この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」 作:庫磨鳥
7322:識別番号01 ペガサスの女の子保護しちゃった。
ど、どどどどうしよう…………。
7323:識別番号03 詳細を説明してください。
7324:識別番号01 なんか街の端っこあたりで大きな音が聞こえたから気になって確認しにいったらさ。『ペガサス』の女の子が居て、雨に打たれながら助けて助けてって泣いていたんだ。 だから焦りまくって、たまたま落ちてた傘を手にもって近づいたんだよ。
7325:識別番号02 抗議:対プレデター人類に対しての急接近はあまりにも軽率である。
7326:識別番号01 ごめんて。あの時はもう、雨でずぶ濡れやんけ!? とりあえず傘! って感じだったから自分が『プレデター』ってこと完全に忘れていたよね。
7327:識別番号04 話の続きを要求する。識別番号01の動揺の強さからして何かしらのトラブルが発生していると判断し、とにかく事態の共有を優先するべきだ。
7328:識別番号01 そうだな。ごめん。 そんで、その子と目が合った時にようやく俺プレデターやんって思い出したんだけど後の祭り。怖がられる前に傘だけ置いて走って逃げるかってなったんだけどさ。その子がすんごいやつれた微笑みを浮かべて、今からあなたになるのって言ったんだよ。 もうそっからは脊髄反射っすよ。
7329:識別番号02 質問⇒識別番号01はその『ペガサス』に対して例の人工細胞に効果がある毒を投与したのか。
7330:識別番号01 うん、そう。前に話した人工細胞に効く毒のやつ。ぶっつけ本番でやった。じゃないと多分間に合わないって思ったから。『ペガサス』の子の体を蛇筒に噛ませてさ。人工細胞を沈静化させる毒を流し込んだ。 途中、一本だけじゃなんか無理そうだと思って全身に毒が行き渡るようにしたんだけど後遺症とか不安だなぁ。
7331:識別番号02 肯定⇒『ペガサス』に関してはまだ不明な点が多く断定はできないがすでに人工細胞が活性化状態であったのならば一部分から沈静化を行なっても間に合わない可能性があった。 結論⇒識別番号01が行なった全身に均等且つ同時投与の判断は正しかった。
7332:識別番号01 そう言ってくれるとすげーほっとするよゼロツー。 ……うん、ありがとな。
7333:識別番号03 『ペガサス』の安否。及び毒使用による人工細胞の沈静化の結果を教えてください。
7334:識別番号01 沈静化に関しては成功したとは思う。なんか蛇筒で噛んだらその子の人工細胞の状況って言えばいいのかな? どんな様子なのかが感覚的に理解できるようになったんだけど、毒を投与したときよりも半分ぐらいは落ち着いたかな。 なんか曖昧な発言ばっかりですまんね。
7335:識別番号02 応答⇒断定はできないが『ペガサス』と識別番号01が肉体的接触をおこなったことで『ペガサス』体内に存在する人工細胞と簡易的な接続が行なわれた。 結果⇒『ペガサス』内で活動する人工細胞の様子を感覚的に把握できるようになった。
7336:識別番号01 そんなパソコンみたいな……いやお月様からの命令で動いているって言うし、この掲示板もそうだけど、プレデターってパソコンみたいなものか?
7337:識別番号04 話が脱線している。『ペガサス』の容態はどうなっている。
7338:識別番号01 今は安心して眠ってる。そんで雨の中放置するわけにも行かないから、いつも(不法侵入して)寝泊まりしている拠点に連れてきたんだけど……。
7339:識別番号04 どうした?
7340:識別番号01 いや、緊急ってほどのものじゃないんだけど……この子めっちゃ雨に濡れちゃってるの。だから全身びしょびしょで着替えさせないと行けないんだけど……これ俺がするんですか?
7341:識別番号03 質問の意味が理解できません。現在『ペガサス』の着替えを行えるのは識別番号01だけです。
7342:識別番号01 ……さっき傘をさしながら蛇筒で女の子の全身を噛みついている自分を客観的に想像してメンタルがゴリゴリ削られたあとなんすよ。 そんで今から女の子の衣服を脱がすしょく――蛇筒をにょろにょろ生やしてるプレデター(人外)って客観的に見るとヤバイんですよ。 ヤバいんですよ(迫真)
7343:識別番号03 何故ですか? 識別番号01の行為に関して『ヤバイ』となる理由が見受けられません。
7344:識別番号04 識別番号03に同意する。識別番号01の言いたいことが理解できない。
7345:識別番号02 疑問⇒識別番号01の反応から濡れた衣服を着替えず放置したさいには何かしらの不利益が生じるものと予測できるため識別番号01が行うか否かを迷っている理由が分からない。 要求⇒理由の詳しい説明。
7346:識別番号01 よく考えたら悠長に話している場合じゃなかったな! これは人命救助的な奴だったわ! まずは着替えられそうな服を探してくるわ!
