二次元街道迷走中   作:A。

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第二十話

片手を胸に抑えながら荒い息をしている。それだけならば、恐らくは勢いよく走った反動だと余りに適当な解釈を出来たのかもしれない。

 間もなく片手を口元に当て酷く咳き込んだかと思えば膝をつき、体を縮める姿を目撃さえしなければ……自分の頭を過る予想を簡単に裏切れる都合の良い幻想に浸れたのかもしれない。荒垣は、今見た光景から分かってしまった事実から目をそむけようと必死であり、漸く我に返った時には、男は行方を眩ませていた。

 

 あれは正しく、自分と同じだ。ペルソナを制御するための薬の効能に苦しみもがいていたかつての――…否、今も確かに副作用は幾ら抑え込んでも定期的にくる。ただ、昔から徐々に薬剤での抑え込みに慣れて来たためか、激しさは多少なりを潜める程度にはなっていたのだった。

 

 閑話休題。実は病にかかっているという一番ありえそうな可能性を真っ先に排除していた理由は、ここで初めて男を見かけた訳ではないという理由に起因している。それは以前、向う見ずにも、というか何も考えず勢いというノリでというべきか、アキの所の連中がポートアイランドの裏路地に入り込んで来た時の話だった。

 

 

 

 

 「い、幾ら山岸風花を虐めていた連中が、夜中に路上オールをしている時に知り合ったらしいからって、やっぱ実際に来るのって絶っっっっっ対に間違っていると思うんだよね、俺ッチ。ってな訳で今からでも間に合うんだから、何かある前に帰らねぇ?ってか、マジでやべえって!感じるだろ、こう……―超危ない空気です的なオーラ!!」

 

「はいはい、ここまで来ておいて何言ってんだか。往生際悪過ぎ。男だったらビシッと覚悟決めなさいよね」

 

「や。無茶言わないで下さいよ、あのあのあのお願いしますってばゆかり様ぁー!」

 

 先頭に岳羽ゆかり。続いて有里公子。最後に公子の後ろに腰巾着宜しくしがみ付いている伊織順平。以上場の雰囲気にそぐわない三人組が闊歩している。この場所には不相応な人物は歩いているだけでも充分目立つというのにも関わらず、仲良く喚いて騒ぎ立てていた。つまり、物凄く注目を集めるという結果になるのだ。

 良い暇つぶしを見つけたとばかりに此処の連中に絡まれるのは、ある意味自業自得を含んでいたのやもしれない。

 

「ナニ~?あんた達、ここがドコだか理解しちゃってんの?」

「ははっ、オレらに混ざりたいとか?良いよ~別に。野郎がとっとと消え失せてくれたらの話だけどな」

「ひぃぃっ。ほら、出たぁ!」

 

 行く手を阻む様に数人の男女が出現したのだ。言わんこっちゃない、想像した通りじゃないかと怯えた態度の順平を取り囲んだ連中は高らかに嘲笑った。――こいつ等は紛う事ない獲物だ、と。取りあえず金目の物と、財布の中身を押収してしまおうと女は舞い込んだ遊ぶ金に、男は思いがけない涎物の美少女二人に下種な想像を働かせ、どちらも頬をだらしなく緩ませたのだった。

 ほんの挨拶のつもりで邪魔な野郎の腹を殴りつけ、呆気なくダメージを負う様子に益々テンションが上がり、ヒートアップする。獲物を逃すつもりは更々ないのだから、甚振って楽しんでからでもメインディッシュを味わうのは遅くない。

 

「順平っ!!」

「ヒャハハハハ!ざまぁねぇなヒゲ男くん」

「弱過ぎですぅ~僕ちゃん、まだ小突いただけ~本番はこれからでしょ~」

 

 が、そこに水を差したのが荒垣だった。独特の風格と迫力に飲まれ、一瞬にして怯んだ連中だったが、そして此処で獲物を横取りされては黙ってられないとばかりに、無謀にも一人の男が喰ってかかる。

 そして利き手を振り上げ、叫びながら大振りなモーションで走りくる男に軽くカウンターでもと、若干体の位置をずらし、片手を上げた時に荒垣は気付いた。気付いてしまった――物影に隠れながらニヤニヤと展開を楽しんでいる悪趣味な奴に。

 

