「いっただきまーす!……んー、やっぱりお兄ちゃんのお味噌汁は、サイコーッ!」
「そうかそうか」
兄の作った味噌汁を1口飲むと、天道樹花はグッドサインを兄に向けた。
総司は嬉しそうに笑うと、おかわりをついでやる。
天道家の食卓に招かれた映司は、総司の妹への態度の変化に唖然としていた。
「で、この格好いい人誰?」
もぐもぐと口を動かしながら、樹花は総司に尋ねる。
「あ、ごめん名乗ってなかったね。俺は火の野原を往き、映画の主役を司る男、火野映司!」
「そうなんだ! 私は、天の道を往き、樹と花を慈しむ少女、天道樹花でーす!」
ニコニコと意気投合した様子の映司の顔に、総司が味噌汁の鍋の蓋についた水滴を飛ばした。
「熱っ! 何するんだよ!」
「すまん手が滑ってな」
「大丈夫だよお兄ちゃん、この人確かに格好いいけど樹花はお兄ちゃんが1番だから!」
「そ、そうかそうか」
総司は再び顔をにやけさせて味噌汁をつぐ。
「俺もお兄ちゃんのこと好きですよ」
「黙れ、お前にお兄ちゃんと呼ばれる筋合いはない」
むぐむぐと焼き魚を頬張る映司を一睨みすると、映司は冷や汗を掻いてゴクリと魚を一飲みした。
「ところで、ワーム……」
そこまで言いかけて、映司はまた顔に水滴を飛ばされる。
「熱いっ! なんだよ総司君……っと」
目の前で?マークを浮かべてこちらを伺う樹花の様子にハッとすると映司は総司の気持ちを察する。
「何々、ワームって?」
「い、いや、その、わー、む、むかしながらの味だなぁって」
「ふーん、味付けのことか!」
少し無理矢理誤魔化した映司の様子に、総司は再び視線を鍋に落とす。どうやらワームのことは樹花には知らせていないらしい。そこに総司の優しさが伺えた。
「……で、質問はなんだ」
樹花が眠りについたことを確認して、総司は居間で湯呑みに汲んだ緑茶を啜った。
「うん、ワームって怪人のことなんだけど」
向かいに座った映司は、目の前に置かれた湯呑みの水面を見つめながら話し出した――
「……というわけだ」
「人間に擬態するなんて、そんな奴等が」
「お前の話したグリードとやらも人間の欲望から生まれるんだろう? そっちの方が厄介そうだけどな」
お茶を一口飲み、総司は湯呑みを置く。お互いの話を重ねると、どうやらあの日の黒いオーラが世界を覆って以来、カブトとオーズ双方の世界の怪人が入り乱れている様だ。
「そういえば、おととい加賀美がクワガタの形をした怪人と戦ったと言っていたな」
「クワガタ……ウヴァのことか!」
「名前は知らんが、そうかもしれん。まぁ、明日あのバカに話を聞くか」
そう言って、総司は立ち上がると電気を消す。
「とにかく、今日はこの家で寝ろ。明日から動くとしよう」
「分かった。色々とありがとう総司君。」
映司に軽く頷くと、総司は電気を消して階段を上がっていった。
「ワーム、グリード……一体この世界で何が起きてるんだ?」
映司は、誰もいなくなった部屋でぽつりと呟いた。
◆
「うわぁぁぁぁ!!」
「助けてくれぇ!!」
翌日、加賀美がいるというZect支部に足を運んだ総司と映司が見たのは、炎に包まれた支部の建物だった。
「あれは、ワームと」
「グリード!」
2人の目の前では、ゼクトルーパーとライドベンダー隊が迫り来る怪人達へ必死に抵抗を試みている。
「火野さん!」
「えっ、里中さん!? 何でここにいるの!?」
バースバスターを怪人達に放ちながら、こちらに近づいてきた人物に、映司も驚きながら駆け寄る。
