IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
▽▽▽
『絶対防御』
ISの主な防御は装甲でなく周囲に張り巡らせた不可視のシールドで行われている。だがシールドは絶対ではなく、強力な攻撃を受けた際には突破されてしまう事もある。
そしてシールドが突破され、操縦者の生命を脅かす危険が発生した際に発動するのが絶対防御である。これはシールドエネルギーを極端に消耗する代わりに、あらゆる攻撃を受け止める。この絶対防御がある限りはIS操縦者の生命が危険に晒されることはほぼ無い。
――とある人物の手記より抜粋。
▽▽▽
「やってきました決闘当日! ちなみに俺のISは未だ届いておりません!!」
「突然どうした」
「いやこの酷い現状を受け入れるためにただ明るく言ってみただけ」
「…………」
せめて気分だけでも盛り上げようと拳を突きあげて叫んだら、箒に物凄く可哀想なものを見る目で見られてしまった。
そう、いよいよ今日が決闘の当日である。
現在位置は第三アリーナ・Aピット。俺と箒の立ち位置の直ぐ隣に見える大きなハッチが搬入口だ。ここから俺の専用機が運び込まれてくるらしいので、届いたら即乗り込んでフィールドへ飛び立つ事になる。
ちなみに少し上を見上げると管制室的な部屋があり、そこにはガラスを経て山田先生と千冬さんの姿が確認できる。搬入され次第上から知らせが入るはずだ。
「そういえばだな箒さんや」
「何だ」
「お前昨日洗面所のコックしっかり締めなかったろ。微妙に水流れ続けてたぞ」
「うぐ……すまなかった。以後気をつける。だがお前もデスクの灯りを消さずに寝ることが多いぞ。私がいつも消しているのだからな」
「おー悪い悪い。気をつける…………あー何か腹減ってきた。今日の晩飯何食おうかなー。丼ものは制覇したから次は定食攻めよっかなー。箒、何かおすすめある?」
「後にしろ。これから模擬戦なのだから、もっと気を引き締めたらどうだ」
「過度の緊張は逆によくねーよー」
「お前は不抜け過ぎだっ」
「そーんなこーとーなーいーよー」
「ええい、しゃんとしろ! 立て!!」
「あーれー」
完全に脱力しきっていた身体が、目尻を釣り上げた箒に強引に引き起こされる。
正直暇だ。ISが届くまで本当にする事がない。
「お」
不意に空中にウインドウが出現し、俺と箒は反射的にそちらに顔を向ける。
そこに映っているのは青い空、そしてそこに浮かぶISという兵器を纏った戦乙女――名前をセシリア・オルコット。
「……
その名の通りに機体色は蒼を基調としていた。無骨な装甲から何故だかセシリアの蒼く澄んだ瞳を想起した。ただその宝石の様に綺麗な瞳は、俺に対しては常に輝きでなく敵意を放っていたが。
『織斑くん織斑くん織斑くんっ!』
どこかに設置されたスピーカーが上階に居る山田先生の言葉をこちらに伝える。箒は声を追って上を見上げたが、俺は搬入口に視線をやった。
『来ましたっ! 織斑くんの専用IS!!』
『織斑、直ぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ』
何か千冬さんに無茶振りされとる。
「さあて。ようやく到着か」
重苦しい駆動音を響かせながら勿体ぶるようにゆっくりと、搬入口がその口を開いていく。そうして隔壁の向こう側にあった”それ”の姿が露出する。
『白』。
抱いた感想があるとすればその一言に尽きる。何せ機体のほとんどが白いのだ。後は各所に少し青が散りばめてあるくらいか。何ていうか、すごい汚れ目立ちそうな機体だなあ。
ともかくおっ始めるとしましょうか。
『それが織斑くんの専用IS『白式』です!』
「座りゃいいんですよね!?」
『そうだ。後はシステムが最適化をする』
