IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

26 / 57
2-11

 ▽▽▽

 

 『相互意識干渉(クロッシング・アクセス)

 

 IS同士の情報交換ネットワークの影響により、操縦者同士の波長が合うと発生する現象。潜在意識下での会話や意思の疎通が可能とされている。機能の詳細、発生原因等、明らかになっていない事が多いというISにはよくある事。

 このくらいの機能現象なら何がどうやって起こってるかは解る。

 解らないのはこの機能を持たせた、持てるようにした製作者の意図だ。

 

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▽▽

 

 

「織斑……先生……っ! それは……っ! 砂糖じゃありません……っ! それはぁっ、塩です……っ!」

 

 おかしいなあおかしいなあと呟きながらコーヒーを啜る織斑千冬に、山田真耶は搾り出すような声で残酷な真実を告げる。

 かつてない程盛大にテンパッている様をもうちょっと見ていたいナーという悪魔の囁きを蹴り飛ばした真耶の言葉に目を白黒させた千冬は、コーヒーカップを静かに置いた。

 

「なぜしおがあるんだ」

 

 どうしよう、今日の織斑先生が何かかわいい――思わずにやけかけた山田真耶であるが、彼女とてIS学園の教員である。ぶるぶると顔をふるって正気を保つ。

「そ、そんな事より織斑くんと凰さんですよ!」

「ああ、そうだな……システムクラックはまだかかるか。この分だと、あの二人が片付ける方が速いかもしれんな」

 完全に復旧したのか、鋭い眼光で各種モニタに視線を飛ばす千冬を見て、真耶はほうと安堵の溜息。その一秒後に千冬の発言内容に驚いた。

「え、ええ? 片付けるって……確かに想像以上に善戦してますけど」

 アリーナ内部を映すモニタに映る白式と甲龍は見事なまでの連携で正体不明のISと渡り合っている。

「何も根拠なしに任せた訳ではないさ。あそこに居るのは私の弟と妹分だぞ。あれくらいは楽に倒してもらわんと困る」

「あ、あはは……そういえば、凰さん。織斑先生の事随分慕っていますね」

「………………ああ。昔にどこかの大馬鹿者が余計な事を吹き込んだせいでな。懐かれた」

(織斑くんが何か言ったんだなあ……)

 淹れ直したコーヒー(無塩)の入ったカップを握る千冬の手元で何かこう、陶器が加えられた力に悲鳴をあげるみたいな音がした。真耶は聞かなかった事にした。

「二人とも仲が良いとは思ってましたけど、凄いですね。完璧に連携出来てますよ」

「凰はずーっと一夏にくっついていたし、一夏も凰を気にかけていた。互いの考えくらいは百も承知なんだろうさ」

 やたら苦々しく言う千冬。弟が女の子と仲良くしてるのは、姉として複雑なんだろうかなあと考えてみたりする真耶である。

 もしかしたらだが、弟を取られたなんて考えてたりするかも知れない。そう想像して頬がゆるみそうになるのを真耶は死力を尽くして我慢する。考えを悟られたら恐らくコーヒー(過塩)が待っている。

「あの二人の仲の良さは筋金入りだぞ。昔はよく兄妹に間違われていたくらいだ」

「見てると本当にそんな感じですねえ」

 真耶の答えに不満げに鼻を鳴らす千冬である。

 そろそろ真耶のアルミニウムの意思もがまんの限界であった。むしろここまでにやけるのを我慢できているのが奇跡的である。

「……なあ山田君。私と一夏は何て言われていたと思う?」

 ぽつりと呟く千冬。嫌な予感しかしない真耶は戦慄する。聞き返してしまえば何か厄災が振りかかるような気がしてならない。このまま別の話題に逸らすなりして、うやむやにしたい欲求にかられる。

 千冬の視線は正面のモニタから動いていない。だが明らかに見えないオーラ的な何かが真耶の返答を促している。

 根負けした真耶は問い返してしまう。なんていわれてたんですか? と。

 

「上司と部下だ」

「うわぁぴったり」

 

 コーヒー(過塩)を一気飲みさせられた、山田真耶がそこに居た。

 

 

 ▽▽▽

 

