二次元街道迷走中   作:A。

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第十九話

「寝落ち」それ自体はどこにでも良くある事例と言っても過言ではない。極々普通に、眠たかったからの理由の身で授業中や部屋でごろごろしている時などに、気が付いたら……ってのがお約束の筈だ。うん、俺もどこにでもある出来ごとの一つとしてつい寝ちまっただけってな訳。―――ただ、日時と場所と状況が悪かった件について。

 

 その一、俺は非常に寝不足だった。ガチでクリア目前のゲームがあった場合、それは本腰を入れて攻略しないのはあり得ないだろーが。それがっ、例え翌日の睡眠時間を削る羽目になったとしてもな!

 その二、その日の最後の授業が体育であり、体育倉庫の片づけを命じられた。流石に重い道具類は野郎連中皆で運んだんだけど、使用した物のみどこに幾つ用具があるのか?戻してない器具や、場所を間違えて置いていないかをチェックする仕事を任せられたんだよな。これ、ローテーションで周ってくるから一応は公平だったりする。んー、でも運が悪いともっと面倒な仕事に割り振られるため、逆に運が良いというべきか。

 その三、終わったら疲れに襲われ、休憩がてら並ぶ棚の奥にあるマットの上に寝転がり、やがて寝入ってしまってから、「逃げるなんて生意気」とか「逃げられるとでも思ってんの」とか言いがかりをつけながら女子生徒達が入って来た事。寝ている俺には知るすべ何ぞ皆無であり、生憎こちとら予知能力はねーの。

 

 つまり、これら全ての要素が揃っていたがために、目覚めたらタルタロスの中に迷い込んでいますた。どうしてこうなったし。

 

 頭を抱えつつも取りあえず脱出する術を考えるしか方法は無い。わざわざご親切にも階数を表示してくれるシステムもなけりゃ、壁に描かれている事も無いから此処は一体何回かは不明だったりする。という事は、滅茶苦茶上の階だったりしてシャドウに出くわした瞬間即死亡オチも……考えねぇようにしよう。

 

 さて、只管身を隠しながらエントランスへ戻るターミナルポイントを見つけようと努力していた時の事だった。近場の物陰に影が見えたのは。即座にシャドウの可能性もあるため逃げようとしたのだが、月明かりは親切にも雲から顔を出し、その人物を照らし出したのだった。

 "山岸 風花"この時、俺は思ったね、これで勝つるってな!なにせ原作ではタルタロスの中を敵に見つからずに長期間居続けたってあったんだし、行動を一緒に取ったら戻れるためのターミナルポイントの所まで行けるんじゃね?結果。助かった安堵感から、気さくに話しかけるのに成功したのだった。

 

 逐一様子を観察しては声をかける。「何かヤバい奴の存在が分かったら速攻で教えてくれないか?」無論、速攻逃げに転じるためですが何か?山岸風花自身からもシャドウについて分かるかもって言質をゲットしたし安心だよな。ついでに雑に能力の説明をしながら歩き出す。

 

 が、そうは上手くいかないのが現実だ。他にメンバーが救いに来てやしないかと後ろを何度も確かめたけど、んな訳もなく、動き回り過ぎたせいで登場したシャドウに頭を抱えている。本来なら山岸風花は只管に隠れる事に費やしていた。それを完璧に覚醒してない中で強引に範囲を拡大させて気配を探って貰ったら果たしてどうなるだろうか?

 多大な負荷をかけるに違いないし、完全に力を使いこなすなんて持っての他じゃないか。勿論、自分の発言のせいで無茶をさせてしまった責任はある。それにヘタレなりにプライドもあるから庇うように対峙はしているんだが……コロマルって呼んだら来てくれないかなー。それとか都合よくペルソナ能力覚醒とかさ。念願のペルソナ能力が気合いで開花するとか。

 

 いや、考えるんだ俺。そもそもタルタロスの中に潜り込める時点で能力保持者の可能性があるだろうが。気付いたら違う階だけど同じく迷い込んだ件だって無意識に能力が働いたとかあるかもじゃんか。召喚器はねーけど、気持ちの持ちようとかピンチに覚醒するのは王道的展開!

 

 まだ、出方を窺っているこの時が唯一のチャンスと言っても過言ではない。息を吸ってー吐いてー集中集中……。意識を深層心理にまで到達させる様に強く念じればいい。―――何て出来たら苦労しねぇっての!!何処の厨二設定だよ、此処ん所嫌ってくらい心当たりあるからって、そう都合よくは……。

 

 パニックになり自問自答していた折に、唐突に意識が殻を突き破る様な変な感じがした。あくまでも感覚だから実際は違う可能性の方が高い。でも、この特有のパリンと砕ける音はゲームの重要な場面で聞いてきた物と一致する。キター!ペルソナ召喚キター!脳内フィーバーをしつつも頭上を見上げた。そこには俺のパートナーである頼もしき雄姿を湛えてペルソナの姿が……―ない。は?思わせぶりにやっといて何だよそれ。