発進用のリフトの上に降ろされたその白い機体に駆け寄って取り付いた。俺のIS――白式の中央辺り、搭乗者を迎え入れる様に空いたスペースに身体を滑り込ませた。
――【”登録搭乗者との物理的な接続を確認しました。
白式の各部がかしゅかしゅと小気味いい音を立てながら可動し、俺の体に装甲を這わせては閉じていく。おー何かすっごいメカい。カッコイイ。
(――――――――――、ぎっ)
どう例えればいいのか。
まるで
『織斑、気分は悪くないか?』
最悪です。具体的に言うと耳の穴からぶっといマイナスドライバー突っ込まれて脳みそ掻き回されてる感じに不快です。ていうか吐きそう。何だこれ超気持ち悪い。
(あ、レ……? こ、ko、、、声、出、、、、、)
通信から聞こえる千冬さんの声。それに対する俺の返答は口どころか脳からも出る事が無かった。俺の口は酸素を求める金魚のようにパクパクと開閉しただけで、言葉を発しない。
困惑する間もなく次の異常が始まった。
俺の体を包むように各部に張り付いた白式、その装甲と肌が直接触れ合っている部分から何かが俺の身体に”滲み込んでくる”。まるで毛穴という毛穴から無数の細い虫が入り込んで来るよう。想像を絶する不快感が脳髄を縦横無尽に駆け巡る。
『織斑? どうかし』
ぶづりと千冬さんの声が途切れる。次いでごう、と音がしてピットの風景がいきなりスライドした。こちらを見上げる箒の心配そうな顔が、目に入った瞬間に消える。
動いているのは
一瞬
今度は眼前に浮遊する大小いくつものメッセージウインドウ。
それがびっっしりと『ERROR』で埋め尽くされている。みっちりと詰め込まれた文字がせわしなく動き回る画面は、石の裏にビッチリと小さな虫が張り付いている光景を連想させる。
しかもそんなウインドウが無数にあるのだ。気分はとっくに最悪を突き破り、精神に影響を及ぼしそうな域に突入していた。
(n、・・・……、何、だ――、、、こっ。れ――!?)
俺の意思等お構いなしに、白式は勝手に空を滑り、セシリアに一定の距離まで接近すると今度は勝手に停止した。
「逃げずに来たのは褒めてあげましょう。けれど――」
四枚のフィンが特徴的な機体を纏ったセシリアは、左手で俺を指さす。右手にはライフルと思しき大型の銃器が握られているからだ。
「わたくしを馬鹿にしていますの?」
セシリアが言いたいのは、現在の俺の格好だろう。いや白式に問題があるのではない。問題なのは俺の頭上に地面があって足元に空があることだ。
要は、綺麗にひっくり返っているのだ。
「馬鹿にしてるつもりはないどころか相当に必死なんだが」
あ、喋れた。
さっきまでと違い今度は喋ったと思った事がちゃんと言葉として口から出た。現状の距離的に肉声は相手には届かないのだが、ISも今度は真面目に働いたらしい。
セシリアが頬を引き攣らせる。俺はありのままを述べただけなのだが、どうも向こうには挑発として伝わってしまったようだ。
「いいでしょう。一瞬で――」
セシリアが右手に握っていたライフルを素早く構え、俺に対して照準を合わせる。明らかにロックオンされている筈なのに、白式は何のアラートも鳴らさない。ただ延々と狂ったようにエラーメッセージを吐き出し続けるだけだ。
セシリアは既に戦闘態勢に入っているが、正直こちらはそれどころでは無い。少々情けなくはあるがここは正直に機体の不調を訴えた方がいいだろう。
「……――、…………――!?」
ちくしょうめ。また声が出ねえ。
バックヤードの教師二人に対し通信はさっきから試みているが、駄目だ。というかシステムを起動させることすら出来ない。操作が一切通らない。
「終わらせて差し上げます!!」
来る! 強制的な沈黙を続けるしかない俺は、その攻撃を中断させる術を持たない。セシリアの構える大型のライフル、その先端で蒼い閃光が瞬く。
(く、そ、――……が、動け動……けよ!?)
