新人提督が弥生とケッコンカッコカリしたりするまでの話 作:水代
そろそろこっちも本格的に一章終わらせたいところ。
戦争が始まる。
艦娘用の寮内、与えられた一室の中で、駆逐艦弥生はその気配を敏感に感じ取っていた。
沖ノ鳥の攻略から三日後、モーレイ海への出撃を命じられ、苦戦はしたが数も増し、火力も段違いに上昇した今の艦隊ならば撃破は不可能では無かった敵艦隊。二日かけて攻略を完了し、その二日後にはキス島への出撃を命じられた。
ただし海域入り口周辺にいる敵の掃討を主とし、敵中枢には踏み入らないように、とも言われる。
そこからはハードスケジュールの繰り返しだった。戦って、休んで、戦って、休んで、また戦って。
まるで何かに憑りつかれているかのように出撃を繰り返す司令官にさすがに物申せば返ってきた言葉は。
「…………大規模作戦」
現在海軍内で進められ、弥生たちもまた参加することになるだろう作戦。
旧カ号作戦…………サーモン諸島要地奪還作戦。
聞いた瞬間、背筋が震えた。
きっとそれは、弥生だけに限らない。
かつて敵味方多くの艦が戦い、戦い、戦い、そして沈んで、沈んで、沈んで。
今となっては船の墓場、とでも呼ぶべきあの場所。
未だあの戦いを覚えているものからすれば、トラウマ以外の何物でもないその名。
「…………鉄底…………海峡…………」
またの名を。
“アイアンボトムサウンド”
* * *
八月も終われば次は九月。
夏も残すところあと半月と言ったところか。
秋に入れば少しはこの猛暑からも逃れられるだろうか。
そう考えれば、秋が待ち遠しくも思う。
だがその前に、やらなければならないことがある。
八月も残すところ半月。だがその半月は、その前の二か月以上よりも長くなりそうだと思う。
「…………始まるな」
いよいよ、始まる。
戦争だ。
人類と、艦娘と、深海棲艦。
互いの死力を尽くし、互いの生存権を賭けた戦いが。
いよいよ始まろうとしてた。
「…………旗艦、弥生」
告げる。名を呼びあげ、そうして。
「はい」
答えが帰ってくる。自身の信頼する秘書艦の声。
「二番艦、伊168」
「ええ」
そして最初の戦闘を弥生と共に戦った仲間。
「三番艦、瑞鳳」
「はい!」
敵の戦艦を相手にどうしても勝てなくて建造した、自身の鎮守府初の空母。
「四番艦、卯月」
「はぁーい!」
弥生のためにわざわざ別の鎮守府からやってきた弥生の姉妹。
「五番艦、鈴谷」
「はいよー」
そのお気楽さから鎮守府のムードメーカーとなりつつある重巡。
「六番艦、陸奥」
「任せなさい」
そしてドロップ艦と言う珍しい経緯を得てやってきて一気に我が鎮守府の主力となった戦艦。
すでに都度十度以上の実戦をこの艦隊を行っている。
二日に一度は出撃するようなハードな行軍ではあったが、それでも全員戦い抜いてくれた。
だから、もう心配はいらない。
「全員に通達、本日より大本営より大規模作戦行動の発令がされた。我が鎮守府もまたそれに参加する」
大規模作戦への参加、その言葉に、事前に通達していた弥生を除く五人の顔に驚きが浮かぶ。
「とは言うものの、この鎮守府の戦力では主力の一角を担うのは無理だということは諸君ら自身も重々わかっているとは思う、よって諸君らの役割は敵部隊の偵察、そして先行打撃により主力本体を敵中枢まで無傷で連れていくこととなる」
要するに、主力部隊の支援艦隊としての役割だ。それが上官から申し渡された俺たちの部隊の役割。
はっきり言って、卯月を含めても平均練度が五十を超えないこの部隊では敵本体との交戦は無理がある。故にこの采配はありがたいし、俺たちの部隊の後方からやってくる主力軍は上官殿のところの艦隊だ。以前の演習の時には世話になったし、共同遠征などの件もあって、見知らぬ味方、と言うわけでも無い。
ただ一つだけ、問題があるとすれば。
「諸君らの作戦担当海域は…………ここだ」
今日だけ執務室に持ち込んだホワイトボードに張られたサーモン諸島海域周辺の地図のある一点を指さす。
アイアンボトムサウンド、そう呼ばれる海域を。
* * *
大規模作戦の口火は、互いのその規模に反するかのように、小さなことから始まった。
