提督の憂鬱   作:sognathus

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提督と一緒に酒を飲みながら酔った影響からか那智はふと昔の事を思い出した。
あまり思い出したくもないが、昔の事を……。


第14話 「過去」

提督の基地に居る妙高型姉妹は最初から専属としていたわけではない。

実は彼女達は提督の基地に来る前は別の司令官の下にいた。

 

彼女達が今の提督の下に来る事になった理由はその以前いた場所でとある問題が起こった為だ。

その問題とは……。

 

妙高達が以前所属していた基地の提督は、一般的な評価では優秀な部類に入る司令官だった。

実際、部下の艦娘たちの評判も良く、特に妙高型の末っ子羽黒に目を掛けていた事で認知されていた。

羽黒はこの上官を心から慕っていた。

提督もそんな羽黒の恋慕に応えるように彼女だけは特に篤く扱い、そして少ない暇のひと時はなるべく彼女を傍に置き、仲睦まじく交際しているように見えた。

だが……。

 

その提督の性根はサディスティックな下衆であった。

表面上は羽黒を愛している様に見せて、彼女を傷つけない事を条件に那智を脅して身体の関係を強要し、歪んだ征服欲に悦びを見出してていたのだ。

ここで脅迫の対象として那智を選んだその提督の判断は妥当と言えた。

長女の妙高は姉妹の長と相応しい器量を持ち、普段柔和な態度を見せつつも、どんな状況にも動揺する事は滅多になく常にその場で適切な判断ができる女だった。

これは脅迫する対象としては提督にとってはリスクがあった。

そうしようものなら彼女は表面上では従う振りを見せつつも、その裏では早々に状況の打破の計画を立てて速やかに本部に報告するか、或いは直接粛清に出る事も考えられた。

そう、彼女は怒らせると本当に怖い女だったのだ。

次は足柄。

彼女は見た目通り直情的な性格だった。

羽黒の件を出して脅そうものなら激高して自分の身に危険が及ぶ可能性が大いにあった。

 

故に事実を知らない羽黒は提督を唯純粋に提督を慕い続け、那智は実直な性格から事実がバレて羽黒を傷つけない為に誰にも相談せずに提督に従い続けるという構図が出来上がったのだった。

だがこの提督の帝国は唐突に終わりを告げた。

一応提督は二人との情事の最中は誰も執務室に来ない時間帯を選んでいた。

だがいつ誰に見つからないとも分らないスリルにも快感を見出していた彼は部屋の扉に鍵を掛けないでいた。

その選択が終わりを招いた。

 

その日に限って羽黒が編入されていた艦隊だけ、遠征からの帰投時間を誤って覚えていたのだ。

艦隊は提督の予想より早く帰投し、旗艦だった羽黒は帰投報告をする時に提督に会えるので嬉しそうに廊下を進んでいた。

そして彼女が入室の挨拶と共に扉を開けた先に広がっていた光景とは……。

 

結果、羽黒は悲愴の余りにその場で自殺未遂を起こし、それを目にした那智は情事の跡がまだ残っている事の認識も忘れて半裸のまま直ぐに羽黒を医務室に連れて行った。

そして自分は最低限の居住まいだけ正すと一人独断で遠洋に出て羽黒を傷つけてしまった責任から自沈しようとしたのだった。

だがこの那智の自沈は密かに提督の不徳を感じ取って警戒していた妙高によって防ぐ事ができた。

異変を察知した妙高は羽黒を見守る事を足柄に任すと、自身は全力で那智の跡を追って、彼女が行こうとしているポイントを予測して勘だけで先回りしたのだった。

予測という博打的な行動ではあったが、妙高は自身の妹に対する勘は絶対の自信を持っていた。

そしてそれは完璧にに当たったのである。

 

提督は妙高の粛清を心底恐れた。

何とか彼女が戻る前に上手く話を作って自分から本部に報告して身を守る案を考えねばならなかった。

だが提督の焦りも虚しく、この時も妙高は那智を救って彼の予想より早く帰投し、そして執務室へ彼を訪ねてきたのだった。

提督は最早恐怖で言葉も出なかった。

部下が、ましてや兵器でもある艦娘が指揮官である提督に反逆するなど決してあってはならない事だったが、人間と比較して遜色ない感情を持つ彼女たちが激高してもおかしくない所業を自分は行ったのだ。

故に妙高はやるだろう。

そして自分は彼女に何一つ有効な弁解もできぬまま命乞いをしながら葬られるだろう。

だが、恐怖に震えて脂汗を流す提督に妙高が掛けた一言は、彼が全く予想だにしないものだった。

 

『提督、羽黒が……那智が……! 一体何があったんでしょう?!』

 

提督はこの言葉を聞いた時、頭が真っ白になって気が抜けそうになった。

だが妙高のセリフから彼女が妹達の救命に頭が一杯で真実に気付いてない事を予測すると、直ぐ焦燥に駆られていた様子を取り繕ってあたかも彼女を慮っている様に立ち回ったのだった。