攻撃を止められないのならば、避けるかしか無い。今も尚悲鳴を上げるように軋み続ける脳髄の端にちらつく直感に従って、身体を大きく横にずらす。
「う、ォ、――ァ゛――――――!?」
セシリアの攻撃を避けるため、身体を右に滑らせようとした途端、物凄いスピードで下にかっ飛ぶ俺@白式。セシリアの放った射撃は避けられた、が。
(うおおおおおおおおちるおちる堕ちるじゃなくて落ちるぅ――――!?)
上! ともかく上! 何よりも上へ! ぐんぐんと物凄い勢いで迫ってくるアリーナの地面が視界を満たす中、ただ上昇だけを強く願う。そんな俺の意思を受けた白式は背部の大型スラスターに光を灯し――左へ、吹っ飛んだ。
「何っでじゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
あーぁーァー……
今度は左へ全推力で持って加速する。ろくなコントロールの出来ない現状で最大加速など愚行そのものである。アリーナの観客席を埋めるギャラリーからは、俺はまるで明後日の方向にすっぽぬけたボールの様に映っていることだろう。
地面との衝突は避けられたが、このままかっ飛んでいたら今度はアリーナの遮蔽シールドにぶつかってしまう。ISアリーナは内部でどれだけ暴れても外へ被害が漏れぬよう、半球状のエネルギーシールドで覆われているのだ。
(……とまれ、止まれ! 止まれええええええええ!!!!)
俺の決死の願いを受け、白式はその場で高速回転をし始めた。
おい嫌がらせか。
ただでさえさっきから脳が雑巾絞りされてる如き気分の悪さを味わっているというのに。
その上高速回転する景色を見せる等、何だ、吐けというかちくしょうめ。
根性で吐き気を抑え込んでいたら唐突に機体が高速回転を止めた。何故止まった、というか何故回ったかすら不明だが急いで相手の姿を探す。
居た。セシリアは遙か上空――恐らく最初の位置から殆ど動いていない。肉眼では蒼い塊にしか見えな――ハイパーセンサーが俺の視力を引き上げる。とはいえ映った映像はノイズ混じりの酷いものだったが。
『ば、馬鹿にして……馬鹿に、してぇ…………っ!!』
ノイズ混じりの声。セシリアは頬を引き攣らせて、半笑いの様な表情になっていた。彼女の考えている事は手に取るようにわかる。きっと馬鹿にされていると思っているんだろう。いや実際俺も逆の立場だったら正直かなりイラッとくると思う。
(こっちは、大真面目に、精一杯だ、ってのに――――ッ!!)
叫んだ筈の言葉は、またしても声にならず。俺はセシリアの表情が憤怒に変わっていくのを見ている事しか出来なかった。
蒼い雨がアリーナに降る。
それは最早情けも容赦も捨て去ったセシリアによる、怒涛極まりない連続射撃。
▽▽▽
千冬が眺めるのはアリーナの様子を映すモニター。その中には、空を危なっかしく跳ね回る一夏の姿が映っている。
――でもさあ千冬さん。
三年程前だっただろうか。大規模な交通事故があった。潰れ、ひしゃげ、または横転した自動車で埋め尽くされた道路は、最早道路でなく局地的な地獄の如きであった。ニュースの映像で見た千冬ですらそう感じたのだから、実際に居合わせた人間にはそれ以上の恐ろしい何かだったのだろう。
そんな凄惨な事故現場にたまたま居合わせた一夏は、躊躇もなく地獄に歩いて入って行ったという。そして散歩するかのような軽い足取りでスクラップの中を進み、道端の空き缶を拾うような気軽さで取り残されていた女の子を拾い上げて戻ってきたというのだ。
女の子をぶら下げた一夏が爆炎をバックに歩いて戻ってくる様は最早シュールですらあったと、その時の様子を千冬に報告してくれた一夏の友人は言っていた。
それを聞き、千冬は怒った。
何の装備も訓練も受けていない素人が、そんな場所に足を踏み入れる等自殺行為に他ならない。人命を救助したことは確かに名誉だが、千冬には一夏の行動が勇気ではなく無謀から来ているとしか思えなかった。
――怖いって、どんなんだったっけ?