 

 でもって、相手は絶望してるなんて無関係だとばかりに攻撃を仕掛けてくる。咄嗟に、跳ねあがっていた身体能力を駆使して避けてみたものの、そうは持たないだろう。武器になりそうな拳銃は恐ろしさから鞄に突っ込んであって、山岸風花の横に転がっている。取りに行く余裕はない。

 そして他にないか制服のポケットを探ると、ナイフがあった。小さいし頼りないがないよかマシだと判断し、相手のシャドウに向けた時だった。

 

 脳が揺さぶられ、視界が揺らいでいる。強く目をつぶって頭を振ると、収まった気がする。うっすら恐る恐る目を見開くと、世界が変わっている。あの、絶不調の際の可笑しな世界。無造作にラインが走るあの空間が広がっていた。

 そこからは自然にナイフを突き立てていた。俺を薙ぎ倒そうとしていた腕が吹き飛ぶ。途端に警戒して後退を見せる辺り手ごわい相手とみた。憶測はあたっていたという事か。意外と高層階なのだろう。飛びかかってくる動きは頑張れば避けれる程度ではあるが、一回でもぶつかったら一溜りもない威力を保有している。動作が追いつけるのは単に動きが遅いタイプのシャドウだったのかもしれないが、好都合といえよう。

 

 慎重に相手の一撃だけは絶対にあたらない様に隙を探し続ける。動きにフェイントを混ぜながら見逃さない様に懸命に。なにせ、この能力の詳細は不明だが、この線の通りに敵の体をなぞれば忽ち効果は絶大。場合によってはレベル差に関係なく致命傷すら与えられる可能性だってある。

 問題は体力が持つのかだけだが、これ以外に方法が見つからないから仕方がない事だ。

 

 一心不乱に、かつ我武者羅に途中から山岸風花の援護も入りながら戦った後、俺は決意していた。イゴールをフルボッコにしよう、と。

 特徴のある長い鼻を誇らしげに独特の笑い声を響かせている野郎を思い出し、殺意が漲る。きっと、片手には例のサインさせられた用紙を手にヒラヒラさせながら観賞でもしているに違いない。つまり、全部アイツが元凶だ。

 "契約書は必ず内容を全て読んでからではないととんでもない内容に同意している恐れがあります"何時ぞやのニュースがリピートするも、確認する時間も余裕も説明する気もない相手で不可抗力ならどうしろってんだ。八つ当たり気味に振りかぶった凶器がシャドウの仮面をぶった切った。

 

 戦闘が終わって、新手が来る前に逃げようとすると山岸風花が泣いていた。げっ、そっか。初の遭遇だもんな。大層怖かっただろう。泣いている女子とか慰め方は不明過ぎて無意味にワタワタしていたが、兎に角移動するのが先決だ。また来たら現在息切れしている俺に対処は不可能になるし、山岸風花も例え覚醒したとはいえ、攻撃は出来ないのだから。

 でもタイミング的に声を掛けるのはちとハードルが高い。セクハラにならないかドキドキしつつ、山岸風花の手をそっと掴んで引っ張る。「先に進みませんか?」の意味だ。ちょっと柔らかい手の作りに意識はしていない……嘘です。滅茶苦茶、緊張しています。

 

 更に引っ張られた山岸風花が俺の方に飛び込んで来くる。両方の腕は背中に回り、強い力で背中の衣服を握りしめている。そして胸に顔を埋められたと思えば、くぐもった声ですすり泣き始めた。ちなみに、本音を言うと混乱しつつもどさくさに紛れて抱き締め返したかったのだが、両手も山岸風花の腕で纏めて拘束状態だったから動けないし、涙をのんで諦めた。

 何故なら、イケメンでもない俺がこんな良い思いをするなんて今回みたいな非常事態でもないと無いからな! 吊り橋効果万歳!ニヤける顔を必死に抑えながら――残念ながら美味しい突然のイベントでシャドウの危機は忘却の彼方にあったが故に――山岸風花が我に返って赤面しまくるまで、柔らかい感触を堪能したのだった。

 

 ちなみに余談として、途中で震える体に気まずい沈黙に耐えかねて「俺が付いてるから大丈夫だ。安心しろ」とか「怖い化け物は退けたから心配しなくて良い」とか格好つけて喋っちまったけど、直ぐ忘れる、よな?雰囲気に飲まれて口走ったものの、後から赤面物なんだが。

 

 何故なら、これは今回寝不足の原因だったゲームの、コンプリート隠しイベントで最初にヒロインを助け出した主人公が掛けていたセリフを丸パクr……一部を抜粋した言葉というオチまであるんだから。いや、状況がちょっと似てたし、俺自身で気の利く言葉なんて思いつかないから、つい、さー。山岸風花とサプライズな一時を過ごした後、帰るための道中で今度は羞恥心からシャドウに八つ当たりしたのは言うまでもない。


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