IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▽▽

 

 『セシリア・オルコット』

 

 IS学園在籍、イギリスの代表候補生。専用IS『蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』。

 第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者。戦闘スタイルは典型的な射撃型。

 ”公的”記録でのBT兵器の適正で最高値を持つ。ただ二号機をかっぱらっていった輩の方が適正は上と思われる。計測した訳ではないが、恐らく間違いない。

 機体も実力も中途半端。特に対策の必要性は感じられない。

 万が一の有事の際は■■に対応させれば十二分だろう。

 総合脅威度:低

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▼▽

 

「――真面目におやりなさい」

 

 こめかみに硬いものがごり、なんて聞けば銃口を連想する人は少なくはないだろう。しかしこの国じゃ、銃火器もそんな状況も普通の”日常”ではそーそーお目にかからない。というかそんなもん日常的に発生されたら普通に困る。

 故にこの状況はお遊びである場合が多い――というか殆どだ。しかしながら何事にも例外というのはつきもので、現在進行形で俺のこめかみに突き付けられているのは冗談抜きで本当に銃口だった。しかも大口径の特殊レーザーライフル。

「これでも大真面目なんだが」

「どこがですの!?」

 綺麗に天地逆転している視界の中、視線を銃の持ち主へと移動させる。俺を見る蒼い瞳は、相変わらず敵意――とまではいかなくとも穏やかではないぎらつく光を放っていた。

 ちなみに何で現在天地が逆なのかというと、着地に失敗して地面に刺さったからである。

 そんな瞳と同じ蒼い色の装甲(IS)を全身に纏わせたクラスメイトの代表候補生――セシリア・オルコットは、何やら憤慨している様子である。

 どうでもいいけど俺まだ逆さまだよ。

 半円を描くレールの様に生成された不可視の力場を滑り、俺の身体(白式の機体)がくるりとその場で縦に半回転。正常な向きに戻った視界で、改めてオルコットに向き直った。

 

「無様ですわ。見るに耐えません。何とかなさい」

 

 向き直った途端、ずびしと鼻先に装甲で形成された尖った指が突き付けられる。そして矢のように放たれる言葉にはたんまりと怒りが塗り込められていた。

 てっきりこっちの逆さま状態に怒っていると思ったのだが、どうやら違ったらしい。とすると眼前の少女は一体何に怒っているというのか。

「あ、もしかして機体の形? 俺は結構気に入ってんだけどな。まーもうちょい全体的に尖ってるほうが好みだけど――」

「誰も機体の外見の話はしていませんわ!」

「え、じゃあ何の事」

「あなたのっ! そのっ! 妙ちくりんな機動に決まっているでしょうっ!!」

 とりあえず話の前にそのすっごいぷるぷる震えている銃口を下ろして欲しい。

 何か”はずみ”で発砲されそうで地味に怖い。

 両手を上げて降参の意を示すと、オルコットは大きくはあっ、と溜息をひとつ。それから銃を構えていた腕を下ろした。

「機動が無様って言われても……空飛ぶのって案外難しいんだよなあ」

 基礎中の基礎的なモノに的を絞ってさっきから練習しているが、一つとして上手くどころかマトモになってない。飛行の軌跡をなぞれば、ミミズがのたくったような惨状が出来上がることだろう。代表候補生であり、ISの操縦技術が既に一定のレベルに達しているオルコットから見れば確かに無様と怒鳴りたくもなるか。

「まったく、貴方わたくしの敵としての自覚がありますの? 大体試合の時は――」

「?」

「わたくしとの試合の時は、もっとまともに飛んでいたでしょう。荒削りではありましたけど、だからこそ光るものが見えたというか、わたくしには出来ない飛び方だったというか……っ! ま、まああくまでもそれなりというだけであって代表候補生であるわたくしに比べればまだまだでしたけれども!?」

 喋っている間のオルコットの様子。

 ぼんやりと遠くを見ていたと思えば、急に何かに気付いた様にハッとし、何故か顔を赤くしながら例のポーズ(腰に手でふんぞり返り)に移行して語気を強めた。

 つい思ったことをそのまま話し、しかも途中で何か俺をちょっと褒めてるみたいな感じになってる事に気付いて、急に恥ずかしくなって慌てて取り繕った――恐らくそう大きくは間違ってないだろう。推測するまでもねえ。

