提督の憂鬱   作:sognathus

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加賀は自他共に認める優秀な艦娘である。
しかし提督の基地に所属する加賀は、見た目はクールだがその実とても好奇心が旺盛で、またそれを特に隠したりもしていなかった。
例えば最近では秋雲や愛宕の影響でサブカルチャーに趣味を持ち、暇な時はライトノベルや所謂美少女ゲームと言った物も自分からよく嗜んでいたのであった。


第16話 「演技」

「鈍感系主人公をやってみませんか?」

 

「は?」

 

突拍子のない事を偶にいう加賀の態度にには提督は慣れていたが、しかしその内容には流石に慣れなかった。

今度はまたどういう事なのだろう。

提督は取り敢えず話を訊く事にした。

 

「それは何だ?」

 

「大佐はゲームやアニメのラブコメの主人公がよくそういう設定なのが多い事はご存知ですか?」

 

「ん? いや……」

 

「この手のジャンルは、大体主人公が自分の周りの女子に好意を持たれる展開が多く、そして主人公は物語の終盤までそれに気付かない鈍感の設定もまた多いんです」

 

「はぁ……」

 

やっぱり言っている意味が解らなかった。

いや、言葉自体は判るが、意図が全く解らなかった。

この困った自分の基地最強の空母はまた何を言いたいのだろう。

 

「私はこういった主人公を見る度に思うのです。いい加減食傷気味であると」

 

「うん、つまり飽きてきたんだな?」

 

「作品自体は面白くても主人公の根本の設定がそれだと似た展開は常にありますからね。そこがちょっと……」

 

「ああまあ、なるほどな。それでなんだ、お前はそんな主人公を俺に演じろと?」

 

「そんな主人公現実にそういるわけないじゃないですか」

 

「それは女でもか?」

 

「女より男の方が圧倒的に多いんです」

 

「ふむ。で、何故そんないそうもない性質の人間を演じて欲しいんだ?」

 

「二次元の世界を体験してみたくて……」

 

加賀はそう言って少し頬を染めた。

表情自体はあまり変わっていなかったが、目は何処となく泳いでいるように見えた。

 

「仕事に支障がない程度なら多少は応えてやってもいいがな。しかしどうしたら良いか全く判らないんだが」

 

「自分に向けられる行為に対して素っ気なくして頂ければ良いのです。私はそれに対してヤキモキを……してみたい……」

 

「お前大丈夫か?」

 

どうも目の前の加賀は自分に好意を持ってから、それもケッコンを経てから性格が付き抜けつつあるように思えた。

だがそれでも優秀で頼りになる部下である事は変わりなかったし、加賀自身がそういった戯れで自分や仲間に迷惑を掛けた事も無かったので、提督は敢えて今回も彼女の遊びに付き合ってやる事にした。

 

「分かった。素っ気なくしたらいいんだな?」

 

「冷たくはしないで下さいね?」

 

「ん? まあ……ああ、分かった。何とかしてみよう」

 

「お願いします」

 

加賀は提督の承諾に嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 

加賀にとってそれは単なる遊びのつもりだった。

いや、それは提督にとっても全く同じ感覚の筈だった。

だが彼女は予想できなかった。

自分がこれから体験する事になる事態を。

 

「大佐、お昼お持ちしますか?」

 

昼休み、加賀はいつも通り提督に昼食はどうするか訊いた。

それは彼女にとっていつもの光景で、彼の答えにいつも通り応えるだけだった。

だがその日だけは違った。

提督は彼女の問いに対して言った。

 

「いや、今日はいい」

 

「では食堂で皆さんと一緒に?」

 

「いや」

 

「では外ですか。お待ちください。準備をしてきま――」

 

「いや、俺一人で行く」

 

「え?」

 

「別に無理に付き合う必要はないぞ」

 

「え? いえ、別に無理なんて……」

 

「気遣いは嬉しく思う。だが大丈夫だ。30分程で戻るから少し頼むぞ」

 

「あ……」

 

加賀が急な展開に動揺して上手く言葉を紡ぐのに手間取っている間に提督は部屋から出て行った。

 

「……」

 

加賀は無意識に提督を追って上げてい手を見る。

そこには当然彼の姿は無く、指を動かしても虚しく空を切るだけだった。

 

(これは予想以上の衝撃ね。早く今朝の話を無しにしないと)

 

加賀は自分で言い出した事によって始まった事態だと直ぐに察した。

そして早々に提督に素っ気なくされた事に心が折れた彼女は、戯れを終える事を即決意したのであった。

 

