提督は普段と変わらない態度で彼女からそれを受け取り、中身を抜き出して書面を見た所で少し硬い表情をした。
春風はその変化が何となく気になり、好奇心というよりは不意に心の中に湧いた不安の正体を確かめる為に提督に訊いた。
「大佐、それは?」
「転勤の辞令だ」
「え……」
春風は思わず絶句してしまった。
ここに来てから今まで彼女は充実した日々を送って来た。
決して楽しい仕事とは言えなかったし、命の危険もあった。
しかしそれは兵器である艦娘には当然の事であったし、寧ろ名誉であった。
それだけでも彼女にとっては生まれてきた甲斐を感じるものであったが、それ以上に生きる喜びというものを与えてくれたのが、共に暮らす仲間と指揮官である提督の存在だった。
辛い実戦の任務も仲間たちがいれば奮闘できた。
そして基地に還れば戦いで疲れた自分たちを待機していた他の仲間たちが温かく迎えてくれ、戦功を称えてくれた。
それは春風にとって今いる場所に配属されてから予想だにしなかった幸福だった。
訊けば、殆どの艦娘も最初はそれを感じるらしい。
故に春風は感謝し恋慕し、忠誠を心に決めた。
艦娘の運用を滞りなく行い、作戦の指揮も無難にこなす提督という存在に。
提督は春風のこの評価を過大だと謙遜した。
だが彼女にとってはそれは譲れない事実であり、気持ちだった。
提督は一見不愛想だが真面目で寛大な人物だった。
作戦が失敗した時があってもその原因が明確にこちらに非があるものでなければ、理不尽な叱責などは行わず、挽回の機会を与える事で更なる奮起を促し、こちらの矜持を保ってくれた。
逆に任務以外の非番の時は自分からあまり艦娘に話し掛けたりすることはなかったので、個人的に関わる事は少なかったのだが、春風がそんな提督に他の多くの艦娘と同じく好意を持つのに時間はかからなかった。
そんな提督が今、本部から転勤の辞令を受けていた。
春風にはショック以外の何ものでもなかった。
彼女は思わず提督の袖を引いて言った。
「行かないで下さいませ。絶対に……」
「……」
提督はそんな春風に是の態度を取ってやる事はできなかった。
軍人という国に仕える職に就いている以上、上からの指示は絶対というのは常識だったからだ。
だから涙ぐみ彼女の頭の上に優しく手を置いてやる事しかできなかった。
「大佐……!」
提督を見上げた春風はとうとうそこで泣き出してしまった。
(自分はそれなりに『提督』をしてきたんだな)
抱き付いてしゃくりあげながら自分の転勤の留意を促す春風を見て提督はそう思った。
故にこうして自分を慕ってくれている彼女の気持ちが純粋に嬉しかった。
(なんとか応えてやりたいが……。それに比較的新人の春風でこれだから古参の奴に言うとどうなるか……)
提督はこれから起こると予測される騒動に事前に手を打つ為にも自ら動く事を決めた。
「あまり期待するなよ」
困った顔でそう言う提督の胸に、春風は縋るように無言で顔を埋めた。
あけましておめでとうございます。
そしてお久しぶりです。
最早こうして更新すること自体意味が無いと思われる方もいらっしゃるでしょうが、ちょっと思うところがあって更新しました。
先ずここまで間が空いた事もあって今まで更新を停止していた通り、半端な状態という事は自覚しつつもこれで終わるつもりでした。
理由としては単に歳を取った事によるモチベの低下でしょうか。まだそんなに年寄ではないはずですが……なんか色々と物事に集中できなくなったと申しますか。(*鬱病ではない)
しかし、艦これ自体は好きだしSSはどちらかというと作りたい。
しかしだからと言って今ままで作って来たこの話を全部削除してしまうのは勿体なく感じる。
でも続きを作るのも……という具合で現在も悩んでいるので、この話に関しては話数を設けていません。
いやホントどうしよう……。