「何を笑ってますの」

「べぇっつぅにぃー?」

「…………」

 俺が心情を察したことを察したのか、顔を赤くしたオルコットは唇を真一文字に引き締めながら俺をぎろりと睨む。

 さあて。

 こんなチャンスを見逃すような俺ではない。せっかくだしこのままからかい倒してや――長大なライフルのトリガーにかけられた指の辺りでカチリと音が――人が嫌がることをするのはよくないな!

「にしても試合の時、ねえ」

 バシッと音を立てて作動した白式脚部のピストンが、不可視の力でもって機体を上へと押し上げる。その勢いとスラスターの噴射による加速を併せて急上昇し、前方に突き出した脚で虚空を蹴り飛ばして、後方へと放り投げられる様に跳ぶ。縦方向に――90度傾いた状態で虚空に着地して、斜めに傾けた力場を踏みぬいて斜め下方に跳ぶように飛んだ。空中でくるりと一回転して体勢を調整、蹴りを叩き込むように地面の数センチ上まで降りる。そのまま停止せずに回転しながら滑る様に飛ぶ。オルコットの隣に来た辺りで力場と脚部を貼りつけて急停止。

「こんな感じの事を言――何故ライフルを構える!? これでも駄目ならもうどうしようもないんですが!?」

「やっぱり先程は真面目にやっていませんでしたわね。さあお選びなさい何処を撃ち抜かれたいか」

「常に真面目にやってるっつうんだ! たださっきの飛行練習の時は《雪原》使ってなかっただけ!」

 ゆきはら? と眉根を寄せて小首を傾けるオルコットに、これこれと答えるように脚で虚空をがんがんと踏み鳴らして見せる。一瞬で事情を理解したのか、さっきまでの狼狽赤面を引っ込めて即座に真面目な顔つきに変わる。

「おかしいですわ」

「何が」

「特殊機能をオフにしている事が、ですわ。そのISは特殊装備による特殊機動を想定されているのでしょう? ならば機能を切らずに――むしろ機能を積極的に使ってより使いこなすべきではなくて?」

「んー。それ、『俺がISを普通程度には扱える』って前提を無意識に混ぜてねーか?」

「あ」

「ただの事実として素人でね。お前も見てたんだろ、”《雪原》無し”の俺の機動。装置止めたらあの様だ。変わり種(雪原)に夢中になる前に『基礎』で足元がっつり塗り固めなきゃ後々痛い目見るのは明らかなんだなー、これが」

 《雪原》は、特殊力場発生装置の実用『第一号』だと、技研から来た人は言った。そして特殊力場発生装置の試作型を搭載したISが、かつて装置を暴走させ操縦者を”捩じ切った”事件が起きた事も。

 完成版である装置を組み込んだ『白式』は試作型(プロトタイプ)である『浄土』よりも比べ物にならない程安定しているらしいが、それでも万が一が起こる可能性はゼロではない。使用には細心の注意をはらってくれ――との事らしい。

 《雪原》から”嫌な感じ”はしないから大丈夫だとは思うが、痛いでは済まない目に遭う可能性がある訳だ。だから頼り過ぎな現在はあまりよろしくない。万が一が起きた時に備え、装置が使用できない状況に備えておく必要がある。

 それにただ単純に俺が現状に満足できてないって事もある。俺が目指しているのは”一番上”。装置が壊れたからまともに動けませんなんて頭の悪い言い訳は許されないし、許さねえ。

 どうでもいいけど何か俺の人生いわくつきに恵まれすぎてやしないか。

「…………見た目によらず意外と堅実なんですわね」

「ほっとけ」

 びっくりした顔でまじまじと俺の顔を見つめるオルコットに言い捨てて、ジャンプするように飛び上がった。今度はスラスターのみを用いた純粋な急上昇。

 遮断シールドに脳天ぶつけた。

 痛くないんだけど何か気分的に痛い。頭をさすりつつ高度を緩やかに下げる。一気に下げようとすると今度は天井でなく地面に着弾するのは流石にもう学んだ。マイブレインは学習が『遅い』のであって、『しない』訳じゃない。焦らないのがコツである。でもオルコットの何やってんだお前的な冷たい視線が普通に辛い。

