「メリークリスマス!」
『メリークリスマァス!』
提督の合図に応えて大勢の嬉しそうな声が空間に響く。
提督の基地は今、その年最後のおお仕事と言えるある重大な作戦遂行の任務を無事終える事ができ、艦娘たちのへの労いの意も込めてちょっとしたパーティが開かれていた。
「メリークリスマスねテートクゥ!」
提督が律儀に艦娘一人ひとりに声をかけて挨拶していると聞き慣れた元気な声が後ろからした。
声の主は彼が振り返る前から判っていたが、実際に振り返る前に後ろから抱きつかれるのは予想外だった。
「金剛、できあがるのが早くないか?」
「ノンノン! ワタシはまだぜぇんゼン! 酔ってなんかないワヨ~?」
すわりかけた目でそう言う金剛の姿には全く説得力がなかったが、せっかくの良い気分になっているというのにそこに水を差すような無粋な事を言う気も提督にはなかった。
ただ彼は苦笑して片手に持っていた杯を金剛に向けて掲げ、彼女もそれを見て嬉しそうに既に空になっていたグラスを掲げてカチンと乾杯をした。
「気持ちは解るが次の日に響かないように注意くらいはしろよ」
「オーウ、テートク何処行くですカ? 一緒に飲みましょ~ヨ~」
腕に縋り付いて絡む……もとい甘えてくる金剛の頭を撫でてあやしながら提督は、まだ一通り挨拶ができていないから、終わったら必ず顔を出すからと約束してその場を一先ず離れる。
後ろから「ゼッタイだからネ~」という声を聴きつつ、提督はその事をしっかり頭の中の隅に留めて、挨拶回りを再開するのだった。
「慰労の言葉掛けも一段落したか?」
金剛の所へ行く前に自分自身への褒美として一服だけ煙草を吸う為に外へ出ようとしていたところにガングートが提督に話しかけてきた。
提督はポケットから出しかけた煙草をしまいガングートの方を見て何か言おうとしたが、その前に彼女に肩へ腕を掛けられて「取り敢えず付き合え」とそのまま外へ連れ出された。
「気にすることはないさ」
「ん?」
「табакだろ? 私も多嗜むのでな」
「た?」
「たばぁっくだ」
「煙草?」
「そうだ。面白いな、文字は全く違うのに言葉の音は似ている」
「確かに、そうだな。たぁばっくか」
「お、上手いな」
「通じたか?」
「うん、なかなか良い発音だ」
「はは、そうか」
提督は笑いながらポケットから煙草の箱を出してそこから一本抜いた。
そしてそれを口に咥えて火を付けようとしたのだが……。
「おっと待った」
火が煙草に触れる前にガングートの手がその間に割って入って提督の喫煙を止めた。
「ん?」
「火を付けるならちょっとお願いしたいことがある」
「? なんだ?」
「ん……ほら」
ガングートは懐から黒色に吸口は金の紙が巻かれた高級そうな少し細い煙草を取り出すと、それを口に咥えて火を付ける。
何故自分が先に火を付けることに拘ったのか、不思議そうに提督がその様子を見ていると、彼女が煙草を咥えたままこちらを向く。
「ほは」
「?」
「ほ・はっ!」
「???」
咥えた煙草をピコピコと上下に揺らして何かを要求するガングート。
だが提督はその意図が全く掴めず申し訳無さそうな顔をして眉を寄せるだけだった。
「……っ、もう……おい大佐! 煙草を咥えろ!」
「ん? あ、ああ」
わけが分からず火が付いていない煙草を咥える提督。
ガングートはそれを認めると待ってましたとばかりにキスをするように彼の顔の間近まで自分の顔を近づけた。
そこまできて漸く提督も理解した。
(ああ、そういう事か)
「……ふぅ、全く。あまり恥をかかせないでくれよ」
「ふー……すまん」
お互いに紫煙を吐きながら言葉を交わす二人。
ガングートから煙草の火を『分けて』もらった提督は少し目深に帽子を被って、恥じらう顔を見せまいとしていた彼女を見て言った。
「そういえば」
「ん?」
「お前が俺のことを貴様と呼ばないようになって結構経つな、とな」
