提督の憂鬱   作:sognathus

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海風と江風。
この姉妹の駆逐艦は姿こそ見かける事がなかったが実は以前から提督の基地に所属しており、その見かけない理由とは他所の提督の基地に研修に行っていた為であった。
そしてこの度、二人は長期の研修を終えて提督の基地へと帰って来たのだった。


第8話 「邂逅」

「グラーフツェッペリン、瑞穂、ザラ、鹿島、嵐、萩風、風雲、沖波、清霜、照月、初月、リペッチオ、伊401。以上が海風が研修先の提督の基地で見かけた艦娘の中でこちらにいないと思われる艦娘です」

 

「……」

 

提督は目の前で研修の報告をする海風の最後の内容をやや渋い顔をして聞いていた。

というのも海風と今は自室で休んでいる江風とはあまり良好と言える関係が気付けていない為だった。

それはどちらかに原因があるというように単純なものではなく、少々特殊な事情によるものであった。

 

「大佐、聞いてますか?」

 

「……ああ」

 

ややトゲを感じさせる声で海風は提督に声を掛けた。

態度こそ真面目で表情も真顔だったが、彼女が醸し出していた雰囲気ははっきりと分かるほど険悪だった。

 

海風と江風が提督の基地に着任したのは今から何年か前の事で、年数だけで言えば実は一般的に古株と認識されている金剛ら初期に着任した戦艦の娘より長い。

そんな彼女達が何故今まで長期の研修へと赴き1年も帰ってこれなかったのか、それは提督の意思ではどうにもならない軍上層部の意向によるものだった。

 

研修自体はそれほど珍しいものではなく、行われる理由は艦娘の見識の拡大と能力の向上など至って真面目なもので、機会と提督同士の了解さえ合致すれば割と頻繁に行われているものだった。

期間自体も所属する艦娘が元いた場所が恋しくならない程度に短いもので、今回の海風達のようにその期間が1年にも及ぶ事は稀も稀、先ずあり得ない長さだった。

 

「大佐、海風は正直言って失望しました。1年振りに帰って来たというのにあちらにはいた艦娘がこんなにこちらにはいないなんて。いくら大佐があまり強硬な作戦を好まない方と言ってもこの戦力差はちょっと慢心が過ぎるのではないでしょうか?」

 

「……」

 

「いえ、別に海風は怒っていませんよ? 別に着任して殆ど時間もたっていないのにいきなり他所の基地に研修に行かされて、その上その期間が1年まで伸びた事なんてちっとも気にしていませんから。その恨みつらみを今ぶつけているわけではないですよ?」

 

しっかり恨んで、もといいじけている様子だった。

当初比較的ゆるやかに基地の戦力を整えていた提督の基地は、その影響からか当時、戦力と言える艦娘は低コストで揃える事が出来る駆逐艦をメインとしていた。

当然それ故にその数は多く、その事に目を付けた提督が所属しているエリアの統括責任者は、提督よりまだ若く経験も浅い新人の提督を助ける要員として研修の名目で駆逐艦を派遣する事を指示してきたのだ。

提督はまだ少なかった貴重な火力要因である戦艦を代わりに出す事もできず、かといってメインの戦力である駆逐艦をその分多く出す事も厳しかったので、なんとか責任者と交渉して派遣人数を二人だけにまで絞ってもらい、その了承を得て二人を派遣したのだった。

 

「……」(そういえばあの時は海風も今より大人しめで基地を出る時も“すぐ帰ってきますね”とか言っていたか)

 

提督は改めて目の前の不機嫌そうな顔をした海風を見た。

その結果がこれである。

基地に帰るなり江風はふてくされた顔をして1年留守にしていた自室に閉じこもって不貞寝し、そんな妹の代わりに同じ事をしたい思いを我慢して海風はこうして彼の前にいるのだ。

 

「大佐、話を聞いていますか?」

 

「ん、ああ、悪い」

 

