提督の憂鬱   作:sognathus

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それはいつもと同じ海からの潮の匂いと、暖かい南風から成る南国の朝。
温暖な気候のお蔭で朝に限っては、冬の時の様に布団に包まって寒さを苦痛に感じながら起きる事がない点で恵まれていると言えた。
提督も寒いのが苦手なのでここに来てからは毎日快調に朝を迎えていたのだが何故かこの時に限っては……。


第7話 「くま」

「うわっ、凄い隈。大佐大丈夫?」

 

朝、執務室に入って提督に挨拶をしようとしたところ、秋雲は彼の顔を見てそれを飲み込んで開口一番そう言った。

 

「……」

 

秋雲が言った通り確かに彼は酷い顔をしていた。

髪はいつも以上にボサボサであったし、何よりその目の下には不眠までとは言わずとも明らかに快眠は得られなかったと判る程の濃い隈ができていたのだ。

提督はいつも以上に低い声で声を出すのも苦労する感じでゆっくりと言った。

 

「体調は問題ない。体調はな」

 

「そうは見えないけど?」

 

「睡眠はちゃんと取ってある。だがどうも目覚めがな……」

 

「うん、すっごい隈だよ?」

 

秋雲は本当に心配そうな顔をして提督に近寄る。

そして身長差から届かない腕をつま先立ちまでして目いっぱい上げて提督の額の熱を計らせて欲しいと目で訴えた。

提督もこの時は、体調に問題は無いと秋雲の素直な気遣いを無碍に断る事も無く、屈んでその手を受け入れた。

 

「……うん、確かに熱はないね」

 

「だろう?」

 

「でも顔は凄く調子悪そうだよ?」

 

「寝起きの調子がちょっとな。体が鈍って動き難い感じなんだが時間が経つごとに段々解れていく様に調子は戻ってきてはいる」

 

「へぇ」

 

「正直俺も心当たりがない。そうだな……強いて言うなら寝過ぎた所為で身体が怠い感覚と言ったところか」

 

「ちゃんと寝れたんだよね?」

 

「ああ」

 

「遅くまで一人で仕事もしてないよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあ何で隈が……」

 

「分らん」

 

秋雲の問診に答える提督の態度に偽りは無いようだった。

回答こそ普段と変わらない素っ気無さだったが、その短い受け応えには秋雲が先程提督に見せた気遣いと同じ素直さが感じられた。

 

「大佐低血圧だっけ?」

 

「いや、どちらかというとやや高い方だったような」

 

「え? そうだったの?」

 

「ああ」

 

「へぇ、意外」

 

「生活習慣に問題は無い筈だからこれは親の遺伝だと思う」

 

「なるほど」

 

「まあ仕事をして時間が経てばもっとマシになるだろう。大丈夫だ」

 

「ふーむ……」

 

提督はそう言ったが、原因が判らない故に秋雲はまだ彼の調子が気になる様子だ。

故に彼女はその場で閃いた最も無難な方法を取る事にした。

 

「あっ、そうだ」

 

「?」

 

「大佐、まだ執務始めるまで時間があるよね?」

 

「ん? ああ」

 

提督は部屋の時計を見ながらそう言った。

確かに秋雲が言った通り、当然と言えば当然だが、余裕をもって毎朝起きるよう習慣付けているので、執務開始まではまだ30分以上時間があった。

 

「朝食、まだ食べてないよね?」

 

「うん? ああ、今朝はまだだな」

 

「じゃあ、あたしちょっと食堂に行って特別に少しスタミナが付くやつ貰ってくるよ」

 

「なに? いや、そこまでしなくてもいいぞ」

 

「大丈夫だって。別に手の込んだものをお願いしに行くわけじゃないから。ここは体力と食欲に自信があるある御方にちょっと、アドバイスを貰ってだね」

 

「なに?」

 

「まあとにかくちょっと待っててよ。すぐ戻るからさ」

 

「……分った。だが、本当に大丈夫だからな?」

 

「はいはい、分ってるって。そいじゃ、ちょっと失礼しまーす」

 

