咲也は左右前後、全方向を見渡すが何も見つけられない。

 

 ──ふと、ひらめき空を見上げた。雲ひとつない蒼天だけが広がっている。そして、その次は逆だと地面を見下ろした。

 

(ようやく気付いた)(おそーい)(来るよ)(すぐ其処だよ)(底だよ)(そこに居るんだ)

 

 ──自分の足元に土や影とは違う、明らかに不自然な黒いペンキで塗られたかのような染みがあった。黒い染みは急速に広がって──いや、“近づいている”と咲也は考えるよりも先に叫んだ。

 

「散らばってっ!!」

 

 悲鳴に近しい号令に、全員がその場から移動する。すると咲也たちが立っていた地面から、音もなく長細い何かが伸びてきた。

 

 8メートルほどの高さで止まったそれを、咲也たちは表面がつるりとした金属の柱あるいは棒の類いだと思ったが、ぐにゃりと曲がり、こちらを見るトカゲのような頭が見えた事から、それが生物の“首”であると再認識する。

 

 ──その“首”の見た目に覚えがあった。必要になる可能性が高い知識だとレミから渡された恐竜図鑑に載っていた。

 

「首長竜……首長竜の『ギアルス』!? ふざけないでよ!?」

 

『ギアルス』と名付けられた『プレデター』によって改造された『プレデター』。その姿は太古に君臨していた恐竜に類似しており、通常の『プレデター』と比べて遙かに強力である。そんな『ギアルス』の見たことのない新型が唐突に現われた事で、咲也は思わず文句を叫んだ。

 

「〈壊時・弐(かいじ)〉! ──効かねぇ!?」

 

 真嘉は即座に、対象を二秒間停止させる〈壊時・弐〉を発動するが、首長竜のギアルスは停まる事なく動き続けている。

 

 しっかりと首長竜のギアルスの“首”を視界に捉えていた。なら考えられる事は〈壊時(かいじ)〉の判定が、首だけでは有効になっていない。つまり地中に首の長さに匹敵するほどの巨体が隠れている事が発覚する。

 

 ──首長竜のギアルスは真嘉に顔を向けて、大きく口を開いた。

 

「真嘉! 貴女を狙っているわ!」

「眠って──」

 

 正体を把握した時点で接近していた香火が、首長竜のギアルス目掛けて槍型専用ALIS【サギソウ】を振るう。しかし、切り込みを入れるはずだった【サギソウ】の刃は、首に触れたと思いきや、するりと通り抜けた。

 

「っ!? なに……これ……?」

 

 ほんの刹那、香火は眠気が吹き飛ぶほど驚愕する。何度か斬ったり突いたりするが同じようにすり抜けてしまい、手応えも感じられず全てが無駄に終わる。首長竜のギアルスは、確かに“そこ”にいる筈なのに映像のように実体に触れられない。

 

「おいまさか、冗談じゃねぇぞ!?」

「いいから逃げてっ!」

 

 真嘉が走り出したとほぼ同時に、首長竜のギアルスは口内から、キラキラと幻想的に光る粒子のシャワーを真嘉に目掛けて放射した。それが、触れた物体をなんであれ消失させる、粒子光線と呼称しているものであると気がついた真嘉は全速力で射程範囲の外に逃げようとする。

 

 首長竜のギアルスは粒子光線を放射し続けながら首を動かし、真嘉を追う。

 

 ──粒子光線が触れた地面が音もなく消えていく、真嘉は首長竜を中心に一定の距離を保ち左回りに移動する。しかし、首の可動範囲に限界は無いのか、或いは地面の中に隠れている本体ごと動いているのか、延々と追ってくる。

 

「いい加減にしなさ……っ!? なによこれ!?」

 

 咲也が、大鎌型専用ALIS【バーダック】で首を刈り取ろうとするが、香火の時と同じくすり抜けてしまう。粒子光線を出している以上、地面から生えている首は虚像でない筈なのに物理攻撃が通らず。全身の大半を地中に隠しているため〈魔眼〉の対象にもできない。

