僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第11話 敗走

 

 

 

 

 

「ヴァル・ファスク? なんだそれは!! 良いから攻撃をやめんか!! 」

 

「レゾム閣下、貴方は非常に優秀な────駒でしたわ」

 

 

 

ウェーブのかかった黒髪を右手で払い、支配者としての冷酷な表情を見せる彼女からは、人間味という暖かさがまるで感じられなかった。それが先の人間ではないという発言をより信憑性を高めているような気がして、タクトはごくりと唾を飲み込む。ねばねばとべたつき中々喉の奥へと落ちていかないそれが、気にならないくらい掌は汗でびっしょりだ。

 

 

「っく、う、うわあああああああああああああああああ!!! 」

 

 

そして、その言葉と共にレゾムの乗る旗艦が爆散し、消え去ったのだ。そのあまりに衝撃的な光景に、彼らは声を出すことができなかった。映像自体のインパクトもあるが、なによりもその非情な行動が、人間の理性と感情に挟まれている不安定な存在ができることなのか? そんな疑問が先の人間ではないという発言の信憑性を高めている気がした。

 

もちろん、現在だって、『クロノブレイクキャノン』の充填率は順調に上昇中で、目標ポイントの一歩手前に到達だってしている。今の会話の間も、此方にとっては有利なことに時間が経過しているのだから。それでも彼らの背中には嫌な予感と未知のモノへの恐怖からくる悪寒がのしかかっていた。

 

そんな中、ここで意外な人物が動く

 

 

「おい!! ネフューリア!! 」

 

「あら? 貴方はラクレット・ヴァルターね」

 

 

ラクレットだ、なぜか彼は、いきなり彼女に話しかけたのである。もちろん理由はある。相手がヴァル・ファスクと言った意味を真の意味で理解しているのはこの場で彼しかいない。当然のことだが。そして彼は戦闘中の間無駄に良く回る頭で判断した。

 

敵は完全な合理主義で、理性で動くタイプの女だ。そんな彼女はまず自分の予想を立てて、それに沿って動こうとするであろう。故に彼女のことだ、自分が正体を明かしたならば、敵がどのような反応を返してくるかなどは、完全に予想済みだ。

 

それは恐らくタクト・マイヤーズの反応を想定していると同義であろう。なぜならばこういった状況の時、敵の真理を揺さぶり、情報を聞き出そうとするのは、彼の真の姿を知っている人物からすれば予想することはそう困難なことではない。

 

ならば、いかにタクトを動揺させることを目的とした会話を組んでいるはず。そうさせないためには、今ここで自分が暴発したことにすれば良い。タクトに次いでエンジェル隊全員から質問にされることもきっと予想に入っているであろうが、公の場では自分から通信の発言をすることの少ない彼自身が話しかけて来る事をよんでいる可能性は低いと考えたからだ。

 

 

「ヴァル・ファスクとかいったな!! その体を光らせる能力は感情が高ぶると使えるのかよ? 」

 

「あら、どうしてかしら? 」

 

「普通、ウザったい上官を殺したら、心躍るだろうからな!! 」

 

「あら、あなた案外過激ね、でもそういう訳じゃないわ。貴方も知っているでしょう? 」

 

 

しかし、予想が外れてラクレットは、敵の視線が完全に自分に向いていることを感じた。どうやらこちらを観察して分析しているようだが、どうも自分の想定とは違うのだ。彼は、自分が相手にそこまで大きく見られているとは思ってもいない。エンジェル隊と同程度だろうと客観的に考えている。

 

故に、観察か、分析が中心となり興味と言うものは薄いと考えていたのだ。しかしどうやら彼の自分の敵からの視線に鋭い分析……ようは直感では、怒りのような羨望のような、そう行ったよくわからない感情と、結構な興味の視線を向けられていると感じたのだ。

 

 

「私は最初から、あんな突撃猪に敬う気持ちなどは持っていないわ。私は銀河の支配者ヴァル・ファスクの先兵であり、『黒き月』を利用してこのオ・ガウブを作らしてもらったわ」

 

「へー、いきなり現れて支配者ね、その先兵さんは随分自信過剰みたいだね」

 

 

と、ここでタクトがバトンタッチする。ラクレットが繋いだ会話の糸口を手繰り寄せる為だ。彼はラクレットの考えをすぐさま理解し、絶妙なタイミングで割り込んできた。あと少しで充填が完了するのだ。それまで相手の攻撃を遅延させるのが目標だ。

 

 

「あら? 確かに私は自信家で有るけど、過剰だと思ったことはないわ。貴方たちが貯めているそのご自慢の武器で試してみる? 」

 

「ああ、試させてもらうよ」

 

 

