二次元街道迷走中   作:A。

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第十四話

コロマルは彼の背に庇われた状態の後、ゆっくりと目を閉じた。壁に激突した際に、打ちつけた傷で大量に出血したせいだ。そしてどれ程、時間が経過したのかは不明だが気付くと全ての片が付いていた。

 

 消え失せているあの化け物と怪我を治療された自分。周囲に転がる数々の回復薬がコロマルが受けたダメージの大きさを物語っていた。人間の物価には疎いため、正確な金額は断定出来はしないものの、転がる品々は高価な物ばかりだろう。神社に通うツネ婆さんが「最近の医薬品は保険があるとはいえ、高くて困るんよ、コロ坊」とぼやいていた。

 人間にとって金は物凄く大切な物である。「金運が上昇しますように」やら「年末の宝くじが一等当選してますように」という金銭ばかりの類は多岐に渡って幾人もの人間が願っていたのだ。特に学生ならば、所得も何もない。バイトをしていたとしても、稼ぐには長い年月が必要となるだろう。

 

 それを同じ種族――人間に。ならばまだ理解出来る。同族であるし、死にかけていたら救うこともあるだろう。もしかしたら身内の家族からの見返りも期待出来る可能性がある。負担した分も返ってくるかもしれないのだ。しかし、己は犬だ。

 どれだけ家族同然に仲良くして貰ったとしても、人間に似て賢い犬だと褒められようが人種の壁は越えられない。それ所か犬だからこそ優しくして貰える事すらあるのだ。それも現在は野良の分類に入る。住処はあれど、もう存在していない飼い主からの謝礼すら期待出来ない犬へと惜しげもなく高価な薬品を存分に使用するとは、ますます器の大きさが知れるというものだ。

 

 それも自身が怪我をしている中、コロマルを優先するとは目の当たりにしなければ信じがたい。大体にして初対面であるというのに。しかし事実を裏付ける証拠たる空瓶や空箱に包み紙が数多、囲む様に転がっている。一方で庇って負傷をした張本人には、たったの二本の空き瓶しか座り込む足物に置かれていないのだ。

 

 心配して鳴くコロマルに対して頭を撫でる心遣いまでみせている。手を持ち上げる動作すら億劫そうであり、痛みを堪える素振りすらあったというのに。一瞬ではあるが、しかめられた顔が物語る。気を遣わせないために、平然とした表情に戻るのに時間は経からなかった。せめてお礼をと震える足を叱咤して立ちあがろうとしても優しく宥めて安静を促して来る。コロマルは、今まで生きていた中で主人以外を本気で尊敬する事はなかったが、例外な存在に巡り合ったのだと思った。

 

 探索を中断させ漸く歩ける程に至ると、彼が事前に作成した地図を元にエントランスへと帰還した。念には念を入れて出口付近で一度止まり、何かの気配がないのかをチェックする彼に強くても油断をしない姿勢が素晴らしいと感じた。

 

 

 

 

 

 

 その翌晩、再びタルタロスという場所へと挑むらしく同行を申し出た。中々、了承してもらえなかったが何とか受け入れてもらう。といっても最後は強引に後をついて行ったのだが、強制的に走って引き離さないので勝手に了承と取らせて貰った。

 一応、エントランスで振り向く姿に安堵から胸を撫で下ろす。あれだけ足手纏いになった自分が、今度も枷となるは自然の理だった。しかし強くなるならば、この人について行くのが最短距離になる。人物像すらも完璧なコロマルの理想たるや、正しく男の中の男だ! 躊躇いなど、コロマルにはなかった。

 

 昨晩と同様に疾走する背中を目指して必死で追走する。存在のみでコロマルの恐怖をぬぐい去った後と相違ない姿だ。擦れ違う時に逃げる影ですら屠る。解体された塊が転がるのをコロマルは飛び越えた。先ほどから一瞥すらしないが、これが同行するために必要な試験なのだと思う。アイテムが入っている宝箱を見向きもしない所からも意図が伝わる。コロマルの体力を計測しているのだ。

 犬である以上は人間よりも沢山運動出来る身体能力を有しているのが常であるが、だからといって戦闘も出来るのかと問われれば答えは否、だ。実例すらないが故に結論が出なかったのだろう。

 

 階数を重ねれば、立ち塞がる敵が登場する。彼は更に足に体重を乗せると素早く接近した、手を振り上げての一閃。ナイフが煌めいたかと思えば、既に相手のパーツが切り取られていた。反撃に突撃して来る巨体を避けながらコロマルは只管観察に徹した。この階では同じ種類の敵が出現する事が多い。

 慣れた手つきで攻撃を重ねる彼は、奇襲を仕掛け相手が気付く前に消滅させるケースばかりだ。つまり、それでも追撃の必要があるのは実力も伴う敵だという意味を持っている。炎やら氷を避けては何ターンか消費をしつつダメージを蓄積させている様だった。一度でも化け物にナイフが接触すれば体の一部を奪う。しかし、当たらなければ意味がない。対遠距離用のスキルには多少ではあるが手こずっていた。

 

 そして十二階まで到達した時だ。どうやら攻撃パターンに法則があるらしい。そう、例えば羽を纏って宙に浮かび、弓に三本の矢を使用している赤い仮面を付けた化け物。彼は相対すると決まって片方の羽と胴体の付け目を狙う。そして、羽をもぎ取ってバランスを崩したのを見るや否や、一気に顔面への一撃を喰らわすのだ。

 敵は片翼だけでは自らの体制を保っていられないため、弓での攻撃などに構っている暇はなくなる。その隙に止めを刺す。万一、逃れたとしても狙った場所が場所である。脳に首筋に目など致命的な、若しくは次に決定打を与える事が出来るのだ。容赦など皆無。だからこそ、無駄の無い動きになる。