 『1』と『2』なら一見は『2』の方が良いと思えるが、必ずしもそうではない。何事もその場合その時における最適は異なる。

 今回の様に対象が意思を持つ『人間』であるのなら尚更の事だ。一機相手に二機で戦う現状、確かに数では優っている。しかしそれは確実な優勢を約束してはくれない。

 二人で戦う際には一人で戦う時よりも多くを考え、また意識しながら戦わねばならないからだ。それは役割であったり、特殊武装の特性、そして何よりも互いの事を理解していなければならない。

 上手く連携が出来なければ、むしろ――いや確実に戦力の低下を招く。はっきり言って、息の合わない僚機なら居ない方がいい。

 だが逆に上手く連携を取れるのならば、それは『1』では絶対に不可能な領域での戦闘が可能である。それどころか単純な『2』という数字に留まらない結果をもたらしてくれる、セシリアの眼前がまさにそれであった。

 

 ――わたくしの出番、無さそうですわねこれ。

 

 右へ左へ、あっちへこっちへ。ボールの様にぽんぽんと吹き飛ばされ続けている所属不明ISを一応目で追いながら、声に出さずに呟いた。

 織斑一夏と凰鈴音の二人は所属不明のISをこれでもかと翻弄していた。通常の規格を逸した強力な武装を備えた相手に対し、退かないどころか――どう見ても押している。時間稼ぎどころか、撃墜は時間の問題だろう。

 セシリアも不本意ながら一夏の訓練にそれなりの時間付き合っているので、ある程度動きの傾向やクセは把握している。赤の他人よりは上手く連携が取れるだろう。しかし今目の前で展開されているレベルは絶対に不可能だと断言できる。

 それ程までに見事な連携である。

 片方の攻撃はそれ自体が確実な必殺であるのに、命中するしないに関わらずそれはもう片方の攻撃の布石である。ギリギリのすれ違いは幾度もあるが、互いの攻撃を阻害する事は一度も無い。

 それぞれ身体も心も――性別の違う『二人』だというのに、とにかく『連続』している。一瞬の停止も無く、滑らかに稼動し続ける『二人』は、いとも容易く強大な『一機』を追い詰め続ける。『一機』が規格外でなければとうの昔に撃墜されているだろう。

 最初は機体や武装の相性が良いのかと判断した。が、違う。その程度ではこうも見事な連携は導けない。こんな――まるで互いの心が、思考が読めているようですらある動きは。

 織斑一夏が《雪原》で発生させた特殊力場で『一機』を蹴り付ける。不可視の壁との衝突は確かに衝撃を与えるが、致命打ではない。

 ビーム砲が発射する前に次撃が突き刺さる。凰鈴音の《龍咆》により生成され、拳と共に打ち込まれた衝撃波の弾丸。壁に押されていた『一機』は、反対方向からの不可視の拳に押され――不可視の攻撃に挟まれる。

 これが『二人』の狙いだったのだろう。強力な力に板挟みにされた『一機』は両側から加えられる力に、身動きを許されるぬまま金属が軋む音を上げる。

 

『最早貴様は逃げること叶うまい!!』

『このまま為す術も無く!』

 

『『砕 け 散 る が い い!!』』

 

 それにしてもあの二人、実に悪い。

 行為的にも、表情的にも、通信で響くセリフ的にも。あれではどちらが悪役かわかったものではない。もうちょっとスマートに戦えないのかしらと、セシリアは呆れを含ませた溜息を一つ。

「――――!?」

 為す術が無いように見えた『一機』はしかし次の一手を打つ。力場に挟まれて圧潰の時を待つ『一機』は動かない。動いたのは、新しい『二機』だ。

 あの『一機』が乗り捨てた花弁の様なカプセルから、新たな参戦者が飛び出した。数は二つ。戦闘機の様に鋭く飛行する『二機』は、どこか『魚』を連想させる奇妙な形をしていた。

『そこから離れなさい! 新手が来ます!!』

『え!?』

『うお何か飛んでき…………あれ、オルコット居たの?』

 白い方、後で撃ち抜く。

 それはさておき。セシリアがオープン・チャネルで飛ばした声で気付いたのか、『二人』は直ぐ様その場から飛び退いた。

 背後から不意を突く様に迫っていた『二機』は一度虚空を通り過ぎるが、直ぐに『一機』の傍らへと舞い戻った。力場の結界から解放された『一機』はゆらりと『二人』へ向き直る。それに伴って『二機』もまた機首の向きを変える。