「え? あ、あぁ……」
ガングートはかつての提督に対する自分の態度を思い出してそれを誤魔化すように引きつった笑みを浮かべる。
提督の麾下に加わったばかりの彼女は今と比べると少々態度に棘がある感じで、特にそれは彼のことを“貴様”呼びしていた事に現れていた。
非番の時ならまだしも流石に公の場でそう呼ばれることには立場上看過できなかった提督は、それから幾度か注意はしていた。
しかしその度に「なら貴様の有能さを私に示してみせるのだな」などと、まるで簡単には懐柔されないと言わんばかりに妙な警戒心を見せ、提督を困惑させたのだった。
「あの時は、その……すまなかったな」
「はは、なかなか苦労させられた」
「わ、分ってる、それは……。だからこうして謝罪をだな」
「いや、こちらもすまない。ついからかってしまった。これまでお前の奮闘に救われた事もあったからな。これでお互い――」
提督が最後まで言う前にガングートが彼の胸に軽く拳を当てて言葉を止めた。
その振るわれた拳は左手で、更にその手の薬指にはケッコンの証である指輪が光っていた。
「分っている。それ以上は、必要ない」
「……分った」
「ところで、何故私がこうもあからさまにここで指輪を見せたのか、大佐は解っているか?」
「……記憶に自信がないから半分勘なのが申し訳ないが、確かお前とケッコンしたのがクリスマスだったから……」
「そうだ。記念日というやつだな。まぁ、なにしろ部下が多いからな一人ひとり覚えるのも難しいのは解っているつもりだ。だからうん、例え半分勘だったとしても当ててくれたのは正直嬉しく思っている」
「すまない」
「нет」
「……ありがとう」(にぇ……確か『いいえ』だったか)
「ああ、それでいい」
二人は暫く無言で煙草を吸いながら海を眺めた。
時折灰が落ちそうになった時は提督の方から私物の携帯灰皿を彼女に無言で貸すなどのやり取りのみが穏やかな雰囲気の中行われた。
「さて、あまり大佐を独占すると他の奴に恨みを買いかねないな。名残惜しいがもう戻るとするか」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「ん? もしかしてプレゼントか? 私にくれるという事は全員分用意したのだろう。なんとも大変な……」
提督に呼び止められて渡されたのは確かにガングートが予想した通りプレゼントらしき包装物だった。
ただ少し彼女の予想と違ったのはそのプレゼントが2つあった事だった。
一つはいかにもクリスマスらしい柄とリボンが使われた物。
そしてもう一つはいかににも提督らしい白い紙と赤いリボンだけが使われたシンプルな物だった。
「おいおい、まさか……」
声は平常心を維持しているつもりだったが、嬉しさで潤む目は堪えがたかった。
それを見られるのが恥ずかしかった彼女はいつものように帽子を目深にかぶり直し、それでも心配だったのか今回はツバを指で弾きながら念入りに目元を隠しながら言った。
「これ、そうなのか? 私が想像した通りの物なのか?」
「これでも記録はしっかり付けているんでね。渡すタイミングも考えていたから、ちょうど良かった。だが、中身はあまり期待されると――」
ガングートがまた提督が言い終わる前に彼の言葉を止めた。
今度は拳ではなく指が提督の口を塞ぐのに使われた。
「Нет проблем」
「……問題なし?」
「ダー」
一番聞き慣れたロシア語だった。
そう提督が認識するのと同時にガングートが彼の頬を手で覆ってキスをしてきたのはほぼ同時だった。
お互いを包む僅かに残った煙草の香りと直接口から感じる煙草の味。
少しヤニ臭い恋愛の風景がそこにはあった。
あ、お酒のネタも入れた方が良かったかなと今更。
ロシアといえば酒、ウォッカですからね。
ま、それは別の機会で良いか。
それでは皆さん良いお年を。