そして、程なくして充填が完了し、まばゆい光が主砲に集まる巨大な星すら貫く威力を持つ、『クロノブレイクキャノン』の充填がMAXとなったのだ。

 

 

「『クロノブレイクキャノン』発射!! 」

 

 

放たれた主砲が、敵艦のシールドで、止められ鍔迫り合いのようにギリギリと押し合う。ただでさえ眩しい光線が、一層強く輝き何も見えなくなるような強烈な光でモニターが満たされる。思わずタクトたちは目をつむった。そして光が晴れ、目を開けたときそこには

 

 

 

 

「フフ……まだわからないのかしら? この『オ・ガウブ』に傷をつけることなんて、貴方達にはできないのよ!! 」

 

 

傷一つ受けてないどころか、シールドすら破れていない。万全の敵艦の姿がそこにあった。そう全くダメージを与えることができなかったのである。これは通常ならばありえないことだ。

なぜならば艦のエネルギーは有限であり、当然攻撃を受けたらシールドは減衰する。加えて、強力な攻撃ならば、シールドがあってもそれを突破して損傷を与えることができる。

そう、全くの無傷と言う状況が起こりえるはずないのだ、少なくとも彼らの知る常識の範疇内では。

仮にクロノブレイクキャノンの一撃を一切問題なく単純なシールド出力で受けるとすれば、シールドの性質上展開する空間も途方も無くなる。常時展開されているシールドの規模でおおよその耐久力がわかるのは常識だ。そして、クロノブレイクキャノンを余裕をもって受け切るシールドならば大雑把な計算でトランバール皇国の支配領域の100倍は広い必要がある。要するにシールドに何かしらの仕掛けがあるか、彼らの知らない技術があるかという事である。

 

 

「ば……馬鹿な……」

 

「クロノブレイクキャノンをくらって……無傷だと……」

 

 

呆然自失とする、タクトとレスター仕方がないことではあるが、ここでして良い行為ではないのは明らかだ。幸いなのは、敵はどうやらまだ本格的にこちらに攻撃を仕掛けようとする意思がないことだが

 

 

「さて、どう料理してあげようかしら? 」

 

 

獲物の前で舌なめずりをする狩人は三流と言うが、ここまで実力に開きがあれば、一概にそうとは言えないだろう。しかし、その隙を見極め生かすことができなければ、窮鼠でも猫を噛むことができない

 

 

「『エルシオール』聞こえるか? 至急この場を退避しろ。クロノドライブまでの時間は我々が稼ぐ」

 

 

そして、秘匿回線でそう繋いできたカトフェル少佐は見事な窮鼠であろう。彼等の戦艦の任務はシヴァ陛下の護衛だ。皇国軍人として、自らに課せられた任務をこなせないのは、許されないことだ。例えそれが、どんなに絶望的なまでの死への一本道だったとしてもだ

それを拒否する権利などない、なぜならば彼らの仕事はこういったときに命を張ること────戦艦のクルー全員がそれを理解し実行しようとしているのだ。

 

 

「そんな!! 何を馬鹿なことをいってるのだ!! 」

 

 

しかし、そんなことを女皇陛下が赦すわけがない。彼女は自分のせいで誰かが犠牲になることを最も嫌う高潔な皇だ。しかしまだ彼女には皇としての、命の計算をするには幼すぎる。いくら優秀でもそればかりは無理であろう。

理想論を掲げる彼女だからこそ、許すことのできない犠牲というのは絶対にあるのだ。

 

 

「女皇陛下、ここは我らに課された使命を全うすべき所、今優先すべきは、生き残り本星まで戻り策を得ることです!! 」

 

「────ック!! 」

 

 

本気の気迫に触れ、一瞬たじろいでしまうシヴァ。それは即ち同意したという事と等しいであろう。彼女の胸中には推し量ることのできないような、ドロドロでぐちゃぐちゃな感情が入り混じり、混沌であった。

自分の愛する臣民を、自分の生きるために殺さねばならない。そんなもの、10歳の少女が背負いきれるようなものではないのだ。

 

 

「マイヤーズ司令、皇国を陛下を頼みます」

 

「……ああ、わかった」

 

「……ココ、アルモこれより『エルシオール』はクロノドライブ可能な7時方向のポイントに向かう」

 

 

タクトは、皇国を守ろうと命を張る男たちの意志を、その一身に背負う決意を心に深く刻みつける。この悔しさ、理不尽さを忘れないように。敵の兵器の性能差と言う理由だけで、命で時間を換金しなければいけないのだから。

 

 

「カトフェル少佐ァ!!」

 

「ふん、ヴァルター少尉、戦場で取り乱すな!! 貴様は貴様のできる仕事をしろ!! 」

 

 