 既に『一機』でなく『三機』と考えるべきなのだろうが、どうにもしっくり来ない。機体のサイズは”人型”も”魚”も同程度なのだが、並ぶ三機を見てセシリアが連想したのは――自身も扱っているビット兵器の類。

 だがこれで『二』対『三』となった事には変わりない、つまり数では逆転されてしまった。それに最初の『一機』があれだけ規格外な武装を備えていたのだ。新たに登場した二機もまた規格外を備えている可能性はある、どころかほぼ確実。

 結果として。セシリアのその読みは当たっていた。

 ただ、現実はセシリアの予想を変な方向にぶっちぎる。

 

「……………………………………はい?」

 

 まず、中央の”人型”が高く飛び上がる。それだけならば別におかしな事ではない。問題なのは飛びながらそいつが”変形”を始めた事である。

 ガガキ――ンと小気味の良すぎる音を響かせながらまず脚部が一度折り畳まれた後に、当初よりも長く大きな形状に再構成されて展開する。腰の後ろにあるユニットは何かと思っていたらこのためか。

 今度は腕だ。前に突き出された腕は真に砲塔へと変わり、その付け根ごと前へ稼働する。砲を前方へ突き出す形だ。

 上昇していた”人型”が今度は下降を始める。それと時を同じくして、上半身が腰の辺りで回転し、胴体がそれまでと前後逆に。砲と化した腕だったものが一度二度と折れ曲がり、顔の横を通って前方へとその砲口を向ける。

 何時の間にか顔が変わっていた。どっから出てきたその無駄にトゲトゲした新しい顔。

 後何故動作の度々にこうも良い音が鳴るのか。明らかに自然発生でなく意図的にタイミングを合わせて流されているSE(効果音)だった。

 ここまでなら砲戦に特化した形態であるとまだセシリアも自分を納得させられただろう。だがそれで終わりではなかったのだ。

 両脇に控えていた『二機』が一瞬の内に巨大な”腕”に変形し、腕を無くした『一機』にガキィィンとくっついたのである。右腕の先端では巨大な砲口と思しき円筒の筒が二本せり出した。左腕の先端では展開した部品が連結し、一本の巨大な近接ブレードを形成する。

 

 そこに居たのは人間の形に近い『一機』ではない。

 戦闘機と魚を織り交ぜたような『二機』でもない。

 巨大な両腕を備え、歪な人型のシルエットをした新たなる『一機』がそこに居た。

 

 展開についていけず、軽い目眩を覚えるセシリアである。

 危機は去っていないどころか、増大しているのは一目でわかるのだが、こめかみを押さえて俯かずにはいられない。気持ちを整理する時間が本気で欲しかった。

『か、かっ……』

『か、かか……』

 オープン・チャネルから流れてくるのはセシリアよりも近くでその衝撃の光景を目の当たりにした二人の呻き声。当然であろう、混乱するのも無理はない。

 

『『かっこいい……!』』

 

 滅茶苦茶顔を輝かせている馬鹿が二人、そこに居た。混乱するどころか前のめりで見つめている。明らかに喜んでいる。

 セシリアはちょっと押し寄せる孤独感に膝を折りたい気分である。どうしてそんな感想になりますの――! と彼女の心が叫びを上げる。

 だってこれではまるで、この展開に疑問を抱いている自分が間違っているようであるから。何故疑うこともなく当然の様に受け入れているのかあの二人。

 セシリアがわたくしは間違ってないわたくしはおかしくないと、ぶつぶつ呟きながら体育座りに移行しなかったのは、直後に響いた爆発音のおかげだった。

 ハッと我に返ったセシリアの視界に飛び込んでくるのは、吹き飛ぶ白式と甲龍の二機。

 右腕に出現した砲口は最初の腕よりも連射重視のタイプなのか、絶え間なく赤い光を吐き出し続けている。それを避けた白式に、『一機』は一瞬で肉薄した。驚異的な加速力である。そして力一杯その左腕を叩きつける。一撃を受け止めるように翳されたのは雪片弐型。

『ぐ、ッ……!?』

『一夏――ッ、うあっ!?』

 迎撃等お構いなし。一撃を受け止めきれずに、白式が吹き飛んだ。すかさず援護に入ろうとした甲龍には頭部両脇のビーム砲のみが自立稼動して、発射。それは避けた甲龍を、右腕のビームマシンガンが狙い撃つ。連射重視であるからビーム砲よりは威力が低いようだが、それでも甲龍はかなりのダメージを食らっている。

(強い……!)