 

 コロマルは、魅了されていた。尻尾も耳もピクリとも動かさず、目だけが炯々と光を帯びて彼の動作を追いかけている。

 

 そしてコロマルは漸く真意に気付く。彼は――指導してくれていたのだ。重要な点なため再認識しよう。彼は『人間』で自分は『犬』だ。言葉を重ね表現を交えて説明をした所で仮に内容自体が分かったとしても理解は出来ないのだ。例えば『人間』は二本脚で、『犬』は四本脚である。回避行動のジャンプですら、『人間』から『犬』へ『犬』の動作を解説出来るとは到底思えない。

 

 それを見て覚えろと、今まで親切にも示してくれていたのだ。伝達方法は何も言葉ばかりではない! 攻撃の手段以外にも、化け物の所有しているスキルや弱点をコロマルに戦闘を見せる事で覚えさせようとしていたのだ!! 足や手の動かし方や姿勢までも、違いはあれど取り入れる点が幾つもあるのに自分は理解するのが余りにも遅かった。彼の好意を踏み躙っていたのだ。また金銭やアイテムを後回しにして、上の階へと走っていた理由も明らかとなった。戦いを長引かせるためだ。下の階では化け物が弱過ぎて彼を見ただけで逃げてしまう。

 

目が潤み、耳と尻尾が垂れる。堪らなく申し訳ないという気持ちが湧き上がった。衝動のまま吠える形で謝罪を口にすると彼が立ち止った。振り返る顔に険はない。神社で参拝を済ませた後の様な清々しさに満ちていた。きょとんとしているのはコロマルが気付く遅さに呆気にとられているに違いない。足早に近づいてお座りをすると頭を下げた。

 この謝罪の方法は、人間の動作を見て覚えたから正しいのだ。コロマルが神社に来ている人間から主に知識を取り入れていると知っていたからこそ、同じく真似出来る事で学べと取り計らってくれた。男らしく背中で物語っていたのだ。

 

 自分の頭を撫でてくれる彼に満面の笑みを返して尻尾を振りながら、明日の晩からは期待に応えてみせると意気込むのだった。

 

 

 

オマケ

主人公side

 

 モノレールの時もおかしいと思っていた症状に再びなったっぽい。いや、自覚はそこそこあるけど、実に良くないね。丸きり痛い奴だっての。なにせ気付いたら知らない場所に居たんだ。これは「もう一人の俺の人格が暴走した結果、勝手に移動してたんだ!」とでも言うつもりかよ? 無い無い。あー……あの件で、どさくさに紛れてあの場に居た俺が経験値をお零れに預かってレベル上がったと思いこんでタルタロスに意気揚々と探検しに来た所まではしっかり覚えてる。

 なんで分かったかって? 授業の体育の時に無駄に体力に増加がみられたからだよ。短距離かつ面倒で手抜きだったとはいえ、息切れ無しってのはねぇだろ。しっかし、気付いたら見覚えのないフロアの位置に立ってたとか何事よ。せっかくの地図の仕度が無駄とかありえん。嘆息する。ま、今更だけどターミナルポイントがあれば戻れるんだしな。気を取り直して調査を始めた。ちなみに不思議な事に一回もシャドウと出くわさなかったけど。

 

 

 

 

 

 色々な戦利品を片手に――ただし残念ながら、大金は転がってなかった――ウハウハ吟味してたら、重い何かが叩きつけられる音が響いた。それが背後だったもんだから慌てて振り向けば、犬?! 良く見えないけどあのシルエットはどう見たって犬だ。何でまたこんな所に……慌てて駆け寄ろうとしたんだけど、急ぎ過ぎたのがマズイ結果を生んだ。格好良く庇う筈が足を縺れさせてバランスを崩し、再度地面に足が付いた時には膝が脇腹にクリティカルヒットしたんだ。テラ自爆。シャドウはあっさりとレベル差に逃走してくれて助かったけどな。

 

 コイツってもしやコロマルか? と手当をしながら直ぐに気付いた。そっか、仲間になった時にやたらとレベルが高いって疑問に思ってたけど成程な。ゲームの仕様じゃなくて、こっそりタルタロスの探索を一匹でこなしてたのか。ペルソナを所持してなくても適性持ってるなら武器で戦えるって事らしい。実際、薙刀で倒している主人公が存在してるから可笑しくはないな。

 俺の小遣いで入手した回復薬と、この階層で宝箱から出てきたのじゃ効果が低いのが分かり切ってる。その分大量に消費しつつ、呼吸音が正常になったコロマルに本当に安心したぜ。地返しの玉を使うのが最善だったと思けどよ、ケージギリギリでHPが残っていたらしく使えなかったんだ。俺は動き回って喉が渇いたのと、さっきのぶつけた脇腹のために少し飲んでおいた。……全然、回復した気がしねーんだけど。まだ痛みが残ってら。元気になったコロマルを撫でながら苦々しく思う。

 

 さてと、そろそろ戻るか。影時間が終了して学園に戻っても困る。コロマルに動けるのかと尋ねると一吠え返答があった。うし、大丈夫らしい。ターミナルポイントが記された地図を頼りに道を辿るものの、万が一にも主人公組と出くわす可能性を考えたら出入口から直接の方が確実だと思うんだ。シャドウが逃げるってのは低い階層に違いないしなー。ってか死神来なくて命拾いだ。

 そして何とここは一階らしく苦労せずに出口へと辿りつけた。目視して最後には念のためにコロマルに頼んで誰か存在しないか匂いでチェックしたお墨付もある。俺はコロマルと夜道を帰るのだった。


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