この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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03と接触していたムツミちゃんなどの『ペガサス』は十九話にて出会った子tたちになります。

今回のメインは『蝶番野花』です。





第二十三話

 中等部三年生に進学した時、生徒会長の話が舞い込んできた。

 

 興味がある子は何人か居たけど、誰もやろうとは思わなかった。ボクも最初はそうだった。

 

 電子マネー(お金)が沢山もらえて、戦場で戦わなくていいというだけで単純にものすごく惹かれたが、自分には誰かの上に立つ才能は欠片もないと自己判断できていた。なにせ戦うのは苦手で、〈魔眼〉も外れ、みんなと比べて少し勉強はできるほうだったけど、頭はどちらかと言えば固い方で、良くも悪くも真面目なんてよく言われていた。『ペガサス』とはいえ、本当に雑魚過ぎると我ながら思う。

 

 そんな自分に比べて、すごいとしか言いようがない同級生がいた。自分も所属するグループをまとめ上げるリーダーにして文武両道。戦っても強いし、考えても優秀な『ペガサス』で、見た目からして誰よりも大人で生まれた時から上に立つことが約束されたかのような存在過ぎて、逆に『ペガサス』となったことがありえないぐらいの『ペガサス』。

 

 だから、違いはあれど、あの時みんなが彼女が生徒会長になるものだと自然に意見は一致して、彼女なら納得できると、ボクも含めて思った。だから、彼女が生徒会長にならないと宣言したとき本当に驚いた。みんなで驚いた。その中でボクは驚きながら、チャンスはここしかないと反射的に手と声をあげた。

 

 ──だ、だったら“私”がなります!

 

 +++

 

 ──ジリジリジリジリ!

 

「……ん──ふわぁ〜」

 

 目覚まし時計の音を止めると、体を起こした野花は背伸びをする。

 

「──夜にちゃんと寝て、朝にしっかり起きる。幸せなことですね」

 

 寝起きが良い方である野花は、微睡みから素早く脱却し、すぐに起き上がって支度を始める。

 

 体内に存在する『P細胞』が、常に肉体を最適なものに維持するため不眠不休でも問題は生じない。しかし精神は常人のままであるため『ペガサス』たちは、人間と等しく睡眠をとって心に休息をとらせる必要がある。

 

 しかしながら、彼女たちの身を置く環境が安眠を許してくれない。命懸けの戦闘、目に見える怪物化或いは“卒業”への恐怖から睡眠に関する障害を抱えるものは珍しくなく、野花もその一人だった。

 

 それが変わったのは、アスクヒドラが現われてからだ。文字通り自分たち『ペガサス』の寿命を延ばす“血清”だけが理由じゃない、彼を切っ掛けに変化した“忙しさ”が、彼女に確かな生の充実さを与えていた。

 

 ──もっとも、ちゃんと眠れるようになった事がポジティブなものかと言われれば、絶対に違うと野花は自覚している。それでも悪夢を見るか、長い夜を過ごすかだった生活が無くなりつつある事に、野花は素直に喜びたいと思った。

 

「──ヨシ──なにもヨシじゃないけど──こんなものですね!」

 

 生徒会長になる前に奮発して買った鏡台にて、身嗜みが整ったのを確認した野花は笑みを浮かべる。自分でも、わざとらしいとしか言いようのない生徒会長としてのニコニコ笑顔。ちゃんと作れているのを確認し終わった野花は、部屋の外へと出た。

 

 +++

 

「──みなさん! おはようございます!」

「あ、野花おはよう」

「おう、はようさん」

 

 部屋を出てリビングへと出ると、何時もの高等部制服ではなく黒と青色ジャージ姿で三年寮から持ってきたクッション性が高い椅子に座り寛いでいる高等部三年ペガサスの『喜渡(きわたり) 愛奈(えな)』と、高等部二年の『土峰(つちみね) 真嘉(まか)』が居た。

 

「朝練の帰りですか?」

「うん。久しぶりにジョギングしたけど気持ちよかったよ。野花も今度一緒に走らない?」

「わかりました! 時間があえば是非ご同行させてください!」

「だけど高等部敷地内を走るだけってなると『ペガサス』のオレたちには、あまり鍛錬にはならない気がするな。今度は重りを担いで走るか」

「それはもう鍛錬じゃなくて訓練ですね! ──え? もしかしてボクもやらないといけないやつ?」

「私は普通に走るだけでいいかな。野花もやるなら気分転換ぐらいの気持ちでいいからね」

 

 ──大人たちからの“自立”を決めた高等部ペガサスたち九人とアスクヒドラは、数日前から一年生寮を『新・高等部寮』として共同生活を開始していた。

 

