IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▼▽

 

 六月の最終週。

 IS学園はすっかり学年別トーナメント一色に染まり切っている。もうトーナメント当日なんだから染まってないと駄目なんだけどさ。

 規模がでかい行事だから、人手が足りないっつーのはわかる。でもだからって試合当日の朝まで生徒を雑務や会場の整理や来賓の誘導に駆り出してるのはどーなんだ。

 ちなみに俺とシャルは早々に解放されている。トーナメントの詳細はまだ発表されていない、が。『男子生徒の試合は一回戦第一試合に行う』事は先に決まっていたらしい。

 だからとっくに着替えは済ませて、現在位置はピットの中。後はのんびりお呼びがかかるのを待つだけ――ではなく。最後の追い込みの真っ最中だったりする。

 

「何か思ってたよか客が多いっつーか多すぎねえ?」

 

 眼前にはハンガーに固定された白式の機体。その向こうにあるモニターへ視線を向ければ、映し出す観客席は人で埋まっている。それも生徒や教員だけではなく、明らかに外部の人間と思しき方々がずらり。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからだよ。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者にはさっそくチェックが入るだろうね。ねえ、固定具のボルトが一つ足りないんだけどそっちに無い?」

「ふ――――ん…………これ?」

「わあ興味なさそう……それそれ、取って」

 互いの手元でがちゃがちゃと金属が擦れ合う音が鳴る。互いに部品や工具を時折キャッチボールみたいにやり取りしながら作業を続ける。

「一夏の目当てはボーデヴィッヒさんだけだから、そりゃ気にならないかあ。よし、こっちはもう殆ど終わったかな」

「だな。こっちはもーちょい」

「手伝う?」

「んー……いや自分でやる。腕だしな」

「じゃあ私は自分の機体――あ、対戦表決まったみたいだよ」

 がばりと顔を上げた。

 シャルが指差すのはモニターの内の一つ、当日に発表される対戦組み合わせが映し出されるはずの画面。さっきまでは真っ暗だったそれに光が灯り、完成したトーナメント表が映し出されている。

 一年の部のAブロック一回戦第一試合なのはもう知っている。だから自分の名前を探す必要は無い。問題なのはその隣に書かれている名前だ。

 

 ――『ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒』

 

「うっひょう! 第一関門突破ァ!!」

「ふー」

 飛び上がった俺、の横で胸を撫で下ろすシャル。事前の『準備』の都合上、目的の相手と当たるのは早いに越したことはない。初戦というのはまさに願ったり叶ったりだったりする。

「これは幸先いいんじゃない? 完全ランダムな組み合わせから目当ての組み合わせを引き当てるなんてさ」

「いやランダムじゃなくてほぼ2分の1だぞ。たぶん」

「どういうこと?」

「過去の記録ひっくり返した限り『専用機持ちが複数いる』場合は、専用機持ち同士が最初に当たってたんだよ。要は最終的に『専用機持ちで一番強い奴』と『訓練機で一番強い奴』がぶつかるようにしてるんだろ。一年枠では鈴がリタイアしてて、四組のは機体の不備で不参加。オルコットが転校生と組むわけねーから、すると残りの専用機持ちが居る枠は俺等除いて二組だろ、ほら2分の1」

「一夏が真面目な話してると違和感がすごい……」

「おい聞こえてるぞてめえ」

「でもそれだと一回戦でオルコットさんと当たるっていう最悪(・・)な組み合わせも同じ2分の1って事だよね。その時はどうするつもりだったの?」

 

「決まってんだろ泣くんだよ」

「ええ……」

 

 

 ▽▼▽

 

 何もしなくても時間は過ぎる。

 山程何かしたのなら相応に時間は過ぎている。

 そしてとうとうやってきた、試合開始の直前だ。

 

 既に互いのペア全員が機体を展開済み。所定のスタート位置に立――浮き、か。ともかく後は試合開始のブザーが鳴り響くのを待つのみ。

 