「鴻上社長がこっちの世界への入り口を見付けまして、Zectのリーダーと会談をしていたんです。そこにこいつらが」
迫り来るサナギワームやクズヤミーを撃ち落としながら、里中はチッと舌打ちする。
「天道君、いいところに!」
「岬か」
こちらも小型の銃でサナギワーム達を撃ち倒しながら、Zectのメンバーである岬祐月が天道に駆けてくる。
「状況は?」
「田所さんと加賀美君が加賀美警視総監を助けに中に突入したわ」
岬は周囲を警戒しながら説明する。
「よし、行くぞ火野」
「えっ、ちょっ2人を置いては……」
「大丈夫です、火野さんもあの俺様なやつと先へ行ってください」
建物へと歩き出した総司を、映司が慌てて止めようとするが里中が口を挟む。
「で、でも」
「安心して、こっちも誰かに守られるようなやわな鍛え方はしてないわ」
岬と里中は背中合わせに立って頷き合うと周囲の怪人を撃っていく。
「分かりました……ピンチになったらすぐに呼んでくださいよ!」
映司はそう言うと総司の後を追い掛けた。
「ひどい状況みたいだね……」
建物の中へと入った2人の目には、所々に倒れたゼクトルーパーやライドベンダー隊の姿が目に入る。
「近いぞ」
ふと、1枚の扉の前で立ち止まると総司は息を潜める。映司も気配を察したのか静かに身構えた。
扉を蹴破った2人の視界に飛び込んできたのは、負傷して壁にもたれ掛かった田所と、その先に2つの人影に追い詰められる鴻上社長と加賀美警視総監の姿だった。
「大丈夫ですか!」
「くっ、スマン……」
映司に肩を借りて田所が立ち上がると、こちらに気付いた様子の2つの影が振り向いた。
「ほう、これはまた懐かしい再会ですねぇ」
「フン、貴様かカブト」
肩に人形をのせて眼鏡の奥をギラリと輝かせたDr.真木と、こちらも眼鏡の奥の目をしかめ睨み付けてきた三島正人が姿を現す。
「おぉ、火野君ではないか! ハッピーバースディ!!」
「少しうるさいので、黙ってもらえるかな」
真木と三島の後ろにいた鴻上と加賀美父が、危機とは思えない様子で話す。
「あのバカはどうした」
「加賀美は……くっ……」
敵から視線をそらさず総司が田所に尋ねると、田所は苦しそうに顔を歪めた。加賀美父も視線を落としている。
「あの熱血君なら、今頃良い終末を迎えたころでしょう」
「何……?」
人形を乗せたままこちらに投げ掛けられた真木の言葉に、総司が若干語尾を強めた。
「ククク……たかが人間1人が、我らに敵うものか。今頃次元の狭間で死んでいる頃だ」
「お前達……ッ!」
楽しげに語る三島の様子に映司がドライバーを取り出し腰にセットする。
「はぁぁああ!!」
しかし、既にベルトにカブトゼクターを装着して飛び上がった総司は、勢いよく駆け出すと三島に向かって拳を奮う。
“HENSHIN”
「フン」
マスクドフォームの一撃を右腕のみで受けきると、三島は“グリラスワーム”へと姿を変えた。
「邪魔をするなぁ、カブト!」
勢いよく振りかぶったグリラスワームの左腕を後ずさってかわすと、カブトはすぐさまキャストオフしてライダーフォームに姿を変えた。
「やれやれ、これでは落ち着いてお茶も飲めませんね」
真木は仕方なさそうに人形を仕舞うと、恐竜グリードへと姿を変え飛来するアーマーをいなした。
「総司君落ち着いて!」
オーズに変身を終えた映司が、慌てて背後からカブトを留める。
「あのバカは確かに熱血バカだが、そう簡単にくたばるような奴ではない」
「うん、総司君がそこまで言うなら間違いないよ、だから今は無事を信じてこいつらを先に倒そう!」
