提督の憂鬱   作:sognathus

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提督はつい先ほど夕張から受け取ったある報告書を見て、考え込むように口元を手で覆っていた。
その様子に秘書艦用の事務机から眺めていた磯風は興味を持ち、そそくさと椅子から下りると提督に近付いて訊いた。


第9話 「余裕」

「……」

 

「大佐、どうかしたか?」

 

「ん、ああ、ちょっとな」

 

「磯風でよければ力になるぞ?」

 

「いや、特に困っているわけじゃない」

 

「そうか」

 

「ああ」

 

「……」

 

「ふむ……」

 

提督はそう短く答えて再び手元のバインダーに挟まれた書類に目を通し始めた。

磯風はそれ以上どうすることもできず、ただ横で提督を見ていたのだが……。

 

「ん?」

 

提督はふと服を引っ張られる感覚に気付き下を見ると、そこには磯風が口にこそ出さなかったが子供っぽい顔で何か教えて欲しいと目で訴えていた。

 

「……知りたいのか?」

 

「……うん」

 

「この紙の内容がか?」

 

「……うん」

 

磯風は歳相応の少女の様な仕草で二度可愛く提督の問いにそうこくりと頷いた。

提督も別に書類の内容を隠していたわけではないので磯風の意思を確認するとすんなりと彼女にバインダーを向けてやった。

 

「ん? これは資材のデータか?」

 

「ああ」

 

「これを見て何を考えていたのだ? 見たところどれも枯渇しているとは思えないが」

 

「まあそうだな」

 

「? 何か問題が? 困窮しているのか?」

 

「いや」

 

「……」

 

「……おしえ……て……」

 

今度は目に涙を浮かばせ始めた磯風に提督は流石に焦った。

磯風は普段の言葉遣いと凛とした態度から性格は男勝りだと思っていただけに、こう意外に素直な面を見せられると対応に困るのだ。

 

「分った。分ったから、な?」(これは俺を信用しているという事でいいんだよな?)

 

「うん……」

 

磯風はまるで親にあやされる子供よろしく目尻に浮かんだ涙を拭うと、いつもの凛とした真面目な顔に戻って紙を見ながら提督の言葉を待った。

 

「磯風、確かにこの資材の保有量に特に問題はない」

 

「だろう?」

 

「だが全体に見るとどうだ?」

 

「うん?」

 

「各資材の全体的な割合だ」

 

「ん……なるほど、そうか」

 

「分ったか?」

 

「勿論だ」

 

磯風はようやく提督が考えていた事が解ったようで、誇らしげながらもどこかやはり子供らしく自信ありげに頷いた。

そして自身の小さな手である資材の一つを指しながら言った。

 

「資材全体の量から見て弾薬の量が少ないんだな?」

 

「その通りだ」

 

「ふむ」

 

磯風の言った通り資材自体はどれも量的には基地の運営に困る程の量というわけではなかった。

だが個々の数値に注目して見てみると、弾薬以外の資材が保有を許されている限界の量に近いのに対して、弾薬だけが7万程と、他の資材の3分の1以下の数値だったのだ。

磯風はそれを表す個所に注目しながら提督に訊いた。

 

「大佐、これはどうした事だ?」

 

「これは昔からのこの基地の弱点だ」

 

「弱点?」

 

「ああ、うちはどうも攻勢より守勢に重きを置いた作戦を取る所為か、重要視する資材もそれを維持するものを意識しがちなんだ」

 

「ふむ、なるほど。油はスタミナ、鋼材とボーキは艦の耐久力の維持、守勢を得意とする大佐の先方には必要なものだな」

 

「ああ、おかげで弾薬もそれほど消費する事無く……まあ時間は多少かかるが堅実な成果も得てこれたわけだ」

 

「だがその成果が戦果として地味でばかりでは上の覚えもあまり良くないのではないか?」

 

「そうだな。だが何か問題を起こしているわけではない。いざという時に迎撃できる力を常に保持していること自体はそう責められる事でもないしな」

 

「上からしたら扱い難くて厄介だな」

 

「まあな」

 

提督は磯風の皮肉に苦笑すると自分の机に戻り深く腰掛けた。

磯風もそれに倣うように自分の事務机へと戻る。

 

「だが別に命令自体には背いているわけではないし、大規模な作戦遂行時には、その時に限ってはうちもできる限りの事はやっているつもりだ」

 

「うむ」

 

磯風はその言葉は否定する事も冷やかす事も無く厳かに頷いて、提督の机の近くの壁に掛けられたいくつかの勲章を見た。

それは決して多くは無かったが、確かに提督が軍人として海軍の為に貢献し、それが評価された証拠だった。

 

「だが大佐よ」

 

「ん?」

 

「そんなに常日頃から気になるなら、一度大規模に弾薬だけを貰える遠征に集中してはどうだ?」

 

「勿論それは考えた事はある」

 

「え? では何故実行しない?」

 

「……磯風、遠征で主に活躍する艦種はなんだ?」

 

「勿論、私たち駆逐艦だな」

 

「そうだ。そしてここが肝心な部分なんだが、その資材の差を完全に埋めるのにかかる時間は総じてどれくらいだと思う?」

 

「ん? それは、そうだな……ふむ……。ひとつ、いや三ヶ月くらいか?」

 

「1年だ」

 

「えっ」

 

「それも主力艦隊以外の全艦隊を間断なく入れ替えで遠征に行かせてそのくらいだ」

 

「……」

 

「駆逐艦の数は艦隊の多くを占めるからな。全力で回せばそのくらいで済む、とも言える」

 

「うむ……」

 

この問答に磯風は何か厭な予感を感じていた。

1年、軽く言うが行うは難し、だ。

遠征だけに集中するならそう負担にもならないだろうが、それに合わせて通常の基地の仕事もするとなると……。

 

「さて磯風、その作戦を実行した場合基地でのお前たち駆逐艦の私的な時間はどれくらいにな――」

 

「大佐、この話はここまでだ」

 

いつもより素早く、物を言わさぬ迫力で磯風は提督の言葉を遮り、話の中断を宣した。

提督もそれを予測して多様で再び苦笑するとそれ以上は何も言わなかった。

 

「大佐」

 

「うん?」

 

「その、あれだ」

 

「私はどちらかというと遠征より任務を遂行出来たら直ぐ帰投できる実戦が好きだな」

 

「……そうか。まあそこは、皆平等にな」

 

「ああ、分っておる」

 

そう言って少し顔を赤くして俯きながらいう磯風の頭を、提督は優しく撫でてやった。




磯風はうちにいるはず。
いるはずなのにあまり使った記憶がないので、あんなに特徴的なキャラをしているのにうちの艦隊ではあまり存在感がないんですよね。
故にせめてここでは、と思ったわけです(笑)

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