IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▽▽

 

 『ツインテール』

 

 髪型の一種で、長い頭髪を頭部の中央もしくは高めの位置で左右それぞれ結び、髪を垂らしたものがそれである。

 もしくはサイズに似合わぬ凶暴さを秘めた生物に対する呼称。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▽▽

 

「――――あれがIS学園ね」

 

 時刻は夕暮れ時。街は沈む太陽によって茜色に染め上げられている。そんな茜色の世界の中、街の端っこにあるビルの屋上に一人の少女が居た。

 艶やかな黒髪を頭の両側で結び、いわゆるツインテールと認識される髪型。瞳はツリ目だが、キツイという程ではない。どこか猫科を連想させる瞳は顔立ちと相まって、可愛らしさを演出する。そんな顔を少女は不敵な笑みに歪める。

 背丈は同年代の女子よりも低く、小柄と呼んで差支えはない。しかしその背筋はぴんと伸び、二本の足でコンクリをしっかりと踏み締めて立つ姿は実に堂々としていた。

 ビルの屋上という事もあってか、少女の周りには少し強めの風が吹いている。故に彼女の両側で結ばれた髪が風に吹かれてゆらゆらと揺れ――そして、首に巻かれた布もいい感じで風に流れて揺れていた。

 今は4月である。春である。暖かい季節である。決してマフラー(防寒具)が必要な時期ではない。今日が特別冷え込んでいるという訳でもないし、きっと日が暮れて夜になっても過ごしやすい気温だろう。しかし彼女の首には長い布が巻かれ、風を受けてたなびいていた。

 いい感じに。

 

「待ってなさいよ。もう昔の私じゃなぶふ」

 

 このビルの屋上からはIS学園の全容がちょうど見渡せる。建物群の中央にずびしと指を突きつけて、少女は叩きつけるように宣誓――出来なかった。

 風向きが突然変わったせいで、首元から流れるマフラーが少女の顔全部にべたんと張り付いたのである。

 突如ブラックアウトした視界と苦しくなった呼吸にバタバタとその手を振り回し、少女は悶える。それでも何とか顔から布を引き剥がすと、もう一度少女はIS学園に向き直った。

 

「もぶふ」

 

 風。それは何者にも縛られぬモノである。

 言い直そう(人生に編集点を入れよう)とした少女の思惑等、きっと風は知った事ではないのだ。少女は再度その両腕をバタバタと振り回しながら悶える事になった。

 

「――鬱陶しいっ!!」

 

 ズバァッ! と聞こえそうなほどの勢いで首から長い布を一瞬で巻き取ると、少女は両目を見開いて叫ぶ。両側で結ばれた髪とリボンが逆立って見えるかのように錯覚出来る激昂っぷりであった。

 

「風向きとは予想外の敵だったわ…………!」

 

 ぶつぶつと呟きながら少女は傍らのボストンバッグにマフラーを仕舞い込むと、そのまま抱え上げて肩に提げる。そのボストンバッグは見た目から相応の重量を感じさせるサイズと膨らみ加減だったが、少女はさして苦労している様子はない。

 

「――ともかく待ってなさいよ。直ぐに思い知らせてやるんだから」

 

 一際強く吹いた風に結んだ髪を揺らしながら、少女はその場を後にした。

 

 

 ▽▼▽

 

 

「よう。こんなトコで何してんだ?」

 

 呼びかける。すると屋上の更に端に居たそいつはゆっくりとこちらに振り向いた。夜風に吹かれて揺れる髪を押さえる、そんな何気ない動作一つが実に画になっていた。

「………………織斑、一夏」

 視線が合った途端に睨みつけられた。セシリア・オルコットの宝石みたいな蒼い瞳に灯った強い意思の光が俺に思いっきり突き刺さる。

 オルコットに歩み寄り――って何か明らかに警戒されてる。なので足を止めた。夜の学生寮の屋上でこうしてオルコットと出会ったのは偶然でも何でもない。そもそも屋上なんて今日初めて入った。ていうか入れることすら知らなかった。

