しかし何も仲良くなりたいのは島風と雪風だけではなかったのです。
「友達になってほしい?」
意表を突いたお願いに提督は若干驚いた声を出した。
「うん!」「はい!」
それに対して島風と雪風が元気よく返事をする。
(夜中に勢い良く訪ねて来たと思ったら、これはまた予想外なお願いだな)
「二人ともいいか? まずお前たちは友達云々以前に俺の部下であることを忘れてはならない」
「そんなの分かってるよ! ちゃんと命令は聞いてるでしょ?」
「雪風も分かってます。それでも今より大佐と仲良くなる為に友達になりたいんです!」
「まぁ待て。それとな、二人は部下である前にへ……」
提督は唐突に黙った。
この言葉は出来るなら使いたくない。
この見た目も中身も子供と変わらない二人の前では尚更だ。
「? どうしたの大佐?」
「大佐?」
島風と雪風は純心な目で不思議そうに提督を見る。
「……まぁ、お互いに軍属で、上司と部下の関係だから友達はちょっと難しいんじゃないかと」
「ええー!?そうなのー!?」
「雪風は、それは……」
提督の言葉に二人は一緒に残念そうな声を上げた。
「ああ、だから悪いが今回は諦めるように」
「でもでも、それでもやっぱり島風は大佐と仲良くなりたいよ!」
「雪風も大佐と友達になりたいです!」
やはり精神年齢が若干幼い所為だろう、島風と雪風は駄々とまでとはいかないが、納得がいかないことに関しては子供の様に退かなかった。
「仲良くはしてやれるかもしれないが、友達はな。おい、ちゃんと聞き――」
「失礼します」
提督が不意に声が聞こえた方を振り向くと加賀が扉の前に立っていた。
「加賀……」
「あ、加賀さん」
「申し訳ございません。扉が開きっぱなしだったものですから」
加賀はいつも通りの涼しい顔で提督に謝罪と釈明した。
「ねぇ聞いて加賀さん。わたし、大佐と友達になりたいの。でも大佐がそれは無理なんだって」
そんな彼女にまるで親に訴える子供の様に島風が先程の話をしだした。
「あら」
「何か大佐と仲良くなれる方法はないでしょうか……加賀さん」
雪風も加賀の元へ行き、彼女の服の裾を掴んで相談してきた。
「二人とも落ち着いて。大尉?」
加賀は表情こそいつも通りだが目が提督を非難していた。
「どれだけ重い失態を俺はしたんだ」
提督は溜息を吐きながらも加賀の非難を受け止めた。
是非もない。
非は明らかに自分にある。
「私も大佐と仲良くなりたいのですが?」
「む……」
半ば予想はしていたが、やはり加賀は島風達の味方に付いたようだ。
島風と雪風は加賀の加勢に目を輝かせて嬉しそうな顔をし、自分達と同じ願いに提督がどう答えるのか見守っていた。
「え!? 加賀さんも!? 加賀さんも大佐と友達になりたいの!?」
「雪風達と一緒なんですか!?」
「ええ、そうよ。私も大佐と笑いあえる様な夫婦みたいな仲になりたいの」
「おい」
一言余計だった。
二人と同じはずだった願いが一人だけそれを飛び越えて宿願になっていた。
「大佐、仲良くなる事は悪いことではありませんよ。お互いの信頼関係を築くことは任務の遂行にも影響しますから」
「そうくるか」
「大佐は私達の事が嫌いなのですか?」
「む」
加賀の更な攻勢に提督は顔をしかめた。
この質問は反則だった。
こんな事を言っては……。
「え!?」
「そ、そうなのですか!? 大佐」
予想通り“嫌い”という言葉に敏感に反応した二人が泣きそうな顔をしていた。
「……」(これは流れを掴まれたな……)
提督は内心勝敗が決したのを確信した。
故にこう言うしかなかった。
「嫌いでは、ない」
「ホント!? 嘘じゃない!?」
「雪風は、雪風は安心しましたぁ……」
島風と雪風は提督の言葉にさっきまで泣きそうだった顔はどこえへやら、今度はパッとした明るい笑顔で心から嬉しそうな顔をする二人。
「大佐、確かに任務実行中はそうはいきませんが、待機中にお互いに僅かな暇くらいなら多少はいいのでは?」
「そう、だな」
提督は最早妥協するしかなかった。
自分でこう言った以上はできる範囲で尽力するのが筋というものだ。
加賀は、渋い顔をしながらも自分たちのお願いを聞いてくれた提督に普段とは違った柔らかい声で言った。
「大佐、私は貴方に余裕を持って欲しいのです」
攻めていたと思いきや次いで提督をフォローする発言。
戦略としては悪くなかった、否、実際に成功していた。
(勝負あり。いや、これ以上は俺がやる気になれんな)
「分かった」
提督はポツリと言った。
「友達になってくれるの!?」
「そうなのですか!?」
その言葉に島風と雪風は今度は加賀から提督へ興奮した様子で近寄って来た。
そんな二人に提督は改めてはっきりと言った。
「ああ、そうだ。友達と言うと何かアレだが仲良くはしていこう、か?」
「うん!」「はい!」
「だが二人とも、節度は守れよ?」
「うん、分かった!」
「了解です!」
「よし、ならもうお前たちは寝るように。約束は守るから」
「はーい。大佐、今日はありがとう!」
「ありがとうございました! おやすみなさいです!」
余程嬉しかったのだろう。
いつもだったらまだ寝たくないと言いそうなところだが、今回ばかりは上機嫌で提督の言葉に素直に従って二人は部屋を出ていった。
バタン
「……加賀?」
二人の退出を見届けて提督は静かに加賀を呼んだ。
加賀は内心出過ぎた真似をしてしまったと、提督に叱責を受けるのを覚悟していたが、提督の次の行動は彼女の予想とは違ったものだった。
「はい?」
(あら 、サボテンの鉢の下に鍵が……引き出しから……お酒……?)
提督は引き出しから酒瓶を取り出すと、グラスを2つ机に置いた。
「信用の証だ。気を抜いているのを見られたくなくてな。少し付き合えってもらえるか?」
「是非もありません」
素っ気ない言葉とは裏腹に、加賀は柔らかい笑みで提督の誘いを快諾した。
(自分がいうのもなんだが、加賀のこんな笑顔を見るのは初めてだな多分)
加賀の笑顔を見て提督はそんな事を思った。
雰囲気的にワインぽいですね。
でも俺は焼酎の方が好きです。