 最初の予定では、公式で“卒業”してしまっている愛奈と月世だけだったのだが、それならと二年生全員を含めた高等部ペガサス全員が一年寮へと引っ越してきた。

 

 まだ始めたばかりであるが、十人と一体の共同生活を野花は正解だったと自己評価している。同じ寮で暮らすだけあって会話できるタイミングが多くなり、今後の相談もしやすいこともそうだが、なによりも以前とは比べものにならない生活感が野花に潤いを与えてくれた。

 

 殺風景で牢獄のようだった一年寮は、三年寮および二年寮から家具や生活用品を持ち込んだことで人が住む家となった。コンクリ製のブロック壁も、装飾を壁に立て掛けることによってある種のデザインとして捉えられるようになり、冷たさがある種のアクセントとなっている。

 

「そういえば月世先輩は?」

「外で素振りしてるよ。もうちょっとしたら戻ってくるんじゃないかな?」

「そうなんですね──なんでしょうね、月世先輩が刃物振り回しているというだけで湧き上がるこの不安感──」

「わたくしがどうかしましたか?」

「ぎゃあああああ!?」

「あ、月世おかえりー」

「ただいまです」

 

 愛奈たちと同じくジャージ姿の月夜に背後から声をかけられた野花は、寮の端まで届くほどの大声をあげてびびる。

 

「ちょっと? 朝から大声あげてどうしたのって……ああ。また月世先輩に絡まれてるの?」

「おっはー!」

「お、おはようございます……」

咲也(さや)響生(ひびき)、レミ……おはようさん」

 

 その声に反応して、次々と『ペガサス』たちがリビングへと集まってくる。また彼女たちだけではなく、唯一『ペガサス』ではない、人間ですらない同居人型プレデター、アスクヒドラも三人の『ペガサス』を腕や背中、触手などで担ぎながら現われた。

 

「あ、アスク。おはよう」

 

 愛奈が声を掛けると、アスクは親指を立てて返事をする。そのまま、おはようという挨拶代わりに立てた親指をひとりひとりに向けていく。反応は様々でおはようと返事をするものもいれば、同じように親指を立てるものがいる。

 

「はい! おはようございます!」

 

 野花は『プレデター』であるアスクと、『ペガサス』である自分が、こんな風に挨拶しあうことに奇妙だと思いながらも、この平和すぎる時間が癖になりそうだった。

 

 いま起きている『ペガサス』たちに挨拶をし終えたアスクは、担いでいた三人の『ペガサス』をソファや椅子の上に優しく降ろす。

 

「ふぁ~……おはよう……すぅ」

「おはよう。香火(かび)、んで、おやすみ」

「……ぐぅ~」

「むにゃ……パパァ……」

「夜稀と茉日瑠に至っては起きてすらいないですね!」

「なんだか全員、集まっちゃったね」

 

 朝、全員がこうして集まるのは、茉日瑠が二階から外へ出るのが解禁された事が、引っ越し終わりとほぼ同時ということもあって、初めてだった。

 

「今日は夜稀も一緒に寝ていたんだね」

「恐らく、部屋で寝落ちしていたのをアスクが見つけて、二階へと連れて行ったってところでしょうか」

「あ、正解なんだ……うーん。私も久しぶりにアスクと寝たいな。そうだ! よかったら今日の夜は私たちの部屋に来てよ!」

「ふふっ。そんなに嫌がらなくてもいいではありませんか……まあ、断わるのでしたら、わたくしたちが二階へ行けばいいだけですので、どっちでもいいんですが」

 

 愛奈と月世はアスクの下へと合流する。

 

「……真嘉、ごはんどうするの?」

「ん、ああ……お前らはなに食べるんだ?」

「まだ決めてなーい! なんなら今日は真嘉が決めてよ!」

「俺がか? ……そうだな……ちなみにレミは何か喰いたいものあるか?」

「卵かツナマヨのサンドウィッチです。ツナマヨは人工素材となりますが、合成食品の中ではクオリティが高く普通にオススメですし、逆にと言えばいいのか卵は天然食材の中でも王道の中の王道、パンも合わせてふんわりとした食感が中々癖になります、優しい味なのに飽きない味とは正にこれのこと、はい」

「あんたまた食べながら本読む気でしょ……というか、真嘉が決めてって言っているのに、なんでレミに聞くのよ?」

「……参考にしようかと思っただけだぜ」

「ふぁ……なんでもいいから……行く場所決めて……ふふ……山でも海でもきっと楽しいわ」

「はいじゃあ、きょうちゃんは冷やし中華食べたいです!」

「……はぁ、もうなんでもいいわ……」

 

