提督の憂鬱   作:sognathus

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久しぶりに挿絵用の絵を用意したので。
簡単な手描きですが


構って

足柄の練度は現在提督の艦隊の中では第五位。

そして重巡の中ではトップである。

皆が提督の事を慕っているのは事実であるが、足柄はその中でも彼に対する思いが特に強いと自覚する艦娘の一人であった為、自然と提督のために奮戦した結果、今のような強さの域にまで来れたのだった。

 

彼女の同一個体はよく男に飢えている、婚期に焦りを覚えている残念美人といった風評を耳にするのだが、提督の基地における足柄については少なくともその風評に当てはまる性格ではなかった。

 

(全く失礼しちゃうわ。そりゃ原型は飢えた狼とか評されたけど、それだって無骨な軍艦に相応しい精悍さとも言えるじゃない。だってのにそれが今度は恋欲に飢えた狼だなんて……)

 

足柄はチラリ自分の横で机に向かって黙々と執務に励む提督を見る。

今日は足柄が秘書の日。

彼女は真面目に仕事をする提督の顔を改めて認識して自然と微笑む。

 

(ま、いいけど)

 

いろいろ言いたいことは確かにあるが、少なくとも自分がいる今の環境については全く無い。

文句や不満などあろうはずがない。

何故ならかたわらの提督はそんな自分の想いに優しく応えてくれるし、艦娘としても満足の行く働きの場を常に与えてくれる。

足柄はそんな提督の下で尽くすことができている今の自分の人生にとても満足していた。

 

「あっ、ねぇ、ここ」

 

「ん?」

 

提督を見た時に偶然同時に捉えた書類の誤字に気付いた足柄はその部分を指差す。

提督は指摘された部分に目を凝らして一瞬考え込んだ後「ああ」と指で小さく机を叩いた。

 

「この漢字線が一本足らなかったな?」

 

「ふふっ、正解♪」

 

「ありがとう」

 

「まぁこの程度本部だって見落とすかもしれないし、仮に見つけたとしても態々再提出の指示なんてしてこないでしょうけど」

 

「そう楽観できたらいいんだけどな。だが軍で扱う正式な書類だから注意するに越したことはないさ」

 

「そうね」

 

「ふむ……」

 

提督は徐に自分の腕時計を確認した。

時刻はもう直ぐ23時を回ろうかとする頃。

今行っていた作業もあと数分で終わるところだったので仕事の進捗は悪くはなかった。

故に彼は足柄の方を向いて言った。

 

「足柄、もうお前は部屋に戻っていいぞ。添削もさっきので大丈夫だろう」

 

「そう?」

 

「ああ、これももう直ぐに終わる。だから後は……」

 

「じゃ、待ってるわ」

 

「ん?」

 

「終わるまで待ってる」

 

「……」

 

「いいでしょ?」

 

部下を労って早く勤務から開放しうよとしたのだが、提督に任務の完了を告げられて自由に行動をする事を許された足柄は、執務室のソファーに座って笑顔でそう言う。

提督もそんな幸せそうな笑顔の彼女にそう言われたら「分かった」と答えるしかなかった。

 

「ありがとう♪」

 

かくして提督は喜色に満ちた足洗の声を耳で確認して再び書類視線を落とす。

そして……ほどなくしてその日の提督の任務もようやく終わりを迎えた。

 

「お疲れ様」

 

いつの間にか自分の後ろに回っていた足柄がそっともたれかかって提督を抱きしめるようにして腕を伸ばしてきた。

 

「ねぇこの後はどうする? 少しは私が甘えられる時間ある?」

 

提督は頬をほんのり紅潮させた足柄の声を耳元で感じながら、回された彼女の片手にそっと自分の手も重ねて言った。

 

「そうだな……。取り敢えず今日はお前も頑張ってくれたしそれに感謝する意味も込めて明日の出勤時間は多少遅くしてやろうか」

 

「ええっ?!」

 

どうやら彼女が欲しかった言葉とは大分違ったらしい。

目に見えて失望した声を上げた足柄はショックでつい力を緩めてしまい、そのタイミングで提督が立ち上がった為につい彼を些細な拘束から逃してしまった。

 

「あっ……」

 

「さて、明日も早いから俺も軽く一杯だけやって寝るか。だからお前も……」

 

ギュッと自分の腕を抱く柔らかい感触がした。

提督が感触を感じた方を向くとそこには彼に甘えた子犬のように縋るちょっと涙目の足柄がいた。

 

【挿絵表示】

 

「うぅ……私も一緒に飲みたいぃ」

 

「酒か? なら一本くらい譲っても……」

 

「だーかーらーっ」

 

提督の意地悪につい堪えきれなくなった童心が足柄はそれ以上言わせないとばかりに今度は彼の胸元に顔を埋めて子供がダダをこねるようにイヤイヤと頭を振った。

提督もそこまで来てようやく軽く吹き出すと、すまなかったと言うように足柄の頭を撫でて言うのだった。

 

「はは、悪かった。じゃあグラスを二人分揃えてくれるか?」

 

「……お酒だけ?」

 

尚も何かを期待しているのかまだ若干子供のように拗ねた上目遣いでそう尋ねる足柄。

その真意を察した提督は「そうだな」と呟くと彼女の頬に触れて答えた。

 

「そこから先はお互いの雰囲気次第だな」

 

「! 任せて! ぜーったいにそういう気分にさせてあげある!」

 

目に見えそうなくらい幸せオーラを発してグラスとツマミの用意を始めた足柄の背中を提督は見て、その時彼女にピンと張った犬の耳と嬉しさで激しく振っている尻尾も見えた気がした。




やっぱり俺の嫁は足柄です

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