遠野誠の提案したタルタロス探索は結果として、成功した。否、上手く行きすぎたと言っても過言ではなかった。
最初こそ特別課外活動部の面々と鉢合わせする危険性があると、様子を見に行っていた山岸風花に指摘され、尻込みをしたものの覚醒したペルソナの能力によってメンバーが寮に引き揚げたのを確認し、タルタロスに乗りこめたのだ。
その後も、残された時間を効率よく探索に当てる事が出来た。当初の階層は弱い敵が主とはいえ一々相手にはしてられない。避けるものもいるが、向かってくるものもいる。それを加味して、敵が少ないルートに誘導して貰う事で戦闘を避け、只管上階を目指していったのだ。
登れるだけ上った後は、戦闘を繰り返す。危険性を極力避けるために敵の数が少ない敵を選んでの物だ。コロマルと遠野誠のナイフが躍る。無論、その周辺にあるアイテムの回収も進行させる。
進めるだけ進んで、タルタロスのエントランスに戻る頃は皆、充実感で溢れていた。
「今日はお疲れ様。にしても本当、山岸さんの能力助かった。ありがとう」
「ワンワンワン!」
コロマルも同意をし吠えている。
「えっ、そそそそんな。助かっただなんて……」
赤面する風花は左右に手を振って否定する。しかし、褒められた嬉しさを抑えられない様子で、声のトーンが高い。謙遜する風花を帰路に促しながら、一番最後に歩き出す。
途中、長鳴神社にて今回得たアイテムや金銭などを振り分ける予定だ。最も、話し合いの結果代表として誠が消費アイテムだけは預かるとの結論に至ったのだが。装備品は各自、身につけられるモノ以外は売る予定であり、その際に受け取る金銭も平等に分けるつもりだった。
到着した長鳴神社にて、当初に決めた通りの振り分けが終わると道中の自動販売機で買った水とコーラとオレンジジュースで一匹と二人は乾杯をする。達成感からか、いつまでも話していたい衝動にかられるが翌日も学校があるのだ。余り長居は出来ない。そうして、その日は名残惜しくも散会したのだった。
◇◆◇
誠がタルタロスからの帰り道、意気揚々と長鳴神社へと向かう―――そんな頃、チドリはその後ろ姿を目で追っていた。
「あ」
丁度曲がり角で途切れてしまってはいるが、間違いなく以前、ぶつかって損失を与えてしまったにも関わらず加害者であるチドリに気を遣って手当をした人物だ。
「チドリ、んな立ち止っている暇なんてないで。さっさと依頼を済ませに行くで」
「聖人君子…」
「なんやと?」
「聖人君子が居た」
ジンが訝しげに聞き返す。しかし、チドリの返答は間違いない様だ。単語の意味をやや考え、首を傾げる。
聖人君子――知識を有し、人格が優れており理想的な人物として立派な人物を指す。
それがどうしたというのだろう。疑問を口にしようとするが、それよりもタカヤの発する言葉の方が早かった。
「あぁ、成程。チドリなりの…つまりはある対象人物の例えなのでしょうが…この影時間の中を自由に歩き回れる者という訳になりますね。そして、この道……滅びの塔へ出入りしている可能性もあるでしょう」
「せやったら能力も保有しているとみて間違いあらへんな」
「恐らくそうでしょう」
顎に手を当て、タカヤは思考する。自分達の害にならなければそれで良い。しかし、邪魔立てをする様な思想の持ち主であるならば遠からずして対立するのは目に見えており、ゆくゆくは排除する必要がある。
「チドリ、その聖人君子とはなんの事です?」
「ジンが言ってた。思惑や下心とか微塵も持っていない善意をもった行動をする人物、それは聖人君子だって」
「そーいや、そないな話したことあった気がするわ。ただ、そないな訳ないで。なんかの思惑ありきに決まっとる」
「でもジンがそう言ってた」
「せやから、それは……」
「まぁ、どちらにせよ調べれば分かる事です」
何時までも口論が続きそうなのをタカヤが遮る。タカヤ自身、本当に聖人君子な訳がないと踏んではいるが、チドリが主張している以上、便宜上一応はそういった性格を有していることを考慮に入れるべきなのだろう。
さて、一口に調べるといっても無数に方法がある。その中で無難というべきか、心当たりという訳ではないものの、一番知っている可能性がある者を尋ねてみようという結論になった。最も聖人君子とやらの名前も知らないのだ。調査と言っても聞き込みをするにしても徒労に終わる。まずは誰かというのを知るのが先決だ。
「兎に角、依頼をしにいきますよ」
するべきことをすれば時間が取れる。全ては時間を作ってからだ。タカヤは二人を促し、歩みを進めたのだった。
◇◆◇
「色々こちらにも事情がありまして。一番有力そうな情報を持っていそうな君の所に来た訳です。影時間に一人で行動をする男性のペルソナ使いを御存じありませんか?」
ポートアイランドの裏路地。チドリとジンを引き連れたタカヤは荒垣の元を訪れていた。不意に現れたストレガの三人にやや目を見開いたものの、口を開く。
「さぁな」
