IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▽▽

 

 『甲龍』

 

 名前の読み方は『こうりゅう』でなく『シェンロン』が正しい。

 別に願いは叶えてくれない。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▽▽

 

 クラス対抗戦(リーグマッチ)初日。第二アリーナ第一試合。

 組み合わせは一組代表『織斑一夏』対二組代表『凰鈴音』。

 

 試合の開始を待つアリーナは文句の付けようがないほどに満員御礼。

 対抗戦の観客席は試合前に予約を受け付けているが、この試合は異例の速さで予約が終了してしまった。競争率の高さに目を付けチケットを非合法に売買しようとした輩が現れたくらいである。

 ちなみにその首謀者達が某車田的な吹っ飛び方をしていたと噂されているが真偽は定かではない。同刻同場所にて織斑先生の姿があったとも噂されているが、何があったのか真偽は定かではない。全然定かではない。

 山田先生の『うわー人間ってあんなに飛ぶんですねーていうか飛ばせるんですねー』という発言も定かではない。聴いた人間の居ない呟き等存在しないのと何も変わらない。定かではない事にしておいた方が犠牲者が少ないので、なにもかも定かではない。

 兎に角。

 この試合は大いに観客の期待を煽っている。何せ片方は学園唯一の男子生徒、更に専用機と専用機の戦いでもある。盛り上がりを期待するのは当然だろう。ただ、生徒のいくらかは今日の試合を素直に期待できなかった。

 何故かといえば、織斑一夏と凰鈴音は仲が良いのだ。

 特にそれぞれの在籍クラスである一組と二組の面子には広く知れ渡っている。だって見てるだけで伝わってくるのである。察するまでもない。そんな仲良くじゃれ合っている光景をクラスの皆は普段から目撃し――というか既に日常と化していた。またやってるよあの二人。大体そういう認識である。余談であるが箒の隣の席の生徒は最近妙な悪寒に苛まれ連日悪夢にうなされている。

 そんな訳で、普段の二人を知る皆は戦っている光景をイマイチ想像できないのだ。

 

「チェストオオオオオォォオォ!!!!」

「せいやあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 試合開始の合図と同時に最大速度(フルブースト)からの全力攻撃(フルスイング)。刀と青龍刀が耳障りな金属音を炸裂するように響かせながら激突。

 パワータイプの近接格闘型IS同士が全力でぶつかり合った余波が爆心地から一気にアリーナに拡散する。様子見でもなんでもない。その一撃にはこれで相手を倒すという明確な意思が破裂する程に込められている。

 こうして。

 本当に盛り上がるのかなあー――なんて皆の心配を、一瞬でブチ壊して試合は幕を開けた。

 

 ▽▼▽

 

「よく受けたわね……!」

「全部まとめて返してやんぜ、そのセリフ!」

 

 ぎぎっギギギギッギッ、と刃と刃が擦れ合って気持ちの悪い音をかき鳴らす。刀の扱いがなってないってまた箒に怒られそうだ。一番災難なのは雑に扱われる雪片弐型だろうが、まあ俺みたいなの手に渡ったのが運の尽きと諦めてもらおう。

 そんなめちゃくちゃな振り方をされた弐型と真っ向からぶつかったのは青龍刀と呼ばれる武器である。無論IS用のモノなので、通常よりも遥かに大型で歪だ。

 眼前のISはかなりパワータイプの機体らしく、近接格闘重視の白式に全く押し負けていない。どころか気を抜けばこちらが押し負けかねない。

 

 IS――甲龍(シェンロン)

 

 それが中国の代表候補生である鈴の機体。ボディカラーは赤みがかった黒。両肩の辺りには白式の大型スラスターやブルー・ティアーズのビットバインダーの様に非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が二機。いくつかの(スパイク)を生やした二つのユニットは鈴から見て右側が少し小さく、左側が大きい。形も左右非対称。そして装甲の分割線は『展開』を思わせる。何か仕込んである可能性は高い。