「一戦目で当たるとは、待つ手間が省けた――が」

 

 アリーナで向かい合ったこちらを見た転校生が。もーこれでもかってくらいに忌々しそうに顔を歪めに歪めて不機嫌さを猛烈に迸らせながら盛大に舌打ちをした。

 ちょっと普通にイラッとしたぞ今の。

 

「機体を言い訳にするなよ、織斑一夏」

「悪いのは見てくれだけで中身は万全だっつーの」

 

 向かい合う先には黒いIS、機体名は『シュヴァルツェア・レーゲン』。大型のレールカノンには先日の戦闘の痕はすでに見当たらない。機体総てが完全に万全である事を威圧感を伴って示している。

 対してこちらは白いIS、機体名は『白式』。大きく目立つのは左腕部と右脚部だが他の部位にもいくつか、白式本来の装甲ではなく打鉄の装甲やパーツが貼り付けられている。『つぎはぎ』と呼べる程度には全体のシルエットが歪になっている。

 

 試合開始まで5、4、3、2、1――――”0”。

 

 ブザーがアリーナ内に鳴り響く。けれども俺は動かない。相手の黒い機体も動かなかった。けれども試合自体は始まっている。動き出さずとも動きは起こる。今回の試合はタッグマッチで、相手は二人居るからだ。未だ開始地点より動かない黒いISと違い、相手側のもう片方は開始と同時に飛び出してきた。

 けれどこっちも二人居る。真っ直ぐ突っ込んできた相手に、オレンジ色の機体が横殴りに突っ込んだ。”横”方向だ。”前”からじゃない。相応の重量のある金属同士の衝突によって撒き散らされる鈍い音。スラスターの光が爆発するように瞬く。ラファールに”押し出される”ように。打鉄が横方向へ流れていって。

 

 そうして、俺達(・・)の前から”何も無くなった”。

 

 ▽▽▽

 

 一夏が一人でラウラと戦う。

 その間シャルは相手のパートナーを抑えておく。

 タッグマッチの形式が完全に死ぬこの内容が、今回の『作戦』だった。

 

「相手が一夏じゃなくてゴメンね」

「くっ……!」

 

 アリーナの端が見えてきた辺りで、相手の打鉄を突き飛ばした。同時に空いた両手に武装を呼び出す。出現したのは六十ニ口径連装ショットガン《レイン・オブ・サタディ》――発射。相手がばら撒かれた弾丸を後ろに飛んで避ける。持ち変える(スイッチ)。五五口径アサルトライフル《ヴェント》が間髪入れずに弾丸を吐き出して、打鉄に迫る。

 勝利条件は向こうの決着が着くまで、眼前のISを自由にさせない事。勝ち負けは関係ない。でもさっさと倒して脱落させてしまえばより確実だろう。

 出来れば、だが。

 

「構わん」

 

 ガギギギギギギギギギギッと連続して金属音。高速かつ精密に振るわれた両腕が、そこに握られた刀剣が。ヴェントが放った銃弾を総て斬り落とす。

 

「どの道、立ち塞がる相手は総て斬り捨てるつもりだ」

 

 既に右手の武装は切り替わって(スイッチ)いる。六一口径アサルトカノン《ガルム》。左手はヴェントのまま、本命のガルムの爆破弾を当てるための牽制射撃。

 

「篠ノ之箒、打鉄。推して参る!!」

 

 踏み込みからの一閃。切り捨てらてた銃弾が散らばる、一拍遅れて爆破弾が爆発。爆風を背に箒の打鉄が刀を振りかぶる。退きながら切り替え(スイッチ)。面制圧力に長けたショットガンの散弾――翳された打鉄のシールドで受け止められ、剣閃。

 銃身を切り落とされたショットガンを放り捨てながら、退かずに距離を詰めた。今度はこちらからブレード(ブレッド・スライサー)を叩きつける。左手のヴェントを至近距離から発砲。身体を捻って躱される。相手の刀を抑えていたブレードが、握る腕ごと弾き飛ばされた。すでに振り被られている刀、咄嗟にブレードで迎え撃つ。

 裂帛の気合と共に、ラファールの握るブレードは刀身半ばですっぱりと断ち切られた。切り替え(スイッチ)。動じずに、次の武装を握る。

 

(どっちみち援護してる暇は、無かったかな……ッ!!)