 あれだけ騒いだのだ。隠れてはいるが若干の野次馬がいる事は予想している。しかし、決定的に違うのが三人組に絡んだ連中が負ける様を娯楽にしようとする気満々の面だった。現に他の陰湿な連中は常連であり実力も備わっている荒垣が出た瞬間に勝負は決したと、巻き込まれる前に逃げる者。逆に荒垣に興味を向ける者やら、負のウザい感情を向けてくる者と多種に渡るが、どいつも最初から己のテリトリーに分かっていて入って来た三人組が悪いのだと目が雰囲気が物語っている。

 つまり先程までボコられているのも仕方ないってか当然だろうと思っているため、一顧だにしない所か空気も同然の扱いといっても過言ではない。

 

 男は、隠れていながら殴られていた順平とか言う奴を本気で痛そうな目で見てから、荒垣に反撃に遭う男を「さぁ、今直ぐ殴られろww」「さっさと殴られろww」「テラ馬鹿すww」と言わんばかりの顔で嗤っていたのだ。

 寧ろ、早く叩きのめしてくれないだろうかというワクワクした願望すら聞こえてきそうな位な全力顔。……何となく、何故期待に応える様に拳を振るわねばならないのか不満に思うレベルだったりする。

 

 荒垣は眉間に思いっきり皺を寄せるも、振り上げた拳を下ろす気は無かった。若干どころか、かなり府に落ちないと言うか……ぶっちゃけ癪に触るものの、こういう輩は一旦黙らせるのに実力を見せた方が手っとり早いからだ。

 本気は出さない。軽く、ほんの軽く力を受け流すイメージで小突いてやれば体制を崩して勝手に自滅するのが目に見える。

 

 音だけは突っ込んで来た男の勢いがあったせいで派手になるが、ダメージはそれ程ではないだろう。狙ってぶつけた部分から推測して、突けば立てなくなる場所ではないし、立つときに少しふらつくも直ぐ体制を戻せると理解している。背後から予想したよりも何倍も長くスライディングし、頭を地面に何回かバウンドして人間が転がる音が聞こえるまでは。

 

 ぽっかーんと擬音語が付く位に呆気にとられる三人組と同様にぽっかーーーんと大口開けて仲間がやられた様を見る連中。物陰で「やったぜww」「m9(^Д^)プギャー」「テラざまぁww」何やら理解出来ない単語を顔に表現しながら、声に出さずに中指を指しながら抱腹絶倒している奴。

 荒垣は速攻で確信する。コイツ、何かしやがった。絶対ェ何か仕掛けやがった。

 

 でもって、何倍もの反撃を喰らった奴は哀れにも頭を抱えて左右に転り悶え苦しんでいた。殴られたかと思えば吹っ飛び、強制で後方でんぐり返しを何度もコンクリートの上でさせられたのだから半分泣いていても無理もない。非常に哀れである、南無。

 余りに激しくやられたために、荒垣が睨んで追い打ちをかけるまでもなく、転がる仲間の一人を置いて、他の連中は逃げだした。幾ら呆然自失状態でも危機を感じ取る能力は衰えていないらしい。残りの一人も悲鳴を上げて散り散りになる皆を見て、置いていくなと懇願しながら只管に怯えながら、這う這うの体で地面に這いつくばって距離を稼いで必死でこの場から逃れる有様だった。

 

 ふと、逃げる男の背中にうっすらと液体が染み込んでいるのを発見した。予想以上の効果を演出したのは、これが原因らしい。目を軽く細めて地面を観察してみれば、闇に紛れ全然気付けないが、恐らく同様の物が撒かれているようだ。

 そして散々爆笑しまくっていた奴といえば、結果を見て満足したのか踵を返していた。荒垣は一体どういう目的があって……否、それは嗤うためだろうから無意味だろう。ならば一体どういうつもりで、こんな真似をしたのか問いただしたかったが、まずは未だに何が起こったのか訳が分からないと主張している三人組を元の居る場所へ今直ぐ引き返す様にする方が先決だと優先順位を変更する。

 

 しかし、そのタイミングで雲が悪戯をした。今まで覆い隠していた月をほんのちょっぴり解放したのだ。照らされて現れたのは学生には不釣り合いな物騒な物体だった。鞄の端に無理矢理押し込められた其れは、質量の分不自然に膨れ上がっており、蓋を押し上げていた。隙間から無機質な物体に月光が当たり、浮かび上がるは金属特有の質――拳銃だ。

 制服にミスマッチにも程がある。刹那、反射的にペルソナ関係に思考が染まりかけるが内心で舌打ちを一つして、抑え込む。こうして男の正体の疑惑を感じたこの一連の出来事は予想以上に荒垣の記憶に残っていたのだった。


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