IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 『IS(アイエス)』

 

 正式名称『インフィニット・ストラトス』。宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツ。

 『製作者』の意図とは別に宇宙進出は一向に進まず、結果としてスペックを持て余したこの機械――この飛行パワード・スーツは一度『兵器』へ変わり、その後に各国の思惑によってもう一度変化し、最終的に『スポーツ』として落ち着いた。

 

 原則として、女性にしか扱えない。

 

 

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「これが終わったら寝れるこれが終わったら寝れるこれが終わったら寝ここここ……」

 中学三年生の二月、受験シーズン真っ只中。

 寒空の下で呪詛を呟きながら目的地へと歩を進める。昨年何かカンニング事件が起きたとかで、各学校は入試の会場を二日前に通知する様にとのお達しが政府から出ているらしい。なので一番近い高校の試験のために四駅ほど電車に揺られる羽目になった。

 試験会場の距離と俺の学力は関係ないので、移動自体は実際どうでもいい。でも電車に揺られている間睡魔と闘うのが大変辛かった。というか今も辛い。

 これから受験するのは私立藍越学園。自宅から近いとか、学力が分相応と色々とあるが、最大の魅力は学費が安い事だった。私立なのに格安とも言うべき学費の安さなのだ。

「はぁ……ともかくさくっと自立しねーとなあ」

 織斑一夏には両親が居なかった。なので俺を養ってくれているのは歳の離れた『姉』だ。

 『弟』として――いや『俺個人』はこの状況があまり快いものではない。

(何時までも世話になる訳には、さすがになあ……)

 家族なのに気にし過ぎではないかと知人に言われた事がある。確かにその通りかもしれない。でもそれは普通の家族に相応しい意見だと思う。

 厄介な事に俺と彼女の関係はなかなか妙ちくりんな関係なのである。よくあるのは血の繋がっていないとかだが、俺の場合はもう少し妙だ――血の繋がった他人とでも言おうか。

 

 人間というのは一人養うだけでも金がえんらいかかる。

 

 彼女の収入は『弟』である俺を養うのに十二分だったが、それはつまりそれだけの対価を得られる程の仕事をしていたという事でもある。

 俺は彼女に世話になった分をしっかり返さねばならない。そのために俺は中学卒業後の進路を就職でなく進学にした。

 目標とした高校は卒業後の就職先の斡旋が豊富なのだ。ある程度のランクの企業で普通に働くのは地道だが、確実だ。

 ただの自己満足であるが、それでもこれは俺がやるべき事の一つだ。恐らく彼女に面と向かって言えば鼻で笑われる事だろう。脊髄反射で目に浮かぶ。

 いや、俺はまず彼女に礼を受け取らせる事が出来るのだろうか。これまでを振り返るにまずそれが物理的に不可能な気が…………体鍛えよう。うん。

「っし!!」

 とはいえ取らぬ狸の皮算用。眠気覚ましに気合を入れる意味も兼ねて頬を叩く。

 目下の目標は高校受験合格。それだけを考える。

 元々同時に複数のことを考えられるほど出来た頭ではないのだ。これから後の事は受かってから考えればいい。

 学力には正直さっぱり自信が無いが、それでも可能な限りの努力はした。しかし受験勉強というのは何回やっても慣れないものである。結局模試でA判定取れなかったし。ていうか勉強って言う行為に慣れるとかあるんだろうか。

 緊張を落ち着けるために数回冷たい空気を吸い込んでから、試験会場である多目的ホールへと入る。

 

 そして数分後。

 

「………………」

 あふん。超迷った。

 一面ガラス張りの廊下を眺めながら通り過ぎ、タイルの貼られた壁の横を歩き、埋め込み型の照明の下を歩き回る。天井が高いと開放感があって好きだ。

 どうもこのホールは機能美よりも見た目の美を優先しているらしい。美的センス皆無なのでわからないが、見る人が見ればたぶん凄いんだろう。たぶん。

「階段どころか……案内図すら見つけられない…………!!」

 そんな事はどうでもいい、試験が始まる前に既に心が折れそうだった。

 会場の中で迷子になって試験に遅刻なんて冗談じゃない。誰かに道を聞けばいいのかもしれないが、何故かさっきから誰ともすれ違わない。

「ええい、ままよ!!」

 目に付いたドアを開ける。流石に適当に選んだ場所が合っているとは思わないが、それでも誰か居れば道が聞ける筈だ。

「あー、君、受験生だよね。はい、向こうで着替えて。時間押してるから急いでね。ここ四時までしか借りられないからやりにくいったらないわ。まったく何を考えて……」

 まさかの正解。部屋の中に居たのは女性教師と思しき人物。三十代後半くらいであろうか。何か忙しいのか、女性教師は指示を飛ばして引っ込んでいった。一度も俺の顔を見なかった辺り、相当忙しいらしい。

