僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第十六話 ダンシングクレイジーズ 3

 

 

「観測班は何をやっていた!! ええい! 総員に告ぐ!! 第一種戦闘配備だ!! 」

 

 

突然鳴り響いたアラート、そんな中レスターは悪態をつきながらも冷静だった。瞬時に脳内であらゆる可能性をシミュレートする。敵の目的、規模、今後の戦況推移や、打って出る場合に適した宙域。それらの情報を脳内で計算しながらも、矢継に支持を出し続ける。

タクトが規格外な軍略家として、将来的に有名になるが、それはレスターが劣っている事ではない、むしろ彼というブレインがいたから、タクトの功績はあったのだと言える。

 

 

「アルモ!! 周辺の艦と連絡を取れ、それと高精度レーダーを起動して周辺のサーチだ。ココは司令部につなげ」

 

────りょ、了解!!

 

 

エルシオールのレーダーは、現状の最新鋭の艦の先を行っている。紋章機と共に、白き月から発掘されたロストテクノロジー。皇国の技術はいまだその水準に至ってはいないのだ。このレーダーは、『エルシオール』がファーゴまで到達できた、大きな要因のひとつであり、不可欠なものであった。

 

 

「各乗組員は、出航の準備……いや、それは終わっているのか。ひとまず各自持ち場に着いてくれ」

 

 

話している間に落ち着いてきたのか、だんだん口調が落ち着いてきたレスターは、自分の右側で冷静にレーダーの解析画面を見つめているラクレットに向き直る。現状打って出られる戦力は彼だけと言える。皇国軍には戦闘機運用を専門とする空母はある物の、練度はお世辞にも高いと言えないものが殆どだ。何より連携を組む必要がある旧式の戦闘機だ。即応するのには無理がある。

 

 

「ラクレット、お前は自機に乗り込み待機だ。レーダーの解析結果次第では、先行して迎撃の可能性もある。お前のエタニティーソードならば、シャトル用の出入り口だから、停泊していても出撃は可能だろう。」

 

「了解しました」

 

 

ラクレットは即座にブリッジから退出して全速力で格納庫へ向かった。自分に課せられた役割と、これから始まるイベントへの胸の高鳴りとでテンションは万全であった。

 

 

「ココ、繋がったか? アルモ状況は? 」

 

「司令部は混乱しているようで、状況を把握していません!! 」

 

「周辺の艦も同じく、混乱しているだけです。アラートの原因は超長距離からの砲撃だそうです」

 

 

そうか、とつぶやくレスターはどこまでも冷静であった。彼は物事に集中し、熱が入ってくると、より一層冷静になっていくのだ。彼の成績を僻んだ士官学校の同期に氷の男となど呼ばれていたが、レスターにして「ユーモアの欠如」と言わしめる率直なあだ名であろう。レスターは、急な事態にやや弱いという欠点はあるが、致命的な悪手を打つことはなく、戦線維持にかけては比類なき才を持つ男だ。彼が繋いだバトンで、タクトは後願の憂いなく指揮に徹することができているのだ。

 

 

「解析結果出ました! 敵艦が近隣宙域に着陣し、待機している模様」

 

「一部の戦闘機などが先行し、奇襲したみたいですね」

 

「こちらの戦力は? 」

 

「それが、まだ全く対応できないみたいで」

 

 

 

レスターの質問にココは顔を曇らせて答えた。頭が痛くなることだが、各艦のトップ────その大凡はお飾り貴族────がダンスパーティーに出席している以上、動くことができないのも事実だ。酷い所は副官までもが席をはずしているのだ。

 

 

「副指令、僕が出ましょうか? 無人戦闘機相手に時間稼ぐのなら十分に可能です」

 

「アルモ、敵の数は?」

 

「4機です。それと生体反応が確認できない為、無人機であるかと」

 

 

ラクレットは口を滑らせているが、特にレスターやココに気にした様子はなかったのは、非常時故の幸いか。彼が通信を繋げ、提言した先発迎撃部隊という名の、単騎出撃は事実有効な手であろう。

 

 

「あいつらではなさそうだな……よし頼んだ。この分だと出撃の方が早いであろう。その後に出港だ」

 

「りょ、了解!! 」

 

「ラクレット・ヴァルター、行きます!! 」

 

 

故にすぐさま受理され、ラクレットはそのまま出撃した。宇宙港に停泊している艦の間を器用にすり抜け、最短距離で港の外に出て行った。その直後にエルシオールが出港する。

 

 

「俺は一度タクトと合流しにパーティー会場に行く、この状況ではシヴァ皇子の安全が最優先だろう。ファーゴで最も戦力の配備されているこの艦に避難されるべきだ。シャトルを借りるぞ」

 

「そ、そんな!! 」

 

「出港しておいてあれだが、この艦はエンジェル隊がいないと意味が無い。だが、この艦が出ればそれに続く艦も出てくるだろう」

 

