IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
▽▽▽
『ブルドーザーウリ坊』
迂闊に奴の”前”に立つんじゃない。
死にたいのか。
――とある人物の手記より抜粋。
▽▽▽
鳳鈴音は織斑一夏の事が好きだ。
そりゃ、面と向かってはっきり口に出せ――なんて言われたら当然躊躇う。照れと恥ずかしさで確実に手が出る。ついつい顎辺りを全力で打ち抜きたくなる。
だが好意の感情があること自体は、実際そのとおりの事実だ。そもそも本当に好きだからこそ躊躇うし照れもするし――全力でぶつかりたいと思う、のだろう。
そう、好きだ。
何だか知らんが、鈴はあのバカが大好きなのだった。
その感情を持つ事になった明確でわかりやすい切っ掛けは、たぶん無い。一緒に過ごして重ねた時間の結果として、大好きになったのだろう。
元々好意は自覚していたけれども、物理的に距離が離れてみて改めて――というか初めてきちんと把握したのかもしれない。その感情がどれほど鈴の心において大部分を占めていたのかを。
出会った時の事は、今でもちゃんと憶えている。
素晴らしく劇的な出会いだったかというと、別にそうでもない。しかも初めて顔を合わせた時に鈴が思った事は『頭空っぽそうな顔してるなあ』なんて割と失礼な感想だった。
でも一人ぼっちの鈴に差し伸べられたその手の存在は、本当に嬉しかった。
あのバカは知らないのだろう。気付かないのだろう。知らないでいい。気付かないでいい。知られたら恥ずかしくて死ねる自信が鈴にはある。
名前を呼びかけてくれた、それだけの事が。
笑顔と併せた、その一言が。
――それが、どれだけ鈴にとって救いだったか。
知り合うきっかけになった出来事を経てちょっぴり好きになった。
一緒に同じ時間を過ごしてもっと好きになった。
そして気がついたら大好きになっていた。
劇的でも感動的でもない、小学校の隅っこで話した出会いの思い出。そんな何でもない筈の思い出が、あのバカのせいで今では宝物だ。
これ程までに鈴は一夏が好きなのだ、が。
周囲の人間にはそうでもない場合がやたら多い。一緒に過ごした鈴はそれをよく知っている。ともかく何故だか、あのバカには信じられないくらいに味方が少なかった。付き合いやら利害関係みたいなのを抜きにすると、恐らく片手で足りる数だから困る。
それが、鈴には昔から気がかりでならなかった。孤立している訳ではない、周囲から一歩二歩離れた位置とでも言えばいいのか、妙にへんなトコに立っている。
でも付き合う相手を選ぶのは人それぞれ自由だし、バカの方は言った位で自分を変える様な奴では無い。それに後者の方はあんまり変えて欲しいとも、思わなかったりする。
一夏はずっと変わらない。出会った時からずっとそんなに変わらない。だから、そんな不思議の立ち位置の一夏こそ――鈴が好きになったイチカだと思うから。
一番いいのは、向こうもそういう立ち位置を好む場合だった。
鈴の場合は立ち位置の性質でなくそこがイチカの近くだから居るが、元からそういうトコに立ってる奴も居る。
だから中学校に進学した後、『二人』は『三人』になった。鈴は三人目が何故だか無性に気に食わなかったが、『三人』で過ごした時間は楽しかったから、まあ良しとしてやる事にした。あのバカに免じて『友達』と呼んでやらんこともない。
――『友達』。
鈴と一夏の関係を適切に表す言葉だ。
素直に口に出したり形として表すのは中々難しいが、鈴は確かに一夏に好意を抱いている。でも鈴の『好き』は『愛している』とかとはたぶん、というか絶対違う。
昔っから、鈴はいわゆる一夏との『恋愛関係』をしょっちゅう疑われた。小学校の時はからかいの意味が強かったが、中学の頃からは本格的に疑われ出していたように思う。