 真嘉たち二年生はどこかぎこちなさを感じながらも話しはじめ、野花は自力では起きそうにない同級生たちを起こしにかかる。

 

「ほら、二人ともいい加減起きてください! 特に夜稀! 今日はボクたちに話したいことがあるって言っていませんでしたか?」

「ん~、パパ?」

「パパじゃなくてすいません! 野花です!」

「……んー。じゃあいいや」

「そこはかとなく傷つく反応やめてくれません!? あと夜稀、今日は恐竜型プレデターについて話があるんですよね? 起きなくていいんですか?」

「……あと21600秒」

「──六時間ですね! 別に構いませんが後で起こしてくれなかったって言ったら怒りますよ!?」

 

 九人と一体が集まって騒々しくなる寮内。ついこの間までと違う寮内に、野花は忘れていたなにかを思い出して気分が向上する。

 

 ──野花は、朝が好きになった。

 

 +++

 

「はぁ、持ち帰った牛丼の缶詰もこれで最後……どうして缶詰って食べたら無くなるんだろう」

「食べちゃうからですね!」

「また見つけましょう。どうですか? 予定を変えてこれから『街林調査』にでも」

「月世……それって月世が戦いたいだけだよね?」

「一石二鳥と言う奴ですよ」

 

 高等部1年ペガサス3人、愛奈と月世、そしてアスクの五人と一体は食堂で朝食を食べる事となった。真嘉たちも来る予定だったが、折角だから久しぶりに二年生だけで集まりたいとのことで別行動をとる。

 

「カレー、美味しいね! パパも食べる?」

 

 ナプキンを付けて甘口カレーを頬張る茉日瑠。アスクは首を横に振るって断わりながら、茉日瑠の顔をナプキンで拭く。子供のように無邪気に振る舞い、時には我が儘を言い甘える茉日瑠。それに黙々と付き従い、献身的に世話を焼くアスクは、正に父親と娘のような関係に見えた。

 

 ──アスクと初対面を果たした茉日瑠が、アスクのことを父親(パパ)呼びして、甘えだしたときはどうなるかと思ったが、アスクが元から『ペガサス』に対して、従順な対応をしてくれることが噛み合ったのか、それとも父親という意味を理解し、合わせてくれているのか、自分が抱いていた懸念は何だったのかと溜息がでてしまうほど、茉日瑠とアスクの関係は上手く行っていた。

 

 アスクをパパと呼ぶ理由は、野花はこれと言えるものを考えつかないが──。

 

愛奈(ママ)はなに食べてるの?」

「牛丼の缶詰だよ~。ひと口たべる?」

「いいの!? 食べる! あーん」

「はい、あーん……どう?」

「美味しい!」

 

 ──愛奈先輩を母親(ママ)呼びに変えたのは、彼女なりに空気を読んだんだろうなと、野花は確信していた。

 

「──それで夜稀、作物プラントですが具合はどうです?」

「機械自体は正常に動いている。ちゃんと育つかはこれから経過をみながらじゃないと分からない」

 

 『街林』の捨てられた工場地帯からAIチップなど手に入れた後、夜稀は早速機械開発に着手していた。

 

「それにしても、高等部区画内で野菜を作れるようになるなんて……」

「着手したらそう難しいものではなかった。『生活区画』の農業プラントを参考にできたし、温度管理システムとかの機械回りの設計は工場から持ち帰ってきたAIがしてくれたしね……むしろ屋上まで土運びするのが一番大変だった」

「階段付近で土(まみ)れで倒れていたのを見つけたときは、何事かと思ったよ……今度からちゃんと声かけてね、手伝うから」

「あの時は嬉しすぎて、どうかしてた」

 

 苦労のすえに念願の大型機械を完成させた夜稀は、徹夜だった事もあって謎の無敵感に支配され休憩を挟まずに、設置場所である校舎屋上まで道具運びを決行。土を運んでいるあたりで眠気に限界がきて翌日、廊下で、土嚢を抱き枕代わりにしたことで土塗れとなりながらも爆睡中の夜稀が発見された。

 

 ちなみに、その後は力作業はアスクと真嘉に手伝ってもらい、作物プラントは無事に完成した。

 

「これで高等部内に出来た施設は、加工場と農業プラントの二つですね」

「うん。でも加工場作りに思いの外、時間が掛かってしまったから、これ以上は間に合わないかも……」

 

 まず夜稀が手始めに着手したのが、施設を作るために必要なものを加工する場だったのだが、知識では知っていても経験が無かったこともあって、予定の三倍以上の日数を費やしてしまった。