 

「くそっ!」

「真嘉っ!?」

 

 移動方向と位置関係も相まって、真嘉が走る速度よりも首長竜のギアルスの首の旋回が僅かに速く、放出され続ける光の粒子が徐々に真嘉に寄る。すでに【ダチュラ】を遠くへ投げており、身軽になっているが追いつかれるのも時間の問題だろう。咲也は両足を浮かせて【バーダック】に溜め込んでいる圧縮空気を放出、自身を急加速させた。

 

「ダメだ、避けきれねぇ!?」

「──真嘉っ!」

「咲也? ぐっ……!?」

 

 咲也は圧縮空気の放出を繰り返して加速し、そのままの勢いで真嘉を抱きかかえて緊急離脱する。寸前、粒子光線が追いつき真嘉たちがさっきまでいた場所を照らす。もう少し遅れていたら、真嘉と咲也はこの世から跡形もなく消え去っていただろう。

 

「馬鹿! 無茶すんなよ!」

「仕方ないじゃない! こうでもしないと追いつかれていたでしょ!?」

 

 首長竜のギアルスは首を動かし真嘉を追い続けるが、唐突に粒子光線を放射するのを止めて口を閉ざした。

 

「ど、どうしたの?」

「……多分、溜めていたエネルギーを全部吐き出しちまったんだ」

 

 真嘉の推測は正しく、首長竜の行動は、事前に満タンまで溜めていた粒子光線のエネルギーを放出しきってしまった事による攻撃の中断だった。別の攻撃をしてくるのかと警戒して様子を見ていると、首長竜のギアルスは素早く首を地中に沈め始めた。

 

「逃がすか!」

「待って! もし巻き込まれて一緒に沈んでしまったらお終いよ!」

 

 真嘉は放り投げた【ダチュラ】を手に持って、地中へと潜っていく首長竜のギアルスに、せめて一撃入れたいと接近しようとするが、巻き込まれて地面に埋まる事を恐れた咲也によって呼び止められる。

 

 ──ガラガラガラガラガラガラガラ────!

 

 首長竜のギアルスが完全に地中へと潜りきると、ひどくドモった歯車音が地面の中から聞こえてきて、徐々に底へと消えていく。

 

「ああ、間違いねぇ、『ギアルス』だ! 『ギアルス』の音だ! あいつ地面の中で光を溜めてやがる!」

 

 高等部三年ペガサス勢とアスクヒドラとの『街林調査』にて何体か交戦して倒している、ティラノサウルスに似た形のギアルス、『ギアルス・ティラノ』と同じ、粒子光線のエネルギーをチャージする時に発生する、歯車が回るような音を聞いた真嘉は、間違い無くコイツは首長竜のギアルスだと確信する。

 

「もしかして、潜って吐いてを繰り返すタイプか? だとしたら厄介過ぎるぜ」

「ええ、『プレデター』の群れと、一緒に相手するとなったら最悪よ……!」

 

 こいつ単体で相手するだけでいいのならまだしも、『プレデター』の新たな群れが来て乱戦になったら、大変どころの話では無い。

 

 首長竜のギアルスは物体をすり抜ける〈固有性質(スペシャル)〉も強力であるが、何よりも真嘉たちが脅威に感じたのは、ステルス性である。首を出してから引っ込めるまでの間、首長竜のギアルスは、ほぼ音を発生させていなかった。そのため聴覚による索敵は困難を極め、乱戦の最中で奇襲を受ける直前まで気づかない可能性がある。

 

 ──なんとかして、次の群れが来る前に倒したい。咲也は焦る中でもなんとか冷静に状況を整理していく。

 

「地上に出る寸前、地面に黒い染みが現われていたわ。みんなその黒い染みを見逃さないで!」

「応!」

「レミ! 撃とうと思わなくていいから、とにかく回避に専念して! それと一箇所に固まらず、でも離れすぎないように意識して動いて!」

「わ、わかりました!」

 