死ぬことが怖くないのかと問うたら、一夏は首を傾げてそう答えた。
人は刃物を恐れる。
それは血肉を切り裂かれることがどれだけ己の身に影響を与えるかを知っているからだ。けれども幾度も刃物に遭遇した人間は、やがて理解する。肌に触れない限り刃物の存在自体は無害であると。そしてただ存在するだけの刃物に対しての恐怖を薄れさせる。正確には認識することで過剰な拒絶感を抑え込めるようになる。
それと、大まかには同じ事なのだろう。
今の一夏は元居た位置から『死』を経て一夏の場所にやってきている。故に『死』という生命にとって最上にして終着点の恐怖の『経験』と『認識』を持っている。
その経験は通常人間が感じる多種多様な種類の恐怖に対しての拒絶感を抑えこませ、機械的ですらある冷静さを与えてくれるのだろう。だから恐怖に含まれる
更に一夏は『死』を『認識』できる。文字通りに死に繋がる行動や事象が判別できるのだという。直感の上限が異常に引き上げられているとでも言おうか。
そんな何をすればいいかを察知する感覚と、いかなる状況でも竦むこと無く思ったままに動く身体。故に爆炎の中を気軽に歩き、人を挽肉に変える残骸を気軽に避けて通る。
”だって爆発する前に通りすぎれば問題ないでしょ?”
”だって当たる前に避ければなんともないでしょ?”
ガラス玉のように無機質で、吸い込まれそうな程に深く昏い瞳でそう言う一夏を見て、改めて千冬は思い知った。気付かされた。
彼女の弟は常識を逸した現象を経て存在し続けている。そんな人間が、通常では侵入し得ない領域を通過してきた人間が、『正常』であり続けられる訳が無いのだと。
「…………」
「お、織斑くん……何かすごい…………」
千冬同様モニターを眺めていた山田真耶が、何ともいえない表情をしながら呟いた。
二人の眺めるモニターには凄絶な光景が映っている。上空に陣取ったセシリアと
蒼いレーザーが雨の様に逃げ惑う一夏目がけて降り注ぐ。その光景は最早試合等ではなく、
そんな誰が見てもセシリアが有利な光景。しかし真耶が言及したのは追い詰められている一夏の方だった。
それが何故かは容易く想像できる。いくつか表示されているウインドウの中に一夏のIS『白式』のステータスを表示しているウインドウがあった。そこに表示されているシールドエネルギーの残量は、試合開始直後から殆ど”減少していない”。
つまり、あれだけの猛攻に晒されながら一夏はほとんど攻撃を食らっていない。
「あの程度なら避けられるだろうさ、”あいつ”はな」
「え?」
千冬の呟きの真意を真耶は測りかねているようだったが、とても説明できそうにないので気付かない振りをする。
常人離れした直感と、それに見合った行動力、そして駄目押しとばかりに天性の反射神経。ISを使っていても――いやIS同士だからこそ今の一夏に”当てる”のは骨だろう。生身でも大抵の危機をくぐり抜けるような輩が、今はISを使っているのだから。
千冬なら”当てられる”。そこに一夏の感覚の様な種や仕掛けはない。それは純粋に千冬が高い実力を持っている、ただそれだけ。
ちなみに日々粛清が炸裂しているのがその証拠と思いきやそうではない。そもそも一夏は千冬の攻撃を避ける事は滅多に無い。前に友人と話しているのを偶然聞いてしまったが、千冬が本当に意味のない暴力を振るう筈がないと信じているらしい。
「…………」
「!?」
いきなり自分の頭を殴りつけた千冬を、真耶が何事かと驚愕の表情で見つめていた。今のは別に深い意味のある行動ではない。本当は他人であるにも関わらず、微かに絆の様なものを感じて嬉しかったからとかそんなものではない。
断じて無い。
「とはいえ酷い機動だな」
「き、機体に振り回されてるんでしょうか?」