 

 夜稀は不慣れもあったが、機械弄りが楽しすぎて、なんでも一人でやりたいと思ってしまったことが遅れの原因だったと自己判断をしており、ここまで遅れたのは意識を趣味に傾けすぎたのが原因だったと悔やむ。

 

「それは仕方ありません。何事も初めて尽くしだったんですから遅れるのは想定の範囲内です!」

「それでも、誰かに手伝って貰えれば時短できたと思うと……ごめん」

「ううん。私たちのほうこそ夜稀に任せきりになってごめんね。さっきも言ったけど今度から遠慮せずに声を掛けてね」

「組んだ予定はあくまで理論値でしか無かったので、そう気にしないでください! ──いや、というかマジでごめん、まさかあのまま行くとは思わなかった──今度は最初から話し合って決めましょう!」

 

 野花が提示した予定表は、本人からすれば、これぐらいのペースで出来たら嬉しいなぐらいのもので、これを基準に夜稀が見直しをして調整することを前提とした仮決めのものでしかなかった。しかし、夜稀はその仮決めの予定表に従って、完成させようとしていたらしく、愛奈たちに廊下で倒れていたと聞いた時、野花は本気で心臓が飛び出るかと思った。

 

 本人からすれば、楽しすぎて止めどきが分からなかっただけかもしれないが、予定通りに作れなかったことを気にしている以上、彼女が寝る間も惜しんで作業していた事に無関係ではないだろう。

 

 ──話を聞いていたその場に、夜稀本人が居なかったら自分はどうなっていただろうかと野花は余計なことを考えている自分に気づき、思考を切り替える。

 

「夜稀もそうだけど、野花も無茶しないでね」

「え?」

 

 突然、心配の声が自分に向けられたことで野花は面食らい硬直する。

 

「大規模侵攻の発生予定週間まで一ヶ月を切ったから、忙しいのは分かるけど、ひとりで何でも頑張りすぎないでね……野花?」

「──あ、いえ! 心配しないでください! むしろ最近調子がいいぐらいでして──なんて言うんですかね。充実してるんです」

 

 ──自分はいまどんな顔をしているのか、少なくとも夜稀を心配させるような顔なんだろうなと野花は自分の顔を触ることを我慢しながら、本題に入る。

 

「さてと、ご飯も食べ終えた事ですし、これからについてご相談があります」

「大規模侵攻のこと?」

「はい!」

 

 大規模侵攻。人間が完全に追いやられて『プレデター』の巣窟になっている東北地方から『プレデター』たちが一斉に移動を開始する現象であり、八月()二月()と年に二回発生する。

 

 東京地区を防衛するため、この大規模侵攻で向かってくる数百から千の『プレデター』を殲滅することが、アルテミス女学園に在籍する『ペガサス』たちの本分とされている。つまり、この学園で生活する以上、どんな理由が有っても参加しなければならない戦いである。

 

 ──『プレデター』の手によってもそうだが、『ペガサス』にとって活性率が最も上がる理由であるため、この戦いを越えられたとしても、抑制限界値に近づいた、超えた事を理由に“卒業”するペガサスも少なくない。

 

「愛奈先輩、月世先輩は既に記録上では“卒業”した『ペガサス』。つまり存在しない事になっています。それを踏まえて大規模侵攻での立ち位置を今のうちに決めて欲しいんですが、ボクから二通り提案がありまして──」

「こっそりと最前衛で戦います」

「まだなにも言っていませんが!?」

「もう片方は、学園の中で大人しくしている、というものですよね?」

 

 月世にピタリと言いたい事を当てられた野花は一瞬フリーズする。

 

「──そう、ですね。ボクが考えていたのは正しく、人目を避けて最前線で戦うか、大規模進行中学園内に残って貰うかの二つでした」

「せっかくの大規模侵攻ですよ? 参加しなければ損というものです」

「月世の言い方はともかく、みんなが戦っているのに、私たちだけ学園の中で待っていることはできないよ。だから私も戦う」

「ですが“卒業”扱いのお二人は、他の『ペガサス』と一緒に戦うわけには行きません。大規模侵攻中は東京地区の監視も増えるので、こっそりと混ざってというのもできないでしょう──戦うとなれば二人だけで動くことになります──」

 

 アルテミス女学園で最強の二角の愛奈と月世。確かに彼女たちはカマキリ型百体を容易く葬れるが、大規模侵攻では、百なんて優に超える多種多様の『プレデター』が、そこかしこから現われて襲いかかってくる。

 