「………………きがえ?」

 何で受験に着替えが必要なのかがよく解らない。数は少ないが、これまで経験した受験だと着替えが必要な事は無かったと思う。

(あ、もしかしてカンニング対策とか? と、時間が無いって言ってたな)

 さっきの教師は『時間が押している』と言っていた。道中で散々迷ったせいか、実際時間は結構ギリギリだ。慌ててカーテンをくぐり、中に入る。

 

 ――室内には、それが置かれていた。

 

 一言でいってしまうなら『鎧』。しかし各部にはそれが現代の科学によって生み出されたという事が窺い知れる機械部品が散りばめられている。

 あるいは中世の騎士の鎧、あるいは現代科学の粋、そのどちらも想起させる鋼の塊は、跪く様な姿勢のままただ黙ってそこに鎮座している。

「うわー……本物の『IS(アイエス)』だ。初めて見た……」

 俺の目の前にあるのは、現代社会にして最強の存在として君臨するパワードスーツだ。今まで雑誌やネットで眺める事は数あれど、実際に肉眼で見たのは初めてだ。

「うわぁー……かっけぇなぁー…………」

 思わずほうとため息が漏れる。

 男の子に生まれた以上、こんなメカメカしいものに惹かれない訳が無い。出来るのならば、死ぬまでに一度はこのパワードスーツを纏ってみたいと思う。これで空を自在に駆けてみたい。恐らく大半の男性がそんな事を夢想しているはずだ。

 そう、出来るのならば。

「何で男には動かせないかなあ……」

 その事実を思い出して、昂った気持ちがみるみるしぼんでいく。ISには絶対の原則として、女性しか扱えない。この機械は、何故か女性にしか反応しないのだ。

「最初に存在を知ったときは馬鹿みたいに舞い上がったっけ。こんなのが実用化されてるなんて――実用化出来るなんて思わなかったもんなあ」

 初めてISの存在を知った時の事を思い出しながら、主なき騎士の鎧に歩み寄った。このISが黙しているのは機械だからなのだろう。けれども黙する鋼を見ているとお前(男)に用は無いのだと、そう告げられている気がして少し寂しくなる。

「俺達の何が不満なのかね、君達は。俺は馬鹿だから、教えてくれると助かるんだけど」

 

 俺の手が、ISに”触れる”。

 

「……――ッ!?」

 瞬間、脳に突き刺さるような鋭い痛みが走る。同時に脳の隅で何かがちりちりと音を立て、嫌悪感が意識中を駆け巡る。

 嵐の様なそれが過ぎ去った後に、今度はキン、と澄んだ金属音が頭の中に響き渡った。その音を皮切りに意識の中に膨大な本流が流れこんでくる。それは情報だった。目の前の『IS』の基、本動作操縦方法特性装――備活動限界行動範囲センサ精度レーダーレベルアーマー残量出力限界、、、、、、、

「…………、ッ」

 頭の中を不規則に情報の奔流が駆け巡る。脳髄の中身を好き勝手に蹂躙されるとこんな感じになるのだろうか。さっきまで知らなかった事を無理やり理解させられる感覚。

 そして憧れと羨望の対象であった鋼の塊についてその総てを把握して、理解している自分が無理矢理に作成される。

 ”じりっ”、と脳の隅で一際大きな異音が鳴った。

 それを境にした後は、それまでに比べて酷く緩やかで自然なものだった。意識に直接浮かび上がるパラメータは、視覚野に直接接続されたセンサーが表示している。その程度の事は、もう考えるまでも無く理解できる自分が居た。そんな自分になっていた。

「……ま、さ、か」

 動く。

 決して自分には動かせないはずのそれが、動く。たやすく動かせる。今では無骨な鋼の塊は物理的にも精神的にも俺の手足の延長と化した。

 肌の上を広がっていくのは皮膜装甲(スキンバリアー)。

 身体を重力から解き放ったのは正常作動した推進器(スラスター)。

 右手に集まった光が形を成して生み出すのは、一振りの装備(近接ブレード)。

 知覚精度の根底を最適化されたハイパーセンサーが書き換える。

 

 『IS』が、俺の知らない世界を送ってくる。それはまるで、まるで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総てが変わり始めたその瞬間は、俺の終わりの始まりだった。

 

 

 


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