「じゃあ俺練習するから、そっちも気にせず練習してくれよ」

「え?」

「いや、お前も練習しに来たんじゃねーの」

 専用機を与えられた生徒は肌身離さずISを装着しているが、それはあくまで『所持』を許されているだけであって、自由な『展開』も許されているわけではない。IS学園の中でも大手を振ってISを展開できる場所や条件はかなり厳しく設定されているのだ。

 故に放課後は自主訓練をする生徒のため各アリーナが解放されている。一年に割り振られているのはここ第三アリーナ。

 ちなみに現在練習している人は少ないというか全然居ない。何故ならアリーナの使用許可は簡単に降りるが、肝心のISの使用許可が簡単には降りないから。

 オルコットとの決闘前に訓練機である『打鉄』の許可を取ろうとし、書類の多さに戦慄したのは記憶に新しい。

「………………そんな事、言われなくてもわかってますわ。ふん」

 何やらぷくーと不満げに膨れたオルコットは、ふよふよと向こうの方へ漂っていった。今の俺が同じ事やろうとしたらスピード出過ぎて壁にぶつかるか、逆に遅すぎて歩いた方がマシのどっちかになるだろう。さすがだぜ代表候補生。

 再戦を約束した相手との差は思った通りに大きいようだ。ならばこそ、だからこそ練習せねば。あやべ速度出しすぎた壁がべしっ

 

 

 

 十分後。

 

 

 

「なんべん言えばわかりますのこのおバカ――――っ!!」

「あべんっ!」

 

 垂直急落下したオルコットの両足が、俺の腰の辺りに突き刺さった。

 いわゆるドロップキックである。

「あっはっは――! だから言っただろう! 俺はちょっとやそっとじゃ覚えんとな!!」

「その状態で偉そうにするんじゃありませんわ――――!!」

 やあ、また会ったな地面。

 何かもう地面通り越して地中に突入してる気もするが。

 人間ブーメラン状態だった俺は物理的に撃ち落とされ、地面に縫い付けてくれる如き勢いで叩きつけられた。さっきから衝突でしかシールドエネルギーが減ってない。いや機動の練習でシールドエネルギーが減るという事自体がおかしいのかもしらんが。

「物覚えが悪すぎですわ」

「仕様です」

「あ、あなたねえ……!」

「本当だからしゃーねーべ。自分が”その程度”だって自覚するの、結構大事だぜ?」

 土埃を払い落としながら、オルコットの言葉に即答した。気に入らなかったのは言葉の内容か反応の早さか、あるいはそのどちらもか。オルコットは引き攣った笑みを浮かべる。

 

 言われずに出来るのが『天才』。

 言われたら出来るのは『優秀』。

 言われても出来ないと『凡人』。

 

 いつか言われた、教えられた定義。よく自分には才能無いとか向いてないとか言ってる奴見かけるが、それでも言われたら出来るようになる、実は十分『優秀』な奴が多かったりする。逆に何も言われずに出来る真性の『天才』ってのはそんなに居ないんだとか何とか。

 本当に才能無くて向いてない奴は言われても中々出来ないのだ。何故だと聞かれてもそんなもん知らん。こっちが聞きてーわ。

 だから出来るまで繰り返すしか無いと、割と早い段階で学んだ。反復だけが馬鹿の唯一の味方である。能力や資質には先天的な差があるのだと、平等なまでに不平等な現実に嘆く暇があるのなら、成功の糧になる失敗を繰り返したほうが建設的だ。

 何、繰り返してけば何時か実る事もある。成就が遅い事は多々あれど、完全に無理なんて状況は実はそんなに多く無い。それに実らないという事がわかれば、その時は別の道なり別の方法を探せばいいという答えが得られる。無駄だと解ることは無駄じゃない。違う選択肢、新たな可能性は、見渡せば案外転がっているものだ。