7347:識別番号02 要求⇒詳しい説明。
7348:識別番号01 勘弁してください。
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――心地良い暖かさに身を包まれながら目が覚めた。
「……私は?」
瞼を開けると、まずはじめに知らない天井が見えた。
ひどく頭がぼんやりとして、少しでも気を抜くとまた意識が落ちそうになる。だけど、この状況に違和感を覚えてなんとか体を起こす。
「私は……そうだ……確か『ゴルゴン』に……っ!?」
夢見心地の気分が徐々に薄らいでいき、ある程度の記憶が呼び起こされると共に意識が完全に覚醒する。
「……違う、あの時……確か傘を……」
雨の中で死にたくないと泣き叫ぶ自分に傘が差し出されたまでは覚えている……それからの記憶が思い出せない。
いや何故そもそも傘が? あの場に誰か居たのだろうか? ……違う、それを考える前に確認しないと行けないことがある。
信じられない気持ちを抱えたままベッドから起きて近くに置いてあった全身を映せる鏡の前に立った。
「……『ゴルゴン』じゃない……人のまま……」
鏡に映ったのは167cmの茶色い長髪の私。正真正銘、喜渡愛奈という人間そのものだった。ただ記憶と違う点が幾つかあった。髪留めの輪ゴムが外されており、一束に纏めていたはずの髪の毛が真っ直ぐに垂れ下がっていた。そしてアルテミス女学園の所属を表わす黒と紺色の制服ではなく可愛らしい猫柄のパジャマを着ていた。
「なにが起きてるの?」
自分は確かに
――もしかしてここは死後の世界なのだろうかと、訳が分からなすぎて理屈抜きで納得しかけたとき、部屋の隅に置いてあるものに気付く。
「【ルピナス】……私の『ALIS』」
高等科から一緒に戦ってきた忌々しくも、戦友と呼ぶべきペガサス用対プレデター兵器である『ALIS』が部屋の隅に丁寧に置かれていた。
名前は【ルピナス】。形状はアーチェリーのベアボウと呼ばれる弓に機械的なパーツを取り付けてごつくしたものとなっている。武器としての珍しさはないが中・遠距離による機動射撃を行いやすい自分専用にオーダーメイドされた一品物である。
「……そうだ。活性化率を調べないと……」
自分が最後に見たとき活性化率の数字は99%だった。調べるのは怖いが自分が置かれている現状を少しでも理解するために、P細胞の活性化率を調べなければいけない。
足を進めるたびに襲いかかる倦怠感に抗いながら、【ルピナス】へと近づき手に持った。『ALIS』にはP細胞の活性化率をリアルタイムで測れる機能がある。方法は簡単だ、登録所有者が手に持つだけ。
『ALIS』に使われている『プレデター』のパーツが『ペガサス』のP細胞に反応して、活性化状態へとなり、P細胞の運動エネルギーを用いて電気を発生させることで『ALIS』が起動する。
「…………え?」
深い深呼吸をしたあと恐る恐る丸い液晶画面に表示された数値を見て……頭が真っ白になる。
【47%】
――絶対に故障だ。そうに違いない。きっと二桁の数字がバグっているんだ。信じられない。これは夢だ。でも『ゴルゴン』になっていない。現実から目を背けるな。これが現実ではないのか? それとも死んだ後の夢だとでも言うのだろうか? それにしてはあまりにも体がしんどいよ。
上がり続けることしかない数字が下がった。それも50%を下回っている。ありえない。五年以上『ペガサス』をやってきて、こんなの見たことがない。
さっきまでとは別の意味で頭がくらくらする。先ほどから分からないことばかりだ。あの差し出された傘の後に一体なにがあったのか。腰に力が入らなくなってベッドに座って、思い出そうとするがどうにも曖昧だ。
「……外」
ここに居て考えるだけではなにも分からないと、先ほどよりも怠さがマシになった体を動かして部屋の外にでる。
部屋の外は、普通の家みたいな階段がある廊下だった。
違う。“みたいな”ではなく、ここは本当にどこにでもある普通の二階建ての家だったようで、とくに危険がありそうな所は見られない。
「下に誰かいる?」
一階から『ペガサス』の聴力でようやく聞こえるほどの微かな物音が聞こえた。勘ではあるが誰かしらの気配も感じる。
「……よし」
階段を降りてしまったら夢が覚めてしまうような気がして足が竦むが、このまま廊下に立ち尽くしているわけにも行かず。音を極力殺して階段を降りる。
「これって……紙を捲る音……?」
玄関廊下の奥にある扉。恐らくリビングの方から聞こえてくる音は聞き覚えがあった。
二年生に紙の本を愛読する子が居て、彼女が傍にいると必ず聞こえるものと同じだった。『ペガサス』によって強化された聴覚にも心地の良い音で、たまたま傍に寄った時に少しだけ耳を傾ける時間を作っていたからとても覚えている。
――この家には誰かがいる事を確信する。恐らく人であるのは間違いないけど……もしかしたら傘の人だろうか……?
