僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第20話 外れる思惑

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、遅かったじゃんかよ」

 

「おかげさまでね……カースマルツゥ」

 

 

以前『エルシオール』で見た立体映像と同じ場所。彼らの文明の源流となるEDEN文明の星系から見える星々だ。そう、彼らエルシオールと、そしてそれに相対するかのように布陣している敵は、EDEN本星に挟む形でにらみ合っている。人間から見れば膨大すぎて理解の及ばないような距離であるが、戦艦や戦闘機ならばすでに戦闘が可能な距離である。

 

 

「それはよかったなぁ……そっちが苦しむほうが都合いいわけだからさぁ」

 

「まあ、こっちにも油断はあったし何も言わないけれど、今はもうそんなこと関係ない。万全の状況でおまえを倒させてもらう」

 

「えらく自信満々じゃねーか、おい。秘策でもあるならご教授願いてーなぁ」

 

「どの口がそれを。まあいいや。白黒つけようじゃないか、いい加減」

 

「それには同意だぜ、それじゃーな、タクトちゃんよ!! 」

 

 

通信越しにそう、2,3言葉を交わした直後ウィンドウが落ちた瞬間が、戦闘開始のゴングとなる。もちろんエンジェル隊やラクレットは、この会話の間に出動しているし、ほかのタクトが率いている艦達は、戦闘用の陣形を組んでいる。しかし、カースマルツゥの名前を呼ぶ言葉と同時に、それぞれの主砲から放たれた強烈なレーザー光線は、こちらの艦のシールドを大幅に削るには充分であった。

 

 

「第一艦隊、第二艦隊は左右からの敵伏兵に警戒しろ、シールドの落ちた艦は、回復に専念。第三艦隊はエルシオールに追従しろ。予定以上の損害はまだ受けていない、このままいくぞ」

 

 

しかし、敵の奇襲は予想の範疇であったため、こちらは足の速い艦からではなく、シールドの堅い艦から、ドライブアウトさせてきたのである。レスターのその命令を確認する声に、多数の通信ウィンドウが開くと同時に、野太い宙の男共の声が返ってくる。その中にもちろんいた女性艦長の姿を認めたタクトは拡大してお茶に誘おうかととっさに腕が伸びるが、レスターに叩かれ、我に返った。今は仕事中であり、恋人がこの通信を聞いているのだ。

 

 

「よし、それじゃあエンジェル隊も行くよ!! 」

 

「EDENの人達の為に……」

 

「負けるわけにはいかないわ!! 」

 

「ええ、私達の本気を受けてもらいましょう」

 

「さっさと片付けるよ!! 」

 

「可及的速やかにです」

 

「兵は神速を貴ぶと申します」

 

 

それぞれ答えるエンジェル隊。彼女たちの士気はすでに最高潮であり、500年近く続くヴァル・ファスクの圧政から救うために、全力を出す心算である。

 

 

「ラクレットも、今すぐ行けるかい? 」

 

「ええ、万全ですね。すでに同調率はかなりの水準に上っています」

 

 

頬と手の甲に赤い筋を発生させながら、ラクレットはそうタクトに返す。すでに彼はヴァル・ファスクとしての力を完全に引き出している。この状態の彼は誰よりも正確な機体制御ができる自信と自負があり、それは紛れもない事実である。

 

 

「なにせ僕は、銀河最強の旗艦殺しですから」

 

「言うねー、イヤー頼もしいな。レスター、俺仕事しなくていいんじゃない? 」

 

「シヴァ女皇陛下とルフト宰相、シャトヤーン様に報告する書類に事細かく発言を記録されたくなかったら働け」

 

「はい……それじゃあ皆、いつもの俺からのオーダーは1つだけ」

 

 

漫才をして、場の空気を和ませながら、タクトは、通信越しに聞いているすべての皇国軍の兵士達へとただ一言。

 

 

「皆、EDENを救えば俺たちは英雄だ!! この後EDENで英雄として休暇をとるために、絶対に勝つぞ!! 」

 

━━━了解!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開始して十数分が経過したころ、戦闘の推移は順調に進んでいた、いや進ませられていた。

どういった意図があるのかは知らないが、カースマルツゥは、散発的に戦艦を前に出すだけで、組織立った動きをしようとしてこないのだ。扇のように放射線上に足の速い艦を出しては、此方の艦隊に取り囲まれ、砲火を浴びて、各個撃破される。

 そんな、どう見ても、無駄で無策な行動を相手は取ってきている。当然の如く何らかの作戦を警戒するものの、一向にその気配すら見えず、効率よく敵を刈り取っていくトランスバール皇国軍。とりあえず、『エルシオール』は敵の旗艦と十分戦闘ができる位置まで進軍している。

数ではてき有意ではあるし、敵の陣形で戦線を拡大させ続けられている物の、既に同数とはいかなくとも互角以上に戦える数にになった以上、敵の数の優位は半減していると言って良い。

