現実から別世界へ移動した小説は数あれど、流石に鼻を見てトリップしたんだと理解したのは俺だけだろうと思うんだ。目の前に腰かけ此方を値踏みしているイゴール(仮)。ゲーム内であったら、ペルソナ合成の便利なキャラ的印象だけで済んだんだが……コイツかなり腹立たしい奴にしか見えん。
あれだぞ、謎の空間に一人拉致られた人間を浚った張本人である犯人がニヤニヤしてたら一発殴りたくなっても無理ないよな?例え黙って少しの間、我慢しているだけでペルソナを手に入れられるイベントになったとしても、日がな一日見たくもない線を見ていたせいで苛立っているストレスを発散しても構わないと思うんだ。
「ようこそベルベットルームへ」
「…………」
来たくて来た訳じゃねーよ。あれ、可笑しいな普段は温厚だって定評がある俺。ここまでプッツンしてんのも珍しいんだよな。自覚があるのに、暴走が止まらない感覚って奴か?うーん実に微妙だ。
脳内では本来の自分の筈なんだが、口調が明らかに可笑しい。アドレナリン大放出ってか?日本人らしく内心は遺憾の意だったとしてもオブラートに包んだ発言をしてばっかだっつーのに。衝動的にこみ上げた感情そのままに発言する自分が居る。
「お客人、貴方には伝えなければならない事があるのです。さあ、お掛け下さい」
「ペルソナ、だろう?そんなのはどうでもいいんだよ」
「おやおや、お客人は物知りでいらっしゃる。既に熟知された内容は反復する必要性は無い。成程!その通りでございますな」
長々と抽象的な説明とは思えない喋り方を続けられる方の身にもなってみろと言いたいが、視界が揺れてそれ所ではなかったため、言いたい事を先に口にして遮った。何やら、テンションをあげて喜んでいるみたいだが頭痛で眼中にないんだっての。
酷くなるソレは遠慮っつーのを知らないとばかりに好き勝手に主張しまくるし、収まる気配がない。線が見えた時から頭痛はしてはいたんだが、脳の許容量オーバーというか知恵熱だと解釈していた。
「話の前に剣呑な雰囲気を収めて頂けませんかな?話し合いにソレはそぐわないでしょうからな」
「別に好きでこうなっている訳じゃねぇ」
「ふむ、常にその様な状況に身を置かれている……実に稀有な方だ。しかし随分と生きにくいのではないですかな?やがて限界が来る、精神的にも身体的にも」
「なっ」
コイツ、やっぱ苦手なタイプだ。俺が辛いのを分かってて同情的なセリフを吐くとかねーよ。くそ、ペルソナでのイメージが崩壊だっての。しかし、それは次の言葉で真逆になる。
「現状を打破する術があるとしたらどうしますかな?この契約書に署名を…―」
「それを寄越せッ!」
限界だったんだよ。あれだけテレビで契約内容に目を通さずに署名するのは最悪の事だと、特集を組んでまで放送してたってのに。ほら、あれだ、わざわざ法律違反にならない程度に小さな文字で不利になる事柄が書かれているだとかあるらしーしさ。
ただ、そん時ばかりは楽になりたい気持ちが強すぎた。荒々しい口調で詰め寄ると、ひったくった紙。同様に机上にあった羽ペンで自分の名前を書き殴る。書いたからと言って痛みが治まるとは到底、正気なら思わないが藁にも縋る思いだった。
画してイゴールは正しかったのだ。乱れた息が収まる時には、あれだけの頭痛も視界の乱れも全くなくなっていた。理由は分からないが、助かったんなら良しとするか。……さて、後には引けないとはいえ紙の内容を確かめる必要があるよな。怖々と手に取り眺めようとすると、不意に用紙が消失した。
「契約成立ですな」
ちょ、どこの悪徳業者ですか?気分は綺麗なお姉さんへのナンパが成功したと思いきや、連れて行かれた先のビルで馬鹿高い羽毛布団を買わされた感じだ。つまり、後で我に帰っても後の祭りだ、と。クーリングオフってないの?
「では此れをお持ち下さい」
「……此れは?」
落ち込む俺に追い打ちを掛けられる如く、放り投げられた物をキャッチ。何だ?咄嗟に引っ掴んだ物を見たら拳銃だった。此処って日本だよな。銃刀法違反は何処だ。
言いたい事は山ほどあるが、端的に一番聞きたい事を尋ねてみる。
「貴方の助けになるでしょう。未来をもひらける代物ですぞ」
拳銃で?それって「この壺を購入すれば貴方のお悩みが解決致します」と同レベルなんじゃねーの?悩みが解決しますってか。胡散臭げに眺めていた俺なのだが、愛しのPC破損で忘れていた鬱陶しい線の数々が視界から失せている事に気付いた。
嘘だろ!んな簡単に治る様な症状じゃないだろうに。にしても本当は悪徳業者じゃなかったのか……。契約書とやらに署名した実績もあり確かだ。合成とかだけじゃねーんだな。ふむふむ。
「貴方は内に巨大なる力を秘めておいでだ。残念ながら今は推し量る事が出来かねますが、何れ頭角を現すのではないかと」
ってか、巨大な力?ペルソナが覚醒している訳でもねーのに?それとも今後、主人公のように覚醒フラグがあって召喚が可能になるのか?疑問に思ったのだが、意識が薄れそのまま現実での普通の眠へと戻っていった。
「ふむ、随分と困難な人生を歩んで来たお客人のようだ」
ベルベットルームより、かの人物が去った後イゴールは一人呟いた。まず初めの警戒の仕方からして只者ではないだろう。身に纏う敵意に満ちた雰囲気しかり、椅子に座り咄嗟の動作が鈍る事を懸念して終始立ちっぱなしであった事を含めそう結論付けた。イゴールでさえ未知であった能力を所有しているのが更なる拍車を掛ける。
しかし、それでは集団に溶け込めないだろうと考える。人と人との繋がりが力になるというのに、あれでは力を得られない。寧ろ枷となる。お客人は不要だと切って捨てるのでしょうな、と顎に手を添えたまま笑う。少々おせっかいであっても強制してしまうのは老人の常、次に再会したならお客人にどの様な変化があるのかと期待をする。
唐突に赤い髪を靡かせ、ベルベットルームに現れた人物。お客人ではない者の登場に、不意を突かれた形になってしまった。ただ預かった品物を渡すのがあのお客人であるというなら、それもまた運命。今度は扉を開いて来るであろう人物を思い浮かべエリザベスに、先程は渡さなかった弾丸を仕舞うように伝えた。