 レミの専用銃型ALIS【Achillea 0,7】の銃撃が通用するか試したいが、充電している最中に狙われると危ないため回避に専念するように指示する。

 

 できればレミを遠くへと移動させたい、しかし首長竜のギアルスがレミを標的にした場合、距離が離れているとフォローができない。真嘉の身体能力でも攻撃を避けるのに間に合ってなかったのだ。孤立しているレミが狙われてしまった時点で一貫の終わりは充分にあり得てしまう。

 

 ──考えもせずに狙撃手を待機させなかったお前が悪いと、真嘉を呼び止めたお前が悪いとネチネチと嫌みを言ってくる『妖精』の声に、分かってるわよと、そもそも勿体ぶったあんたらにも原因があるでしょうがと内心で反論する。

 

「咲也、アイツが地上に出てくるの分かるか?」

 

 真嘉は後輩お手製のヘッドカムを操作しながら咲也に問いかける。

 

「……ええ、やってみせるわ」

 

 事実として自分の視野の広さがあれば、高等部二年ペガサスの中では誰よりも、浮上時の黒い染みを発見できるだろう、それに自分が気づかなくても『妖精』たちが気づいて指摘してくる確信があった。

 

≪──こちらアルテミス女学園高等部一年の夜稀(よき)

「夜稀! 聞こえるか!? 真嘉だ!」

≪聞こえているよ真嘉先輩。なにか起きたの?≫

 

 後輩である『(すずり)夜稀(よき)』と通話が繋がる。彼女と同じ高等部一年ペガサスの『縷々川(るるかわ)茉日瑠(まひる)』の二名は、中等部ペガサスたちが配置されている地点よりも、さらに後方の『街林』にて隠れるように待機していた。

 

 できれば、高等部一年ペガサスたちには安全な学園での留守番を望まれていたが、そこまでの長距離通信機を用意できなかった事、何かあったさいには労働力になるためと、夜稀と茉日瑠も『街林』に赴く事となった。

 

「オレたちの所に『ギアルス』が現われた。見たこと無い新種のやつだ! すぐに愛奈先輩の方にも伝えてくれ!」

「夜稀、咲也よ。状況はかなり緊急を要するわ! アスクと響生をこっちに呼んで!」

≪ギアルスの新種が? 二日目で出るなんて……分かった。アスクと響生先輩に合流するように連絡する≫

 

 了承した夜稀は、即座にキーボードを打ち込み、関係者全員に『ギアルス』が現われた事、そして別で待機中の響生に、アスクヒドラと一緒に真嘉たちへと合流するようにという内容の、合成音声によるショートメッセージを送る。

 

≪真嘉先輩、『ギアルス』の特徴を聞かせて≫

「ああ、首が長く…………まて? なんだこの音?」

 

 ──真嘉が首長竜のギアルスについて話そうとした時、どこからともなく持続的に響く高音が聞こえはじめた。真嘉だけではない、高等部二年ペガサス全員が音を拾っているが、あまりにも音が広範囲に聞こえるため、どこから発生しているのか特定できない。

 

「こっちに近づいてきてる?」

「さっきの『ギアルス』のか?」

「分からないけど、でもこれって土の中じゃなくて、地上から──っ!?」

 

 音は徐々に近づいており、『プレデター』が来たる方向とは反対側から聞こえて来ると、方角を把握できるようになったとき、地響きの後にドカンと何かが爆発したような轟音が真嘉たちを襲った。

 

「お、お空がキラキラ星サンサン……」

「しっかりしろレミ! 今度は何だ!?」

≪み、耳が!? ──ゲホ! なにがっ!? なにが起きてるの!? ゲホゲホッ! ──爆発音みたいなのが聞こえたけど!?≫

「分からん! そっちで調べられないのか!?」

≪やってるけど、直ぐには特定できないよ!≫ 

 

 次から次へと連続して起こる不測の事態に混乱しながら情報を交換しあう真嘉と夜稀。そんな中で、空から響き渡る持続的な音に、強大な爆発音の正体に真っ先に気付いたのは、またも咲也の『妖精』であった。

