IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
▽▽▽
『人間関係』
めんどくせえ。
――とある人物の手記より抜粋。
▽▽▽
一夏が変だ。
それが篠ノ之箒と話している、また一緒にいる時の一夏を見て鈴が思った事である。
最初は箒の”ズレ”た視点の方ばかり気になっていた。しかし直談判によってその問題は
そう、問題を”解決”した。だからこそ鈴の心に違和感という名の棘が刺さる。織斑一夏は鈴の友達だ。親友だ。今回の様に一夏が不当な扱いを受けていれば当然抗議に声を荒げるし、もっと直接的でわかりやすい行動だって起こす。
そうする心算を鈴は昔からずっと持っていた。
そうする事が出来るようにと、影でこっそり努力だって続けていた。
――おかしい
心の中で声がする。これは、この状況は何かおかしいと心の中で疑問が生じる。
どうして鳳鈴音が織斑一夏を”助ける”のに努力が必要だったのか。それを思い出した瞬間に、答えはあっさりと導かれた。
――一夏が何もしてない。
何もできなかった。何故か。それはいつだって気付くのは何かが終わった後だったからだ。気付くのも、行動するのも、いつだって一夏の方が早かったからだ。
一夏は時々すごく急ぐ。見ていて不安になるくらいに急ぐ。でも鈴は何も出来ない。出来る余裕が無い。いつだっていつだって見失わない事だけに精一杯だった。つまりはずっと見ているだけである。
そのクセ向こうは鈴の事に無駄に気付くのである。友達とケンカした時とか、大切な物を無くした時とか。でも全部助けてくれる訳じゃない。鈴が出来ること、鈴がやらなきゃいけない事には絶対に手を出してこない。普段は適当なくせに。
おかげでこっちは感謝の気持ちが積もりに積もって大変な事になっている。だから常に返済の機会をうかがっているのだが、一夏の方が歩くのが速いから、何時だって置いてかれる。付いて行くのに必死なのだから鈴が先導する機会が巡って来るわけがない。
だから、今回は『おかしい』。
――何か、ある。
この問題に気付いてはいるはずだ。
あそこまであからさまな、考えるまでもなく一目瞭然な”ズレ”。そんな見方をされている事に一夏が気付かない筈がない。だが問題は解決されていなかった。
鈴が行動を起こすまで放置されていた。だから問題は解決されていないのではなく、解決しなかったという事になる。
付き合いの長い鈴は知っている。一夏が全力なのは喜楽だけでなく怒哀もだ。だから今回みたいに無遠慮な認識を常に突き付けられている状態をガマンできるとは、ガマンするとは思えない。どう対処するかまではさすがにわからないが、”何か”しているはずなのだ。
鈴が行動するまであの”ズレ”た関係が維持されていた事が、一夏がその関係を許容していたという事がどうにも腑に落ちない。
――そー、私には言えないってか。
初めて出会った日。小学校五年生の時。初めて一夏と鈴は並んで立った。
その頃は、そんなに身長は変わらなくて、目線も同じくらいだった。
けれども一夏は鈴をあっという間に鈴を追い抜いていった。
挨拶がわりのハイタッチは直ぐに背伸びが必須になった。
何時からかジャンプしないと届かなくなった。
――また置いてこうたって、そうはいかないわよ。
それに気付いたのは何時だったろう。覚えてないけど結構昔であるのは間違いない。というか昔だから覚えてないのかもしれない。
結局、最初っから鈴と一夏が対等だった事は一度もなかった。鈴はただ一夏に付いて行っているだけだ。初めて出会ったあの日に、差し伸べられた手を握った日からずっと、そう。
それに気付いて思ったのだ。
今までは大切だ。
でもこのままは嫌だ。
――
思いから来た努力は身を結び、右手に黒いブレスレットの形をして存在している。
これこそが証である。
かつての鈴と、今の『鈴』は違うということの。