 身体能力だけでいえば単身対多数でも、余裕で戦える『ペガサス』であるが。数の差だけ、対応しきれなくなる。手数が足りなくなる。『装備(ALIS)』が保たないかもしれない。それになにより体力の消耗や精神の摩耗よりも、活性化率が上り『ゴルゴン』になるのが早くなる。

 

 ──生徒会長として、愛奈たちが戦ってくれるのは嬉しい。彼女たちが戦ってくれれば中等部の『ペガサス』の被害も減るし、それは自分たち高等部の時間を稼いでくれることにも直結する。

 

 しかし、野花としては愛奈には、もっと安全なところに居てほしかった。みんなに関わることではあるが、“自分が原因で発生するであろう負担”を彼女に背負って欲しくなかった。

 

「それでも、二人は戦ってくれるんですか?」

「もちろんだよ。むしろ、私たちが戦うことで迷惑かけたらごめんね」

「迷惑なことはありません! ──本当に嬉しいです」

 

 ──愛奈の気遣いに、野花は純粋に嬉しいと思った。

 

 +++

 

 朝食を食べ終えた野花たちは、『旧一年寮(新高等部寮)』へと戻ってきて、地下にある『ALIS』のメンテナンスルームへと来ていた。

 

「なんと言いますか、随分と物が多くなりましたね」

「気付いたらこうなっていた」

「機械が沢山だー!」

「危ないので動き回らないでください」

「はーい!」

 

 元から『ALIS』を載せるための台座や、天井から伸びるアームの数々にディスプレイなど、物が多い印象を持った室内だったが、夜稀が様々なものに後付けで色んな機器を取り付け、それらを繋げるコードが乱雑に地面に横になっており、もはや何がどうなっているのか野花には理解できなかった。

 

「足の踏み場が無い……なにか理由があってこういう置き方してるの?」

「とりあえず空いている所に置いていたらこうなった」

「──引っかけて悲惨なことになっても責任とれませんよ? 事故が起こる前に、きちんと整理してください!」

「配線からやり直さないとだめだから、また今度やる」

 

 これやらないなと、アスクに担ぎ上げられた茉日瑠以外、ここに居る全員が思った。

 

「まあ、ここの惨状に関しては後できちんと話し合いましょう、それで、見せたいものとは?」

「うん。夜になったら皆に話すつもりだけど、その前に野花にと思って」

 

 そういって夜稀は、台の上に置いてあった箱から、結晶を加工したような半透明の歯車を取り出した。

 

「あ、それって」

「やはり、ただの歯車ではなかったのですね」

「わぁ! なにそれすごい綺麗!」

 

 愛奈が見覚えがあると声を上げる。彼女だけでは無く月世も知っているものだった。キラキラした歯車に茉日瑠が反応して手を伸ばすのを、アスクが制止する。

 

「それは?」

「『ギアルス』の『遺骸』」

「ギアルス? ……ってもしかして、あの恐竜型プレデターのこと?」

「うん。歯車音が凄く耳に残っていたから歯車(ギア)と、見た目がティラノサウルスに似ていたことから、掛け合わせて『ギアルス』と名付けてみた」

 

 『遺骸』、『プレデター』が絶命し、液状化した中で一部残った金属部位のこと。夜稀が持っている結晶の歯車は、愛奈たちが遭遇して倒した恐竜型プレデターの『遺骸』だった。

 

「……待ってください、これは『プレデターパーツ』ではないんですか?」

 

 野花は、夜稀の言い回しの違和感に気づき、そう問い掛ける。本来の『遺骸』は外殻や骨、稀少なものでは心臓や眼球などあるが、どれも生物的要素を含んだ見た目をしている。しかし、夜稀が『遺骸』と評した結晶の歯車は明らかに加工された機械部品であり、『遺骸』を部品へと加工した『プレデターパーツ』と呼ぶべきものに見える。しかし、夜稀はこの歯車のことを『ギアルス』の『遺骸』と発言した。

 

「元から歯車の形として残っていた正真正銘『ギアルス』の『遺骸』」

「──元から……ですか──」

「これを踏まえて、アスクに質問して得た、情報をみんなに聞いてほしい」

 

 夜稀は、この結晶の歯車が『ギアルス』の『遺骸』だと知るやいなや。ある可能性を考えて、アスクに質問を繰り返して、自分の考えが間違っていないものであることを証明したことで、それを夜稀たちに伝えることにした。

 

 ──『ギアルス』は、『プレデター』の手によって改造された『プレデター』である。

 

「──『プレデター』が自らを改造ですか──怖い話ですね」

「正確に言えば、『プレデター』を『ギアルス』に改造する大型種か独立種が現われた可能性が高いって言うのが、アスクヒドラの見解……らしい」

「アスクが?」

「Yes/Noチャート方式で得た答えだから、多少の正誤はあるけど大体間違っていないと思う」

 