 

 シャルに勝つ理由は無いし勝ちたいという意思も無い。一方の篠ノ之箒は全力で勝つつもりで戦っている。その意識の差は明確に実力や戦況に影響を与えるだろう。

 それでもシャルは喰らいつく。振るわれる刀をかわし、受け止め、逆に相手の動きの隙間に銃撃を差し込んで攻め立てる。

 だって勝つ気はなくともパートナーの信頼に応えるつもりはたんまりある。上手くこなして恩を着せようとちょっぴり悪企んでいたりもする。

 

 箒の勝ちたいという意思に真っ向からやりあえるくらい。

 シャルにも負けられない理由がある。

 

 

 ▽▼▽

 

「さてさてさあて! 文句なしの一対一だ。今から行くから逃げんなよォ!!」

「……その減らず口ごと叩きのめしてくれる」

【警告。敵IS大型レールカノンの安全装置の解除を確認、初弾の装填を確認――ロックオン確認】

 

 身体の全てが唸りを上げる。

 脳髄から心臓へ、血流を介して全身へ、そこから更に繋がる鋼の手足へ。弐型の柄を握りしめ、虚空を踏みしめる。伝達は四肢に留まらず。本来人体に存在しない背部のスラスターが噴射口より推力を伴う光を瞬かせ、

 

 開戦の合図は、爆発に等しいレールカノンの発射音。

 

 風を切りながら飛翔した白式の横を、風を食い破るかの如き威力の砲弾が通り過ぎる。すれ違うのは一瞬以下。加速を続ける最中で、周囲の景色が恐ろしい速度で流れていく。十二分に『高速』と呼べるスピード。けれどもこれは『最速』ではない。

 黒い機体が右手を掲げる。伴って頭の片隅で火花が散った。直接向き合うのは初めてだが、すとんと確信。これがAICか。線のような帯のような――うん、よくわからん。とにかく妙な感触を伴っている。だが大体でも感じ取れるのならやりようはある。一番近くは進路上に一つ。このまま直進すれば数秒も要らずに接触する。困った事にそれを避けようと機体を傾けるべき方角にも既に”張られている”。更にはレールカノンに被せるように発射されていたワイヤーアンカーが、隙間を埋めるように空間を蠢き――

 

 瞬く間に”網”が組み上げられていく。

 

 どれか一つに、僅かにでも手間取ればそこを潰される、と。こちらの想像を証明するかのように、レールカノンが排熱と排莢を終えて再装填されていく。まるで見せ付けるかのようですらある。

 未だに相手は一歩も動かない。安い挑発に乗っかって突っ込んできたくれたら万々歳だったんだが。まあそうはしねーだろうな。

 あいつは俺を見下している。けれども織斑千冬は見上げている。

 だから俺を見くびることはあっても――『零落白夜』をみくびる事は、決して無い。俺がどれだけ弱くても、こっちに『織斑千冬』と同じ要素があるのなら。あいつは決して油断しないし緩めない。逆にあるからこそ。こうして一層苛烈に攻めてくる。

 ここまで全部、想定通り。

 

「さあて、行くか」

【はい】

 