 

そう言ってレスターはニヒルに笑った。無断出港は非常事態を除き、軍機違反なのだ。他の艦からすれば、まだ敵の影すらつかめていない状況だ。司令部が混乱し情報の共有ができてない為である。だが、エルシオールという、影響のある旗艦が出港すれば、彼らのレーダーに敵艦を確認したのであろうと推察し後を追ってくる艦はいるであろう。

 

 

「だから、俺は一端戻りあいつ等と合流する、なるべく安全な宙域で待機していろ。戦闘の指揮はアルモがとれ」

 

「そ、そんな、無理ですよ。副指令!! 」

 

 

突然の指示に狼狽するアルモ。レスターの言っている事はリスクを伴うが正論で、事実、現状ココかアルモの何方かが指揮を執る必要がある。しかし、いきなり言われても彼女としては困るのだ。

しかしレスターは、そんなアルモの肩に手を置いて、まっすぐと目を見つめる。身長差があるため見下ろす形になり、やや距離もあるがアルモからすれば平常心に期待などできない状況に早変わりだ。

 

 

「大丈夫だ、お前ならできる、俺は信じてる」

 

「……え? 」

 

「いままでずっと、俺はお前(の仕事)を見てきたが、お前ほど最高の(仕事のできる)奴はいなかった。ああ、お前なら(指揮権を)すべてを任せられる」

 

「…………ぇ」

 

「だから、俺はアルモ、お前に頼みたいんだ」

 

 

このやり取りを見ていたココは後にこう語った。

「もしかして、副指令は全部わかっているのではないでしょうか? 」

彼の名誉のために述べておくが、これは無意識の行動である。勿論経験則上、真摯に物事を頼むといった時にどうすれば相手が(本人は無自覚だが女性が)了承を出すかを知っているというのもあるが、アルモの好意に付け込んでいるわけでは無い、決して。

しかし効果は抜群だった。アルモは狼狽し、頬どころか顔を真っ赤に染めながら、かすれる声で了承した。本人も気づかないうちに。こちらも無意識に返事をしたのであった。

 

 

「まあ、ラクレットなら4機の無人戦闘機にやられる訳が無い、増援が来たら教えればいい。本人にも時間稼ぎで言っているからな」

 

 

そういってレスターは全力疾走でブリッジを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラクレットが最後の一機を右腕の剣で切り伏せる。敵戦闘機は爆散し、宇宙の塵となった。それを確認したラクレットは、通信で報告する。

 

「敵機撃墜!!周囲に敵影なし!! 」

 

「お疲れ様、ひとまず待機してください」

 

ラクレットはその声に一息つき、背もたれに身を預けた。最近彼が気づいたのだが、『エタニティーソード』は操縦に他の紋章機より体力を使う。一々目標に接近しなければならないのと、性能がピーキーであることもあるが、何より大きいのは機体特性だ。

裏切り者カマンベール曰く『エタニティーソード』は、適正者がいるとは思えない仕様に成っているという。クロノストリングとの適合が第一条件なのは当たり前なのだが、それに加えて機体を手足のように扱えなければならないのである。

他の紋章機には自動照準補正や、パラレルロックオンシステムなどもついており、操縦はかなり簡略化されている。もちろん狙いを定める必要はあるし、『ナノマシン』や『フライヤー』のように操作に特殊なスキルが必要な場合もあるが。それでも年端のいかぬ少女たちが専門の教育を受けたわけでもなく使えるのだ。

しかし、エタニティーソードは機体制御をしながら攻撃をしつつ、剣へのエネルギー分配の調整もしなければならない。ラクレットはそれをなぜか問題なくこなせるのだが、通常ならかなり長い期間の訓練が必要な技術である。彼はそれらの操作を無意識で思考操作しているのだ。しかし、当然それはかなりの集中力を要する作業である。長時間の戦闘はパイロットに負荷がかかるのは仕方ない事だ。

例えるのなら、適正は低いものの短時間なら最高の性能で動ける機体とパイロットといったところか。次の課題は持久力だなと頭の中でつぶやき、ラクレットはココに状況を尋ねた。

 

 

「こちらはどうなっていますか? 」

 

「港にいた戦力の6割は宇宙港から出て、ファーゴを守るように陣を敷いているわ。残りはようやく出たらしい指示に従って、今宇宙港から出ようとしている所ってとこね」

 

 

冷静に状況を説明するココは、すでにこの仕事においてはプロのレベルであった。忘れがちだが、彼女の本職は研究員である。ラクレットはそんなことを気にせず、そのまま質問を続ける。

 

 

「副指令からの連絡は? 」

 

「いまシャトルがファーゴの宇宙港から出てこちらに向かっているわ。どうやらシヴァ皇子もご一緒みたいだわ」

 

「そうですか……エンジェル隊の皆さんの出撃まで、後十数分てところですか」

 

 

ラクレットは気を引き締める。おそらくもうしばらく戦闘は無いと思うが、彼女達が来るまでは自分一人で持たさなければいけないのだから。ふとコックピットの右側に見える衛星都市ファーゴが目に入る。しばらくそれを眺めた後、再びラクレットは前を向いて戦闘に備えた。

 

 

 

 

 

 

「ラクレット、お疲れ様。アルモも後の指揮はオレが取るから」

 

散発的に飛んでくるミサイルを切り落としながら待っていたラクレットに、漸く吉報が届いた。ブリッジにタクトとレスターが戻り、万全の体制となったのである。それはつまり

 

 

「よし、エンジェル隊出撃!!目標は、現在こちらに接近中の敵艦隊だ!! 」

 

────了解!!