 どうでもいいけど思ったより中国っぽくない。龍に獅子と天馬と麒麟と鳳凰がくっついた感じの外見を想像してたんだが。

 いやトゲトゲした攻撃的なシルエットは鈴に似合っているとは思うが。

「な」

「七体集めたら願いが叶うとか、一夏はまさかそんなありきたりで面白みのないネタ言ったりしないわよねー? それで今何言いかけたのよ、言ってみなさいよーねーねー」

 ちくしょうこのツインテ絶対負かしてやるすげえニタァって笑ってやがるすげえむかつく。

 昂った感情を伴って、力任せにに刀を押し込む、鈴も負けじと青龍刀で押し返す。そこで”引く”。力の大小に大きな差が開き、崩れた拮抗に付き合わされるように鈴が前のめりにぐらついた。

「ッ!」

「チッ」

 舌打ち一つ。目論見が外れたからだ。

 跳ねるように振り上げた右足は分厚い金属の塊に阻まれ止まる。下方からの奇襲の蹴りは、鈴の左手に出現した”もう一振り”の青龍刀に迎え撃たれた。

 ぶつかった刃の表面に脚を突き立て、斜め後方に跳ぶ。一回転して宙に両足を突き立てる様に着地。身を屈めて、力場を更に強く踏みしめる。

「残念だったわね、双天牙月は二振りあんのよ!」

 ギンッと音を立てて鈴は両手に一振りずつ握る異形の青龍刀――双天牙月を一つに連結させる。元々巨大だったものが繋がった事で更に巨大になり、最早刃の塊である。

 踏み抜く。

 バシッと足元の動作音。斜め下方の鈴めがけて反発跳躍。合わせてスラスターのスロットルを引き上げる。加速、一気に距離が詰まる。

 ごおん、と空気が無理矢理に裂かれる音がする。巨大な一振りに姿を変えた双天牙月を、鈴は軽々と振り回す。

 バトンを回すかのように気軽な動き、しかし膨大な質量故にごうごうと物騒な音を伴う。更に鈴自身もぐるんと旋回し、迫る俺を迎え撃つ。

 白式と甲龍の機体のパワーが互角だとしても、保持する武器の質量に絶対的な差がある。このままぶつかれば、刀は振り回された歪な連結刃に弾き飛ばされる。

 鈴が口の端を吊り上げているのも、それを解っているからだ。こいつは俺の突撃に対し、確実に打ち勝つための動作を一瞬で判断し、実行してみせた。一連の動作は特に派手な動きではないが、だからこそ鈴の基礎能力の高さが伺えた。

 そんな鈴は俺の『知らない』顔をしている。

 友達としての顔でもない、弟ぶ――いけね間違えた妹分だ妹分――の顔でもない。それは代表候補生としての顔だろうか。

(………………)

 判断の速度も、動作の正確さも見事に尽きる。

 だが、その判断には一つの要素が抜けている。

「お、ら」

「うそ!?」

 雪片弐型の刀身が鋭い金属音と共に消失し、代わりに光り輝く白刃が出現する。

 多大なエネルギーで以て形成される光の刃は、語るまでもなく巨大なエネルギーの塊である。つまり特性以前に破壊力も尋常でなく高いのだ。

 質量が足りんのなら、それ以外の要素で穴埋めてやりゃいい。

 ごっ、と刃と刃が噛み合って鳴いた。刀を握る両腕に力を込める。腕が繋がっている胴体に力を込める。胴体を支える両足に力を込める。ここは空中だ。だが、《雪原》を持つ白式は空中で”踏ん張る”事が出来る。

「――よぉォォォ!!!!」

「こんな序盤で零落白夜……ッ!」

 だからだよ。というかここぞという場面で警戒されるのなんて分かりきってる。だからここで使ったのさ。実際びっくりしてるしな、ざまーみろ。

 ばぎんっ! と響いたのは相打ちの証。さすがに勝ち越しとはいかなかったが十分だ。正直足りるかどうかも運任せだったし。

 刀を握る腕の延長線上、つまりは上半身が反動で明後日な方向に弾かれる。それは鈴も同様。しかし向こうとこっちでは状況が違う。こっちの足の裏は宙に張り付いている。だから上半身が流れても、まだ”その場”に居る。でも流されない分、逃げない反動が身体を叩く。