 加速しながら機体を前方にぐるりと回す。虚空に踵落としをするように。右脚が空中に張り付くように着地。踏みしめ、弾く。眼前にあったAICによるエネルギー波を跳び越えた。跳躍方向は前方。スラスターの吐いた光に身体が押される、前へ。抜き去ったAICが即座に消滅。新たに貼り直され――ない。次に飛来したワイヤーアンカーは二本。右脚と左腕を突き刺し絡み付く位置取り。こちらから右脚を突き出す。不可視の足場と小型のブレードが衝突し、形を変えた力場が逆にワイヤーを絡めとる。固めたアンカーを踏み抜いてその場で深く前傾姿勢。急激な体勢変更に対応しきれずもう一本のワイヤーが通り過ぎる。踏み抜いて、跳躍。更に、前へ。行こうとした先に突然AICが目先に”張られる”。弾く。噴く。推力と力場で身体を横に倒して、潜り抜けるように通り過ぎる。こっちの体勢が崩れたのを見計らったかのようにレールカノン。背部のスラスターがぐねりと稼働。復旧していない機体を強制的に射線からずらす。機体ごと身体が揺れる。意識がぐにゃりと歪む。不快感に浸る暇は無い。そこから更に前、に行こうとしたらワイヤーアンカー三本追加、AICが四本追加。発生した力場と両脚が干渉し火花を散らして機体の速度を無理矢理削ぐ。狂ったタイミングで生じた綻び目がけて跳ぶ。前方向へ、潜り抜ける。意図的に脚部を力場にぶつけ、機体が折れ曲がる。強制くの字。身体ごと前方にすっ飛ぶが、上半身を狙っていた不可視の網を通り過ぎる。また直ぐ空中を蹴りつける。軋む音は機体か。スラスターは光りっ放し。身体の中の音か。体勢は進みながら整える、暇が無けりゃ折り曲がったまんまでも前に跳ぶ。音が鳴るのは両方からだ。飛行の速度で跳び回る。AICには触れない。アンカーにも可能な限り触れない。回避でも可能な限り下がらない。多少無理でも前方向へ。倒れこむようであったり、捻きれる寸前であっても。とにかく、前へ。前へだ。前。潜り抜けながら接近し続ける。軌道を線にすればジグザグとすら呼べない酷い有様だろう。が、未だに黒い機体の放った網は俺を捕らえられない。

 

「――ッ!」

「ハッハァ――――!!」

 

 相手が息を呑んだ。

 ほんの僅かでも揺れたという事は。この攻防を俺が”潜り切る”と想定していなかったという事。つまりはあの野郎が紛れも無く本気であったという事! 俺はそれに対処出来ているという事だ!

 別に何か凄い技を使ったとかじゃ無い。結局AICに対して有効な対抗策は用意出来なかった。だから避けてんだし。

 ただ、事前に攻防がこういった形になるのは予測できた。ならば条件を本番に可能な限り近付けた模擬戦で備えりゃいい。

 

 ――まず、シャルとラファールに大型の砲を装備してもらいます。

 

 転校生本人を相手に用意できない以上、条件を少しでも近くするしかない。これで火力面を再現できる。本来は接近した後にプラズマ手刀もあるが、近付くまでの模擬戦なのでそこは省く。

 

 ――次に、その周囲にブルー・ティアーズ(ビット)を浮かべます。

 

 うん。ここが一番大変だった。もー本当に大変だった。普通に手伝ってもらうだけで地面にめり込むレベルで土下座してギリギリって感じなのに。あのオルコットに『隅っこでビットだけ操作してて』だぜ。出せる札は切り札含めて全部出したとはいえ、よくやってくれたもんだと思う。何か今後について嫌な予感がちょっとしないでもない。

 が、ここはどうしても妥協できなかったのだ。

 今回の攻防に備えて、頭に覚えこませるのは『1対1』じゃなく『1対1.6(・・・・・)』だ。

 有線と無線という違いはあるが、他の機体、他の相手ではそもそも”本体と同時に子機が襲ってくる”という状況を致命的なまでに再現できない。

 

 ――はい仮想敵の出来上がり。

 

 肝心なAICは意外と何とかなる。AICそのものの再現は絶対に不可能だが、機能がわかっているなら話は別。まずラファールと白式をリンクさせる。後はラファールから送信された『座標』を白式が通過した場合、白式は俺の制御を離れて”止まる”ように設定する。停めるのは不可能でも止まることは出来るんだから。