 

 

エンジェル隊も到着したという事だ。エルシオールから5機の紋章機が出撃する。実は外からこれを見るのが初めてのラクレットは、内心感動していた。別に原作云々ではなく、純粋に格好良いと感じたからである。なんせ、500メートル近い巨大な戦艦から、全長数十メートルの紋章機が5つも出てくるのだ。

 

 

「おつかれさん、あとは私達に任せときな」

 

「遅れてごめんねー。ラクレット君」

 

「私達が来たからには百人力よ!! 」

 

「お手柄ですわね」

 

「治療します」

 

 

出撃の光景に呆けていたラクレットは、全員から通信が入って初めて、自分の周りをエンジェル隊の面々が固めているのに気づいた。周りを緑色の光が包み込み、機体のステータスが瞬く間にグリーンになってゆく。リペアウェーブではないが、ナノマシンによる高速修復だ。

 

「皆さんありがとうございます、僕はまだ行けます」

 

一度自身の頬を両手でたたき、気合を入れなおす。まだ戦闘は始まってもいないのだ、こんなことで疲れていたらだめだ。と自分に言い聞かせてタクトからの指示を待つ。

 

「よし、ラクレットはまだ行けるみたいだから、ランファと二人でそれぞれ左右から回り込んでくれ。ミルフィー達は敵前面部の火力が左右にそれたタイミングで撃破していくつもりで」

 

「おい、タクトそんなアバウトな作戦で良いのか? 」

 

 

怪訝な目でタクトを見るレスター、作戦がすごくアバウトなのはいつものことだが、この大事な局面でそれはどうかと思ったのだ。しかしそれに対してタクトはいつもの調子で答える。

 

 

「だって、司令部からは、『シヴァ皇子を守りつつ、可能な限り敵を破壊せよ』としかないし、友軍は勝手に戦っているみたいだから、オレも臨機応変な感じでさ」

 

 

問題ないよね、ミルフィー? と通信で話すタクト。その様子にレスターは苛立ちと頭痛を抑えつつタクトを急かすのであった。

 

「あぁ、はいはい!わかったから、とっとと指揮を取れ!! 」

 

「了解―」

 

 

その何時ものやり取りを見て、とても頼り強く感じるココとアルモだった。

 

 

 

 

 

「なかなかに頑張るではないか、エルシオール」

 

「エオニア様、そろそろ」

 

「ああ、わかっている。奴らに見せてやろうではないか、余が手に入れた力を」

 

 

盤面は動く、差し手の手番は交互に代わる。押した戦局にはそれ相応の、差し戻しが帰って来る。黒き月が宙域に姿を現したのだ。

 

「ノア、頼んだ」

 

「わかったわ、お兄様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、タクト達が周辺の敵艦をあらかた片付け、別の宙域の応援に行こうかというタイミングだった。突然周囲の敵艦が進路を変え後退して行ったのである。

不審に思うレスターと、いつもの嫌な予感がするというタクト。二人が何か言うより前に、ココが悲鳴のような声で叫んだ。

 

「黒き月に超高エネルギー反応!! 」

 

━━━緊急回避だ!!

 

 

奇しくもタクトとレスターが叫んだのは同時だった。反射的に操舵主が舵を大きく切る。それと同時にエルシオールの危機管理システムが、タクトの一定以上のデシベルでの声を音声認識し、自動で回避運動をとった。エンジェル隊の面々とラクレットも射線と予想される空間から本能的に退避する。H.A.L.Oシステムを通じて嫌な予感が彼らの全身によぎったのだ。

 

そしてその刹那

 

黒き月から太さ数百mはあろうかという、天文学的な熱量を持つビームが照射された。それはエルシオールをぎりぎり逸れたが、そのまま真っ直ぐファーゴを貫通し、ローム本星に直撃した。

ファーゴの隔壁は紙くず程にも減衰させず、全質量の20%を削り取られた。ローム本星も衛星軌道上より遙かに離れた彼らの場から視認できる爆発が観測された。

どれだけの被害規模損かは、全く持ってわからない。ただ一つ分かっている事、それは。

 

数億の命の炎が、一瞬にして燃え尽きた。

ただそれだけであった。

 

 


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