カブトはオーズの言葉に少し落ち着きを取り戻したように頷き、クナイを静かに構えた。
「消えろカブト」
「オーズ、そろそろ退場してもらいますよ」
グリラスワームと恐竜グリードは、それぞれカブトとオーズへ向かってくる。
「ふっ、はっ」
グリラスワームの触手をクナイで切り裂きながら、カブトは蹴りで応戦していく。
「せいっ、おりゃっ!」
オーズも恐竜グリードの飛ばしてくる紫の光弾をかわしながら、拳を放っていった。
「お2人はこちらへ!」
「あぁ、すまんね」
「カブト、息子を頼んだぞ……」
その隙に鴻上と加賀美父は田所に案内され避難する。
「フン、我々にあまり遊んでいる時間はない」
「少し手荒ですが……消えてもらいますよ」
グリラスワームと恐竜グリードは、それぞれが作り出した光弾を重ね合わせる。緑と紫の光弾は弾けるように分裂すると、カブトとオーズを襲った。
カブトがオーズを庇うように前に立ちクナイを振るうが、如何せん数が多すぎた。
「うわあああぁぁぁっ!」
「くっ!」
逃げ場のない攻撃に、カブトとオーズは部屋の壁を破って外に吹き飛ばされ地面に叩き付けられる。
「こいつら……強い!」
「っつ……」
全身をボロボロにしながらダメージの少ないオーズが辛うじて立ち上がると、まだ立ち上がれないカブトを庇うようにメダジャリバーを構える。
「負けちゃダメだ、諦めちゃ……」
「フン」
「そろそろ、良き終末を迎えてください」
そんなオーズに絶望を与えるように、2体の怪人はゆっくりと歩み寄る。
「くそおっ!!」
オーズの声が天に響いた、その時。
「ったく、やっぱりお前は半人前だなぁ、映司!!」
「この声……まさか!」
オーズが天を仰ぐ。
「なっ、くっ!!」
「これは……ぐあっ!」
無数の赤い羽根がグリラスワームと恐竜グリードに飛来し、爆発すると2体は僅かに後退する。
「世話焼かせてんじゃねぇぞ、映司!」
「ア、アン……アン……」
片翼を広げて目の前に降り立った青年に、オーズが感極まったような声で震えだす。
「よう、久しぶりだな」
「アンクーッッ!!」
「なっ、おいバカよせ!!」
勢いよくしがみついてきたオーズに、アンクは困ったように叫ぶと振り払う。
「お前どうして!」
「あぁ? まぁ、よく分かんねぇが気付いたらここにいたんだよ」
以前の人間時の姿のアンクは、その頭をガシガシと掻く。
「フン、随分と傲慢そうな奴だな」
何とか立ち上がったカブトが、オーズの横に立ちアンクを見やる。
「フン、お前こそ随分とムカつきそうな奴だぜ」
「ま、まぁまぁ2人とも」
そんな3人の様子を、グリラスワームと恐竜グリードは立ち上がりながら睨み付けた。
「貴様ら……」
「許しませんよ……」
空気を震わせる恐ろしいほどの威圧感に、3人が再び身構える。
『引き上げだ』
そこに、突然第3者の声が割り込み、グリラスワームと恐竜グリードは顔を見合わせた。
「この声は……」
「天帝ですか」
『ちょっと面白そうなことを見つけてさ。帰ってきてよ』
天帝と呼ばれたその声は、まだ若い青年のものであった。
『我望さんと村上さんも来てくれたんだ』
天帝は尚も楽しそうに続ける。
「フン、いいだろう」
「興も醒めました、帰りますか」
2体はそう言うと、出現した次元の狭間に消えていった。
「な、何とかしのいだ……のか?」
「そのようだな、行くぞ」
「おい、お前が仕切るな!」
「だから喧嘩は止めてってばー!」
またしても総司に掴みかかろうとしたアンクを、映司が必死になだめた。