何時になく凄い剣幕です。
提督に何か言いたい様子でしたが、それ以前に彼女は自分が何をしたのかを知ることになります。
バン!
朝からノックもなしに提督の執務室の扉を手荒に開けてくる者がいた。
比叡「大佐! ちょっと、あ......え、いいで......しょう......か?」
勢いよく入って来たものの、比叡は直ぐに言葉の勢いを失った。
何故なら目の前いるその日の秘書艦が鎮守府の中でも最古参と言われる叢雲だったからだ。
提督「......」
叢雲「......」
叢雲「比叡さん?」
叢雲はあくまで丁寧な口調で失礼を働いた比叡に質問してきた。
駆逐艦とは思えないその威圧感と威厳は、比叡と彼女とのレベルの差など全く関係ないものに思わせるのに十分なものがあった。
比叡「は、はい!」
緊張した声で返事をする比叡。
叢雲「貴女、今自分が何をしたかお分かりかしら?」
比叡「は、はい......」
叢雲「言ってみなさいな」
比叡「大佐が部屋に居る時に無断で部屋に入りました......」
叢雲「それだけ?」
叢雲の語気が僅かに強くなった。
どうやらその答えだけでは不十分らしい。
比叡はそれ以上不興を買わないよに自分の行動をひとつひとつ思い出しながら答える事にした。
比叡「た、大佐の執務を邪魔しました......」
叢雲「どうやって?」
比叡「む、無断で......大きな音を立てて......」
叢雲「そうね。よく分かってるじゃない」
比叡「すいませんでした......」
叢雲は比叡の謝罪には反応をせず、提督の方を振り向いてある提案をしてきた。
叢雲「大佐?」クル
提督「ん」
叢雲「軍規に伴う風紀と礼節の違反として罰則、運動150を提案するわ」
比叡「ひゃ、150......!」
罰の内容が余程キツイのか、叢雲の言葉を聞いただけで比叡は青ざめた。
提督「今回は初めてのはずだ。100に負けてやれ」
叢雲「甘いわねぇ」
提督「指導役に皐月、長月、菊月を付けてグラウンド100週だ」
叢雲(あ、結構キツイかも)
比叡「く、駆逐艦と一緒にですか!?」
叢雲「せっかく大佐が100週に負けてくれたんだから頑張りなさい?」
叢雲はそれ以上異議を唱える事は許さないとばかりに満面の笑顔を比叡に向けた。
その顔は確かに表面上は笑っていたが、明らかに心は笑ってはいなかった。
比叡「は、はいぃぃぃ」
背筋を走る恐怖に悲鳴交じりの返事で反応する比叡。
提督「今日は平和だな......」ズズ
提督はそんな二人のやり取りを聞きながら、窓か差す陽光に目を細めてそんな事を言った。
――数時間後
比叡「ゼェー......ゼェェ......ヒィ......ハー......」
ノルマを達成した比叡は汗だくで執務室に戻って来た。
叢雲「お疲れ様。はい、水」
叢雲もあれ以上は何も言わず、比叡の労を労いながら水を差し出した。
比叡「...っ! ゴクゴクゴク......ぷはぁ!」
提督「それで、どうした?」
ようやく落ち着いたところで提督が比叡に話し掛ける。
比叡「ふー......ん......その前に、先ほどは失礼しました」
提督「ああ」
比叡「お尋ねした要件はお姉様の事でして」
提督「あの時の宣言の事か」
比叡「はい」
叢雲「姉を取られたくなくて異議を唱えに来た、と言うところかしら」
叢雲はあっさりと比叡が訪ねて来た理由の核心を突いた。
比叡「その通りです」
それに対して比叡も誤魔化したりはせず、素直に認めた。
提督「ふむ......比叡」
提督は少し考えるように口元に手を置いた後、やがてゆっくり諭すような口調で比叡に話し始めた。
比叡「はい」
提督「お前が姉想いの良い奴だというのは分かる。だがな」
提督「お前は、お前の意思だけで姉の意思を妨げるのか?」
比叡「それは......」
提督の言葉に痛いところを突かれたとばかりに、表情を少し歪ませる比叡。
提督「こんな言い方は卑怯に感じるかもしれないが、あくまで告白してきたのは金剛であり、あいつの意思だ」
提督「それを知りながら俺に諦めるように持ちかけるのは、姉の思いを無視している事と同じ事だとは思わなかったのか?」
比叡「思います......改めて頭を冷やして考えると身勝手でした」
自分の行動の軽率さを痛感し、素直に反省の色を見せる比叡だったが、そんな彼女に叢雲次の言葉が重くのしかかった。
叢雲「危うく金剛さんに嫌われるところだったかもしれないわね」
比叡「......っ!」ジワ
提督「叢雲、もういい」
叢雲「口が過ぎたわ。ごめんなさい」
叢雲も口が過ぎたと思ったのか、目を伏せて二人に謝った。
比叡「大佐......わたし、お姉様が本当に大好きで......ぐす」
自分の間違いは認めたものの、それでも姉を慕う気持ちは止められず、やがてその感情が涙となって比叡の目から流れ出た。
比叡「でも大佐と恋人になっちゃうと......ひぐ......じ、自分から離れていってしまうみたいに思えて......」グシグシ
提督「ああ」
比叡「だ、だから何とか大佐にお姉様を諦めさせて......ダメなら自分が身代わりになろうと思って......」
提督(身代わりとまで言われると、何か自分が畜生のように思えてくるな。いや、実はそうなんじゃないのか?)