泣きそうな顔で、大好きな友達の背中を追っかけていた女の子はもう居ないのだ。
▽▼▽
箒が変だ。
いやまあ挙動不審という点ではいつも通りなんだが。今更推測するまでもなく彼女は『織斑一夏』に好意を抱いている。だから外見と存在の位置が『織斑一夏』と同一である俺と物理的に接近すると、酷く慌てたり、無理があり過ぎる誤魔化しをし始める。そんなホーキちゃんの微笑ましいリアクションは今ではすっかり茶飯事である。ぶっちゃけると慣れた。
ただ最近、少しおかしい。
不意の接近に慌てるという行動までは同じだ。が、その慌て方が少し違う。今まではただ赤面するだけだったが、最近は一度照れた後に罪悪感の様な――なんとも言えない感情をちらつかせるのだ。
「基本動作はまあ、ギリッッギリ及第点ですわね。ギリッッギリ、ですけど」
「墜落しないなら飛ぶのもいいかなあって思えてきました!」
「どうしてあそこまでバカスカ墜落できるのか、わたくし最後までわかりませんでしたわ」
「減速の存在を忘れるのがポイント」
「わかっているなら直しなさい! ……それにしても。飛行はデタラメかと思えば、武装展開や細かい動作は並以上――いえ、ハッキリ言って代表候補生に勝るとも劣らないレベル。全く意味がわかりませんわ。貴方どうしてそこまで能力が偏ってますの」
「そりゃ俺も知りてー……あ。そういやよ、俺最初の頃はISを『展開する』事でなく『展開しない』事を練習してたんだよ。何かちょっと意識しただけでバラバラ展開され出しやがるからよ。棚の上のもん取ろうと背伸びしたらIS出てきて普通にビビってたんだが――」
「!?」
「……ああ、やっぱりこれも何か変なのな」
俺と箒は一緒の部屋で暮らしている。なので一日の内の結構長い時間を共有している。そんな相手に妙な反応をされたら気になってしょうがない。普通の赤面に慣れたからこそ変化が目につくのである。
さあて。
果たして何が原因なのやら。俺が知る限り、箒との関係を変化させる行動および事件は起きていない筈なんだが。いやまあ俺もそこまで気配りできるタチでもないから、気付かん内に何かやらかしとる可能性もあるが。
「ともかく。戦闘機動は間に合いそうにありませんわね。後は基礎の復習と《雪原》の特殊機動の練習に充てた方が建設的でしょう」
「クラス対抗戦、か。思ったより早くやるんだなあ」
「早いからこそ現状はこちらに有利ですわ。一年のクラス代表で専用機持ちは一組代表である貴方と、四組のクラス代表の二人だけ。それに四組の専用機も現状未完成、対抗戦では使用してこない可能性が高い――専用機と訓練機では性能の差は歴然です。技術不足はカバーできるでしょう。だからといって油断等は決してしないように」
「油断とか出来るほど器用じゃねーよ、お前じゃあるまいし。てか四組にも居るのか専用機持ち。初耳だぞ」
「専用機が未完成なせいか情報が出て来ませんの。わたくしも余り詳しくは知りませんわ――お前じゃあるまいしってどういう意味かご説明願えます答えなさいさあ早く答えなさい」
箒の態度が変わり始めたのに気付いたのは少し前だ。記憶を掘り返してみても、原因と思しきモノは一向に見当たらない。そもそもここにきて今日まで、大きなイベントなんてオルコットとの試合くらいである。
無数の女子に囲まれて奇異の視線に晒されるのは異常事態ではあるが、ここではただの日常だ。正直もう慣れた通り越して飽きた。
鈴という特定の女子が極端に俺に接近した事で箒の心境に変化が起こったのか――いや違うか。だったら箒は怒る筈だ。あんな複雑そうな表情をする理由にはならない。
「念の為に
「また何かかっこいい名前出てきたなおい」
「《雪原》を使えば、同様の機動は可能ですけども……そもそも《雪原》さえ使えば必須の機動は概ねカバーできていますものね、貴方」
「え、マジで。俺適当に跳んでるだけよ?」
「呆れるのはもう何度目かわかりませんわ」
だが。