「少々真面目に考えて下さいませんか。私達は君に貸しがある筈です」
「………………」
荒垣の脳裏に真っ先に過ったのはアキ―――真田明彦だ。ただ、奴は単独行動をしていない筈である。特別課外活動部は複数人で纏まっているのだ。となると別な人物。心当たりを探した所で、学生服を着たとある男の姿が思い浮かんだ。
表情を動かしたつもりはない。しかし、相手は目ざとく読み取る。
「心当たりがあるのですね」
「チッ」
「話して下さいませんか?」
「名前は知らねぇ」
「他には?」
「……月光館学園の生徒だ」
「それだけではないでしょう。せめて君からみた見解位は聞きたいものです」
一体、何があるというのだろう。そこまで聞かれて荒垣は疑問に思った。だが、彼らに聞いても答えは返ってこないのは明白だ。情報を提供するのは気には障るが関わりをもっている以上は仕方の無い事だ。自分とは無関係なのだから話してしまえば良い。
そう思った所で、答えに窮してしまった事に気が付いた。説明がつかないのだ。直接話した訳ではない。単純に見かけた事があるだけだ。
―――荒垣に反撃にあう男達を嗤う姿。
―――自分が拳を振るうのを期待している姿。
―――中指を指しながら抱腹絶倒している姿。
―――後日、ペルソナの制御するための薬の効能に苦しみもがいていた姿。
どう告げろと?ぶっちゃけ、表現のしようがないだろう。しかし、最初裏路地で見かけた際、何かを仕掛けたというのは明白であり、目的があった筈なのだ。一体どういうつもりなのかは最後まで問う事は出来なかったのだが。
「……………含みのある奴、だな。得体が知れない」
「ほぅ……」
「それだけだ」
「成程、良く分かりました。それでは」
タカヤは荒垣にそう告げると踵を返した。チドリとジンも続く。
「どないな奴やねん。荒垣に得体が知れないなんて言わせる奴なんて想像出来へん。どないな膨大な能力隠し持っとんねん」
「聖人君子?」
「チドリ。まだ、言うんかいな。せやからそれは幻想や。んな奴おる訳あらへん」
「まぁ、庇いだてしている訳ではないのですから、先ほどのは事実でしょう。それ以外の情報として確かめてみますか?」
「?」
「本当にそれだけの人物であるなら、月光館学園で有名になっているとは思いませんか?」
◇◆◇
「嘘や! 絶対嘘や! 信じられへん!!」
「だから言ったのに」
「んなモン信じられるか」
ジンは自らが調べたにも関わらずその結果に頭を抱えて叫んだ。タカヤに指示された通り月光館学園で聖人君子と評される人物を探すまでは良い。しかし、本当にそんな事実が存在するとは思わなかったのだ。
なにせ、「学園に聖人君子と呼ばれる人物は居ますか?」という問いにまさか「YES」の答えが返ってくるとは想像がつかなかった為だ。それも偶然と言う線ではない。
一人や二人ではないのだ。適当な学生の生徒複数人に聞いても同じ答えが返ってくる。
どうやら、大人しくて真面目な虐められっ子が、反撃し始める切っ掛けをくれた人物らしい。その人のお陰で、堂々と真っ向から言い返す事が出来る様になったし、相手の脅迫や挑発には一切我関せずな態度を貫き通す。何より一歩卓越したかの様な独特な雰囲気を持つようになったと言う。逆に虐めっ子を負かした彼女は今まで体が弱くて出来なかった体育や勉強にもより一層打ち込む様になり、友人も出来た。
その友人達に良く話す中で良く表現として使われているため、どの生徒に聞いても答えがYESなのだ。『本当に神様みたいに素敵な人なんです。全てその人のお陰で……。無理矢理、枠を当て嵌めるとすれば”聖人君子”と言った感じでしょうか』と繰り返し語っていた為に伝播したらしいのだ。ちなみに、一部にはその卓越した雰囲気と能力に惹かれた集団も出来ているらしい。
該当者の名前は―――遠野誠
しかしながら、良い噂ばかりではない。漸く名前が分かった為に詳しく聞き込みを開始すると意外と妬みを買っている。
国際的大企業、桐条グループの社長令嬢。生徒会に所属し、生徒会長を務める優秀かつ容姿端麗な女性と仲が良いらしい。
恨みや鬱憤に思っている者の数は多く。特に男子生徒が多数を占めるが、一部は女子生徒からも主張があった。
「人はみな、聞きたいように聞き、信じたい事だけ信じるものです。どうやら側面はあるものの、聖人君子は実在している人物の様ですね」
「………ぐっ。まだ荒垣の得体のしれない含みのある奴の方が納得できるで」
「言った通りだった」
納得のいかないジンは未だにブツブツとつぶやいている。一方でチドリは漸く自らの主張を認められたので、どこか満足そうである。
「取りあえずは大体の情報は得ました。今のところ、害がある人物と判断するのは早計です。しかし念の為、注意を払う必要があります。チドリ、彼が今後塔へと行くようであれば、接触して下さい。特に真意を聞き出せるように。いいですね?」
「分かった」
「また情報が分かり次第、報告するように」
タカヤの指示を受け、チドリは頷くのだった。