 弾かれたのは鈴も同だが、向こうは機体を巧みに操って大きくバランスを崩す事も無く反動を御している。しかしまだその”途中”。

 

(――――ここだ)

 

 白式には急加速の手段が二つある。一つは瞬時加速(イグニッション・ブースト)。もう一つは《雪原》内部のエネルギーカートリッジを消費して行う炸裂的な急加速。

 次の一手は瞬時加速(イグニッション・ブースト)。そしてこれまでは加速に使っていた炸裂を今度はブレーキに使う。そのブースト&ストップで鈴の背後に回り込む。そして今度は出し惜しみ無しのフルパワーの零落白夜を突き立てて詰みだ。

 デタラメと不意打ちで流れは寄せた。

 取り戻す前に終わらせる。終わらせないとまずい。数回切り結んで解ったが地力――というか基礎的な技術の差が思っていたよりでかい。全くこれだから代表候補生は困る。どいつもこいつ歯応えがありすぎて噛み砕くのに一苦労だ。

 

「調子に、乗るな――――ッ!!」

 

 怒号。バシャリと展開音。脳髄から背筋に降りて全身へ駆け巡る警鐘。”ここ”に居てはいけないと、脳の隅っこに住み着いている感覚が叫んでいる。

 だから横殴りに跳んだ。後先を一切考えてない機動の代償に、体勢は崩れに崩れて視界の上下が狂う。そんな毎度おなじみすっぽぬけたボール状態の俺の傍ら――先程までの立ち位置を轟、と。”何か”が通り過ぎていく。

「…………今何か通った?」

【はい。通りました】

 しかし視覚には何も映っていない。しかし延長線上にあった地面が突然大きく抉れるように吹き飛んだ事が、”何か”の存在を告げている。

「《龍咆》の初撃を避けた!? ……だったら当たるまで撃ってやるわよ!!」

「うげ!?」

 キシャー! と牙を剥いた鈴の両脇に浮遊する非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が展開している。そこにエネルギーが集中しているのを感覚が捉えている。跳ぶのでなく飛ぶ。再度後方で何かが着弾した。得体の知れない”何か”から逃れるように飛び続ける。

「どわ、わわわわァ――!? 何、何々!?」

 眼には何も見えない。

 だが後方では続々と何かが着弾して土煙を上げている。

【衝撃波です】

「はい!?」

【あのISの非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に搭載されているのは衝撃砲と推測されます。空間に圧力をかけ、余剰で生じる衝撃を砲弾として撃ち出す武装です】

「だから見えねえのか!」

【砲身も力場として形成されたものであるため、稼動限界角度の制限がありません。弾道は空間の歪み値と大気の流れからある程度の予測は可能ですが、完全な察知は困難です】

「見えねえ上に死角がねえのかよ! めんどくせえ武器積んでんなあの野郎!!」

 叫びながら鈴に視線を飛ば――超笑顔。凄い楽しそう。もう何ていうか完全に上から目線というか、逃げ惑うしか無い俺を見て明らかに楽しんでやがる。

 だがここで焦っては駄目だ。恐らくあれはわざとやっている。挑発してペースが乱れた瞬間を突くのは俺がそれなりに使う手だ。

「一夏、ちょっとそこでじっとしててくんない? 一秒でいいから、ね?」

「ふざけんなァ――――!!」

 可愛らしく言うのがイラッとくるっていうか素で楽しんでねえかあの野郎!? と思ってたら不可視の弾丸が機体の端を掠めた。装甲が千切れ飛び、シールドエネルギーが減少する。更に着弾でぐらついた所に集中砲火。《雪原》で緊急回避。

 眼には見えなくても頭の感覚は確かに迫る砲弾を捉えている。初撃から今まで避け続けているのはそれのおかげだ。だが何時までも逃げ続けられそうにはない。見えないってのが結構効いていて、純粋に避けにくい。それに単純な機動しか出来ないこちらの動きを鈴は段々と捉え始めている。