 パワーは勿論、巨大化したにも関わらずあの『一機』はスピードも大きく上昇している。加えて増加した武装。手がつけられないとはこの事だ。

 『二人』の連携()は健在だが、『一機』はそれを塗り潰すほどの()を所持していた。優勢だった筈の戦況は、一気に後がない程の劣勢に追い込まれている。

「………………」

 位置関係、使用された武装、そして相手の対応。

 セシリアの頭の中で、何かがカチリと合わさった。座席を蹴り付けるごとき勢いで走り出し、その一点を目指す。

「冗談じゃありませんわよ……!」

 誰も居ない観客席を、ただ一点を目指して一気に駆け抜ける。速くても駄目、遅くても駄目。アリーナの中では白式――織斑一夏が、零落白夜で『一機』に斬りかかっている。

 恐らくあれは通じない。織斑一夏は無論届かせる心算で打ち込んではいる。しかし同時に、相手の目を引く零落白夜で自身に注意を引きつけ、控えている甲龍の一撃の命中率を上げる心算もあるのだろう。

 だが駄目だ、と冷静に判断する。『一機』は織斑一夏に目もくれず、右腕マシンガンの連射で甲龍を叩き落とし、迫る光の刃――その根本、刃をの握る腕を”掴んで”放り投げた。

「それは…………!」

 咄嗟に力場で軌道を変えていなければ、白式はそのまま追撃のビームに晒されて消し炭になっていただろう。絶対防御で防げるのはそこまで、エネルギーの尽きた後では攻撃の一切を防ぐ術はない。この状況でISの機能を喪失するのは実質死同然である。

 

「わたくしの獲物ですわ!!」

 

 セシリアの心に湧いているのは『怒り』である。

 再戦を楽しみにしているその敵を、横からいきなり出てきて、反則極まりない行為で奪い去ろうとしている『一機』への。

 そして事態は彼女の怒りに味方した。

 織斑一夏は零落白夜のリスクを酷く正しく理解している。だから決して無駄遣いはしない。展開させる時間は必要最低限にしている。しかし強力な敵を前にし、劣勢極まりない状況ではその判断も鈍った。鈍ってくれた。

 遮断シールドにぶつかった織斑一夏は、手にした武器を咄嗟にぶつかった壁に突き立てる。ブレーキの心算だったのだろう。その光刃で――”エネルギーを裂ける”刃を、エネルギーの塊たる遮断シールドに”突き立てた”。

 

「よし! 後で褒めてあげないこともありませんわよ織斑一夏!!」

 

 無論直ぐに気付いた織斑一夏は零落白夜を引っ込める。だが遮断シールドは確りと切り裂かれ、僅かだがそこに裂け目を発生させたのだ。

 走る速度を更に強め――そうしてセシリアは力一杯踏み切った。空中に浮いた身体が重力に引かれ落下しながら、助走の勢いで前方へ飛翔する。

 ”裂け目”はわずかである。人間一人が通れるか通れないかどうかの隙間。だからセシリアはISを展開しない。ISを展開すれば、確実に”引っかかる”からだ。

 潜るまでは生身でいなければいけない。しかし高出力エネルギーで形成された奔流に触れれば、人間の身体等一瞬で消し炭に変わる。

 それを理解していて尚、彼女は躊躇いなく生身で跳んだ。

 セシリア・オルコットは世界で何より、自身の実力を信じている。

 翻ったスカートの端がシールドにほんの僅かに触れ、一瞬持たずに消し飛んだ。それに構わず、欠片も動揺する事も無く。セシリアは悠々とシールドを潜り抜け――『蒼』が戦場に舞い降りる。

 

 ――選択武装、

 

「オルコット!? 何で来――いや逃げろ、速くッ!!」

 セシリアが通ったのは、零落白夜によって発生した”裂け目”である。つまりついさっきまで白式が居た場所となる。そこは、白式を追撃した『一機』の”近く”でもあった。

 突如出現した『蒼』に対して特に目立った反応は見せず、『一機』はその左腕を振り被る。ビーム兵器でなく長大なブレードでの攻撃を選択したのは、距離と攻撃速度故だろう。それ程までに二機は近い。セシリアが愛銃である《スターライトmkIII》を展開していないのも、距離故にその銃身が障害となる可能性があったからだ。