けれどもそれは違う。上手く言えない――いや上手く理解出来ないのだ。その、『恋愛関係』なるものが、鈴には。
『恋愛関係』は周囲や世間一般では友達より親密である様に捉えられている。でもそれが今の一夏との関係とどう違うのか、どう異なるのか、鈴にはどうにもさっぱり理解出来ないのだ。
『愛している』は『好き』より深くて確か、らしい。もっと仲良くなれるのならばと頭を捻ってみた時期もあったが、結局答えは出なかった。
現状の一夏との『友達関係』に鈴は何の不満も無いのだ。関係の種類を今更――そう、今更変える必要が見当たらない。
――このままで、いい
友達関係の上位に位置するという
それを鈴は見る羽目になった、知る羽目になった。
他人事でなく――自らの家族で以て。
ずっと楽しくて、ぜんぶ大切なこの『好き』。
それがあんな風に『嫌い』に変わってしまうというのなら。
変わってしまう可能性が産まれてしまうのなら。
――――わからなくても、いい
▽▼▽
『
世界で唯一ISを動かせる男である『織斑一夏』の専用機として、IS学園が用意した機体。
日本のIS企業――『倉持技研』が欠陥機扱いで凍結していた機体をベースとして完成。最大の特徴は第一形態から
――本来の『白式』という機体の概要は、大体こんな感じ。
でもさっき会った倉持技研の人いわく、技研が凍結していた
「まーたややこしくなってきたなーもー……」
廊下は昼休みであるせいか人の流れは多い。相変わらず男という存在は注目を集めやすいのか、周囲からは視線がビュンビュン飛んでくる。それが余り気にならないのは、頭の中がさっき聞かされた話で埋め尽くされているからだろうか。
右手には白と黒二色で構成されたガントレット。
この機体は――今俺の右手にある『白式』は、本来『白式』と呼ばれる筈だった機体とは完全に”別の”機体であるらしい。
この機体がどっから来たのかと言えば、実際技研の人もよく解ってないと来た。機体を提供した後どうなったかは一切感知してないとか何とかルートも情報規制かかってるとか何とか――何かゴチャゴチャ色々言われてよくわからんかったが、よくわからん事態になってるのはよくわかった。
徹底的に調べた限り機体に問題は無いし、むしろ当初の予定より高スペックだからこのまま使い続ける事で落ち着いたそうな。
ISにまつわる事なのに何か妙に適当に済ませてる辺りがっつり腑に落ちない。実際技研から来たって人も苦笑いしてたし。
さあて。
ISの専用機は操縦者に合わせてその外観や機能を最適化させて物理的に変化させる。それ自体は至極当たり前の事象だ。だから俺も白式の変化に感心こそすれ、特に疑問は抱かなかった。この白式が俺に
ここまではいい。問題というか気にかかるのは、《雪原》――脚部に搭載
”虚空に立つ”。
《雪原》のその機能は、何故だか俺の現状を示しているように思えた。俺の人生は不可思議な現象の下存続している。下にあるのは、在るのか無いのかわからない不可視で不可思議な足場――それこそ、《雪原》の造り出す特殊力場のような。
それともう一つ。
どうにも《雪原》は俺が欲していた装置だったらしい。それを感じたのは一次移行が終わった直後。機能した《雪原》の造り出した不可視力場を初めて踏み締めた瞬間。その時確かにISを纏った身体と世界が、ようやく正しく”噛み合った”様な感触があった。
こういうのは”俺好み”とでも言えばいいのか。初陣で初使用だったのに、まるで心の欠損が埋まったかの様にその機能は、俺によく馴染んだ。
そんな《雪原》は形態変化で発生したのでは無く、『この白式』に最初から搭載されていたのだという。つまり俺に合わせる前から、俺に合うモノが組み込まれていた事になる。
ただの偶然、考えすぎである可能性も当然どころかたんまりある。
白式の様に剣戟主体というか剣戟
だが、
――この『白式』を造った人物は、『俺』の置かれた状況を知っている?