 

 ――後は繰り返すだけ。

 

 本物よりリロード間隔の短いカノン砲にかすりでもしたらゲームオーバー。

 ほぼ視線だけで設定される停止座標に一度でも引っかかったらゲームオーバー。

 セシリア・オルコットが操作に専念したビットのどれか一つに触れられてもゲームオーバー。

 要するに、全部避けなきゃゲームオーバー。

 

 この条件で刃の届く距離まで接近すれば、クリア。

 

 何回駄目でも繰り返す。

 何十回墜落しても繰り返す。

 何百回撃ち落とされても繰り返す。

 生まれついての筋金入りの不器用な俺が、直ぐ上手くやれるようにはなる訳はない。それは俺自身が一番知っている。だからひたすらやり続ける。何度も幾度も延々と反復し続けて少しずつでも頭と身体と心をすり合わせていく。頭から必要な事以外を退けていく。必要なことだけに特化させる。それしか出来なくていい。それだけ出来ればいい。この時だけでも”そうするだけ”のモノで在る。

 だからこそ、早めに当たったのが幸運となる。普通の試合をすれば僅かでも”元に戻ってしまう”から。だからこそオルコットと当たるのが最悪になる。転校生用に特化し尽くした今の俺は、オルコットにとって敵以下の的でしかないから。

 

「……………………ッ!!」

 

 最高速は、あえて出さない。

 確かに最速で飛べば最速で辿り着けるだろう。が、その時俺は”急に止まれない”。今みたいに目の前に突然AICを張られたら、為す術もなく引っかかる。突然目の前に何かが出ても回避か対処が可能という前提をクリアできるギリギリの速度。だったら加速せずにゆっくり確実に近付けばよいのでないか。

 出来ないんだな、それが。

 機体は持つ。エネルギーもだ。ただ俺の頭(・・・)が保たない。機能を特化させても、根本的な能力の低さまでは補えない。この波状攻撃を延々と捌き続けられる程、俺の処理能力は優秀ではない。集中力だって有限だ。長いこと続けてたらっていうかもうそろそろパンクしそう超忙しいなちくしょうめ!

 

「思ったよりかは出来るようだ。が、その鬱陶しい動き。何時までも続けられるものか?」

 

 わーおバレテーラ。

 でもやることは変わらない。変えなくていい。捌き切れなくなる前に、辿り着け。そこでようやく賭けになる。あくまで不利な部分を潰せただけ。こちらの有利を増やせてはいない。現時点ではギリギリで食い下がっているに過ぎない。辿り着かなければ勝負すら出来な、

 

「――――そら、足掻いてみせろ」

 

 正しくこちらの手を見ぬいたと言わんばかりに、転校生が攻め手を変えた。やった事は単純で、数を”増やした”だけだ。的確に進路上に張られていたAICは一見すれば不要な位置にまで設置され、網の目を狭める。数本ずつ交互に射出と回収を行い連射させていたワイヤーアンカーが、一気に六つ放たれた。

 

「ぐ、ぎ…………ッ!!」

 

 一つでも当たれば致命的な障害物が一気に数を増す。増えた分だけ意識が割かれる。限界近かった頭の回転が更に増して焼き付くかのようだ。視界がちょっとチカチカする。力場を纏った脚部の力場と右手の弐型でワイヤーアンカーを弾く。避けきれない、にせめて弾けるブレードを割り振る。捌き方が一気に雑になる。

 だが、ここまで続けた。ひたすら前に出た分は確実に積み重なっている。既に中距離から近距離の狭間。あと数歩分――!