箒の態度が変化したのは鈴が転入してきた後。これは確実だ。やはり鈴との接触が原因として一番怪しい。鈴――それにしてもあいつ育たねえよなあ。中学入ったくらいで身長その他もろもろ全部打ち止めになってんじゃないのか。
いかん思考が逸れた。
だが鈴と箒の仲は決して険悪ではない。むしろ鈴はちょくちょく箒に話しかけているみたいだ。昔の『織斑一夏』に興味でもあるんだろうかねあのツインテ。
まあそれ俺じゃねーけど。
「…………………………」
「どうかしまして?」
「んーん。何でもねー、うん何でもねー」
「気になる言い方ですわね」
「別にオルコットは何時その盛大な寝ぐせに気付くのかなーとか全然思ってない」
「え、へっ!? ど、どこですのどこですの! そんな確かに今朝セットしたはずですのに!?」
「あははは嘘に決まってんじゃはいごめんなさーい調子乗りましたー銃下ろしてー」
気になるのは鈴の転入初日――つまり鈴と箒が初めて出会った日だ。昼食の時、俺が先に席を立つ前、鈴の様子が少しおかしかったのが気にかかる。そこしか気にかけられる所が無いとも言うが。鈴と箒は気がついたらよく話すようになっていたが、そうなる何か切欠があったはずだ。あの時俺が席を外した後で何かしらあったとも考えられなくもない事もない。
何か段々考えるのめんどくさくなってきた。
いいやもう。今日部屋帰ったら箒に直に訊こう。
大体俺みたいなデリバリーを欠片も持ち合わせてない輩が、繊細な乙女心を分析しようと試みるなど無謀極まりない。
あと俺が原因だったら早めに是正しときたいとこである。ホーキちゃんみたいに根が真面目なタイプは色々と溜め込みやすかったりするのだ。そういう場合は結構危険なケースに発展する場合がある。
加えて彼女は恋する女の子である。女心は元々わけがわからんが、色恋の真っ最中だと本気で理解不能だ。暴走した愛情が爆発したというか突き刺さったあの瞬間は未だに地味にトラウマである。そうなった女の子に刃物を近づけてはいけません。絶対にいけません。
「もういい時間ですし。今日はここまでにしましょう」
「お、もーこんな時間か。道理で腹が減るわけだぜ。そうだ、オルコット。何だったら一緒に食堂いかねーか。色々教えてもらってんだし奢るぜ?」
「あら。見かけによらず殊勝な心がけですわね――そういえばデザートが最近追加されていた筈ですし、まあどうしてもと言うなら仕方なく行ってあげてもよろしくてよ」
「そーいや何か十品位一気に増えてたな。やっぱ女子が多いせいかデザート関連がやたら充実してるよな、この学園。いいぜドンと来い。好きなだけ奢ってやるぜー!」
「……えらく気前が良いいですわね?」
「おいおい変に疑うなよ別に油断させといて後々体重関連でいじろうなんて地味に長期の嫌がらせなんてこれっぽちも思ってなうぉァ――!?」
「何だか、わたくし、急に射撃練習がしたくなりましたの、付き合っていただけます?
い、ち、か、さ、ん――――!?」
「今までで一番笑顔だけど今までで一番こえ――――!!」
▽▽▽
鈴は変だ。
何故、何故。一夏とああも近い距離に居ることが出来るのか。箒に出来ない事を――やりたくてやりたくて仕方ないのに、でも出来ない事を、いとも簡単に出来てしまうのか。
前触れ無く飛びついたりだとか、そのままぶら下がったりだとか。くだらない話をして、馬鹿を言って笑われて、言われた馬鹿に笑う。とにかく鳳鈴音という少女は己の欲望という感情に忠実だった。それが、狂おしいまでに羨ましくてしょうがない。狂おしいまでに、――しくてしょうがない。
――おもいだして。
篠ノ之箒は篠ノ之束の妹である。故に『IS』の出現によって箒の生活は一変した。否、激変した。
住み慣れた生家を出て、転校を繰り返す日々。それに生来の人付き合いの悪さも相まって、今日まで友人の類は殆ど出来なかった。両親とも離れ、本当にひとりぼっちになってしまった箒に待っていたのは、行方不明の姉を探すための執拗な監視と聴取の日々である。