最後の教えとばかりにラクレットに喝を入れるカトフェル、その表情には教え子に対する愛が確かにあった。そう、ラクレットも分かっているのだ、自分自身のできることをすべきだと。

 

 

「少佐!! どうして!! どうして貴方たちが!! こんなことをしなければいけないんだよ!! 」

 

「少尉、それが軍人の義務と言うものだ」

 

 

しかしそれと感情は別。まだスイッチの入ってない彼には割り切ることなど到底できるはずもない。

子供をなだめるようにそう言うと、帽子をかぶり直し、彼はよく通る鋭い声で指示を出す。

 

 

「本艦および全護衛艦はこれより、敵旗艦『オ・ガウブ』に突撃する。作戦目標は『エルシオール』のクロノドライブまでの時間を作ることだ。総員我らに続け!! 」

 

 

────────了解ッ!!!

 

 

割れんばかりに唱和する男共の声と共に、三隻の艦は前進を開始する。たった三隻だ。三隻の全長を合わせても敵の大きさの半分のそのまた半分にも満たない。その上敵の戦力は圧倒的な防御力こそ判明しているものの、それ以外は全く未知数の敵だ。それでも彼らは行かねばならない、それが彼らの誇りなのだから。

 

 

 

しかし運命の神様と言うものはあまりにも残酷だった。護衛艦に背を向けて進み始めた『エルシオール』および紋章機と戦闘機。しかしそれを敵は待っていたのだ。そう、距離が空くのを────

 

 

「さあ、今から見せてあげるわ、『オ・ガウブ』の真の力を!! 」

 

 

そう彼女が叫ぶと同時に、敵から一瞬光のようなものが発生し、その瞬間に異変が起こった。敵旗艦に接近し続けていた、護衛艦隊の『クロノストリングエンジン』が停止したのだ。次の瞬間には『エルシオール』と周りの7機も同じように停止してしまう。ネガティブクロノフィールド。彼女が最優先で黒き月から接収した技術の一つだ。

そう、彼女が余裕ぶって待っていたのは舌なめずりではない。罠を仕掛けていたのだ。

噛みに来る鼠の抵抗すら許さない無慈悲な罠を。獲物の窮鼠が自らの咢の中に飛び込んでくるのを。

 

 

「さあ、目と耳は生かされて、身動きは取れない状況でおびえながら沈んでいきなさい!! 」

 

 

そして、内蔵されていたミサイル艦や、高速巡洋艦などの艦が高速で接近してくる。

そう奇しくもファーゴと似たような状況になってしまった。

 

 

「────なぶり殺しの時間よ!」

 

 

もちろん、『エルシオール』だって、この状況を指をくわえてみていたわけではない。

 

 

「っくそ━!!動け!! 動けよ!!! 少佐が!! 皆が!! うわああああああああああ!! 」

 

「ラクレット落ち着け!! エンジェル隊のみんな!! 翼だ! 翼を出して無効化するんだ!! 」

 

 

そう、彼女たちにはまだ抵抗手段がある。可能性は低いがそれを起動すればあるいは『助かる』事が可能なのかもしれない。

 

 

「仲間が稼いでくれた時間を無駄にするなんてできませんわ!! 」

 

「ああ、もちろんさ!! 」

 

「やってやるわ!! 」

 

 

しかし、以外にもそこに手を伸ばすものが現れる。

 

 

────逃げるわよ! 急ぎなさい!!

 

「!! この声は!! あの通信!? 」

 

 

そう、この宙域化発せられていた謎の声が聞こえてきたのだ。その発信源は『エルシオール』の真上

 

 

「『エルシオール』情報部に何らかの物体を確認!! 」

 

────NegativeChronoFierldCanceller起動!! これでこの周囲2kmでクロノストリングは動くようになるわ!!

 

 

訳も分からないうちに、どんどん状況は進むが、その言葉の直後システムが復旧する。『エルシオール』の周りを浮かぶ紅の宝玉のような物体の力であることは推測に容易い。

 

 

「っく! 今は逃げるしかないのか!? 」

 

 

その疑問答えるかのように声がまた響く、しかし

 

 

────いいから早く来い!!

 

 

宝玉から発せられたその声は、先程の少女の声とは違うものだった。その瞬間ラクレットの動きが一瞬ぴたりと止まった。しかし周囲の人間はそんなことに気を書ける余裕もなく、急かされるように、『エルシオール』はクロノストリングにエネルギーを送る。

そう、彼らはもう後方の三隻を救うすべなどない、囮として残ってもらうしか、有効に活用する道はない。ならば彼らの命を最大限有効に活用するしかないのだ。

 

 

「皆!! クロノドライブで退却だ!! 」

 

 

その言葉と共に1隻と7機そして一個は異空間へと消えた。

 

 

不沈艦エルシオールの敗走である。

 


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