 最下層は何時まで経っても出来ない奴でない。理由を付けてやらない奴、やるのを諦めてしまった奴。

 それを教えてくれた反面とはいえ俺の人生において教師であった祖父は、しわだらけの顔でケタケタと悪戯盛りの子供みたいに笑いながら語っていた。

 ああ他にも女の子の扱い方とかも俺に教えようとしてた気もするけど、大真面目な話一言一文字たりとも覚えていない。だって何語で喋ってるかわからんくらい意味不明なんだもの。

「こうなったら――特訓ですわ」

「今してるじゃん」

「お黙りなさい」

 睨まれた。後何で俺は今正座してるんだろう。っていうかこのごつい見た目で正座ができる白式の脚部がえらい凄い。どういう関節構造になってんだコレ。

「聞いてます!?」

「すいません違う事考えてました」

 何でこんな状況になっているかといえば、話は十分ほど前に遡る。オルコットと別れて俺は再度機動の練習という墜落と衝突の負の無限ループを再開したのだが、数分と経たない内にまたオルコットが飛んできた。

 ”見てられない”。

 顔面を盛大にひくひくさせながらそう言ったオルコットは、的確かつわかりやすいアドバイスと、お手本になる実演をやってみせてから再度離れていった。

 

 だが駄目だった。

 

 またオルコット飛んできた。

 それを何回か繰り返した結果、オルコットは離れるのが面倒になったのか傍らで俺にアドバイスという名の怒号(カミナリ)を落とし続け――そして今に至る。気が付けばすっかりオルコットが俺の練習を見ている形だ。

 セシリア・オルコットによるIS操縦基礎知識編は、結局アリーナの使用時間ギリギリまで続き、既に日が落ちて辺りは真っ暗闇になっている。

 

「やー、出来が悪くてすいません」

「全くですわ……!」

 

 寮までの帰り道、横に並んで歩くオルコットは目に見えて憤慨していた。言い捨てて、練習に付きあわせた礼として献上したミルクティーの缶を一気に煽る。

「努力は認めます」

 喉が潤って落ち着いたのか、口調が静かだ。今日は怒鳴ってばっかだったからなあ、こいつ。まー怒鳴る事になった原因は概ね俺なのだが。

「ですが、全然間に合ってませんわ。明日からはもっとびしばし行きますのでそのつもりで」

「ちょっと待て。明日もやんのかよ」

「当たり前でしょう、貴方、自分の実力をちゃんとわかってます?」

「そんなもんお前以上ってか誰よりもわかってるに決まってんだろ。だから言ってんだよ、時間凄いかかるのは誰よりも俺自身が一番知ってんだ。そこまでお前の時間を使わせるのは悪い」

 《雪原》での機動は『飛行』というよりかは『跳躍』の――人間が可能な動作の延長だ。だからこそ先日の決闘で、ある程度はマシな動きが出来たのだろう。経験をかなり生かせたから。

 しかし『飛行』はもう確認するまでもなく酷い。自在に飛び回った経験等無いから、これから俺なりの『やり方』を見つけて、研ぎ澄ませていく必要がある。これはとにかく時間がかかるのだ。俺みたいなタイプは特に。

「別に1から10まで見てあげるつもりなんぞありませんわよ付け上がらないでくださる? 基礎だけに決まっているでしょう何様ですの貴方」

「何か本当調子乗ってすいません」

「それに、わたくしには基礎しか教えられませんわ。通常の飛行機動はあくまでも下地、その『白式』の真価は特殊装備を用いた特殊機動でしょう。貴方はそっちに関しては間違いなくセンスは持っていますから、後は自分で何とかなさい」

 ぐしゃっと音を立て、オルコットは握り潰した缶を放り投げる。放物線を描いたそれは道端のゴミ箱に吸い込まれるように落ちる。ちなみにオルコットはゴミ箱に視線どころか顔も向けていない。

 

「それに、誤解の無いように言っておきますが、わたくしは別に貴方の味方をする心算はカケラもありませんわ。これはあ、く、ま、で、も! 将来必ず得るであろうわたくしの輝かしい勝利を彩るための布石です。相手が弱すぎては得られる勝利も輝きませんもの、ただそれだけ。覚えの悪い貴方でもわかるように、他意など一切無いとはっきり伝えておきましょう。変な勘違いはしないことですわね!」

 

【音声の録音を完了しました】

 よしよくやったシロ。俺が勝った後でこれを延々とリピートして聞かせてくれる。セシリア・オルコット、俺を生かしたことを後悔するがいい……!