 

 ――《スターダスト・ミラージュ》

 

 光は、一瞬だけ。出現した二丁の拳銃(・・・・・)を確りと握り締め――トリガー。銃口から迸った蒼い光の弾丸が一対、ブルー・ティアーズに向かうブレードに衝突した。

 それだけでは圧倒的なパワーで振られたブレードは止まらない。だが着弾の衝撃でその軌跡が僅かにずれる。また発射の反動は機体を動かす。その二つの力を用いてブルー・ティアーズは直撃コースから離れ始める。トリガーは続く。発射されるたびに、セシリアは攻撃範囲か外れ、最終的に振り抜かれたブレードを舞うように回避する。

 トリガー――ダメ押しとブレードの表面に着弾する。

 トリガー――左腕の関節に着弾する。

 トリガー――左肩と腕の境目に着弾する。

 初撃以降の連射は総て左手に握った一丁による攻撃。右手に握ったもう一丁――その表面を光が走っている――”フルチャージ”。 

 突き出された右腕、そのビーム機銃に叩きつけるように向けられた右手の拳銃から、一際強く輝く蒼が放たれる。三発分のエネルギーを一発に圧縮して放たれたバレットは、相手の右腕をあらぬ方向へと突き崩す。

 その反動を用い蒼い機体は”ふわり”と『一機』を通り過ぎて、翔ぶ。手にあるのは拳銃でなく”ライフル”。無防備な背中、そこで一際存在を目立たせる大型のスラスターに、一筋の蒼光が吸い込まれるように突き刺さる。

 小規模な爆発に押され、遮断シールドに叩き付けられる様につんのめった『一機』を狙うは砲口六つ。右手の《スターライトmkIII》、左手の《スターダスト・ミラージュ》、そして分離した四基の《ブルー・ティアーズ》。

 一斉に放たれるは破壊の光矢。立て続けに突き刺さり続ける光の群れの隙間を縫うように『弾道型』二つも加わって爆発を連続させる。

 しかし決定打には成り得ない。爆煙を突き破って『一機』はセシリアを、その蒼い装甲を無残に穿たんと飛翔する。《ブルー・ティアーズ》が散開する。両の手にはライフルでなく拳銃を。

 本来ブルー・ティアーズには近距離における戦闘用の武装――刃物が一つ装備されていた。しかしそれは外されている。使わないのではない。もう積まれていないのだ。搭載武装からの削除は、新たに二丁の銃を追加するための容量確保のため。そして何よりセシリア自身の希望で以て。

 先日、彼女は”たていっせん”に両断されかけるという体験をした。

 その際に気づいた事がある。

 刃物は彼女にとって切札にも希望にもなりえず、セシリア・オルコットの本分であり芯となっているのは”射撃”なのだという事を。

 接近されたから仕方なく、その場しのぎで行う格闘に注げる誇りを、どうやらセシリアは一切持ち合わせていないらしい。

 故に彼女は刃物を意図的に捨てた。例えどれだけ距離が近づこうとも、銃器で”射撃戦”を挑むと決心して実行した。自身が信じるものに総てを賭けるために。

 加えて――刃物が一応とはいえ装備されているのだから、万が一接近戦になっても対処の仕様がある――そんな夢見がちで甘えた考えをかなぐり捨てることも出来る。一石二鳥とはこういう事を言うのだろう。

 だから今のブルー・ティアーズに一つ足りとも刃物は存在しない。

 セシリアは恐らく誰よりもブルー・ティアーズという存在を気に入っている。代表候補生に選ばれたのはその実力を認められたからであるが、専用機持ちにまでなれたのはBT兵器との適性が最高値であったからという面が大きい。

 だからセシリアはブルーティアーズを気に入っている。自身の誇りを後押ししてくれた存在である。”総てを賭ける”には、これ以上信頼できるものはない。

「そこの二人! 何をボサッとしてますの!!」

 再度背後に回ったセシリアは集中砲火を『一機』に浴びせかけながら、呆気に取られている『二人』を怒鳴りつける。

 

「さあ、さっさと撃ち抜いて片付けますわよ!」

 

 その身総てで己が誇りを示す戦乙女が、蒼い光を撃ち放つ。

 

 






双天牙月「インターセプターの霊圧が……消えた……?」 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。