 意志疎通に関して謎の制限を掛けられているアスクは、夜稀の質問にたいして指を動かすか首を僅かに動かすしかできないため、夜稀の質問に対して指を動かしYES/No/どちらでもない、の三択で答えている。

 

 ──夜稀が『ギアルス』と呼称した改造プレデターは、自分たちの生みの親である太古人類の99%抹殺を完遂した一億八千万年前のギアルスたちの模造存在なのだが、それを伝える手段は無い。もっとも、アスクたちプレデター側は詳細を話す手段がない以上、余計な混乱を生みだしかねない真実は答えないという取り決めをした事も関係しているのだが、それすらも『ペガサス』たちが知れる手段は無い。

 

「現時点で『ギアルス』について分かっていることは、前回、自分たちの前に現われたのは偶発的なもので、日が経つにつれて全世界で『ギアルス』は現われ始めるらしい」

「全世界に『ギアルス』が現われる……」

「それは、まずいですね」

 

 絶句する愛奈に、いつも余裕綽々の月世が真剣な表情となって舌打ちする。実物を見ていない野花は、この二人がこれほどの反応をするというだけで、『ギアルス』という存在が当たり前になってしまったら、どれだけヤバイかを感じ取る。

 

「楽しい相手ではありましたが……無傷で済んだとはいえ、わたくしと愛奈、真嘉が『魔眼』を惜しみなく使用してようやく勝てました。それがこれから従来の『プレデター』の代わりに現われるとなれば」

「状況は段々と悪くなる一方だね」

 

 『ギアルス』は愛奈たちから見ても、かなり強い相手だった。そのパワー、スピードは二足で歩く戦車と言っても過言ではなく、また目で見て避けられるほどの弾速とはいえ方向自在の砲塔(尻尾)小砲塔()からは触れたものを消滅させる粒子光線を放つ。

 

 日本に存在する『プレデター』の中では破格の性能を持つ。次世代機と言わんばかりの『ギアルス』のスペックに、斬り心地は良かったが、連続で戦うには難しい相手だと月世ですら嫌がった。

 

「もしも、『ギアルス(彼ら)』が大規模侵攻で現われるというのならば、わたくしたちはともかく、中等部の子たちが全滅することも考慮しなければなりませんね」

 

 ──中等部の名が出た瞬間、野花の心の中では寒風(かんぷう)が吹き荒れた。

 

 気持ちが沈んだとか、冷めたとか、そんな簡単な言葉では言い表わせないほど気分が急降下した野花は、表面上は変わらないながらも“生徒会長”としての思考を加速させる。

 

「もしそうなったら助けたいけど……」

「──そうですね。何らかの対策は考えておきましょう」

「いいの?」

「はい! 『ギアルス』の登場はよほどの緊急事態となりますので──そうなったら仕方がないと判断します」

 

 野花はまるで自分に言い聞かせるように、中等部ペガサスたちの傍に『ギアルス』が現われた場合は、愛奈たちが助けに行ってもいいと許可をだした。

 

 ──正直言えば、野花はそうなったら見捨ててくださいと言いたかった。愛奈には慕ってくれる後輩がたくさん居る事も知っており、その子たちに何かあった場合なら、と条件を付けたかった。しかし、言えるはずがないと、野花は何時ものように“わざとらしい”笑みを浮かべて話を続ける。

 

「──対策としましては被り物をして正体を隠すなどでしょうか!」

「ありだと思う。専用ALISは別に与えられた『ペガサス』以外でも使えるし、素性さえ正体不明にしておけば、幾らでも言い訳は利くんじゃないかな」

「おー! 秘密の存在だー!」

 

 夜稀が賛成し、茉日瑠がテンションを上げる。

 

「「それなら秘密組織を作ろうよ!(何かしらの組織を作っても良さそうですね)」──あら、被ってしまいましたね」

「んー! まひるが最初に思いついたの! つくよは後! パパもそう思うでしょ!?」

「そうですか? 僅かながら自分が早かった気がします。アスクもそう思いませんか?」

 

 茉日瑠と月世が、同時に同じ事を言う。その内容は正体を隠すなら、その隠すための組織をでっち上げようという物だった。月世が嫌いと明言している茉日瑠は、被ったことがとても嫌なのか先に言ったのは自分だとプリプリと怒り、二人はアスクにジャッジを求める。なお、月世は完全にアスクを揶揄っているだけである。

 