それを耐え切れたのは、胸の奥に――これだけは絶対に亡くすまいと――秘めていた遠い日に抱いた恋心があったからだ。
幼馴染の織斑一夏にいつかまた会える日を夢見て、見続けて、だからこそ今日まで篠ノ之箒は『篠ノ之箒』であれた。もし一夏に出会えていなかったらと想像すると、身体の芯が氷のように冷たくなって身震いする。
極端な言い方をすれば、箒にとって『織斑一夏』は生きる理由そのものですらあった。
――おねがいだからおもいだして。
確かに最近の箒の認識は身勝手だったと思うし、それは反省している。箒も目的を見失っていたところもあった。あくまで目的は一夏の記憶を取り戻させるのであって、一夏を変えたい訳ではなかったのに。
ずっと夢見てきた。あの日の――別れの”続き”を始められる日をずっと夢見てきた。ただそれだけを支えにして、今日まで箒は箒で在った。在れた。
だからそれだけは絶対に諦められない。それを諦めてしまうという事は、箒が箒である根幹を捨て去るのと同義なのだ。
一夏が記憶を取り戻す保証はない。一夏が箒の知っている一夏からかけ離れているなんてもうとっくに理解している。でも今更止まれない。止まってしまったら終わってしまう。
――でないとわたし、
だから奮い立たせるのだ。
とっくの昔に軋むことすら止めてしまった心に、更に負担をかける。
今緩めてしまったら、本当に一夏に手が届かなくなってしまう。せっかくまた会えたのに。ほんのわずかに残り続けた小さな可能性すらも、掌の上に落ちた雪の様に溶けて消えてしまう。そんな予感が心に焦燥をもたらして、灯された小さな火種は直ぐに業火へ変わっていく。
鳳鈴音と居る時の一夏は、箒の知らない思い出を語る。知らない感情を見せる。そしてどんどんその気持はあの鈴という少女に傾いていくのだ。本来ならば箒に傾く分も少しはある筈なのに、記憶が無いからそれも無い。
こんなのは変だ。
だがこれが現実だ。
変えるためには、戦うしか無い。戦って勝ち取るしか無い。向こうに傾いてしまったのなら、こっちに引き戻すのだ。こっちを向かせるのだ。
ただ待っているだけではもう駄目だ。あの鈴という少女が現れてしまったから、それではもう駄目なのだ。だって記憶が戻っても、一夏が鈴に”傾ききって”しまったら、箒の望む”続き”は永遠に訪れることなく消滅する。
それは嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ。
――わたし、
ずっと一人ぼっちだった箒に、あのツインテールの小さな女の子は言ってくれた。友達になろうと、陽だまりみたいな笑顔と共に。こんな箒に言ってくれたのだ。
胸の奥に小さな痛みがはしった。けどもそれを押し込めた。孤独の日々はその程度が可能になるくらいには箒を
ずっとひとりだった箒はともだちとのつきあいかたなんて、しらない。
だからいらない。
ともだちなんていなくていい。
一夏さえ居るのなら、箒はそれでいい。
それ以外、何も要らない。
▽▼▽
「ふざけるなぁッ!!!!」
「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないのよ!!!!」
何か部屋戻ってきたら鈴と箒が戦争してた。鼓膜超ビリビリする。
しかし人間驚き過ぎるとリアクションが面白みの欠片もなくなるよな。今の俺みたいに。
「何で部屋変えくらいでそこまで怒るのよ、意味わかんない!! 私はただ箒も変に神経使うんじゃないかって――」
「それが余計なお世話だと言っている! 一夏と私の問題に、部外者のお前が勝手に割って入るな!!」
「はああぁあ!? 何よその言い方、ふざけんじゃないわよ! 誰が部外者よ誰がぁ!! 私は一夏の友達なの、一夏の問題には首も手も足も突っ込むわよ!!」
ちょっと待ってそれ入れ過ぎじゃない?
っていうかそれもう攻撃じゃない?