バタン

 

果たして提督の言葉を聞いているのかいないのか、秋雲は手を軽く振りながらそう言って部屋から出て行った。

それから程なくして、本当に5分程で誰かが扉を叩く音がした。

 

 

コンコン

 

「大佐、いらっしゃいますか? 赤城です」

 

「ん?」

 

「あ、秋雲もいるよー」

 

「ああ、入れ」

 

「失礼します」

 

「お待たせ―」

 

「……?」

 

提督はこの時はっきりと疑問を感じていた。

何故気付け薬を取りに行ったような様子だった秋雲が赤城を伴ってきたのか。

提督にはそれが判らなかった。

そして、秋雲に呼ばれたらしい赤城は、そんな彼の疑問に答える様に一歩前に出て来て真面目な顔をして言った。

 

「大佐、体調が優れないそうですね」

 

「ん、まあ寝起きがちょっとな」

 

「そうですか。秋雲ちゃんが言った通りですね」

 

「でしょ?」

 

「ところで何故お前が?」

 

「あれ? 秋雲ちゃんが言ってなかったですか? こういう時は体力と食欲に自信がある人に助言を貰うって」

 

「それでお前か」

 

提督はここでやっと納得した。

納得はしたが、同時に秋雲の判断をやや不審にも思った。

見たところ彼女に呼ばれた赤城は何も持っている様には見えない。

とすると本当に助言だけを貰ってきたのだろうか。

だがだとすると間接的に伝えたらいいだけなのに何故本人を直接連れてきたのか。

提督はその疑問を秋雲に確認しようと目で訴えが、なんとその事に関しては秋雲もよく判って無い様だった。

見ると秋雲は彼に向って拝むように手を差し出して自分も理由が判らない事を仕草で伝えていた。

 

「私、確かに食欲や体力には自信はある方ですが、別にそれを自慢にはしていません。ですが、今回に限ってはそのアドバンテージを有効に使わせて頂こうかと思います」

 

「? あ、ああ」

 

「?」

 

そして更に前に出る赤城とその行動の予測ができずに不思議そうな顔で見守るだけの秋雲。

提督も大体は秋雲と同じ心持だったが、何故かこの時、彼はその疑問と一緒に僅かだが嫌な予感を感じていた。

そして、その予感(あくまで個人的な価値観によるもの)は的中した。

 

「失礼します」

 

「っ?!」

 

「えっ」

 

秋雲は驚きの声を上げた。

そして提督はその声も上げる事が出来なかった。

それもその筈、彼は更に急接近した赤城に頭を抱かれ、やや強引な形で熱い接吻をされたからだ。

 

「……」

 

「えー……」

 

「ん……♪」

 

事態が理解できずただされるがままに固まる提督とご機嫌な様子の赤城。

そして秋雲はそのあまりにもアバウトで直情的な行動に若干呆れた顔をしていた。

 

「……ふぅ、これで元気になりました? それではありが……いえ、失礼しますね♪」

 

バタン

 

『~♪』

 

 

「……」

 

「……」

 

扉の向こうから遠ざかる楽しそうな鼻唄を聞こえる中、部屋に残された二人はただお互いに気まずそうに沈黙していた。

そしてそれから1分ほどした後に提督の方から口を開いた。

 

「……食事にするか」

 

「あ、うん」

 

「あ、そのさ」

 

「気にするな。別に害意があったけじゃないしな」

 

「うん……」

 

「どうした?」

 

「あ、ううん。何でもないよ」(これならあたしがやっても良かったじゃん?)

 

秋雲の密かな後悔にも似た疑問に提督が気付くはずもなかった。




はい、お久しぶりです。
以前から機会がある場で行っていた通り、3月から艦これを再プレイしたので、本作も再び始める事にしました。
いやぁ何というかもう……すいません語ると色々あり過ぎるのでこれくらいにしておきます(苦笑)

取り敢えず幸いにもまだ本作に関心ある方がいらっしゃったら改めて宜しくお願いします。

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