【生殺の与奪は話に上っていませんでしたが】

 こういうのはノリなのだよ、シロくん。

【糊……?】

 違うそれ違う。

【海苔……!】

 それも違う。

 

「ま、教えてくれるならこっちは有り難い事この上ない。よろしく頼むぜオルコット」

「言葉より結果で応えていただきたいものですわね」

 

 そんな風に話しながら歩いていたらもう目前に寮が見える所までやって来た。イコール晩飯まであと少し。何せさっきから空腹過ぎて真面目に辛いのだ。何かIS学園に来てから食欲が増した気がする。ISを操縦して――身体動かしてるからだろう。たぶん。

 目的地は同じでも、だからこそ到着した後は各々の生活のために別行動することになる。手短に別れの挨拶を済ませ、食堂目指して早歩きという名のダッシュに移ろうとしたのだが、不意にオルコットが俺を呼び止めた。

「一つ、聞きたいことがあるのですけれども」

「スリーサイズと年齢は永遠の秘密だぜ…………はいごめんなさい真面目に何でも答えますだから右手で展開しかかってるライフル仕舞ってください」

 年齢は、本当に、絶対秘密だ。

 

「貴方、何のためにそんなに頑張ってますの?」

 

 努力は認める。そうオルコットは言った。

 今日だけで何十回墜落と激突を繰り返したのか、俺もオルコットも覚えてない、覚えてられないほど数えきれない位繰り返した。その努力を対価として得られたのは、ほんの少しの前進だ。釣り合ってない、と叫んでも誰にも咎められない程の僅かな成果。

 なのに何故、そこまで必死の努力を続けられるのか。俺に向けられている蒼い瞳が、そう語っている。探るような、俺の心を覗き込もうとする瞳が、ただの好奇心から出た問いではないと示している。オルコットは何かを見極めようとしている。

 

「ん」

 

 だから本音で答える事にした。右手の指を一本だけ伸ばして後は閉じる。そうして形作った手を、星が瞬く空に掲げた。オルコットの視線は俺の挙動に訝しげにしつつも、動いた右手を追わず俺の瞳を真っ直ぐに見つめている。

 

「一番になりたい。この世界で一番強い人より強くなりたい。そして得られる『資格』が欲しい。それが喉から手が出るほど欲しい」

 

 かつて冗談交じりに”彼女”は言った。それはその通りに冗談で、ただお茶を濁すための言葉だったんだと思う。でもそこには確かに本音も隠れていたのだと解った。

 ■■しないのかという問いに、自分より強い奴が現れたら考えるって、彼女は言った。

 資格だけでいい。

 その先は贅沢が過ぎる。

 その先は誰も幸せにしない。

 その先は起こり得てはいけない。

 だから、資格だけでいいんだ。

 

「そのために、俺はこの人生の残り全部を費すって決めたんだ」

 

 心の底から言い切れる。笑顔でもって言い切れる。末路までこれを維持することは――祖父ちゃんの様に――できるかどうかはまだわからないけど、それでもこれが俺の心からの本音だ。

 今までずっと、常に強い感情と共にあった瞳が、初めてふっと和らいだ。宝石みたいな輝きの青い瞳で俺を見て少女は――将来、問答無用の決着を約束したその娘は柔らかく笑った。

 

「ああ、強い、はずですわね。そんな、バカみたいに真っ直ぐなら。本当、ヘンな”男”」

 

 ふふ、と笑みと共に零れた呟きは、ちょっとしか離れていない俺に届かない程に小さな小さな声だった。白式のマイクつけときゃよかった。何かこう聞こえんと余計何言ったか気になる。つか笑ってるって事は俺もしかして馬鹿にされたんだろうか。何か腹立ってきた。こっちは真面目に答えたってのに。