「何で辞退したんだよ、クラス代表」

 本題に入る――俺の言葉にオルコットはぷいと顔を明後日の方向に背ける。

 寮に帰ったら、クラスの娘らに『クラス代表決定おめでとう』といきなり祝われた。すっっかり忘れていたが、そういえば先日の『決闘』は俺とオルコットのどちらがクラス代表になるかを決める事も兼ねていたのだ。

 

 ――それは、おかしいだろう。

 

 『何で負けたのに俺が代表なの』と尋ねてみれば、『セシリアさんが辞退したから』という答えが返ってきた。

「納得いかねえよ。何で”負け”た俺がクラス代表なんだ。お前が進む理由はあっても、退く理由は欠片もねえだろうに」

 クラス代表には俺よりオルコットの方が相応しい。その俺の考えは最初から変わっていない。むしろ実際戦ってその実力を身を持って知った今は、前より強くそう思っている。

 だから、どうしても言わずにはいられなかった。

 何故だと、直に問いかけずにいられなかった。

 

「――わたくしは認めませんわ、あんな中途半端な決着は!」

 

 怒号。明後日の方向に向いていた視線は身体ごとこちらに向き直る。その瞳は見開かれて、その眉根は釣り上げられている。

 

「セシリア・オルコットにとってあの勝利に何の意味もありませんわ! 言ったでしょう、貴方の全力を叩き潰すと! なのにあんな、あんな中途半端なッ! あのような決着で得られる座などこちらから願い下げですわ!!」

 

 ゴッ、と鈍く低い音がした。

 屋上の端にある鉄柵にオルコットが手を叩きつけたために発した音。

 

「強くなりなさい織斑一夏! 誰もが認めるほどに強くなった織斑一夏を、今度こそ完膚なきまでに叩き潰す!! そうすれば、そうして初めて! わたくしは誰の目にも明らかな『勝利』を得られる!!」

 

 あの中途半端な決着は、どうやら目の前の彼女の心に火を点けたらしい。激情の塗り込められたその言葉は、びりびりと肌に刺さるような圧力を感じさせる。

 

「――それに、誰も『譲る』と言った覚えはありませんわよ。貸し(・・)ておくだけです。あなたを今度こそ撃ち抜いた暁には返して(・・・)いただきますので、そのつもりで」

 

 腰に手を当て胸を張り、不敵にニヤリと笑う彼女は勝利に拘っている。

 直ぐに再戦しないのはきっと俺から逃げ道を奪うため。俺を完全に負かし、完膚なきまでの勝利を掴み取るため。

 何故ならば。現状で俺がセシリアに負けても、周囲はそれを当たり前だと思ってしまうから。俺が言い訳してもしなくても、”セシリア・オルコットは代表候補性だから”、”織斑一夏は素人だから”。皆の心中にはそういったものが付き纏う。

 だから、彼女は待つと言ったのだろう。俺が皆に認められるまで。代表の座を譲ったのも、俺が経験を積めるからか。そうして『強く』なった織斑一夏が負けた時、そこに残るのは完全な敗北だ。もう誰にも何にも言い訳できない、真実の敗北だ。

 

 ――そして得られる勝利が欲しいと、その勝利しか欲しくないと、彼女(セシリア)は言った。

 

 さあて。

 正直滅茶苦茶燃えてきた。ここまで言われて、ここまで魅せ付けられて、このまま黙っていられる訳がない。それに、あの決着に納得がいってないのはお前だけじゃないんだぜ、セシリア・オルコット。

 

「いいぜ、白黒(・・)つけよう。誰にも何にも文句が出せないくらいの、明確な決着を付けようじゃねーか。首を洗って待ってやがれ、今度こそぶった斬ってやる…………!!」

 

 両手の先から身体中に走り抜けたのは、あの時”振り抜けなかった”事に対する後悔。あの日あの瞬間、確かに届いていた筈の一撃を有耶無耶にしてしまった時から、今までずっと感じている。