「よーし、博打だ! 博打に行くぞシロ!!」

【はい】

 急上昇。別にこの位置からでも可能だが、気分の問題である。まあ重力的な意味で上の方が好都合ではあるのだが。

「何、諦めて的になりにきたの?」

「そうともいう」

「は?」

 鈴のからかうような口調に、にやりと笑って返しておいた。もうちょい近付きたいとこだが、これ以上は流石に鈴も見過ごしてくれないだろう。スラスターを全開にして、鈴目がけて真っ直ぐ飛ぶ。

「……本当に的になりにきたの? だったらお望みどおり、蜂の巣にしてやるわよ!!」

 よし乗ってきた。真正面から突っ込んだのは、真正面から迎撃させるため。俺が今一番しなければならない事はただ一つ。というかいつも一つ。それは”接近”である。

 何せそうしないと武器が届かない。だから奇襲の接近には鈴も相当神経を裂いて警戒していた。だからこうして真正面から突っ込んだ。そうすれば鈴は迎撃する――”避けない”。そういうやつだ。

 

炸裂(Burst)

 

 脚部から排出された空薬莢が光と化して溶けて消える。アイコンが回転し、残弾の表示を減少させる。そして得られる高出力の力場を――今回は『盾』に使う。

 だから突っ込むのは頭からではない、切っ先はつま先だ。

 要は――急降下キックである。

 足の先に高出力の”バリア”を纏った、キックである。

「弾かれ……!?」

「もらったァ――――――!!」

 衝撃砲が着弾したのに、様子がおかしい事に鈴が気付くがもう遅い。被弾のダメージが薄れていても衝撃自体は伝搬する。それに構わずにただただ直進! そして今度はこっちが着弾だ! 

 どがんと盛大な衝突音を響かせて鈴が――甲龍が吹き飛んだ。斜め上からの一撃を受け、斜め下へと落ちる。地面に着弾した後は数度跳ね、最後に一際盛大に地面にぶつかった。自分が散々衝撃砲でやったように抉り吹き飛ばし、土煙が巻き上がる。

「くそ、半分勝ったが半分負けた! 五分に持ち込みやがったなあの野郎!!」

 こちらの一撃は確かに通った。

 だがこれは俺の思惑からは外れている。向こうのシールドエネルギーも削れたのは間違いない。しかしそれ止まりなのだ。鈴が”必要以上”に吹き飛んだせいで。

 こちらは追撃のタイミングを逃した。しかもあいつ落ちた後に、衝撃砲を一発地面に撃ち込んでいる。でなければこんな風に――視界を遮る程に土煙が巻き上がったりはしない。

「立て直しの時間はやらねえよ!!」

 足元を踏み抜いて、土煙の中心へと跳び、飛ぶ。してやられたが、吹き飛ぶ途中で鈴は歪な刃――双天牙月を取り落としている。地に突き刺さったあの歪な刃は、鈴が近接戦能力を著しく損なった事を証明している。

 

 ――それが、決定的な思い違いだった。

 

 ドッ、と土煙を吹き飛ばしながら鈴が、甲龍が飛び出してくる。警戒すべきは衝撃砲、両肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)

「無い!?」

 しかし鈴の両肩辺りに在った筈の二機のユニットが見当たらない。そして気付く。消失した分だけ、鈴の――甲龍の右腕が大きく”膨れ上がっている”。

 そしてもう一つ気付く。さっきよりも”速い”。

 鈴がまだ折れてない事なんてわかってるし、簡易煙幕の中で機を窺ってるのも何となくだが察していた。しかし来るならば衝撃砲――すなわち射撃であるという先入観が、一瞬の、しかし致命的な判断の遅れを招く。

 

「せぇぇいやあぁぁぁぁ!!!!!」

 

 その場しのぎの迎撃に意味はない。零落白夜を発しない雪片弐型はただの刀だ。故に弾き飛ばされるこの結末は当然であるといえよう。障害を正々堂々力尽くで排除して、叩き込まれた龍が衝撃砲という名の咆哮を存分に轟かせる。

 俺に取っての零落白夜がそうであるように、それは恐らく鈴にとっての”それ”。

 

 姿を現した甲龍の――鈴の『切札』が、俺の土手っ腹に叩き込まれて炸裂した。

 


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