とはいえ善人か悪人かも分からない。少なくとも何ひとつ理解できないこの状況の作り主であることは間違いないと思う。
音を立てないように扉に近づき、ゆっくりと開いて中を確認する。
「…………なに、ここ」
電気が通ってないのか明かりは点いていない。曇り空から僅かに降り注いでいる日光に照らされたリビング。
まず目に飛び込んだのは本だった。床には足の踏み場も困るほど散乱しており、テーブルだけではなく椅子にまで本が積み重なっている。本の虫の巣と言う表現が相応しい室内だった。
――ぺら。
また紙を捲る音が聞こえてきた。
ここに誰か住んでいるのは間違いない。音の発生箇所は扉を全開にしなければ見えない死角からだった。もしかして生活地区に住めなかった『
それなら普通の人間である可能性が高く、『ALIS』が無くても『ペガサス』の身体能力だけで、もし襲われたとしてもどうにかできる。
本を捲っている人物の正体を確認するために、ゆっくりと扉を開けた。
――人が居ると、この扉の先にいるのは人間だと信じて疑わなかった。
「――――え?」
――ぺら。
椅子に座って本を読んでいる“西洋風の甲冑”が居た。だがアレは置物なんかじゃない。かといって中に人間が入っているというわけじゃない。両肩の後ろ部分に四本、腰部分に四本の触手を生やし、兜にある“一”のような隙間から発光する単眼が彼が人外の存在――プレデターである事を物語っていた。
「……思い出した」
全部思い出した! 私に傘を差しだしてくれたのはあの人型のプレデターだ!
死ぬ恐怖が見せた自分の『ゴルゴン』姿の幻覚だと勘違いして笑いかけたら、自分の首筋に向かってあの触手を伸ばしてきた。襲われたという認識はあったが、首を噛んできた触手から何か液体のようなものを体に注入されて意識が落ちたことを思い出した。
でもどうして……人の本を読んでいる? プレデターが人の知識を学んでいるっていうの? ありえない。でも現実に紙の本を捲って読んでいるのは、あの人型のプレデターだ。
そもそも人型のプレデターは『ゴルゴン』以外、存在しないはずだ。もしかして新種なのだろうか?
謎は深まるばかりで一向に解決しない。疑問ばかりが延々と生まれては処理されず頭の中を埋めていく。
――いや、このさい殆どの事がどうでもいいのかもしれない。もしも……もしも私がまだ人間で居られる理由が……この今の現状全てが彼が理由だとするのならば――。
7402:識別番号01 缶詰やレトルトで病人食作れそうなのないかにゃー。 というか、この街にある食い物ってまだ人が食えるのかな? 缶詰は腐らないらしいけど、レトルト系は怖いきがする。せめて味が分かれば判断できたんだけど……。
7403:識別番号02 応答⇒『ペガサス』は人工細胞による内臓強化が行なわれているのは確実であるため問題無く多少胃に損傷を受けても死にはしないだろう。
7404:識別番号01 無慈悲すぎる……。 まあ、そうかもしれないけどさぁ。やっぱり美味しいもの食べてほしいじゃん。 それかせめて温かいご飯をさ。
7405:識別番号03 温かいごはんを食べた場合、人間にはどのような効果があるのか教えてください。
7406:識別番号01 温かくて美味しいものを食べるとハッピーになれるんだ。だから雨の中で泣いていたあの子にはちょっとでもハッピーになって欲しいの。 ってヤバイ。バーナーのガスを交換するの忘れてた。 確か予備を玄関の靴箱に入れてたはず。今のうちに外に出しとくか。
あ
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「あ……」
顔を上げた人型プレデターと目があってしまった。こちらをじっと見続ける人型プレデターに、どうしていいか分からず見つめ合う時間だけが過ぎていく。
7407:識別番号04 なにか問題でも発生したか?
7408:識別番号01 『ペガサス』の女の子と目が合っちゃった。どうやら起きてたみたい。
7409:識別番号02 進言⇒識別番号01に戦闘の意思が無いのならば逃走するべきだ。
7410:識別番号01 でもプレデターぶっ殺すって雰囲気じゃないんだよな。なんかあっちも戸惑っているみたい。
7411:識別番号04 どうするつもりだ。
7412:識別番号01 どうするって…………とりあえず会釈。
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「え、あ……ど、どうも……?」
突如、人型プレデターはぺこりと頭を下げた。人で言う会釈行為に見えたため思わず頭を下げ返す。
意思疎通の手段は無く、決して相容れない人類の敵。人を見れば殺しに来るのがプレデターという存在だ。それなのにこの人型のプレデターは私を見ても襲うことなく、あまつさえ挨拶のような事もしてきた。
動くことなくじっとこちらの様子を見ている彼を見ると不思議と理性を感じられて――このプレデターは何かが違う。それだけは分かった。
2024/01/9
紅葉崎もみじさんが、なんと三話・四話の漫画を書いてくれました!
とっても凄いくてヤバイ(語彙力)
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