この白式は、俺と似てる。本来の『名前』と実際の『中身』が食い違っている。こいつは『白式』だから『白式』になったのでは無い。周囲が『白式』だと認識する事でこいつは『白式』になった。
兎に角この機体には俺の七面倒臭い現状を連想させる要素が多すぎる。だが疑問に正しい答えを返せるのは、恐らくこの白式を造った人間だけ。しかしその誰かさんはこの場には居ない。
いや、待て。
ここにはその誰かさんに造られたヤツが居るじゃないか。
(……
【はい】
右手のガントレットに呼びかける。即座に返事の”音声”。実際に声に出して呼びかける必要はどうも無いようで、意思で語りかけるというか、意思を”向ける”というかそんな感じ。こういう感覚頼りな事は、頭を使う事に比べてそこまで苦手じゃない。
しっかしコイツ声自体は地味に結構可愛いんだが、話し方というかイントネーションがなあ。何処までも淡々というか平らというか、出来が良すぎて逆に作り物めいているというべきなのか。全くメカメカしいやつめ。いやメカなんだけど。
とはいえこっちの世界の科学技術の進みっぷりには驚かせられる。ISの存在にも驚いたが、今回もなかなか。こんな風に会話できる
年代の数値的には『前』と殆ど同じ筈なんだが、科学技術の進みになんかえらい差が出てるんだよなあ。『向こう』と『こっち』の何がそんなに違うんだ?
やっぱり『篠ノ之束』の存在の有無、か? いや『大天才』の出現前からも結構進んでたみたいだから、もっと根本的なとこから違うんだろか。
(聞きたい事があるんだけど)
【何なりと】
(お前と、
【IS『白式』、及び搭載AI『シロ』の製造者に関する情報は消去されています】
(ありゃ……んーと。命令、答えろ、最優先)
【IS『白式』、及び搭載AI『シロ』の製造者に関する情報は消去されています】
(…………)
繰り返される返事は、再利用したのかと思えるほどに全く同じ声量と音程だった。最初に答えが返ってこない時点でそうだとは思ったが。やっぱ駄目か。
この白式に積まれたAI――『シロ』は基本的に疑問には迅速的確に答えてくれる。今回みたいに『答えられない』というのは地味に珍しい。
事実を隠してるという可能性も残るが、それも何か違うような感じがする。少なくともシロから悪意は感じない。たぶん。
それに、
――”貴方の全てを肯定する”
その言葉の意味はちょいと問答してみて理解した。このAIは他の
俺の下した命令で何かが砕けても、誰かが死んでも、誰かを失っても、機体が吹き飛んでも、AIが機能停止しようとも、そして俺が死ぬとしても。
一欠片の疑問の疑念も抱かずに淡々と――そうただ当たり前のように俺の命令を、
一応普段は俺の安全は他よりも優先されているようだが、それはあくまで俺がまだ死ぬ気がないからというだけ。億が一『死』を望めばサクっと自殺幇助してくれるに違いない。
それが白式に搭載されたAI――『シロ』の根幹に設定された最優先事項。
ちなみに『シロ』は俺が付けた愛称である。いやだって呼び方聞いたら長ったらしいコードみたいなの言うんだもの。聞き終わる前に最初の方忘れるくらいのを。
最初は『白式』と呼ぼうかとも思ったが、話聞く限りでは『白式』そのものというよりかは『白式の精霊的な何か』っぽかったの。なので白式の白の字から取って『シロ』。飾り気はないが呼びやすいのでこれでよし。
当のシロは名付けられた事にも、自分の名前になった単語にも特に反応も感想も示すことはなく、ただ俺の意向を受け入れた。安定の無機物っぷりである。
(それでやっぱシロには茶目っ気を出して欲しいところではあるなー)
【はい】
とりあえずこの鈴の胸の如きまっ平らな感じはもうちょっと何とかしたい。鈴のはそのままでいいけど、こっちはどうにか出来ないだろうか。
(手始めに、そうだなー。俺ばっか愛称で呼ぶのも何だし、お前も俺の事愛称的なので呼んでみるか?)
