二次元街道迷走中   作:A。

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第十三話

神社の裏手には背丈の高めの草で隠された道がある。最も人間は使用することなく専ら神社に毎日通うコロマルだけのものだった。やって来るのが日常と化しているためだ。拝殿付近にある建物の裏手から参道の方を眺める。蔭から鼻先が覗いた。続いてひょっこりと頭を出すと耳をそばだてる。すると砂利を踏む音を拾った。

 見慣れない姿がある。休日ならば兎も角として平日は極端に人が少ない。元旦や祭りがある期間を除く場合はコロマルが一度は見た事のある常連しか現れないのだ。意外という感想を抱くとそのままお座りをして観察する事にした。

 

 挨拶として出ていくのも考えたのだが、気軽に現れるにしては人間の表情が余りに真剣過ぎたのだ。否、思い詰めている。眉間に深い皺を寄せ眼差しが鋭さを帯びていた。足取りは確かだがやはり重々しい。気迫がケタ違いであると犬であるコロマルにも感じ取れる。犬という動物にカテゴリされるからこそ、一層理解出来たといえよう。

 流石に悩みの内容までは知る由もないが、事態が深刻であるというのだけは分かった。もしかすると大切な人が病気になっていて治癒を願っているのかもしれないし、自分ではどうしても乗り越えられない壁にぶつかって救いを求めているのかもしれない。

 

 しかし、重要であるからこそ、その人間は神頼みにする事を迷っているようだ。賽銭のために財布を出したまでは良かったのだが硬直してしまった。どれだけ願おうと動くのはその人物次第であり、必ずしも叶う訳ではない。実直かつ誠実な性格の持ち主であるからこその躊躇(ためら)いなのだ。

 

 言葉が通じないのが悔やまれる。祈りが背を押してもらう意味を含めるならば問題はないのではないか。少しでも背負う重圧から解放する手立てになるのではないのかと声をかけたかった。なのにコロマルには吠えるか唸るしか出来ないのだ。耳が感情を反映してぺたりと折れる。

 

 しかしコロマルの心配は余所に人間は決心が固まったらしい。たどたどしくはあるが、正式な参拝の方法に基づき行動をしている。願いは短い。迫力を増し、かつあれだけ念入りに準備の時間を要したに関わらず簡単に済んでしまった。つまり祈るにしても己の決意を表明し、自らに再認識するのみに留めたのだ。神社へ来たというのに願わず、自身の手でやり遂げてみせるとあろうことか神に宣言してみせた人間。強情とも意地っ張りだとも例えられるが男気に溢れるとは正にこの人間を差すのだろう。コロマルは、かつてこんな人を見た事がなかった。沢山の人間という生き物の中で初めてだったのだ。

 酷く感銘を受けたコロマルの目は一転し光り輝いている。先までの落ち込んだ様子は無い。ぴんと耳は天を指し、尻尾は左右に激しく振られている。

 

 一方彼といえば口元を押さえて体を震わせていた。柱のせいで顔は良く見えないが肩が上下している様子から間違いはない。今まで散々溜め込んでいた物がここで溢れたのだろう。コロマルもつられて目が潤むが、決してキューンと――悲しみの感情のままに――鳴かなかった。今声を出してしまっては彼は直ぐに何事もないとばかりに取り繕うだろう。邪魔をしてはいけないのだ。

 一途に自分の道を貫いてきた様はずっと神社で待ち続けてきたコロマルと被る。何処か重なるのだ。また待っているだけ、と一言に表現した所で時間の経過が伴うのに比例して苦痛が半端ではない。無力さを嘆くばかりで前に進めない己に憤りをどれほど感じたことか。以前の己をどれ程に責めたてただろうか。

 

 勝手な共感は迷惑だろうが、それでもコロマルは気持ちが軽くなったのを感じた。彼も人一倍、頑張っているのだから自分もまた頑張ろうと気力が湧いてくるのだ。一人ではないという安心感をコロマルは久しぶりに感じていた。名づけられた″虎狼丸″に相応しい犬になろうと精神面でも戒めてきたがその実、負荷が掛っての疲れがあったらしい。余分な力が抜け、少し休んで周囲を見渡す余裕が初めて持てた気がした。

 