 

(今度は上だ)(天地で挟まれちゃったね)(お前がトロいからだ)(絶望的だ)(最悪だ)(本当に本当に)(地獄のようだね)

 

 ──その声を信じたくは無かった。それが本当なら『妖精』の言うとおり絶望的で、最悪で、地獄が生まれた事になるのだから。大地と大空、自分たちはどちらに目を向ければいいんだ。

 

 そんな咲也の心境を裏切り、空の果てから、こちらに向かって飛来してくる小粒ほどの物体を確認する。

 

「真嘉! あっちの空を見て!? なにか来てる!?」

「あれは……飛行機か?」

「ち、違います」

 

 真嘉の言葉を否定したのは、普段は誰かから話を振らなければ口を開かないレミであった。

 

「形状が、完全に飛行機とは別ものです。人間が作ったものではないです。だからあれは飛行機じゃなくて、もっと違うもの、UFOあるいは『プレデター』……もしくは『ギアルス』」

≪飛行能力を持った『ギアルス』だって!?≫

 

 夜稀の驚く声に、真嘉は自分が報告したかったのは違う奴だと訂正を入れたかったが、そんな余裕はなかった。

 

 持続的な音の正体が、いわゆるジェット音と呼ばれるものだと飛行機の知識があるレミと夜稀が気付く。それは全長は50メートル以上はあろう全身を水平に保ちながら、腕翼を広げて飛んでいる。鋭い嘴と先端に球体が付いている長い尾を持つ、金属の生物が高度5000メートル超えの上空にて、こちらに向かっていた。

 

「あれは『ギアルス』なのか?」

「多分そう、歯車みたいな音は、あの高さだから聞こえないだけの可能性ありで、姿形が恐竜図鑑に載っていたものと酷似しているのがありました。腕と同化している翼を持ち、鋭い嘴、なによりも先端が球体みたいなのが付いている長い尾を持っている、ダルウィノプテルスという“翼竜”が居ます」

 

「……っ! 夜稀! 飛行能力を持った“二体目”の、また違う新種の『ギアルス』が現われた! すぐにこの事を他の奴らにも共有してくれ!」

≪わ、わか──二体目!? もう一体いるの!? ……と、とにかく分かったよ! ケホ──く、空自はなんで来ないの?≫

 

 日本国内において、飛行能力を有している『プレデター』が現われた際、航空自衛隊が戦闘機における攻撃によって対処するのだが、現われる様子がない事に疑問を持つ。

 

 その疑問には、シンプルな答えが存在しており、戦闘機は既に発進済みなのだが、その全てを翼竜のギアルスが撃墜してしまっていたことで、空自は現在動けないほどのダメージを負ってしまったからである。

 

「レミ! 【Achillea 0,7】で撃ち落とせないの!?」

「無理無理無理無理無理無理無理無理──」

「そんなに無理言わなくていい!」

 

 いちおうレミは、姿が見えてから【Achillea 0,7】のスコープで覗いて確認したのだが、上空5000メートルは射程外という表記がでてしまい、どうする事もできなかった。

 

(逃げて)(逃げろ)(止まるな)(動け)(早く)(ほら早く)(はやく逃げろ)

 

 そうこうしている内に、翼竜のギアルスは段々と近づいてくる。比例して『妖精』たちに余裕がなくなり、とにかく逃げろと捲し立ててくる。

 

 しょせん『妖精』は咲也本人が生みだしている“幻聴”でしかない。そのため咲也本人が確証し切れていない事情には、ひどく漠然とした物言いしかできなくなる。だが逆にいえば、咲也は翼竜のギアルスがなにをするつもりで、こっちに向かってきているのか気付いていた。

 

 ──先ほどの轟音が、何かが爆発した音ならば、あの翼竜のギアルスがやることは、自分たちに向かっての空の上からの爆撃だ!