「──え、こわい──もとい、いいですね! 木を隠すなら森の中、今後の事を考えれば色々な所で使えそうですし、これを機会にいっそ森を作ってしまいましょうか!」

 

「……野花って月世先輩相手だと本音をよく零すよね」

「月世が言うには怖い物に遭遇した時の悲鳴みたいなものらしいよ……うちの月世がごめんね」

「それは野花に言ってあげて」

 

 実際、何らかの組織を偽造して、その組織に所属している(てい)で動くのは、かなり悪くない案だと野花は思う。『ギアルス』の対処だけでなく、そもそも愛奈たち高等部三年や、これから増えていく偽装“卒業”をしたペガサスたちが、出来る限り動きやすくするための基盤となり得る。

 

 ──それはともかくとして野花は月世、そして茉日瑠のヤバさを再認識する。個人を偽装するぐらいの発想しかできなかった自分とは違って、二人は時間も置かず物を隠すための箱を用意しようと言ってのけた。この二人は思考のラインというべきものが明らかに違う。“人の上に立つような存在”と言うのは色んな所で格の差が出るものなんですねと、野花は諦観する。

 

「正体不明の秘密組織に所属する『ペガサス』が謎の指令を受けて、大規模侵攻で大立ち回り──ふふっ、面白そうですね」

「月世、正体を隠すからといって何でもやっていいって事じゃないからね?」

「もちろん分かっていますよ。まあ、ちょっと遊ぶかもしれませんが」

「もう!」

「やめてください! ──ほんと止めて? なんだかんだでボクたちが助かる結果に繋がるかもしれませんし、なんなら何いっても止まらないのは分かっていますが、ほんと止めて?」

 

 思考が逸れている僅かな合閒に、なんだか勝手に話が進んでいたので野花は慌てて会話に参入する。

 

 ──みんなで話し合って、色々なことが進んでいく、それを実感した野花は心の底から幸せを感じるのだった。

 

 +++

 

 ──それから、野花はみんなと別れて高等部校舎内廊下をひとりで歩いている。夜稀たちと居た時とはうって変わって、その姿は陰鬱としていた。

 

「……はぁ~」

 

 歩きなれた生徒会室までの廊下。日が経つに連れて見えない重りが足されているかのように足取りは重くなっていき、立ち止まる回数も増えていたことで、到着するまでの時間が明らかに延びている。

 

 ──ああ、嫌だ嫌だと心の中で呪詛を吐き続けながら、それでも野花は進む。

 

 目的地へと到着したくない。このまま永遠に続く廊下に囚えられてもいい。そんな暗い願いを抱きながらも、足は着実に進み、ついには生徒会長室の扉前まで到着してしまった。ここまで来れば腹を括るべきだと、自分に言い聞かせて、野花は渋々ドアノブを回した。

 

 ──今日はもう帰っていいよ、なんて無人の室内から期待していた言葉が帰ってくるわけはなく、生徒会長の椅子へと腰を下ろした。

 

「──作業をしなきゃ……」

 

 ──アルテミス女学園生徒会長の主な役割は、学園長などの大人達管理者と『ペガサス』の間に挟まるクッション、もっと悪く言えば骨と骨の間にある軟骨程度の役割しか求められていない存在であるが、することはある。

 

 野花が決めた今日の予定では、大規模侵攻に備えて学園に在籍する『ペガサス』たちの状況確認、その前準備である資料整理である。これ自体はとても簡単で、そもそも野花はこまめに書類を整理しているため、やる事と言えば見直して“素行”が怪しい『ペガサス』が居るか再チェックするだけである。

 

 ──それでも、やる気が起きないのは、これが前準備であること、つまりこれが終わってしまえば、自分がもっとも嫌う常務を行なわなければいけないからだ。

 

「──嫌だな。ほんと嫌だ」

 