「……」

 

海風はまだ恨みがましそうな目で提督を見ていた。

報告が済んだというのに退室の許可も求めず、まだ何か言いたそうに、言いて貰いたそうな顔をしてそこに居た。

提督は気を取り直すように一度咳払いをすると海風を真っ直ぐ見ながら言った。

 

「ご苦労だった」

 

「……それだけですか? その言葉は私にだけですか? 江風には?」

 

「勿論あいつにもだ。この場に居れば一緒に掛けてやるつもりだった」

 

「……私が何を言いたいのか解ります?」

 

「1年――」

 

「そう1年です。私、江風と一緒にあちらの提督に引き抜かれそうになったんですけど」

 

「……そうか」

 

「それでも江風とここに戻ってきた理由、解りますか?」

 

見ると海風は目に涙を浮かべ、顔を紅潮させて泣くのを我慢していた。

提督はそれを見て全てを理解した。

彼は帽子を脱いで彼女の前に正座した。

その行動は海風にとっては予想外だったらしい。

提督の突然の行動に驚いて思わず半歩後ずさった。

 

「え? え?」

 

「やむを得ない理由だったとはいえお前の憤りはよく解る。そしてそんな思いを我慢して研修先の提督の勧誘にも応じずこうして帰ってきてくれたお前達の忠義心には頭が下がる思いだ」

 

「た、大佐……?」

 

「今は上司も部下も関係ない。そのうっ憤を思いっきり俺にぶつけるといい」

 

「え」

 

「抵抗などしない。だが流石に一方的に殴ったりすると責任問題を問われた時お前が窮地に立たされるからな。だからここはどうか3発のみで何とか憂さを晴らしてくれ」

 

「ちょ」

 

「ああ、江風か? そうだなあいつも連れてくるといい。それでもやはり二人で3発くらいの方がいいか」

 

「いや、だから……」

 

「? どうした?」

 

提督はそこでようやく海風が若干引いて自分を見ている事に気付いた。

どうやら何か対応を誤ったらしい。

自分なりに誠意を表わす形として責任を取ろうとした筈なのだが……。

 

「あ、あの大佐。もう、もういいですから」

 

「なに? いや、そういうわけにもいかんだろう?」

 

「いや、私が求めていたのはそういう事じゃなくてですね」

 

「もっと怒声を吐きだしたいか? なら場所を考えねば……」

 

「いや、そうじゃなくてね?!」

 

「?」

 

海風は彼女の考えが解らずキョトンとする提督にこれでは埒が明かないと取り敢えずその場は一時撤退する事を決めた。

少し無理をしてキツイ態度を取れば反省して優しく迎えてくれると思ったのにこれはとんだ計算違いであった。

だが海風は良くも悪くもこの結果に少し安心もしていた。

あまり話こそできなかったが提督から受けた朴卒とも愚直とも取れる人柄はあの時から変わっていなかったようだ。

1年待たされ世話になった提督からの誘いを断って戻ってきた甲斐を海風はその時感じていた。

当時と変わらない人柄と印象、だからこそやはり自分の最初の提督は信頼できると思ったのだ。

やはり自分の提督は彼だけだと。

 

(これは江風を連れて一回無茶な我侭言ったって罰は当たらないよね。見たところ今なら何でもお願い聞いてくれそうだし。この期を逃す手は無いよね!)

 

海風は自室に向かいながら、そこでいじけているであろう江風をどう説得して部屋から連れ出し、提督に思いっきり甘えてやろうかと考えながら、真面目な性格からは珍しく悪戯っぽい笑みを楽しそうに浮かべるのだった。




はい、艦これを休止する直前にイベントで手に入れた海風と江風の登場のお話でした。
内容の関係上、江風が名前しか出ていませんが、それは後に出番を考えるとして、それよりも二人を登場させる為に考えたやや強引な設定が難あったかなと思っています(苦笑)

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