「わたくしの見立ては、間違っていなかったようですわね」

 さっき垣間見えた柔らかい表情はもう影も形もない、蒼い瞳は強く鋭い輝きと共に。そして腰に手を当てて胸をはる例の――もう今後これセシリアポーズって呼ぼう。

「貴方は――全力をかけて撃ち抜いて、勝利を奪い取るに値する相手のようですわ」

 うんうんと何か満足気に頷いているオルコット。

 そんな勝手に自己完結されてもこっちはサッパリ訳がわからんのだが。まあとりあえず、俺の答え(理由)はお気に召したらしい。

「はん。そういうお前さんも、何か頑張る理由がありそうだよな。目に見えて”芯”が通ってるのは見てりゃわかるぜ」

「わた、くし……わたくしの、理由…………」

 ふっとオルコットの瞳から光が消えた。さっきまでずっと俺の瞳を真正面から捉えていた視線が、明後日の方向に逸らされる。方向性の変わった決意で以て、眼前の少女は自分の理由を語った。

 

「わたくしが戦うのは、”オルコット”を守るためですわ」

 

 その一言にはきっと色々な意味と感情が、大量に塗り込められていたのだろう。少なくとも俺はそう感じた。しかし含まれているものが多すぎて、その一つ一つが何なのかを判別できない。

 それを唯一正確に理解しているオルコットはそれ以上語るつもりはないらしく、踵を返して寮の中に消えて行った。

「何だよ、気になる言い方しやがって」

 まあ俺も理由は大まかにしか言ってないから、どっちもどっちかもしれんが。しかしあんな風に思わせぶりに言われたら気になってしまうのが人の性である。

 ま、考えても仕方ない。それに軽い気持ちで深入りしていい様子じゃなかったし、出来る様子でもなかった。それにいろんなものが得意じゃない俺は何より自分の事で手一杯である。

 

「――――――随分と楽しそうだったじゃない、イチカ」

 

 とりあえず明日もがんばるぞーそのために飯だーなんて呟きながら一歩目を踏み出した瞬間――柱から半分だけ顔を出してじとーっとした眼でこっちを見る友達と視線がガッツリぶつかった。

「……………………シャキッと出てこいや」

 驚きすぎて逆にリアクションが平坦になってしまった。柱から半分だけ顔を覗かせる怨霊――改め、鈴に俺は搾り出すような声を投げかける。

 ずるずると這い出てくる鈴。だからシャキッと出てこいや――!

「何やってんだよお前……」

「べーつーにー? 通りがかっただけよ」

 鈴と並んで寮に入る。ホラーみたいな登場には驚いたが、ともかく飯だ。俺は腹が減っているのだ。鈴も夕食はまだだというので、一緒に食堂に行く事になる。

「あーあ、何か私の心配し過ぎだったのかなー。思ったより周りに人いるしー」

「何の話だそりゃ?」

「さーねー。でも何か変な感じ」

 鈴はうがーと頭をかきむしり、ぶるぶると首を振る。それでもすっきりしないらしく、その顔は困惑に染まりきっている。何か行動が動物みたいだと思ったが口に出さないでおく。

「…………何か」

 ぽつりと呟いた鈴は制服の胸の辺り――あ、こいつ地味に制服改造してやがる。今気付いた――をぐっと、掻き毟るように掴む。おいそんなにガッシリ握ったらシワになるぞ。

 

「胸の、この辺がちくちくする。よくわかんないんだけど、何だろう。この変な感じ」

 

「五寸釘でも飲み込んだんじゃねーの?」

「ねえ知ってるイチカ、用具室の棚の上にね、何に使うかわかんないくらい長くてぶっとい釘が置いてあるの!」

「そうかー、少なくともそれは人に飲み込ませるものじゃないと思うぞー絶対やっちゃだめだぞー」

「大丈夫よ。直に()ち込むから」

「それのどこが大丈夫!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【”一夏”、”一夏(いちか)”、”イチカ”】

 

 

 

 

【…………”イチカ”?】

 


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