妙高が事実を知らないという事はきっと足柄もまだしらないだろう。

那智はどうやら勝手に自沈したようだし、羽黒に至ってはあの性格だ。

きっと自分が上手く言えば姉達には真実を打ち明けずに済ますことができるだろう。

提督はそんな事を考えながら早速今後の自身の保身の算段を立てるのだった。

 

しかし、それこそが妙高の狙いであった。

先ず提督が那智が自沈したと決めつけている事を察した彼女は、その事実を敢えて知らさずに彼女を保護して密かにその身を隠した。

そして敢えて真実を一番直情的な足柄に打ち明ける事によって、彼女の怒りをこれからの自分の計画に協力させる推進剤とし、自身の計画の機密性を保持したのだ。

那智は妙高に助けられた時点で既に全て彼女に任せていたし、羽黒はあの様子だ。

暫くは塞ぎ込むだろうが、自分か足柄が傍について安心させてやればきっと大丈夫だろう。

提督は真実が羽黒から発覚する事を恐れるだろうが、そこは自分が彼女の見舞いに毎回訪れその度にその様子を適当に報告すれば疑われることは決してない。

足柄には敢えて羽黒自傷の件でイラついている様子を演じさせておけば、これも見舞いに行かせても提督は疑う事は無いだろう。

妙高はここまでの事を事件が起きて那智を救いに行くまでの間で全て考えた。

唯一つ後悔しているのは羽黒の事だった。

彼女がよもや自殺という勇気を要する行動まで起こすとは妙高も信じ切れなかったのだ。

妹達を傷つけてしまった。

提督は勿論許す気などなかったが、羽黒が自殺未遂起こしてしまった事は大きく彼女の姉としての自信に傷を付け、改めて粛清計画に闘志を燃やすのだった。

 

 

そして羽黒の事件から三日後、たった三日後、妙高の計画は電撃的に実行された。

 

『目的と所属の艦隊、そして指揮官の名を言え!』

 

海軍本部の警戒域の防壁の真正面に二つの人影があった。

それは妙高型一番艦妙高と三番艦の足柄だった。

なんと彼女達は密かに提督の基地を無断で抜け出し、海軍本部に直接自ら現状を訴えに行ったのだ。

事前の通達も無しに訪れた彼女達を本部は当然厳警戒態勢で迎えた。

直接的にも間接的(識別コード)でも味方である事が確認できたから勧告無しの迎撃はされずに済んだものの、それでも妙高のこの行動は非常に大胆かつ非常識なものだった。

 

『次は無い! 最後の通告である! 目的と所属を……』

 

「海軍本部に直接訴えたき儀がございます! どうかお気届け頂きたく……!」

 

妙高はあらん限りの力を振り絞り大声で言った。

 

 

妙高は先ず本部の第二司令官である上級大将に大喝を貰った。

しかしそれは、彼女達の非常識な行動によって警戒網に一時でも支障をきたしてしまった事に対してであって、訴えそのもを無碍に拒否したりはしなかった。

艦娘すら畏怖させる上級大将の大喝に足柄はすっかり縮こまってしまい、妙高も平静こそ装っていたが内心かなり恐怖を感じていた。

 

次に元帥が彼女達を安心させるように柔らかい微笑みを称えながら現れ、なんと後ろから名誉中将まで一緒に現れた。

しかし後者の方は安心させようとかそういう気遣いは見られず、まるで面白い物見たさに来たという様な自然な雰囲気を感じさせていた。

妙高は本部に訴えに来るまでは計画していたものの、まさかいきなり海軍の上位3人に迎らえれるとは思っていなかったので流石にこの状況には緊張した。

 

『話は解った。直ちに調査隊を派遣する故同行するように』

 

行動の大胆さと妙高の真剣な態度もあって、本部は彼女の訴えに偽りの可能性は薄いと判断して直ぐに問題を調査する一団を派遣する事を決定した。

そして妙高達が密かに出ていた事に未だに気付かないでいた提督は、実際に本部の調査団が間近に迫るまで、ついに己の非道がバレている事にも気付かずに終わった。

 

事実は速やかに確認され、提督は速やかに軍法会議に掛けられた。

判決は極刑もありえたのだが、一時でも恋していた提督の命だけは助けたいという羽黒の訴えが最終的に認められる形となり、一生監視付きの懲戒免職処分となった。

判決は軽く見えそうだが、実際は軍人としての生命は完全に断たれ、次に問題を起こした場合はその時こそ極刑以外無いというかなり重いものだった。

そして、提督がいた基地には新たな提督が配置される事になったが、妙高達4人については同じ場所には居たくないという一致した希望もあって別の提督の元に配属される事になった。

その提督と言うのが……今那智の前で酒の相手をしている提督こと、大佐だった。




次は今の提督(大佐)と妙高達との出会いの話の予定です。

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