IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

42 / 57
4-2

 ▽▽▽

 

 『盗み聞き』

 

 許しを得ず、第三者が他者の会話を聞くこと。

 話している人物が聞いている第三者の存在を知覚していない事が前提となる。故に近付いた人間を即座に察知出来る感性を持っている相手に用いるにはあまり相応しくない。

 そんな人類は稀にしか居ないが。

 稀だが、居るが。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▼▽

 

「あ」

 

 寮への帰り道、その途中で立ち止まる。そうだ俺の部屋吹っ飛んでんだった。今日どこで寝泊まりすればいいのか聞いてねえ。

 職員室に引き返すにしても――現在位置は校舎と寮のちょうど中間辺り。校舎に戻れば確実だが、寮まで行って待ってても問題はなさそうである。もう少し早くか遅くに思い出したかった。どーしよーかね、

 

「答えてください教官! 何故こんな所で教師など!」

 

 傍らから、声。

 姿は見えないのに声だけ聞こえてくる、こう表すと若干ホラー。

 実際は向こうの声がデカイから嫌でも聞こえてくるだけなんだけどもさ。とりあえず街路樹の脇に座り込んでおく。立ったままだと見つかるかもしれんし。

 プライバシー? こんな往来でデケー声で話してる方が悪い。

 

「何度も言わせるな、私には私の役目がある。それだけだ」

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 会話をしているのだから最低二人。

 どちらの声にも聞き覚えがある。てか片方は千冬さん。もう片方は――何だろ。いや誰の声かはわかる。わかるんだが、違和感がすごい。そんな『叫び声』には聞き覚えがない。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を! ここではあなたの能力は半分も生かされません!」

「ほう」

 

 切実に、絞りだすように、真剣に訴えているのは――ラウラ・ボーデヴィッヒ。たぶん。声そのものは同じ、でも用いている感情が違いすぎる。俺と相対してる時はとにかく”冷たい”のに、さっきから聞こえてくる言葉には端から端まで熱が篭っている。

 

「大体……この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」

 

 『教官』呼びに、あの態度。

 千冬さんがドイツで教鞭振り回してた事があって、その時の教え子があの転校生。正確に合っていないかもしれないが、大きく間違ってもいないだろう。

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている! そのような程度の低い者達に教官が時間を割かれるなど……!」

 

 どんどんヒートアップしていく転校生。

 座ってるだけじゃ不安になってきた。念の為に伏せておこう。

 

「――――そこまでにしておけ」

 

 たった一言、けれど凄みのある声が不可視の重圧を生み出す。まるで”上”から”下”へ押し付けられていると錯覚するほどに、重い。続く言葉を体内に押し戻されて、ラウラ・ボーデヴィッヒが苦しげに息を吐く。

 ざり。靴で地面を踏みしめる音。普段ならこんな大きな音はしない、させない。もっと静かに歩く。だからこれはきっと”わざと”鳴らしてる。聴かせるために。

 

「少し見ない間に随分と偉くなったな、十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

「そんなつもりは……私は、ただ貴女の……!」

 

 面と向かって話している転校生の動揺が伝わってくる。しかし逃げない。怯えてはいる。必死に反論を試みる。切実に訴えようとして、

 

「話は終わりだ。寮に戻れ」

「う、くっ……!」

 

 その総てを、ばっさりと切り捨てられた。震えた声すら発することが出来ず、悔しそうな呻きだけが漏れていた。

 ここまでで、一つ解ったことがある。

 正確には解っていたつもりの事柄について、正しく認識したというか。

 

 ――あの転校生は『織斑千冬』を心底尊敬している。

 

 『織斑千冬』を敬っている輩にも。

 そこから派生して弟である『織斑一夏』に難癖つけてくる輩にも。

 出くわすのは今回が初めてではない。っつーか割とよくあるあった。この手の絡まれ方にはぶっちゃけ慣れてる。

 だけど、あの転校生はその”規模”が過去最高だ。

 まず根本の『織斑千冬』に対する感情がこれまでのケースとは段違いに凄まじい。俺が思ってた以上に深く、真剣に、憧れ――いやもう崇拝の域かもな。

 わかるのはそこまで。

 何故そうなったのか、何があったのかは解らない。実際に直接教えを受けたからなんだろーか、それにしたって尋常じゃない。もっと特別な何かしらが、

 