南方海域サーモン諸島、その周辺海域を警戒する第一攻略艦隊内の味方哨戒部隊と、同じく哨戒を行っていたと思われる敵部隊との接触。一触即発のままに行われた交戦により、小破等多少の被害を出しながらも敵哨戒部隊を突破、続いてやってくる水雷戦隊をも倒し、敵中枢部隊との交戦を開始。
その交戦に引きずられるように互いが互いに戦力投入を開始し、戦いは次第に激戦へと変化していく。
初戦の戦いと言うのはこの先の戦い全てに関わってくる。主に戦う艦娘たちの士気の高さなどだ。
故に大本営はここに精鋭を配置していた。主力本体にも負けず劣らずの練度を兼ね備えた精鋭部隊が敵中枢艦隊を撃破、海軍は初戦を勝利で飾った。
だがここで終わりではない、何せ今彼女たちが経っている海は、ソロモン諸島海域の入り口に過ぎないのだから。
ここから先に進めば進むほど強大になっていく敵精鋭艦隊が続々と現れる。
故に大本営はすぐ様に次の手を打って出た。
少数部隊による夜間海域突入。
事前に送られた偵察隊による情報で、この海域に集結している空母部隊の多さを知っていた大本営はこれら機動部隊が出てくる前に一歩でも海域の攻略を進めようと強引な襲撃をかける。
いくらなんでも入り口周辺の敵を相当したその日に第二部隊攻略艦隊の突入は早すぎる、そう思う人間も確かにいた。
だが結果的にこれが功を奏すこととなる。
機動部隊の準備も整わない内に行われた夜間戦闘によりヲ級eliteを始めとした多くの空母の撃沈に成功し、さらにルンバ沖海域周辺の攻略に成功する。
これで二手、海軍が優位に戦闘を進めた…………そう、思われた時。
続くサンタクロース諸島海域での戦い。
島のすぐ傍に駐留する機動部隊本体を叩こうとする味方攻略部隊とそれを阻止せんと動く敵部隊との激しい戦いが行われた。
だが進撃に次ぐ進撃により一足飛びに敵の懐へと深入りしすぎた。
味方第三攻略艦隊の到着を前に、敵精鋭機動部隊が後方より襲来。
空を雲霞のごとき敵艦載機が埋め尽くす。
海が燃えているようだった、と後に第三攻略艦隊の艦娘は漏らしたほどの激しい敵艦載機の爆撃に、味方第一攻略艦隊、第二攻略艦隊が敗退。稼いだはずの有利は一気に形成不利へと逆転した。
大本営が決断を下す。
第三、第四攻略艦隊の連合を結成。敵精鋭機動部隊との決戦を敢行することに決定した。
そして第四攻略艦隊。そう呼ばれる複数の艦隊の一つに。
上官殿の艦隊があった。
* * *
「ふむ…………なるほど…………ふむ、なるほど」
顎に手を当てたまま、何か納得するように一人頷く不知火の様子に、けれど誰も言葉を発さない。
誰もが分かっているのだ、彼女の邪魔をしてはならないと。
当然ながら古参の一人でもある、彼女たちの司令官である彼の鎮守府には多くの戦艦、空母が建造されている。ドロップ艦も多くの種類が存在しており、誰もかれもが練度四十を超える一角の戦力、主力部隊である第一艦隊面々ともなれば練度九十を超える精鋭中の精鋭である。
二番艦、金剛。三番艦、榛名。四番艦、利根。五番艦、蒼龍。六番艦、飛龍。
誰もかれもが名の知れた錚錚たる面子である。
そして。
旗艦、不知火。
それら面子を率いるのが、駆逐艦。
誰もかれもが納得したわけではなかった。
当然のように反発したものだっていた。
けれど、もうそれも居ない。
全て彼女…………不知火自身が実力を持って屈服させたから。
だから誰一人として旗艦である彼女を侮る者はいない。
決して謙っているわけではないが。
けれど一度植えつけられたソレは簡単には拭えない。
全員がそうだ、誰もが一度は彼女にソレを感じている。
否、感じさせられている。
つまるところ。
上下関係。
“私が上で、お前が下だ”と心根の奥底に植え付けられている。
それが無意識となって、彼女たちを抑制する。
故に後は、不知火自身の統率が全てを決める。
「…………………………………………ふむ」
そして今までに彼女が出してきた結果を考えれば。
「総員、出撃準備」
この戦いの趨勢など、最早この艦隊の全員が思い描いていた。
「それでみなさん」
即ち。
「あのうるさい蚊トンボどもを撃ち落としに行きましょうか」
勝利、それ以外にあるわけがないと。
* * *
鎮守府から南方海域までの距離を測ると、実はかなりの距離がある。