 

「〈蝸刹・伍(らせつ)〉!」

「咲也!?」

 

 お願い効いてと、咲也は翼竜のギアルスに向けて〈魔眼〉を発動する。咲也が保有する〈蝸刹・伍〉の能力は、感覚機能で得た情報を、五秒前から発動した地点までの情報に差し替えるもので、人間で例えるならば、五秒前から現在までに感じた視覚、嗅覚、感覚、聴覚、味覚の“五感情報”を再体験するといったものだ。

 

「みんな、逃げて……とにかく逃げて!」

 

 ──ちゃんと掛かっていれば、翼竜のギアルスが得ている情報は、五秒前のものに差し替えられており、行動にズレが生じる事となる。直接的に危険を乗り越えられるものとなるかは不明だったが、咲也は自分の意見を真嘉たちに伝える。

 

「あいつよ! さっきの爆発、アイツがやったのよ!」

≪遙か上空からの爆撃っ!? そ、それが本当ならどう戦えばっゲホッゲオェ!≫

 

 真っ先に翼竜のギアルスの脅威を理解した夜稀は、あんまりな能力を持つ『ギアルス』が現われたことに強いストレスを感じて喉を渇かせる。

 

「だから逃げて! アイツからできるだけ遠くにっ! ──来た!?」

「走れっ!」

 

 ──翼竜のギアルスが、長細い尾の先端の球体を切り離した。

 

 球体は地上目がけて落下してくる。それが強力な爆弾物であると把握した真嘉たちは、球体からできるだけ遠くに離れるために走り出した──のだが香火が膝から崩れ落ちた。

 

「香火っ!?」

 

 こんな時に予期せぬ眠気の周期が来てしまった。首長竜のギアルスに対して無理矢理起き続けて攻撃をしていた事による、ペースの乱れによるものだった。

 

「だめ……にげて……!」

 

 香火は抗おうとするが、瞼が重くなり、全身の力が抜けて意識が霞む。咲也が【バーダック】による急加速を行ない香火を抱えて離脱しようとする。

 

 ────(だめだ)(近すぎる)(死んだ)

 

「〈壊時・弐(かいじ)〉っ!!」

 

 球体が地面に当たる寸前、真嘉が〈魔眼〉を発動させて球体を停止させる。だが二秒だけでは到底たりない。諦めずに遠くへ離れようとする咲也であったが、唐突に香火ごと地面へと押しつけられた。

 

「真嘉!? ……やめてぇ!!」

 

 咲也は、自分たちを地面に倒して庇う真嘉に、悲鳴混じりに止めるように促すが、真嘉は返事することなく大切な同級生を守るために球体のほうへと向かって大盾型専用ALIS【ダチュラ】を前に出した。

 

 ────動き出した球体が地面に触れると、強烈な光が、衝撃が、爆音が周辺に襲いかかった。

 

≪──真嘉先輩!? どうしたの!? 状況を話して!──先輩!!≫

 

 音でしか状況が分からない夜稀が、真嘉たちの安否を確認するために何度も呼びかけた。

 

 +++

 

 ──時間は少し遡り、夜稀から、真嘉たちのところに合流するようにという簡素な合成音声が、響生のインカムに届いた。

 

 その内容は、簡潔に新種のギアルスが現われたため、そのためアスクと一緒に高等部二年ペガサスたちと合流して欲しいというものだった。

 

「──アスクてぇへんな事態だ! まかまかの所に新種のギアルスが現われたんだって! こうしちゃいられねぇ! すぐに行かなきゃね!」

 

 真剣に聞いていたと思いきや、いつものノリに成る響生は立ち上がり大きく背伸びをした。それに続き、アスクは胡座から片膝立ちになると、カーテンで作った全身を隠すコートの中から腕を出し、サムズアップによる了解の意を示す。

 

 響生は自身の専用ALIS【アジサイ】を持つと、機敏な動きでアスクの右肩に腰掛ける。そんな彼女が落ちないように、アスクは右腕と右側の触手で支えると立ち上がった。

 

「あ、ごめんまって、また通話だ」

 