 

「無駄だ」

 

 発生源から距離が近付いたからか。それとも最初から意図的に『調整』されていたのか。この攻防が始まってから、俺が知覚した中で。最も高速に形成されたAICのエネルギー波がスラスターの端っこを”引っ掛けた”。

 突然”停止”したスラスターに全身が後ろへ引っ張られる。倒れこむ前に体勢を立て直そうと振り上げた脚が”停まる”。脚を止めたエネルギーへ振るった刃を持つ腕が”停まる”。念押しと言わんばかりに胴体が”停まる”。最後に頭部が”停まる”。ここまで維持していた速度が総て、一瞬で掻き消えて――白式が”停止”した。試しにちょっともがいてみるも、びっくりする程びくともしない。完全に固定されている。

 どうでもよくないけどさ。

 結局、模擬戦は一度もクリア出来なかったんだよな。

 

「では――消えろ」

 

 照準を合わせ終えたレールカノンがこちらを向いていた。砲口から溢れ出た炎、それを纏い、突き破って進む砲弾。対ISアーマー用特殊徹甲弾。直撃すればシールドエネルギーを根こそぎ奪いかねない破壊力を持つ。

 それが進んでくるのがゆっくり見えた。

 ゆっくり見える程に、思考は加速したまま。

 

 ――集中はまだ、途切れていない

 

 白式の脚部から音を立てて脱落したカートリッジを、果たして転校生はどう見たのだろう。ただの悪あがきと嘲笑ったのか。それとも最低限度の警戒を向けたのか。

 とにかくそちらに、注意は行っただろう。

 

 ――――細く、長く、

 

 相手も『零落白夜』を知っている。憧れの人の代名詞の様な能力だから当然だろう。能力の危険性を知っているからこそ、AICを武器ではなく腕に当てるのを徹底している。

 『織斑千冬』は強かった。

 能力(ワンオフ)が強いのではなく本人そのものが純粋に強かった。

 相手が知っているのは『織斑千冬の零落白夜』。能力に頼らずとも勝てる戦い方で振るわれる『零落白夜』――しか、知らない!

 

「鋭くッ!!」

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、オンライン】

 

 展開した刀身から光が迸る。触れたエネルギーを消滅し切断する光の白刃。それが今は刃とは到底言えない形に。糸の如き細さで、かつ長く。光は白式の機体を這うように駆け巡り――不可視の網を総て容易く斬り裂いた。

 

炸裂(Burst)

 

 先程排出したカートリッジに蓄えられていたエネルギーが一拍遅れて爆発する。加えて瞬時加速(イグニッション・ブースト)。解き放たれた白式が、真の最速で以って黒い機体へと肉薄する。

 

「な、」

 

 今日初めて、転校生の顔が驚愕に染まり切った。

 眼と鼻の先の距離の砲弾を、1つから2つへ切り分ける。既に光は見慣れた『刀身』へと姿を戻している。発射した砲弾を見慣れた形に変わった光刃で切り分け、迫る。

 斬撃ではなく突撃だ。無論、どれだけ白式の加速が凄まじくても、その速度が速くとも。AICで再度停められれば呆気無く停止する。

 だが、ここまで近付けたのなら話は別だ。AICでは機体は停められても『零落白夜』は止められない。加えて相手はもう『零落白夜』の形が変わると”知ってしまった”。機体を停めるためにAICを張れば、そこに集中を割けば――伸ばした刀身に貫かれる。こいつは優秀だ。だからこそ、この一瞬の僅かな間でもそれを正確に推測出来てしまう。

 既に届くのに何故加速をかけたかって。そりゃ相手の考える時間も余裕も削ぎ落とすためである。『停まった相手からの攻撃』と『迫り来る相手からの攻撃』ならば。後者の方が『何とかしなければ』という焦りを生む。

 だというのに。

 

「な、めるなァァァァ――!!」

 

 砲撃戦用の機体だぞ。動きが硬い機体だぞ。加えてこっちは格闘戦に突き詰めた調整の白式で。最も最速の”突き”――に、対応された。

 確実に停められるAICを持っているのに間違えずに”回避”を選んだ。非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が開くのを待つ事無く、爆発するかの如く火を噴くのが見えた。咄嗟に伸ばした刀身が黒い装甲を削り取り――浅い。左方向へ吹き飛ばされるかの勢いで黒い機体が行ってしまう。