 

 

「うーん、どういう事だろうね?」

 

「さあな、なんだかんだ言って毎回裏を取られているからな、警戒しておくに越したことはないが、変に見破ろうとするよりも、被害が出たときに少なくするようにした方が得策だ」

 

「随分弱気じゃないか、レスター」

 

「お前が無謀なせいで、俺が慎重にならざるを得ないんだよ」

 

 

 

などと会話をしつつ敵旗艦である艦と、いつもの長距離用カスタムされたランゲ・ジオ重戦艦が行く手を阻む。

 

 

「よし、皆、一気に片づけるぞ!! 」

 

 

その言葉と同時に護衛に徹していた7機の戦闘機が目標を捉え、襲い掛かる。しかしその瞬間をもあっていたかのように通信が入る。

 

 

「良いのか? 大事なお仲間がピンチだぞ? 」

 

「何を言っているんだかわからないが、何を言っても無駄だ」

 

「ああ、悪い、ピンチになるぞ。だった」

 

 

その言葉と同時に、散発的に広がっていた、カースマルツゥの艦が大爆発を起こす。クロノストリングエンジンに臨界を迎えさせて、膨大なエネルギーを生み出したのだ。要するに自爆である。

幸い、此方の艦にそのまま消し飛んだようなものはなかったようだが、ほとんどの艦が、シールドが完全に消え、ダメージが深刻であり、非常用電源に切り替わっているのか、通信のウィンドウに表示されるブリッジの画面も暗い。

 

 

「っな!! 」

 

 

そして、その一瞬の隙をついて、未だ無傷で健在のランゲ・ジオが、爆発の影響でシールドが消え去りエネルギー切れを起こした此方の艦を仕留めようと動き出した。

 

 

「っく、予定変更だ!! 皆、急いで、敵の戦艦をおとすぞ!! 」

 

「おい、タクト!! それでいいのか!? 」

 

 

当然の如くレスターはタクトに対して一言申す。結局のところ、軍隊であるので、目標を果たすことが最優先なのだ。今、カースマルツゥを攻めれば、比較的容易に落とすことができるであろう。

しかし、タクトは考えがあるのか、レスターを制しつつ、エンジェル隊にはそのまま指示を送り続ける。

 

 

「大丈夫さ、レスター。俺の予想が正しければ……」

 

「敵旗艦、クロノドライブ反応!! 逃走するもようです」

 

「ほらね、どうやら、俺達はEDENを解放させてもらったらしい」

 

「……なるほど、そうか、そう言うことか」

 

 

敵旗艦が、一切の追い打ちをかけず、AIを駆使して、自分の護衛艦を殿にして逃走したのだ。客観的に見てヴァル・ファスクを打ち破り EDENを解放した。そういう風に見えるであろう。つまりは完全な勝利だ。

救われたEDENの民からすれば、完全な支配からの解放であり、半年前から聞こえていた、希望の噂が本物になったという事である。

 

 

「一度EDENを取らせて、EDENに希望を再び取り戻させる。それを完膚なきまでに打ち砕いて支配を強くする。良くある手だよ」

 

「うむ……だが、カースマルツゥはヴァル・ファスクだ。そこまで考えての事なのかは疑問に残る」

 

「まあ、多少はね。でも、俺はそう感じた。あわよくば解放して、復興支援とかでこっちの兵力が分散しているときを狙えたら楽。とかそう言うのだったら、あいつ等でも考えそうだ」

 

 

要するに、一度解放させて、トランスバール皇国軍を温かく迎え入れたEDEN の目の前で、此方を完全に潰す気なのだ。それにより、もう二度とEDEN文明が反旗を翻すなどと言う事を考えないようにするためだ。

もしくは、まとめて滅ぼすつもりなのか、それは解らないが、兎も角敵にとってもそれなりに重要な占領地であった、EDENはたった一人の前線指揮官の判断で解放されたのだ。

確かに敵は護衛艦などを含む多くの戦力を失った。だが、それと同数まではいかないが、皇国側もそれなりの戦力を失っている。今回はヴァル・ファスクが防衛側で皇国が侵略側である以上、戦力の融通が付きやすいのはヴァル・ファスク側なのである。

 

 

「まあ、いい!! 皆防衛を優先するよ、とにかく敵の足止めと火力の無効化。艦隊の皆さんは、無事でない艦を優先しつつ、少しずつ後退。もうここの勝敗は決したんだ」

 

「お前は何もしてないがな」

 

 

この1時間後、戦場は完全トランスバール皇国軍の勝利で埋め尽くされた。それなりの犠牲は払ったものの、自分たちの祖となる文明と建国400年で初めて出会うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、やられちまったぜ」

 

 

ヴァル・ファスクの本拠地、ヴァル・ヴァロス星系のヴァル・ランダルと、EDENの中間にある小規模な軍事基地。無人であり、一定以上の階級の人物であれば自分の融通が利くように利用できる。当然の如く本星への連絡は必要ではあるが。