そう、酷い。
モニターの中に映る一夏の機動は、はっきり言って素人以下だ。いや素人の方がもう少しマシに動かせる。それ程までに出鱈目な機動だった。まるでISに命令を拒まれているようだ。
「大方ISの出力を甘く見ていたんだろう、馬鹿者め……とはいえその位なら直ぐに順応してみせそうなものだが……一体何をやっている」
「…………」
「山田君、言いたい事があるならはっきり言うといい」
「い、いえ別に何もありませんよっ、別にああやっぱり弟さんのことが気になるんだなぁ~なんてこれっぽちも思ってませ、」
「そうかそうか」
「いたたたたた――っ!? ああっ、セシリアさんがビットを展開しましたよっ!?」
千冬の気を逸らそうとしたのか、ガッチリとヘッドロックをかけられながら真耶がモニターを指す。千冬はモニターに視線を向ける。
ヘッドロックをしたまま。
見ると
確かに一夏の直感は驚異だが、万能ではない。
逃げ場の無い攻撃は物理的に”避けられない”。
事実、飛び回り自在にその位置を変える砲口の群れに対処しきれず、一夏に攻撃が当たり始めた。白い機体の各部が徐々に削られている。
「…………?」
その光景に、どこか違和感を覚えた。
当たっているのに、シールドエネルギーが減らない。確かにISは絶対防御が発動しない限りは一気にエネルギーが減少する事は無い。とはいえ攻撃が当たっている以上、もう少し激しく減少する筈だ。白式に特殊な防御システムやシールドでも搭載されているのならば話は別だが、そんなものはない。
「――――――ッ!!」
そうして、信じられない光景が眼に入る。真耶にヘッドロックをかけていた手を解き、千冬は割りこむようにコンソールに取り付いてキーを操作する。
「お、織斑先生?」
「どういう事だ……」
いきなり自分を押し退けた千冬に、困惑したのか真耶が恐る恐る声をかけてくる。だが千冬はそれに返事をせずに、モニターの映る光景から目が離せない。
千冬が行った操作はズーム。一夏の姿を拡大しただけだ。さっきまでは全体を引きで撮っていたモニターに今は一夏の顔がアップで写っている。
その頬に赤い筋が走っていた。ビットで穿たれ、砕け散った装甲の一部が掠って皮膚を浅く切り裂いたのだろう。
「え? あ、れ。これってま、まさか……」
真耶もそれが何を意味するのか理解したらしい。その顔がみるみる青ざめていく。
減らないシールドエネルギー。
そして当たり前の様に肉体に通っているダメージ。
それが意味する事は一つしかない。
「機能していない! シールドも! 絶対防御も!!」
「直ぐに模擬戦の中止を――アクセス拒否!? そんな、どうして!?」
コンソールに指を走らせた真耶が悲鳴を上げる。アナウンス、遮断シールド、そしてアリーナの出入口、その総てがロックされ、こちらからの操作を拒絶している。モニターに表示された情報が、その事実を無機質に告げていた。
「く、ッ…………! 山田君、緊急事態だ! 各所に連絡を!!」
千冬は行動を開始する。走りだしたのは装備を取りに行くためだ。遮断シールドを外部から破壊してでも戦いを止めるつもりだった。
「ッ!!」
後ろから聞こえてきたのは、真耶の言葉にならない悲鳴。
反射的に振り返った千冬の視界に入ったのは、地面に向かって落ちる一夏と――それに追い縋る二つの弾頭。
▽▽▽
相変わらず機体は言うことを聞いてくれないし。
それに脳に感じる不快感は収まるどころか更に強くなっている。
何かもう目が霞んできた。それでも機体を精一杯振り回し、ひいこら攻撃を避け続ける。
そうしなければいけないとはいえ、この状況でよく避けれるものだ何て思っていたら
(な、何かファンネルみたいなの飛んできたああああああああ!!!!)