 

 手も脚も頭も尽くして身を削ってまで詰めた距離が、呆気無く開いていく。

 

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 飽きるほど、嫌になるほど、何も感じなくなるほど繰り返した模擬戦の一コマ。

 経験として凝縮されて蓄積された中の、一コマ。

 

「うーん、織斑くんは瞬時加速はあまり使わない方がいいかもしれないね。力場を使った機動と違って動きが途端に直線的になるから」

「だから今土手っ腹ぶち抜かれたのか」

「加速に踏み切るタイミングの選び方は上手いんだけど、反応できなくても軌道予測できちゃうから」

「………………」

「一応言っておくけど、瞬時加速中に雪原使って無理に軌道変えようとしたりしたらダメだからね。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするんだよ」

「え、マジで?」

「大袈裟でもなく本当だよ。だから――」

 

「骨折る程度で曲がれるのか」

「そういう事が言いたいんじゃないよばかっ!!」

 

 

 

 ▽▽▽

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと名付けられた個体は『優秀』である。

 他を有象無象と吐き捨てられるくらいには。

 だから多少の奇策や小細工程度は真正面から打ち砕くことが可能である。実際にそうやってきた。

 大抵のIS操縦者とは違い、まだラウラ・ボーデヴィッヒにとっては詰みではない。けれども『ラウラ・ボーデヴィッヒでなければ対処しきれない状況まで追い込まれた』というのも事実であった。

 機体の損傷よりも何よりも、その事実に憤慨していた。勝利は最低限度の確定事項だとしても、そもそも『戦闘』と呼べるほどの展開にするつもりなど無かったからだ。だから手間取らせた『敵』が忌々しい。挙句、あの『敵』を『近付けてはいけない』と判断してしまった自身もまた忌々しい。

 それでも彼女は『優秀』だから、身体の内で煮えたぎる憤怒に流されること無く。その千載一遇の突撃を捌き切る。既にレールカノンの再装填は継続中、ワイヤーアンカーも総て回収済み、万が一に備えて両腕のプラズマ手刀を展開。

 機体の制御に手間どる程の緊急回避ではあったが、それはなりふり構っていない敵も同じ。いや、それ以下。体勢を整えるのは確実にシュヴァルツェア・レーゲンの方が早い。

 後は詰むだけだ。改めてAICで拘束し、今度は振り解くよりも速く潰す。白いISを叩き潰す。敗北させる。完膚なきまでに叩き伏せる。自身の力でもって。

 

 彼女は『優秀』だから、視界を流れていく破片が何かを理解できる。

 

 日本製の量産型IS『打鉄』。その腕部に使用されている装甲だ。このアリーナ内に存在する打鉄は一機のみ。だが離れた位置で戦っている機体の破片がこんな所まで飛来するはずもない。ならば何故――記録が答えを用意する。今戦っている白いISだ。修復の間に合わなかったと思しき部分に打鉄の装甲を流用していたのを見ている。

 ならばそれが脱落した――ありえない。その部分には一度も攻撃を当てていない。ISの装甲が加速の衝撃に耐えられず脱落する筈もない。

 だとすれば意図的に脱落させた事になる。

 何故、

 

 ――その答えを、身を持って知る。

 

 がくっ、とシュヴァルツェア・レーゲンが傾いた、機体制御は完璧だ。1つのミスも無い。原因が彼女に無い。故に原因は外部からの介入によるもの。機体の左腕に、突き刺さっている物のせい。直線上に白いISの左腕があった。脱落した装甲の中に隠されていた『発射機』が顕になっていた、左腕が。

 彼女は『優秀』だから事実を即座に認識する。外付け式のワイヤーアンカー(・・・・・・・・)でもって、白式とシュヴァルツェア・レーゲンが仮初に連結されていた。

 