 考え事をしていたのだ。

 

 だから転校生がその場から逃げるように駆け出した事に気付かなかった。駆け出した”方向”も全く気にしていなかった。いや頭の一部分では気付いていたかもだけど。即座に反応出来なかったのなら意味は無い。

 要するにどうなったかってーと。

 

「ア゛ァ゛オ!?」

 

 思いっきり踏まれた。

 体重を支えつつ進行方向への加速を得ようとしっかり振り下ろされた脚が俺の腰に突き立てられた。腰骨の隅々にまで響き渡る衝撃。上半身と下半身が分かれたかと思った。よかったちゃんと繋がってる。

 一方、踏みつけた方はというと。

 足場の急変よりも、さっきの問答で精神的な平静を崩していたのが原因だろう。完全にバランスを崩したらしく――アスファルトに顔面からダイブしていた。

 むくりと顔を上げた転校生は、自身が何に躓いたのかを確認するためくるりと振り返った。目が合った。さすがに少し涙目だった。

 

「貴ッ様ァ゛ァ…………!!」

 

 うわ。

 乱れた銀の髪をそのままに。

 片方だけの赤い瞳を可能な限り釣り上げ。

 ゆらりと立ち上がったその姿が幽鬼のよう。

 次の瞬間にでも飛びかかって来てもおかしくない。いやここまでくると飛びかかって来ない方がおかしい。

 

「何をやっているんだ、お前達は」

 

 ガッツリ張り詰める緊張感など知ったことではない。そう言いたげに割り込んできた声は、この場に居たもう一人。つまりは千冬さん。

「きょ、教官! こ、これは……く、うぅっ……!」

 擦りむいたらしく少し赤くなっていた転校生の顔面が更に真っ赤になっていく。単純に恥ずかしいんだろう。たぶん。なにせ尊敬してる『教官』の前でアスファルト顔面擦り披露した訳だから。

 どうでもいいがこちらには盗み聞きがバレた事への驚きや焦りは全く無い。どうせ俺が居ることは承知の上だったんだろうし。何でって相手千冬さんだぜ、むしろこの距離で気付いてなかったら体調不良を疑うわ。

 

「なんか、すまんな」

「黙れェッ! この屈辱、絶対に忘れんぞ!!」

 

 謝ったのに罵られた。

 憤怒の絶叫は捨てセリフ代わりだったのか、転校生は今度こそ本当に走り去った。すげー速い。視線の先で揺れる銀の髪がみるみる小さくなっていく。

 元々小柄なその背中が、何だか随分小さく見える。まるで子供の――年齢的には十分子供だったか。

「うーん」

「どうかしたのか、そこの盗み聞き男子」

「いや、あいつ若いなぁって……」

「男子高校生の言葉とは思えんな……」

 上から降ってくる声には多分に呆れが含まれている。さっきよりも声が近いのは、こっちに歩いてきたからか。

 

「気にしているか」

「絡まれたことに関しては全く気にしてないけど、野郎がああも絡んでくるまでになった理由は聞きたくはある」

 

 後ろ姿が見えなくなった頃合いに。隣といえる距離から発せられた言葉に即答する。ぐねりと首を傾けて隣に立っている人を見る。目が合わなかった。凄いそっぽ向いていた。聞かれたくないなら持ち出さなきゃいいのに。

「ま、無理に聞き出すほどじゃねーかなー。マジモンの『姉弟』だって互いに洗いざらい何でもかんでも話してる方が珍しいし。互いに話してない事、話したくない事の4つや5つあるくらい普通だと思いますよ、俺は」

「そう、か」

 珍しく歯切れが悪い。

 こっちとしては、気になるは気になるが実際は好奇心程度だ。

 本当に重要な事ならちゃんと話してくれるんだろうし。

 だから、俺が知っても今更どうしようもない事で、かつ彼女が言いたくない、辺りだろうか。たぶんだけど。

「そうそうそう。そんな事より千冬さん、ちょっと聞きたいんですけど俺の部屋って今度はどこになったんです?」

「…………学校では織斑先生だ」

 本当に気にしていない事が伝わったかは知りようがないものの。声に占める呆れの割合を増やしながら、千冬さんは答えの代わりにポケットから鍵を一つ取り出した。

「山田君に頼まれていてな、渡し忘れたそうだ」

「ああ、何でこんな半端な位置で立ち話してるのかと思ったら…………あれ、普通の部屋ってことは今度は一人部屋なんです? それともまさかまた女子がルームメイトとか言い出すんじゃ」