 ふっきれたのは彼も同じらしい。憑き物が取れた清々しい顔つきだ。あれだけ稀な人間が一般的な学生へと戻る。おみくじを引く事すら楽しいのだと幸せのオーラに満ちていた。空を見上げ軽く溜息を吐く人間。――彼に自覚が無くともコロマルは助けられたのだった。

 

 受けた恩義は返さなくてはならない。貰った物が大きいだけに意思は固かった。姿が完全に消えたのを確認すると足早におみくじの傍へと移動する。薄れる前の匂いを嗅いで直ぐに覚えた。これで忘れる事は無い。辿って駆けつける事が可能だ。一つ頷くとコロマルは何時もの定位置へと走ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、予想に反し機会は早々に巡って来た。あの人物の匂いを近くに感じたのだ。真夜中に該当する時間帯に一体なにを……? 疑問を感じたコロマルは彼の元へ向かった。到着した先は奇妙奇天烈な建設物の前、後ろ姿は月光に照らされている。中へと入ったのを見届けて更に後を追う。犬独特の肉球がエントランスへ踏み入れた足音を消し去ってくれる。ただし爪が伸びているため特有の音がするのには注意が必要であり、ペースは至って遅めだが見失う訳でもない。尾行がバレない点では問題は無いのだ。

 せっかくなのでコロマルは彼をもっと間近で観察したかった。切実な祈りの先に何があるのかを知りたいが故にだ。この場所にもきっと意味がある。

 

 ところが長い階段を進み奥へ踏み入れた直後、多大な恐怖を感じた。自然と後ずさる。尻尾が丸くなり、震えが止まらない。本能が命ずる――直ちに逃げ帰れ!! 一向に警報がやむ気配は無い。幾らコロマルが男らしい性格を持ってしてでも動物なのだ。本能に抗える筈もなかった。四方八方、闇に住まう無数の何者かの視線が突き刺さる。

 それでも無理矢理突き進む。一見した所、攻撃してくる様子は無いからだ。それ所か蠢く黒い影は彼の元から逃げ去っていく。我先にと、視線に捉えられるのですら怖いと背を向け散ってゆく。呆気に取られるコロマルの震えが収まる。恩に報いるために自分が守ろうと思っていた人物を相当過小評価していたらしい。彼は人間なのに強かった。戦うまでも無く存在一つで圧勝する位に。

 

 その後、探索中に興味深そうに壁をなぞり上を見る事もあった。時折行き止まりを紙に印し、アイテムや――小銭程度の――金銭を見つける度に足を止める事もあった。それでも彼はゆっくりと隈なく巡る。その他、武器になりそうな刀やナイフに果たして防具か疑問符が付くであろう洋服までもが揃った。

 そして一階分、全ての場所を見終わると無意味なまでに大きい広間で戦利品を広げながら思案していた。流石に不要な物はあっても無意味であるし、更にいうなればリュックに入りきらず家に持って帰っても邪魔になるだけである。両手にアイテムを持ちながら比較し検討をしては結論を出す。彼が要らない方を床に置こうとした時だった。

 

 コロマルの背後から急激に重圧が加わりその勢で壁に叩きつけられる。口から血が吐き出され、周囲を赤く染め上げる。迂闊といえるだろう。彼を恐れて襲撃しないといってコロマルも避けるとは限らない。格好の獲物だとターゲットにされる可能性の方がよっぽど高いのだ。

 尚、それまで無事でいられたのは後を付けていたとはいえ、基本的に近い範囲に居たためである。それが今、見通しの良い空間だからと距離を置いていたのだが不味かった。奇襲を掛けられ動けないコロマルに気付き、こちらを向く彼の姿。足手纏いになってしまった事態に悔しさが湧き上がる。

 

 転がっている体は重く、足を操るのもままならない。荒く息を吐き出すしかなく、追撃の斬撃を避ける気力があっても実現は不可能だと悟った。心残りは神社でもう待つ事が出来ないのと、思い出の場所を守れない事だ。最後は走馬灯ではなく、主人の顔とやりたかった事ばかりが思い浮かんだ。もしもコイツみたいなのが街にも溢れるとするならば、あの場所が荒らされてしまうだろう。力があれば……。

 

 しかし、何時まで経っても衝撃を感じる事は無かった。諦めて閉じていた目を開け、訝しげに見やれば彼がコロマルを庇って負傷している。戦闘態勢なっている訳ではなかったため、武器を手にしていない。脇腹に手を当て膝を折っている。呻きながらも目線を外さない彼は……。


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