【愛称……――では】
シロが言葉を途切らせたのはほんの数瞬。口を開い……いやコイツの場合何て言うんだ? 回線を開いた……? ええいもう口を開いたでいいや。ともかくシロは相変わらずのまっ平らな音声を発し、
【お兄ちゃん】
「や め ろ」
▽▽▽
鳳鈴音は織斑一夏の事が好きなのだろうか。
それが現在篠ノ之箒の胸中で巨大な台風の如く渦巻いている疑問である。本来四人がけのテーブルに、箒と鳳鈴音は向い合って座していた。
向かいに座る鈴は、睨みつけるかの如き勢いで箒に真正面から視線をぶつけてきている。可愛らしいと評して差し支えない容姿、しかし放たれる気配は正に『野生』という言葉が相応しい。それ程までに荒々しく凶暴な気を少女は発している。
精神的にも物理的にも圧されそうになるのをぐっとこらえ、箒もまた真正面から鳳鈴音を見返す。この少女がこれほどまでも強い感情を箒にぶつけてくる心当たりはある。それこそが、ずっと胸中にて渦巻いている疑問である。
もし眼前の少女もまた箒同様に織斑一夏を好きだというのなら――いや、もう間違いないだろう。あれ程一目瞭然に親しいのだから、鳳鈴音もまた一夏の事が好きなのだろう。
ならば箒と鳳鈴音はライバルという事になり、激情を箒に叩きつける理由足る。
「最初っから違和感があったけど、知り合った時期で納得したわ」
鳳鈴音が口を開く。確かに相手は一夏と随分と親しいようだが、それでも箒とてあっさりと退いてやる心算はない。仕掛けてくるのなら、返り討ちにしてくれると心を構える。
「あんたの事忘れちゃったのは、確かに”あいつ”が悪いんだと思う。それは間違いなくあいつの落ち度だわ。でもねー」
淡々とした口調。しかし一見静かに見える言の葉の、一つ一つが積み重ねられるたびにどんどんと重さと強さを増していく。感情が塗りこまれていく。
「あんたは一夏を見てた。でもすっごく見てるようで、常にあいつを通して『別の誰か』を見てる感じがしてしょうがなかった。それは――”あんたを知ってる一夏”でしょ?」
箒の両肩が意識に反してびくりと跳ねた。
言葉をきちんと意識が認識するよりも早く、無意識の領域で反応する。
「忘れた事を責めるのも、記憶を戻すことを求めるのも、別に間違ってないと思うわ。それは悪くないし……もし私が同じ立場だったら、きっと同じ事しようとするでしょーね」
鳳鈴音の言葉が遠く感じるのは、箒の思考が意識の中に沈んで行っているせいであろうか。
再会してからこれまで、何度心の中で”一夏だったら”と繰り返した。望んだ。
稀にある『一夏』を思わせる言動に喜んだ――それこそが正しいと思った。つまり、それ以外は、間違いだと、思っていたという事に、
「でもそれよりも前に、あんたちゃんと見なさいよ! 今の一夏が居るって事を認めなさいよ! 今の一夏はね、あんたが『要らない』って態度ぜんぶで示す今の一夏はね! 私のたいっせつな友達なの! 今の一夏が大好きな人だって居るのよ! 少ないけど! そう思ってる人は居るの! 昔の一夏が要らない訳じゃないわよ、でも今の一夏も絶対ぜ――ったい要らなくなんか無いの! 何でそれがわかんないのよあんたはァ――!!」
感情を噴火させたかの如き
「わ、私、は……」
鳳鈴音の叫びに篭った感情は、怒りとは少し違う様に思えた。それは単に意思の提示、烈火の如きに語気を荒らげているのはきっとそれが本当に本気だから。その想いを――こうも明確に本気で想いを表現できる少女が、箒は羨ましかった。
「私は、そんなつもりは……ただ私は、会いたかったんだ……一夏に、ずっと会いたくて……それだけだったんだ…………」
箒は、言い返す言葉を持っていなかった。ぜーはーぜーはーと息を荒げる鳳鈴音にこれ以上視線を合わせられず、自然と箒の目線はテーブルへと堕ちる。
だからこれもただの提示。とはいえ堂々かつ強い鳳鈴音のそれと比べると、箒のものは情けないほどに弱々しかったが。
一夏を好きだと思いながら、箒の起こした行動は否定、否定、また否定。違う違うと言い続けて想い続けた。記憶を無くしたと、異なってしまったと、ちゃんとはっきりと打ち明けられた筈なのに。その意味をまるでわかっていなかった。一方的に理想を押し付けて、願望を押し付けた。
そもそも、だ。六年もの時間が流れた時点である程度の変化は必然ではないか。なのに箒が求めていた『一夏』は――『六年前』の一夏だ。あの最後の記憶の一夏だ。それは記憶の有無に関わらず、根本的に一夏を否定していた事になるのではないか。