 自動車並みの速力で、真嘉たち高等部二年ペガサスが居る場所へと向かおうとしたとき、インカムから声が聞こえてきたので、響生に止められる。

 

≪──響生、聞こえていますか? 月世です≫

「──聞こえてるよ~」

 

 連絡してきた相手が、先輩の『久佐薙(くさなぎ)月世(つくよ)』だと分かり、響生の声色は明らかに冷淡になる。月世は『プレデター』と戦闘中なのか、金属音や銃撃音、そして少し遠目から、馴染みの無い怒鳴り声も聞こえてきた。

 

≪緊急事態が発生しました。申し訳ありませんが休憩は終わりです。直ぐに動いてください≫

「まかまかたちの所に、新種のギアルスが現われたんでしょ? いま向かおうと思ってました~」

≪いいえ。それとは別の問題です。出番ですよ“叢雲のペガサス”≫

「──なに?」

 

 陽気だった響生の声色が、途端に無機質なものとなる。怒りも不満も感じられない、ただ冷たさだけを感じる声だと、アスクは仲間のプレデターたちに語る。

 

≪“あちらのほう”で問題が発生しました。場は混乱の真っ只中との事です。なので事前に決めていたように向かってください≫

「無理。言ったでしょ? きょうちゃんはまかまか優先だって」

≪承知しています。なので響生だけが“あちら”へと向かい、アスクはいちど愛奈と合流させて真嘉のほうへと向かうように頼んでください≫

 

 言葉使いは変わらず丁寧であるが、拒否権はない事が充分に伝わってきた。

 

「いいの? 愛奈先輩抜けるとキツいでしょ? それにアスクだけで移動させるって流石に危ないんじゃない?」

≪仕方ありません。物事が急速かつ同時に起きすぎました。ですが、この時に備えての『叢雲』で、アスクの変質者的な恰好です。それに、全速力で走る彼を捉えられるものは早々ありませんよ≫

「…………」

 

 響生は沈黙を保ってみるが、月世は時間がないと構わず話を続ける。

 

≪情報を読み取るに飛行能力を持ち、なおかつ上空にて攻撃を行なう『プレデター』が現われた可能性があります。真嘉たちの所に現われた『ギアルス』が、それだというのならば、貴女ではなく愛奈のほうが助けになりますでしょう、それとも時間を浪費して状況を悪化させる事がお望みですか?≫

「──ほんと最低だよね」

 

 響生が罵倒(了承)の言葉を投げると、月世はありがとうございますと愉快そうに礼を言う。

 

「というか何すればいいの?」

≪可能であれば後輩たちを助けてあげてください。『プレデター』に襲われているのであれば、その地点からの待避勧告。特に恩人のお友達の事は優先して気に掛けて頂けるとありがたいです≫

「わかった」

≪また何か有りましたら連絡しますので。それでは、よろしくお願いしますね≫

 

 戦闘の音から把握するに、少し余裕が無くなってきていたのか、そう言って月世は返事を待たずに通信を終わらせた。

 

「──というわけで、メンゴ! こっからは別行動でアスクだけで移動してえなりんと合流して!」

 

 響生は肩から降りると、アスクの方へと向き両手を合わせながら簡潔に説明する。アスクは、別行動をする理由を知りたいという意思を込めて響生の事をじっと見る。

 

 ──こちらを見る単眼の瞳を、真っ直ぐ見つめ返す。

 

「約束通り、まかまかの事ちゃんと守ってね」

 

 アスクは、これは話してくれない感じだと悟り、少し間を置き首を縦に振ると、響生はビルの端に向かって走り出した。

 

「じゃあ。怪我と『プレデター』と知らない『ペガサス』には気をつけてね、ばーいばいみーん!」

 

 そのままビルから飛び降りて、地面に着地すると全速力でその場を後にする。アスクはそれを暫く見守ったあと、言われたとおり、愛奈と合流するために人外の速度にて走り出した。

 






最初の爆撃によって、関わりのない中等部ペガサスが数名“卒業”しました。


それではまた明日。

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