提督は比叡の悪気のないその言葉に密かに心を痛めるのを通り過ぎて、自分を責めた。
ポン
叢雲「しっかりしなさい」ボソ
そんな提督の機微を感じ取ったのか、自信を持てという風に叢雲が優しく肩を叩く。
提督「ありがとう」
比叡「え?」
予想外の言葉に驚いた眼で提督を比叡は見た。
提督「ん? いや、そうか......身代わりになってまで姉を取られま......いや、守ろうとしたんだな」
比叡「うん......」コク
提督「比叡、さっきも言ったがこれは金剛の個人の事だ」
提督「だからあいつ自身に今の状況を否定する考えがない限りこれを問題とすること自体が問題だ。分かるな?」
比叡「はい。でも......」
提督「比叡、お前は俺が嫌いか?」
比叡「べ、別に嫌ってなんか! ただお姉様の事となるとつい頭が......」
慌てて比叡は否定した。
そう、姉の事さえ絡まなければ比叡は提督に悪い印象など持っていなかった。
寧ろ口には出さないが頼りになって優しい男性だと密かに思っていた。
提督「そうか。比叡、お前は優しい子だな」
比叡「や、優しい......子、だなんて......」アセアセ
責めていた筈の提督から不意に褒められて、恥ずかしさ半分と言った様子で慌てる動揺する比叡。
だが、そんな彼女の動揺は提督の次の言葉で全く違う反応を見せる事になった。
提督「その優しさを少しだけ俺にも分けてくれないか」
比叡「え」ドキ
叢雲(あら? 流れが)
提督「俺を信用してほしい。決して金剛を傷つけるような事はしない」
比叡「そ、それってやっぱりお姉様と結婚......」
提督「それはまだ分からんが、例えそうならなかったとしても俺は金剛を、お前たちを傷つけるような事はしない」
提督「まずは、それを信用してはくれないか」
比叡「でももし、結婚を断ったりなんかしたら......それこそ、お姉様は傷ついてしまいますよ」
提督「それは必然だな。流石に俺にはどうしようもない。だからこそ、そういう時はお前が必要だと俺は思う」
比叡「凄く、ズルイ言い方ですね」
提督「俺は自分の心を偽ってまで自分を慕ってくれる相手と付き合う性根はないからな。その時はあらゆる非難を甘んじて受ける覚悟だ」
比叡「大佐......」
提督「悪いな。俺はこういう人間なんだ」
比叡「ううん。分かりました大佐。わたし、大佐、貴方を信用します」
提督「そうか、ありが――」 比叡「だからわたしとも付き合ってください!」
突然の言葉に固まる提督。
提督「......ん?」
叢雲(まぁ何となく流れで予想はしてたけど、相変わらず外堀を埋めるつもりで墓穴を掘るのが上手いわね)
呆れた様な可笑しい様な、そんな微妙な表情で叢雲は苦笑交じりに溜め息を吐いた。
提督「比叡、一応訊くが何故そうなる?」
比叡「大佐の話を聞いてる内に、お姉様がどうしてそこまで大佐に好きなのか興味が湧いてきまして!」
提督「なら、興味止まりでいいだろう。付き合うまでは必要――」
提督は暴走(提督の目にはそう見えた)する比叡を何とか宥めようと説得を試みたが、そんなつもりで発しようとした彼の言葉は、比叡の更なる予想外の行動で遮られた。
チュッ
叢雲「 」(なっ)
その展開は流石に予想外だったのか叢雲も驚いた顔をした。
比叡「ん......ふぅ。こ、これでわたしが一番リードしたことになりますね!」カオマッカ
比叡「あ、勿論これはお姉様には内緒にしておいて下さいね! これを理由に諦めてくれてもいいですけどね! それじゃ、失礼しました!」
バタン
提督「......叢雲」
二人だけになった部屋で提督が静かに叢雲に声を掛ける。
叢雲「何?」
提督「金庫の鍵を」
叢雲「金庫? 金庫ってあの銃が入って......いや、何する気よ?」
提督「そうか。鍵はあそこだったな」フラ
叢雲の言葉が届いていないのか、憑き物であるような足取りでゆらりと立ち上がった提督に叢雲は直ぐに不安を覚えた。
叢雲「ちょ、大佐!? だ、誰か来て! 初春と戦艦も呼んできて!」
提督「俺はやはり畜生だったようだ」
叢雲「やめなさいって!は、早く誰かー!」
ここに来て初めてではないかという叢雲の悲鳴がその日、鎮守府中に響き渡った。
提督は意外にメンタル弱いですね。
あーというか、強引だったですね流れ。
比叡ファンの方すいません。