「どちらも違う。当分は男子扱いのままだからな」

 そこで千冬さんは一度言葉を切った。

 続く言葉を何やら複雑な感情を伴って続けられる。

 

「ルームメイトは『シャルル・ルクレール』のままだ」

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

「本当にルクレール君のままだ……」

「人の顔見た途端に嫌そうな声上げるのやめてくれるかな、織斑くん」

 

 レコードを更新する速度で駆け抜けて、新たな自室までやって来た。中に居たのは、言われた通り決まった通りに『シャルル・ルクレール』。

 全力で開け放たれたドアが元通りに閉まり、鍵がかかったのを確認して。ルクレールはふう、と息を吐いた。気のせいか、雰囲気もさっきより柔らかく見える。

 

「本当に続けんのなー、男装(ソレ)

「……退学手続きが終わるまでだけどね」

 

 千冬さんが言うには。

 『シャルル・ルクレール』は退学で決定。ただしその準備が終わるまでは、このままシャルロットに『シャルル』を続けさせる――そういう事になったらしい。

 要は最後まで『シャルル』として扱う訳だ。『シャルルをやってたシャルロット』はこのまま隠し通して居なかった事にする、と。

「手続きにそんな長くかかるってのが、イマイチわかんねーんだけどなー」

「これでも一度正式に『入学』してるから。それに今回の事はまだ判ってないことも多いから、報告待ちだって言われてる」

「報告?」

「たまたまフランスに生徒会長が”出張”に行ってるからついでに調べさせるって、織斑先生が」

「ここの生徒会長は出張とかあんのかよ、サラリーマンじゃあるまいし……」

 ちげえ、そこじゃない。

 このタイミングでフランスって、明らかに事前に察知してるじゃねーか。だったら意図的に入学させた訳で、つまり何かしらの思惑はあったんだろうけど――止めだ。推測するにも情報が足りない。何より俺の頭が致命的に足りない。

「で、どうすんだよお前は?」

「だから手続きが終わるまでは――」

「違う。それが終わった後に、シャルロット(お前は)どうするんだって話」

 予想外だったのか、俺の言葉に目をぱちくりと瞬かせる。

 少しの逡巡の後に、震えた声が吐き出された。

 

「わからない、まだ何も決められないんだ」

 

 小さな声とともに伏せた顔は、しかし直ぐにがばっと上向く。

 表情には迷いはあるが、弱さはなかった。

 

「だから――私がどうしたいのか、何をしたいのか、ちゃんと考えてみるよ」

「いいんじゃねーの、それで」

 

 きっと選択肢は多くないし、どれを選んでも楽ではない。けれども自分で決めなければいけない。それが最低限度だ。

 ただ途中で不特定多数にバレてしまえば、それも怪しくなる。『シャルル』と『シャルロット』を別人として扱ってゴリ押すつー事は。

 まずは”そこ”を最後まで隠し通さなきゃいけない。そこが崩れた後まで学園が気を利かせてくれるってのは、ちょっと楽観的すぎる。

 俺と違って、こいつはまだまだ先があるってのに――なくなってしまう。

 だったら、出来る事を出来るだけはやらなきゃなあ。

 じゃなきゃ『俺』じゃねえものなあ。

 

「それでね、あのね……シャルルの時は『織斑くん』って呼ぶけど、その……私の時は『一夏』って呼んでいい?」

「面倒くせえな統一しろよ。っつーかお前もう既にその呼び方してねーか」

「く、区別付けたいの! あの、それでね私のことは――」

 

 俺はこいつをシャルルとは呼びたくない。

 俺はもうこいつの名前を知っているんだから。

 けれどもシャルロットはここには居ない人間の名前だ。

 

「じゃあ俺はシャル(・・・)って呼ぶな」

 

 一言で、面白いくらいに瞬間的に真っ赤になった。

 そんなに気に入ったのか。

 

 







大型ゴーレムにより要塞と化したデュノア社本社ビルで孤軍奮闘する誰かさんの活躍は尺の都合で全カットです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。