 カツ、と靴底がコンクリートを叩く音。オルコットがこちらに向かって歩き出した。こちらも歩を進める。

 俺の右手で白い光が、オルコットの右手で蒼い光。それぞれ互いに一瞬だけ舞い散った。そうして出現(武装及び腕部部分展開)した互いの得物――一振りの刀と一丁のライフルが、すれ違いざまにぶつかり合って金属質な騒音を鳴らす。

 再度光が散って、さっきまでそこに在った互いの得物は姿を消す。それ以上何も言う事は無いのか、オルコットは生身に戻った右手でドアを開けて屋上を後にした。

 俺はというと、そのまま足を進めて端に――さっきまでオルコットが居た位置まで歩を進める。見上げるとまあるい月が浮かんでいた。

「これも”約束”か。何で時間制限があるってわかった途端にこう、破れないのが、破りたくないのが増えていくのかねえ」

 今日は風が強い、大して長くない俺の髪もばさばさと揺れて少し鬱陶しい。

 俺の残り時間が後どれだけ残っているかは知らないが、その長さが俺の都合など知ったことではないのは間違いないだろう。

「負け逃げする気はねえぞ」

 

 ――そうだ。今度こそ、”振り抜く”。

 

 挙げた右手の先で拳を作って満月に向けた。そこには弐型の柄の感触が残っている。まだ数回しか握っていないし、生身で握ったことはまだ一度も無い刀の柄。しかしその感触は、なぜだか眼を閉じても形がはっきりと思い出せた。

「ん?」

 何気なく視線を下に向けた瞬間に、視界に入るものがあった。

 目を凝らして、それが何なのかを確かめる。

 

「んー……?」

 

 

 ▽▽▽

 

 

「………………まずい。超迷った」

 

 IS学園の敷地内に佇むツインテールの少女が一人。その手の中のくしゃくしゃになった紙には、少女の目的地――『本校舎一階総合受付事務所』という文字が記されている。しかし歩いても走ってもその建物が一向に見えてこない。

「ったく、地図くらい書いとけってーのよ」

 既にくしゃくしゃの紙をさらに力任せにぐしゃぐしゃと握りつぶし、それをポケットに荒々しく突っ込んで少女は再び歩き出す。

(しっかし見事に誰も居ないわねー、道も聞けやしないわ。”寄り道”したせいで到着が遅れたせいとはいえ)

 言葉通りに右も左もわからないから、生徒なり職員なりに道を尋ねたい。でもゲートを通った以降見事に誰にも出くわさない。

 こんな事ならゲートの警備員に道を聞いておけばよかったと思う。迷いまくって元来た道もわからぬ今となっては後の祭りだけども。

 

(――――!)

 

 突然少女の黒髪を両側でたばねるリボンが、少女の驚きに合わせてぴょこんと跳ねた。とはいえそれはただのリボン、感情に追従する機能なんぞありはしない。ただ少女が少し跳ねたから、それにつられて動いただけ。ついでに風も一役買っている。

 少女が跳ねたのは、感情が大きく揺れ動いたから。原因はその視線の先――そこには男子学生が一人。たまたま通りがかったと思しきその男子学生は、少女に気付かないのかそのまま向こうへと歩いて行く。

 IS学園において男子学生は一人しか居ない。だから、それが誰なのかを判別するのはとても容易い。でもきっと、そんな理由がなくたって、あれが誰なのかなんて一目見れば少女にはちゃんと判った。

「い、――――…………」

 思わず名前を呼びそうになって、しかし少女は自分の口を両手で塞いだ。口元を押さえた少女の顔に笑みが咲く。楽しそうにうきうきと、そんな様子を周囲にこれでもかと振り撒きながら、少女は音もなく少年の後を追った。

 要は、いきなり声をかけて驚かせてやろうと思ったのである。足音がせぬように注意しながら少女はその背中を追う。

 

「……?」

 

 しかし、角を曲がった直後に突如その背中を見失った。怪訝そうに首をかしげた少女は直ぐに気付く。その先が行き止まり――袋小路であることに。

「しまっ――」

『かかったな! 上だ!!』

 声。

 反射的に少女は首を上に跳ね上げる。見事にまあるい満月と、そこから発せられている柔らかい光が視界に飛び込んでくる。しかし視界に捉えたのは、それだけ(・・・・)