そんな場所を今彼は無許可で利用している。単艦で戦場から帰還したカースマルツゥはとりあえず、港に自分の艦をつける。普通なら被害が小さくなるのであれば、自動的に撤退する戦艦のプログラムを切ってあるので、文字通り死兵となって戦っているであろう。そんなことを考えながら、着々と最後の作戦の準備が進んでいることを確認するために、施設に入る。

 

 

「例の決戦兵器であった『黒き月』あそこからダークエンジェルの設計図こそは奪えなかったが、H.A.L.Oシステムを誰にでも扱えるようにする技術、生体コンピューター位は失敬させてもらった」

 

「機体がないのならば、用意すればよい、安価で性能が証明済みで、尚且つ試験運用も住んでいる者であればなおよい」

 

 

彼は100人程度の人間がいるであろうに、不気味なまでの静寂を保っているホールをゆっくりと歩き、進捗を確認した。

 

全ては、完全なる勝利の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、宣言通りタクトはEDENを解放することに成功したわけだ。EDENの首都の港に通信を入れ『エルシオール』だけで着艦し、そのままあれよあれよと流れるように祝宴ムード。ENEN解放の英雄だの、救世主様だの、伝説の英雄だのと囃し立てられる。

 

そしてそのまま、広場に集まった大観衆の前で、スピーチをすることになった。会場の構造としては、いわゆる王宮の様になっており、広場よりかなり高いところにある、お立ち台にタクトは絶たされていた。右側にはレスター、少し離れてラクレット。左側には、どうやらEDENの代表らしき初老のトランスバール皇国から見てかなり独特な衣装を着飾った人物。そして、広場からは良く顔が見えない位置にエンジェル隊が全員集合していた。今やだいぶ形骸化してきてはいるが、エンジェル隊のプロフィールは部外秘なのだ。タクトは今、そういった状況にあった。

 

タクトは、面倒くさいなー一言で終わらせたいなーとは、考えたものの、わざわざラクレットをここに連れてきた意味を考え、とりあえず仕事をしなければと思いなおす。

 

ラクレットの正体は、EDEN解放と同時にEDENにばらすべきだと、タクトはそう判断している。さすがにEDENという、直接的に、しかも長期にわたってヴァル・ファスクと接して被害者となってきた人たちには、画すべきではないという事だ。

それと同時に、シヴァ女皇もヴァルター一家の存在について、皇国に対して正式にアナウンスする手はずになっている。

『エルシオール』の通信機がなければ、此処から本星までの情報伝達は、『白き月』を経由する必要がある。そうしなければ数日のラグが生まれてしまうので、可及的速やかにこなすべき案件ではないが、せっかくの機会である。

 

タクトはスッと右手を上げると、一瞬観衆の歓声が高まりその後、しばらくすると、一定の静寂が訪れた。

 

 

「えー、皆さん。『エルシオール』艦長のタクト・マイヤーズです。長ったらしいのは嫌なので俺からは、一言だけ、皆さんは今日から自由です。あと重大なお知らせがあります。俺の部下の一人はヴァル・ファスクです。でもまあ、良いやつなんでよろしくお願いします」

 

 

それだけ言うと、タクトはさっさと、踵を返しその場を後にしようとする。唖然とする、EDENの代表と、眼下の観衆たち。次の瞬間意味を理解して、ざわめきたつ。エンジェル隊は、いつものタクトらしい行動だなーと後に続く。レスターもレスターで、現実逃避なのか、仕事が……と言い出し、タクトに続いて『エルシオール』に戻っていく。

 

 

「ちょ! え? は、ぁ?」

 

 

一番慌てるのはラクレットだ。まさかの展開に一瞬理解が追い付かず、奇声をあげ驚いていしまった。一緒に立ち去りたいところだが、雰囲気敵になんか無理そうだという事を悟った。

周囲に申し訳程度にいる、警備兵のような人物は、どうしたらよいのか解らずに、慌てているので、すぐさま射殺されるどうこうはないであろうが、タクトは若干投げやりすぎるであろうと、ラクレットは内心涙した。

 

とりあえず、タクトの居た位置に行って、この場を何とかしなければいけないという使命感と共に、話し始めることにする。幸いにも今までのTV出演やスピーチなどの経験が彼を助けた。ガチガチとまではいかない、そこそこの緊張で済んだのだ。

 

 

「えーみなさん、紹介に与りました、タクト・マイヤーズ艦長の部下。ラクレット・ヴァルター少尉です。エルシオールの戦闘機部隊に所属しております」

 

 

その後彼は何とか無難な感じのスピーチを披露し、EDEN中の話題をさらっていくことになる。これもまた、『旗艦殺し(フラグ・ブレイカー)』ラクレット・ヴァルターの伝説の1頁となる。

 

 

 


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