「熱くなっちゃったけど。責めてる訳じゃ、ないんだ。ただ、そこだけはわかって欲しかったのよ。さっきも言ったでしょ、私だって同じ事するって。大切だったのよね、あんたも――箒も、”思い出”が」
「……ああ。絶対、一生、忘れないと思う」
「うん。わかるよ。私も持ってるから」
言葉に顔を上げると、鳳鈴音の顔がとても近くなっていた。身を乗り出して箒に近づいた鳳鈴音が箒の手をそっと取る。割り箸を傍らに散らばっている木屑に変えた手と同じとは思えないほど、優しい手つき。
「本当に仲が良いんだな、お前と一夏は」
「うん。大事な友達。一番の友達」
「ともだち、か……羨ましいな」
「結構大変だったのよー?」
「……それでも、私はお前達のような関係が羨ましい」
恐らく問えば問うただけ、眼前の少女は『友達』との思い出を語ってくれるのだろう。語れるほどの思い出を持っているのだろう。
この少女が、箒は羨ましくてしょうがなかった。想い人に近しい恋敵としてではなく、こんなにも仲の良いとはっきり言い切れる友達が居る。その事が。
篠ノ之箒に、仲がいいと言い切れる友達はこれまでほとんど出来たことがない。転校してばかりという環境も理由ではある。しかし中には、そんな箒に声をかけて、手を差し伸べてくれた人も居たのだ。
だが心の大部分を現状への――ISという存在に対する恨みで占めていた箒は、それを拒んだ。視界に入れようともしなかった。そしてその分の孤独を埋めるように、少しでも仲の良かった一夏との思い出に執着していたのかもしれない。
そもそも一夏との思い出にしろ、どれほどのものか。
家が近くて、通っている道場が同じ――家族ぐるみの付き合いではあったが、家族が付き合っているから一夏と箒が行動を共にしていたと、言い換えることも出来る。
当時の箒は相も変わらず口下手だったし、とても一緒にいて――眼前の少女のように快活でも、可愛らしくもない――楽しいと感じられる子では、無かっただろう。
一度傾き始めた意思は、坂道を転がり落ちる石のようにぐんぐんと暗く澱んだ方向へと傾いていく。
「だったらこれから仲良くなればいいのよ」
目の前には笑顔。
そして、
「え……」
「変わっちゃったけど、一夏はまだちゃんと居るじゃない。大体後どんだけ人生が残ってると思ってんのよ。これからもっとずっと仲良くなっちゃえばいいだけじゃない?」
「い、いいのか。私が一夏と仲良くしても…………?」
何かすっかり忘れていたが、そういえば箒は鳳鈴音の事を恋敵ではないのかと疑っていたのだった。実際に鳳鈴音は一夏の事をかなり好いているようでもある。ならば箒が仲良くする事は好ましくないはずであるのに。
「うん。もう箒はちゃんとわかってくれたみたいだから。あ、それと」
握っていた手を一度離して、制服の裾でせっせと拭く。
そして鳳鈴音は、改めて篠ノ之箒に手を差し伸べた。にこにこと笑ったまま、鳳鈴音はそれ以上言葉を紡がない。しかし箒には鳳鈴音――鈴が何を言いたいのかを、恐らく正確に察していた。
――私とも、友達になってくれる?
「その手は、取れない」
反射的に縋り付きそうになった手を抑えこんで、拒絶の言葉を箒は発する。だがその口元は緩んで、表情はきっと不器用な笑みになってしまっている事だろう。
「一度一夏に謝ってからにしたい。それに私の態度も……やはり改めるのには、時間が、かかるかもしれないからな。応えるのは、それからにさせてくれないか」
「うん。私、箒とは仲良くなれそうな気がする」
「そう、か?」
「そうよ」
同年代の子と、こんな風に笑い合って話すのは果たして何時以来だろう。胸の奥がじんわりと暖かくなって、それが染み渡るように心に広がっていくのを感じながら、箒も笑う。
この少女のように、可愛らしく笑えているだろうか。
きっと笑えていない。だが今はまだ出来なくとも、何時かは笑えるようになりたいと、そう思いながら――
きーんこーんかーんこーん
「………………」
「………………」
「…………ねえ。箒」
「…………何だ。鈴」
「…………今の、何だと思う」
「…………今の、何だろうな」
本当は二人とも、聞こえた瞬間にそれが何かは理解している。
つまりこの問答はただの現実逃避。
”始業のチャイム”
「「――――ち、遅刻だああぁぁっ!?」」