「――――お、おお、っらああああっァ゛ァア゛!!」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンは体勢を立て直そうとした。が、白いISはそもそも体勢を立て直そうとしていなかった。

 怒号と共にその両足から空薬莢がいくつもばら撒かれ、数に比例して纏う紫電の規模も増していく。最大速度からの方向転換だ。機体がねじ切れてもおかしくない。それどころか機体を纏う肉体にも。聞こえてくる。機体の表面に幾つも幾つも亀裂が走る。内部の部品が断裂する金属音。聞こえてくる。その更に奥で筋繊維が肉が骨が割れて千切れて砕ける音。

 彼女は『優秀』だから、避けられない事を即座に理解した――嫌だ。

 彼女は『優秀』だから、光刃の直撃に機体が耐えられない事を把握し――嫌だ。

 彼女は『優秀』だから、減少するシールドエネルギ――認められない。

 彼女は『優秀』だから、既に自身の敗――認めるものか。

 彼女は『優秀』だから、自身が間違――認めてたまるか!

 

 眩いほどに真白い二の太刀が、黒い装甲を食い破る――負ける。

 

 

(………………………………力が、欲しい)

 

 この現実を塗り替える力が欲しい。

 抱く憧れを否定させないための力がほしい。

 あの日目にした光をうそにしないちからがほしい

 

 Damage Level――D.

 Mind Condition――Uplift.

 Certification――Clear.

 

 《ValkyrieTraceSystem》―――― boot.

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが絶叫する。

 

 声、怒号、悲鳴、どれにも当てはまらぬもっと奇異なもの。おおよそ人体から発せられた音とは思えぬ程の声量でもってアリーナ中に響き渡る。次いでシュヴァルツェア・レーゲンの機体が激しく放電。周囲へと無差別に衝撃波を伴う電撃を迸らせた。

 異常事態というには既に十ニ分なのに、事態はみるみる悪化していく。

 黒いISが、シュヴァルツェア・レーゲンが。シュヴァルツェア・レーゲンではなくなって(・・・・・)いく。ISの装甲を形作っていた線がぐにゃりと歪み、溶けて、どろどろとした何かに変わり果てた。とてもではないが変形ではない。変化、変質。黒い何かは見る間に広がっていき、自身の操縦者である少女を飲み込んでいく。

 

「一夏ッ! 大丈夫!?」

 

 本来ISは大掛かりな変形をしない。出来ない。大掛かりな変化が起こるのは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』のみ。パッケージや装備の換装程度の部分的な変化はあっても、基本的な形状は変化しない。

 その原則が覆されて、侵されている。

 ぐちゃぐちゃに”溶けた”機体だった黒い何かが。鼓動のように脈動しながら蠢く何かが。電撃を周囲にばら撒きながら流動する。何かの形を成そうとしているかのように。

 

「ねえ、返事してよ! 何が起きたの!? 大丈夫なの!? ………………、って、ちょ」

 

 観客よりも遥かに近くからその惨状を目の当たりにしているシャルは、けれども黒を見ていなかった。正確には白を見ていた。黒の一番近くに居たタッグマッチのパートナー。白いISの操縦者。遠く離れたラファールを揺らすほどの衝撃を至近距離で浴びたにも関わらず。今もなお止まぬ紫電を浴び続けているにも関わらず。

 

「あばばばっっばばばばばっばァ゛――――!?」

 

 もう見た感じヤバ目にうねうねしててバッチバチなってる黒い塊に対して。刀をぶっ刺したままで。身体全部で踏ん張って粘っている――織斑一夏がそこに居た。

 

「何してんの一夏――――――――ッ!?」

 

 










一夏『お前なんだか

   敵側登場時 HP ????/???? EN ???/???
   ↓
   味方参入時 HP 3600/3600 EN 120/120

   とか修正くらいそうな顔だよな(笑)』

ラウラ「    」

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