 ──やる気が起きない。このまま帰って“自立”を進めたい。でもやらないといけない。これをやるかやらないかだけで事故が減る。何かしら致命的なミスが生じる可能性がうんと減る。だからやらないといけない。愛奈先輩も言っているし、自分たちの間接的な恩人である兎歌たちを守る為にもしなければいけない――ああ、でも流石にこれから起こる事を考えれば、あまりにも億劫すぎる。新入生はいい、二年生もまあいい。でも三年生は──嫌だ、嫌だ、本気で嫌だ。やりたくない――やっぱり帰ってしまおうか? 別にサボるわけではない。“自立”のほうを進めるだけだ、進めるべきだろう、だってあっちもやることは沢山あるのだ。みんなと相談して、話し合って、できるだけ早くやれることをやっていきたい。そうだ。それでいいじゃないか――いや、だめだ。今日やらないと完全にスケジュールが破綻する。たしかに多少の余裕を持って組んでは居るが、ギリギリでもいいというものではない。ただでさえ後回しな感じにしたんだから、ここぞという時にやらないと──帰ろうか? 帰ってもいいよね? だってこんなにやる気が起きないんだから、明日の自分に投げるべきじゃないのだろうか、モチベーションがゼロでしても、きっと上手くできない、致命的な失敗もするかもしれない――それぐらいなら寝て明日やったほうがいいでしょ――というかむしろ“自立”を進めれば、その分中等部ペガサスの負担も減るし、なにか──なにか夜稀や先輩たちの手伝いをしていたほうが、明るい未来が待っているのではないのか? 今後の事を考えれば、別にてきとーでもいいとは思うし、それこそ『勉強会』のメンバーだけに絞れば、兎歌の現状も早めにどうにかできるかもだし、そもそも現在の高等部の機密性を保つためには、中等部と距離を置く方がいちばん無難なのだ。というか、中等部との関係もいい加減はっきりと決めなければいけない。兎歌たち以外の他はどうするべきだ。彼女たちとの間はどうであるべきなのだ?

 

 ──あいつらは──もう──。

 

「──だめだ! そんな簡単に決めたらっ!! ──決めては……だめです」

 

 一番楽な方向へ、楽な方向へといきすぎて、答えを出してしまいそうだったところを寸前でブレーキを掛ける。

 

「はぁ──ボクは──どうして──こんなにも──」

 

 決して変わることの無かった誰にも見せられない自分の愚劣な姿に、恥ずかしさや情けなさを感じて、顔を両手で隠す。いまでもこのまま夜になって、誰かが気になって訪ねてくれるまで顔を隠し続けていようか、なんて怠惰が湧く。

 

 野花が“こう”であるのは、別に今に始まったことではない、誰もいない生徒会室ではうだうだと考え込んで嫌だ嫌だと延々と言い続ける。それでも最終的には生徒会長の業務を真面目にやってしまうのが彼女である。

 

 ──ただ、出来てしまった幸せや充実に溢れている逃げ道が野花の心を削る。

 

 ──ジリリリリリリリ!!

 

「──はい! もしもし、こちら生徒会長室、野花です!」

 

 そんな野花の下に電話が鳴ると、彼女は条件反射で受話器を耳に当てた。明るくハキハキとしたビジネストーンで返事をする。相手はいつもの学園長。今日、通話する予定は入っておらず、だからこそ大規模侵攻について電話してきたのだと分かった。

 

≪東京地区から夏の大規模侵攻について連絡があったわ≫

 

 それだけ言って学園長は電話を切った。何時ものことである。しばらく待っているとコピー機のFAX機能が起動して、セットされていた紙に連絡文が印刷される。

 

 東京地区から送られてきた命令文の内容は去年と同じく大規模侵攻が発生したときの段取りについて。兆候が見られた時点で東京地区側が定めた配置どおりに『ペガサス』を展開する等があるが、野花が見る限り、大きな違いは無かった。

 

「──結局、何も変わらなかったよ。茉日瑠(まひる)

 

 殲滅に失敗すれば東京地区にも被害を及ぼしかねない半年に一度の大災害。しかしながら、その内容はあまりにも在籍する『ペガサス』の自主性に委ねられている。悪く言えば配置ぐらいしか考えられていないのだ。それ以降の『プレデター』たちの対処は、現場の『ペガサス』たちが決めなければならず、経験の浅い新入生たちにとってはあまりにも酷なものとなっている。

 

 今の野花にとっては有り難い話でしかないが、当時はどうすればいいのか分からず、頭を抱えた事を思い出す。

 

「──ボクたちの“全滅こそ彼らが望むこと”なのは分かっていますが、もっと体裁ぐらい取り繕ってくれてもいいのに――ほんと、嫌なやつら」

 

 ──野花は、この杜撰な命令書が無能さからではなく、ある目的のためであることを見抜いており、それにしても、雑が過ぎるのではないかとぼやく。

 

「──ん?」

 

 苛立ちを募らせながら読んでいると、理解できない項目が出てきて、読み直して、野花は叫んだ。

 

「な、なんでっ!?」

 

 なんど読み返しても内容は変わらない。まずい、まずい、本当に不味いと思考を高速で回転させる。

 

「──『鉄道アイアンホース教育校』から三名の“転校生”を高等部に迎え入れる……」

 

 ──秘密だらけのアルテミス女学園高等部に外部の『ペガサス』がやってくる。

 




野花は、誰も居ないところでは大体こんなんです。短い安眠期間でしたね。


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