未だ入り口付近に突っ立ったまま、そんな事を考える。
「大体お前は普段から一夏にベタベタべたべたと馴れ馴れしすぎる!! もう少し節度というものを覚えろ! それでも大和撫子か!?」
「何であんたにそんな事いわれなきゃいけない訳!? 私のやり方は私が決めるわよ! それと私は中国人だ――――――ッ!!」
顔を真赤にして怒鳴りつける箒に、鈴は両手を振りあげながら怒鳴り返した。縄張り争いで威嚇し合う猫を思い出してもらいたい。どっちも大体あれで合ってる。
「ともかく部屋は絶対に変わらない、絶対にだ! これ以上私の、私達の関係に
目にも留まらぬ勢い、例えるなら電光石火。箒は常日頃からベッドの傍らに立てかけてある竹刀(手の届く位置に置くのが癖だそうです)を手に取って振り上げた。
「力尽くで、叩き出してくれる!!」
「面白いじゃない、やれるもんならやってみなさいよ……!」
箒は竹刀を正眼に構え、釣り上がった瞳に殺気すら込めて、言葉をも刃にするように言い放った。しかし鈴は一切怯む事はなく、むしろ楽しそうにツリ目の瞳をぎらつかせた。どこからか取り出した予備のリボンを拳に巻きつけ、竹刀に向かって構える。
鈴はあの見た目通りかなりすばしっこい。例え相手の箒が剣道で全国大会優勝の経歴を持つ猛者だとしても、間違いなく先手を取るだろう。しかし剣道の熟練者の見切りを侮ってはいけない。例えどれだけ相手が速くても、その眼は動きを捉えている。だから先手必勝で飛び出した瞬間、カウンター気味に叩き込まれたりするのだ。ちなみにコレ実体験である。
「へぶっ!?」
「――!?」
セーフ。間に合った。
鈴が飛び出すのより、俺が駆け寄る方が一拍だけ早かった。今まさに箒に飛びかかろうとしていたその首根っこを引っ掴む。身体は前に行くが、襟を俺が掴んでいるので進まない。結果として首を締められる形になった鈴が奇声を発する。
鈴の襟を掴んだ瞬間、確かに見た。鈴の動きを捉えた箒の眼がぎらりと鈍い光を放つのを。
「ちょっと一夏! 何すんのよ離しなさ――下ろせ――――!!」
「いいからちょっと頭を冷やせ」
そのまま鈴の身体を釣り上げて――軽いなあ――部屋の外にぽいと放り投げた。間髪入れずにドアを閉めて、施錠。最後に万が一に備えてドアにもたれかかる。
ドア越しにウォォォ開けろォォォとか聞こえてくる。っていうかドアがめっちゃギシギシ言ってるんだけど、蝶番のとこ凄いガタガタ言ってるんだけど。何か鈴の奴、ちょっと会わなかった内にえらい馬鹿力になってないか。
だれか――! 地底のギャング呼んできて――! と現実逃避気味に叫んだら、誰が海老の味か――! とドアの向こうから返ってくる。鈴のやつ思ったより冷静だな。こっちは大丈夫そうだ。
「一夏」
今は後門のツインテールより前門の羅刹である。ともかく会話だ! 会話で何とか和平に持ち込むんだ! 動けないこの状況で打ち込まれたら結構あぶねえ!
しかし、そこに殺気をまとった羅刹は居なかった。居るのはおどおどと慌てる一人の女の子である。がたんという音は箒が竹刀を取り落とした音。
「ち、違うんだ。これはついカッとなってしまっただけで……その」
竹刀を握っていた手を胸の前で彷徨わせながら、箒は俺を見つめている。なぜか、許しを請うような眼で。
「私のこと嫌いに、なった、か……?」
「いや。そう直ぐに人の評価は変わらんが」
「そうか、そうか。ならよかった!」
胸の前で指を突付き合わせていた箒は、俺の言葉を聞いてぱあと顔を輝かせた。それで総ては終わったといつもの箒に戻ってしまった。それを証明するように、帰りが遅いとかちょっとした些細な日常会話を始めてしまう。
(――――――なんだこれ)
この短いやりとりだけで、思い当った事がある。箒にとって重要なのはあくまで俺の反応だけ。鈴に”暴力”を向けた事――それを叩きつける心算だった事は一切考慮されていない。それによってどういう結果を招くかも、きっと。たぶん。
直感的に確信した。
事態は俺の思惑を飛び越して、面倒な方向に突き進みつつある。
翌日。
鈴と箒は昨夜の様に洒落にならないケンカにこそ発展しなかった。その事には安堵の溜息である。だが、それでも顔を合わせるなり。
「ふん!!」
「ふんだ!!」
である。険悪極まりない状態である。挟まれる俺の身にもなれお前ら。
更にこれだけでは終わらない。頭を抱える俺の目に入ってきたのは、一枚の紙片である。
『クラス
一回戦の相手は――鳳鈴音。
そこには俺の世界で一番大切な友達の名前が書かれていた。