 見えるのは、空に浮かぶ満月だけ。そこでその事実をようやく認識する。上を向いたのは『上』という単語に反応してしまったため。しかし、その言葉が聞こえてきたのは『上』ではなかった。声が聞こえてきたのは――――

 

「と見せかけて横だ――――ッ!!」

「ぎゃわあああああああ!?」

 

 横合いからどーんと突っ込んできた何かが衝突した。ぶつかってきた”やつ”は少女の身体を抱え上げると、そのままぐるぐるとその場で回し始める。してやったりなその満面の笑みがひどく少女の癇に障った。

 とはいえ、少女の方が驚かすのに成功していたら、眼前のそれと全く同じ笑顔をして勝ち誇る心算だったのだが。

「何だよまさかと思ったらやっぱり鈴じゃねーかよ何やってんだよこんなとこでていうか久しぶりだなあオイ元気だったか元気だよな元気になーれあはははは!!」

「あ゛――――ッ! 鬱陶しいわね、離れなさいよ!!」

 両手をバタバタと振りつつも、本気で振りほどかないのは少女も再会が嬉しいから。それと、相手がこうも喜んでくれているというその事実がまた嬉しいから。意思に反してにやけそうになる顔面を必死に制御しつつ、少女は形だけの抵抗を続ける。

 

「しっかしお前全然変わってねーな!! ぜんっぜんのびてねーしふくらんでねー!! 前見たときとなんも変わってねー!!」

 

 ――ぴ し っ

 

 世界でただ一人、少女にのみ聞こえるその音。

 それは、鳳鈴音(ファン・リンイン)という名の少女の心が軋んだ音。

 

 ▽▽▽

 

「全く、一夏は何処に行ったのだ……!」

 

 肩をいからせ、箒はずんずんと歩を進める。今日は一夏が部屋に帰ってくるというので、色々と(主に精神的な)準備をして待っていた。しかし一夏は何時まで経っても帰ってこない。こうなったら迎え撃ってやると出陣すれば、一夏は帰ってくるなり人を探して歩き回っていたという。

 探している相手が男子なり教職員であらば箒も特には気にすまい。しかしそれが女子生徒の一人と聞いては話は別だ。更に探している相手は――イギリスの代表候補生のセシリア・オルコットだという。性格はともかく、見た目は麗しい美少女だ。性格はともかく。

 意中の男性が自分以外の、それも見た目のよい少女を探し回っている。そんな事を聞いて、箒が冷静でいられる筈も無い。一夏の事を親切に箒に教えてくれたクラスメイトを殺気で怯えさせつつ、箒は一夏の捜索を開始した。

 

「――――性根を、叩き直してやる必要があるかもしれんな」

 

 周囲に無駄に威圧のオーラを迸らせながら、箒は進む。さっきすれ違ったクラスメイトから外に向かう一夏の目撃証言が提供されたので、現在は外を探している。

「むっ!」

 箒の聴覚が話し声を捉える。即座にどちらから聞こえてきたのかを探り、その方向へと向かう。距離が近付いているせいか、話し声が段々大きくなってくる。片方は間違いなく一夏の声。そしてもう片方は誰かは分からないが、女子の声である事に間違いは無いだろう。

 程なくして、声の直ぐ近くまで辿り着く。ともかくまずは様子を伺おうと、箒は物陰からそっと顔を出した。

 

 

 

「あいだだだだだだだだだ! ごめんなさいごめんなさい調子乗ってたんです本当すいません嬉しくてテンション上がってたんです――――ッ!!!!」

「ごめん! で! 済んだらっ! 背骨は折れ曲がらねえの! よォ――――!!」

「ア゛――――――――――!?」

 

 

 

 そこには。箒の眼前には――小柄な少女に今まさに背骨を反対方向に折り曲げられかけている、織斑一夏(想い人)の姿があった。

 

「……………………なんだ、これは」

 

 目の前に広がる光景を、その事態を、理解できずに呆然とした箒の呟きに、答えるものは誰も居ない。

 

 


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