弥生たち艦隊の所属する鎮守府は太平洋側にあるのでまだマシだが、日本海側にある鎮守府は南方海域を目指そうと思うならば、本州をぐるっと半周して迂回しなければならない。
そういう事情もあって、集結の日時はまだあったが、いつ何時戦場が変化するか分からない、早めに行っておくに越したことはないと即日鎮守府を出発した。
鎮守府を出たばかりのころは軽口を叩く余裕もあった面々だが、南方海域を進むにつれ段々と口が重くなってくる。
サーモン諸島海域周辺に到達した時など、誰もかれもが重苦しい雰囲気を口を閉ざしていた。
その理由は誰もが理解していた。
アイアンボトムサウンド。
かつて行われた海戦の舞台となった場所。
第二次ソロモン海戦。実はその時、一度だけ弥生はそこにいたことがある。
たった一度だけ、それも短い間の砲撃、そして退却。
そこに二度目は無かった。
だって――――――――――――
「…………弥生?」
背後からかけられた声に、はっとなる。
振り返ると、卯月がどこか心配そうな表情でこちらを見ていた。
「大丈夫かぴょん?」
「…………うん、大丈夫、だから」
取り繕うような表情で、けれど上手く笑顔が作れなくて。
どうして自分はこう不器用なんだろうと思わず自嘲してしまう。
そんな自身に卯月が何か言おうと口を開き。
「お疲れさまです」
先手を打つようにかけられた声に、その口は閉ざされた。
振り返ればそこに、陽炎型の制服を着て白い手袋をした少女、不知火がいた。
「不知火…………お疲れさま、です」
「不知火、大丈夫?! さっき他の艦隊から敵と交戦してたって聞いたぴょん!」
元同じ鎮守府だっただけあって、卯月が親しそうに告げると、不知火がきゅっと手袋をはめ直しながらこちらへと視線を向けすらせずに呟く。
「何か問題があるとでも?」
ちらり、と射抜くような視線を向けると、卯月がびくり、と体を震わせる。
「う、うう…………た、確かに不知火に限って不要な心配だったかもしれないぴょん」
「それより、良い時に来てくれました」
卯月から、そうして弥生へと視線を向ける。その視線に射抜かれると、どうしてだか体が重くなる気がする。勿論気のせいだと言うことは分かってはいるが、どうにも弥生はこの視線が苦手だった。それは単に気迫に押されている、と言うだけのことなのかもしれないが。
「今晩、鉄底海峡を抜けて敵拠点へと夜襲をかけます」
直後告げられた言葉に、そうして絶句した。
* * *
真夏の日差しは南方海域にあって尚強く降り注いでくる。
時刻はすでに夕刻になろうかと言う時間にも関わらず、空はまだまだ明るさを失う様子はない。
普段は心地よいと思う日の光も、けれど今だけは憎々しく思わずにはいられない。
「…………早く、早く沈んで」
空を見上げ、燦々と海を照らし上げる太陽に思わず毒づく。
と、その時。
ざあ、と水を切って進む何かの音が聞こえる。
びくり、と体を震わせて草陰に身を潜める。
気づくな、気づくな、気づくな、気づくな、気づくな。
縋るような思いで必至に祈り、祈って、祈り続けて。
やがて遠ざかる音に安堵の息を漏らす。
「…………不味いなあ、もう燃料も弾薬も残ってないにゃしぃ」
思わず語尾でおちゃらけてしまいたくなる程度には絶望的状況。
「…………大丈夫、だよね?」
きっと味方艦隊は来てくれる。前線を押し上げて、ここまでたどり着いてくれるはずだ。
だからそれを待てば良い。息を殺し、気配を殺し、鼓動さえも殺して。
空を見上げる。
そこには何もない、ただ太陽だけが煌々と世界を照らしているだけだ。
不安に駆られる。どうしても。
この場所は思い出してしまう。
「…………早く来て、お願いだから」
そうして駆逐艦睦月は敵地の只中で祈ることしかできなかった。
そろそろ誰か轟沈しない?
【戦果】
『第一艦隊』
旗艦 弥生改 Lv32
アイアンボトム……サウンド………………。
二番艦 伊168 Lv31
…………ここに来ると嫌なこと思い出すわ。
三番艦 瑞鳳 Lv33
ここ…………かあ、また来ちゃったのね。
四番艦 卯月改 Lv54
睦月…………弥生…………忘れてないから…………ぴょん。
五番艦 鈴谷 Lv32
そっか…………またここに帰ってくるんだね。
六番艦 陸奥 Lv18
今度は燃料タンクじゃ終わらせないわ…………。