 

「大佐、お疲れ様です」

 

「ああ」

 

夜、加賀は提督にその日の職務の終了を告げた。

あとは引き継ぎの内容や当直などを確認して休むだけだった。

 

(まさか今に至るまで話しかける機会が無かったなんて……)

 

加賀は仕事に就いている間、僅かな暇を探しては提督に声を掛ける機会を窺っていた。

だがその日に限って提督と加賀は絶妙なタイミングの入れ違い続き、ついには仕事が終わるこの時まで声を掛ける事ができなかった。

それはまるで提督が彼女の動きを予想して敢えて避けているようにも思えた。

 

(……まさかね)

 

加賀は胸の裡に浮かんだ不安を振り払うように軽く首を振って息を着くと、やっと訪れた機会を無駄にしまいと決意のこもった目で提督に顔を向けた。

 

「たい――」

 

パタンッ

 

一瞬目を離した隙であった。

時間にして5秒あったかないか。

その間に提督はさっさと退出して自室に入ってしまった。

 

「……」

 

加賀は今朝と同じように提督が去った扉をじっと見て佇むのだった。

 

 

コンコンッ

 

「ん?」

 

仕事を終えて椅子で読書をして寛いでいた提督は扉を叩く音に気付いて顔を向けた。

提督はその日気分が良かった。

加賀が提案した遊びに自分なりにかなり上手く乗ってやれたと、自分の行動に満足していたのだ。

 

(これなら加賀も不満はなだいろう)

 

だが頼まれた遊びとはいえいつまでも続けるつもりはなかった。

提督は今日の結果に満足している事を明日にでも彼女に確認してこの遊びをスムーズに終わるつもりだった。

提督はそんな事を考えながら今自分を訪ねてきた相手の事を寝つけずに遊び相手を求めてきた駆逐艦だろうと予想していた。

 

ガチャッ

 

「お?」

 

だが意外にもその時はそうではなかった。

訪ねてきた相手は遊びを提案した本人である加賀だった。

 

「……」

 

「なんだ?」

 

いつもなら『どうした?』と言うところだが、そこはまだ律儀にも遊びに乗っているつもりだった提督は敢えてぶっきら棒な言い方を選んだ。

それがいけなかった。

 

「っ……!」

 

加賀はその言葉を掛けられるなり口に手を当ててその場にしゃがみ込んだのだ。

 

「え?」

 

不意の流れに提督は慌てた。

しゃがみ込んだ加賀はそのまま俯いて肩を震わせ始めた。

 

(まさか泣いている?)

 

そう予想はできたものの何故加賀が突然そうなってしまったのかは予想できなかった提督は、困った顔で取り敢えず彼女に声を掛けた。

 

「加賀?」

 

「!」

 

加賀はその言葉にピクリと全身を震わせて反応した。

 

「初めて……」

 

蚊が鳴いているようなか細い声だった。

提督は声を聞き逃さないように加賀と同じ目線になるよに自分もしゃがんだ。

 

「ん?」

 

「初めて……今朝以降名前を呼んでくれた……」

 

「え?」

 

「大佐ぁ……」

 

顔を上げた加賀の顔は涙で濡れていた。

珍しく感情が昂った影響か頬も紅潮しているように見えた。

そんな加賀の顔を見るのは提督は床の間以外ではかなり久しぶりな気がした。

 

(これは何か失態を犯していたか)

 

「まあ、入れ。来るか?」

 

「……」

 

返事こそしなかったものの、加賀は俯いたままコクリと頷いて頭を動かした。

 

 

途中から半ば提督が予想した通り、加賀の気落ちの原因は彼女自身が始めた遊びが原因だった。

提督が加賀が思った以上に遊びに上手く応じた事で遊びの提案者本人が動揺して上手く立ち回れず、最終的にこうしてなりふり構わず構って貰いに来たとの事だった。

 

「……」

 

今加賀は、提督にしっかり抱きついて先程泣き崩れていたのが嘘のように穏やかな顔をして寝息を立てている。

提督はそんな彼女の頭を撫でながら、現実にはなかなか存在しないのではないかと加賀が言っていた鈍感設定の主人公の気が、自分にも多少あるのではと微妙に反省するのだった。




久しぶり過ぎてこの程度の文字数でもえらく時間がかかってしまいました。
かつてのように書けるようになりたいですねぇ……。
文章の出来は置いておいてw

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