もう見た目からしてアレかなと思っていたら案の定アレ。飛翔する四機は俺に向かってビームを撃ちながら突っ込んでくる。
避けたい方向に機体が動いてくれない事もあるが、純粋に砲口の数が増えたのが厄介だ。避けた直後を狙い撃ちされると流石に対処しきれない。
(さあて。どうする、どうすりゃ生き延びれる……ッ!!)
回避のタイミングはわかっても、その後自分がどちらに進むかがわからない。だから時折攻撃の方に突っ込んでいく事もあった。その時、散った装甲の破片が自分の身体を浅く裂いたのを見て、今どれだけ洒落にならない状況になっているかを知った。
シールドと絶対防御。
本来ISには必ず備わっているはずの、搭乗者の生命を守るそのどちらもが機能停止している事実を。つまり今俺の身を守っているのは純粋に白式の装甲だけという事になる。
そして――装甲が無い部分は完全に生身だ。
一応飛行しても身体に影響が無い以上、何かしらフィールドは展開されているのだろう。けれどもこの様子では攻撃に耐えうるとは思えない。
直撃はモチロンのこと、生身の部分に当たるだけで人生が終わる。だから死ぬ気で避けてきたが、状況は更に悪い方に傾いた。
(せめて、言うとおりに動きゃあ、な……――!!)
機動だけでも自分の意思に従ってくれればまだ避け続けるくらいは出来そうだが、相変わらず機体は命令とは出鱈目の挙動をする。
まあそれ――俺自身ですら予測できない完全にランダムな挙動――がセシリアの虚を突いていたという面もあるのだが。
(ちくしょうめ。一か八かしか頼るものがねえじゃねえかよ)
装甲が少しずつ削られていく最中、その機会を待つ。
意図した方向に動かせないなら、動かしたい方向に動いた瞬間を狙うしかない。
(――――来た!)
待っていたのは、機体がセシリアの方へ向かう瞬間。都合のいい事に進路上にビットは無い。後ろから撃たれる危険もあるが、ともかくセシリアに到達するまで持たせるしかない。
(組み付く!!)
至近距離でセシリアに組み付き、現在俺と機体に起こっている異常をわからせて試合を中断させる。それが現状唯一思いついた手段だ。
上手く接近出来る保証もないし、接近できてもセシリアに気付いてもらえなければ意味が無い。だが行動しなくてもこのままでは死ぬ。
それが、単純に理解できる。
(う、お)
最大加速で突き進む。距離がみるみる詰まる。ビットによる背後からの追撃で、スラスターの一部が吹き飛んだ。機体ががくんと傾くが、構わず直進を続ける。
「――――――ッ!!!!!」
もう少し、あと少し。
だが決死の俺を嘲笑うかのように、
「いただきますわ!!」
”それを待っていた”、セシリアの表情がそう語っている。
ガキッと音を立て、
「ブルー・ティアーズは六機あってよ!」
掛け声と共に新たに展開し出現した二機のブルー・ティアーズが発射される。待て。このファンネルチックなのブルー・ティアーズって名前なのか。て事はブルー・ティアーズにブルー・ティアーズって名前の武器が搭載されてるってことか。なんつう紛らわしさ。
ともかく、新たに出現した二機は先の四機とは形状が異なっている。先の四機は先端にビームの発射口が空いていたが、今度の二機にはそれが無い。これは――
(
”がくん”。
あれ、これは何の音だろう。
俺の体が
(ちく、しょう、が。こうまで、追い詰められると、ちょっと笑えてくるな、は、ははは)
落ちる。
落ちる。
落ちる。
今度はこれまでとは違う、何をやっても機体は一切反応を返さない。完全にこちらの命令を拒絶していた。このままでは十秒も経たない内に地面に叩き付けられて死ぬだろう。だがその前に、迫る
上から死が迫ってくる。
下には死が待っている。
何かを思う時間すら無かった。
ブルー・ティアーズの虎の子の二機が、自由落下を続ける
(――――あ)
着弾。
轟音を響かせながら爆発の光が咲き誇る。
――【”