提督の憂鬱   作:sognathus

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春に発令された作戦が終わって間もない頃、提督が自室で読書をしていると扉を叩く音がした。
どうやら誰かが彼を訪ねて来たらしい。



メインストーリー(第七章)
第1話 「命名」


トントン

 

扉を叩く音に提督は読んでいた本から顔を上げある。

 

「誰だ? いいぞ、入れ」

 

 

「失礼します」ガチャ

 

「失礼します大佐」

 

提督の許可と共に部屋に入って来たのは先日仲間に迎えたばかりの戦艦リットリオとローマだった。

提督は着任して間もない二人が自分を訪ねてきた事を軽く驚きながらも、本を読むために掛けていたメガネを外して彼女達を迎えた。

 

「ん? どうした二人して」

 

「夜分に申し訳ございません。あの、不躾で申し訳ないのですが実は大佐にお願いがありまして」

 

言葉通り申し訳なさそうな顔をしたリットリオが口を開いた。

後ろに控えているローマは相変わらず不愛想にツンとした顔をしている。

 

「ふむ、で、改まってなんだ?」

 

「そのぉ少々小耳に挟んだのですが、大佐は海外艦に、この基地でのみ通じる愛称、みたいなものをお付けになっていると聞きまして……」

 

「ああ、マリア達の事か」

 

「マリア……」

 

提督の口から洩れた言葉に微かにローマが反応する。

一方リットリオはそれを聞くと明らかに明るく、期待に満ちた顔で提督を見ながら言った。

 

「そう、それです! えっとだからそのぉ……。私達も一応立場的には……と申しますか、そのぉ……」

 

「名前を付けなさい大佐」

 

「ローマっ」

 

願いを通り越して命令口調で切り出したローマをリットリオがすかさず叱る。

本人に他意はなく、これはローマの素の性格のようだが、上官である提督を前でも例外なくこの態度はやや問題と言えた。

叱られたローマは姉にだけは頭が上がらないのか、一瞬首をすくめると拗ねたような顔で視線を逸らしながら提督に詫びた。

 

「っ……ごめんなさい。失礼しました」

 

「いや、まぁいい。ふむ、そうか名前、か」

 

「はい! できましたら私達にも!」

 

「私は別にいいんですk」

 

「ロ・オ・マ?」

 

「……ごめんなさい」

 

「……ふむ。少し時間をくれるか?」

 

リットリオとローマのやり取りを苦笑いしながら見ていた提督はそこで少し咳払いをして椅子に少し深く座り直すと、顎に手を当てて暫く天井を見上げて考え始めた。

 

「ええ、どうぞ遠慮くなく!」

 

「早くしなさいよ」

 

「ローマ!」

 

「ひっ……ごめ……」

 

「……」(何と言うか見てて飽きないな)

 

 

10分程経った頃、提督は上を見ていた顔を元に戻すと再びリットリオの方を向いた。

どうやら名前が決まったらしい。

リットリオは待ってましたとばかりにワクワクした様子で、一方ローマは態度は平静を装っていたものの、時折視線をチラチラと提督に向け、気になる様子は隠せないようだった。

 

「よし、一応考えた。まずはリットリオからだ」

 

「は、はい!」

 

先に声を掛けられてたリットリオが目を輝かせて提督を見る。

 

「お前には候補が2つある」

 

「え、2つも!?」

 

「ああ。マリ―アとローザだ」

 

「マリーア、ローザ……。あの、因みに何から思い付かれたのかお聞きしても?」

 

思ったより女性らしい名前の響きにどちらの名前も気に入ったらしいリットリオは、早速その由来を提督に尋ねた。

興味に満ちた目で自分を見るリットリオの視線にややプレッシャーのようなものを感じながら、提督はなるべく彼女の期待に応えられることを願いつつ説明を始めた。

 

「ん……世にイタリアという国名が初めて出た時のな、イタリア王国国王ヴィットーリオ妃の名前だ」

 

「イタリアの王妃……!」

 

リットリオはそれをを聞いて、まるで子供が劇でヒロインの役を貰った時のような嬉しそうな顔した。

 

「まぁ王妃とは言ったが、実はこれには少し語弊があるんだがな」

 

「え?」

 

「実はな、この二人はどちらも生きている内に正式にイタリア国王の王妃にはなっていない」

 

「え、それはどういう……?」

 

「まずマリーアだが、彼女は正式な国王の妃ではあったが、国がイタリア王国に統一される前に亡くなったんだ。つまり国王の妃ではあったものの、“イタリア王国の王妃”にはなれなかったんだ」

 

「ああ、なるほど。それではもう一人のローザという方は?」

 

別にそれなら王妃として記録されなくても仕方がない、だが結果的には似たようなものだ。

リットリオは提督の説明を聞いて特にその事を気にすることもなく納得した様子で、続いてもう一つの候補『ローザ』の由来を訊いてきた。

すると提督は何故か慎重な態度でやや衝撃的な話を始めた。

 

「うん、彼女はな……。その、立場的には国王の愛人だったんだ」

 

「あ、愛人……?」

 

予想外な言葉にリットリオは驚きで目を丸くする。

そしてその傍らにいたローマは、提督が姉に不名誉な名前を付けようとしていると判断したらしく、厳しい顔で彼を見る。

 

「ちょっと大佐……」

 

「あっ、い、いいのローマ。すいません大佐。その方のお話の続きをお願いして宜しいですか?」

 

「姉さん?」

 

「大丈夫よ。大佐も何のお考えもなくその名前を選ばれたわけではない筈だもの。そうですよね? 大佐」

 

「ああ、一応思い至ったちゃんと理由はある」

 

「……お聞かせ頂きましょうか」

 

「ローマ……もう……。大佐、お願いします」

 

あくまでまだローマは提督を疑っているようだ。

冷めた目でこちらを睨むように見ている。

提督はそんな妹を宥めながら困った顔で話の続きを催促するリットリオの為に、一度軽く咳払いをすると再び話し始めた。

 

「ん、この人物はな。確かに国王が抱えた幾人もの愛人の一人ではあったが、その中でも特に彼の寵愛を受けたと見られる女性なんだ」

 

「まあ」

 

「……寵愛、と申しますとどの程度の?」

 

「国王の部下に過ぎない父親を持つローザだったが、彼はあまり身分の差を気にしなかったらしい。ローザは彼の愛人になって直ぐに彼の子を身籠るくらいには好かれていたようだ」

 

「何て節操がない……」

 

ローマは呆れ切った顔をしていた。

そんな人物が例え自分が人の姿を得る前に仕えていた祖国に直接関係ないとはいえ、その前身となる国の王だった事は認めたくなかった。

リットリオも流石に少々焦った様子で、先程の話から自分なりに美談と感じられる箇所を妹に理解してもらおうとした。

 

「え、で、でも直ぐに子供を授かるくらい好かれるなんて何だか凄く愛を感じない?」

 

「私は余りにも尻軽が過ぎると思うのですが」

 

「そ、そうかしら?」

 

「……まだ続きがあるんだが」

 

提督は旗色が悪そうなリットリオに助け船出すべく続きを話す事にした。

リットリオはこれ幸いとばかりにホッとした顔で先を促す。

 

「そ、そうよ! まだ話はおわってないのだから続きを聞きましょうローマ」

 

「これ以上自堕落な陛下の話が続くのですか?」ジト

 

「まぁ聞け。確かに彼女は国王の寵愛を受けたとは言え、愛人の一人に過ぎなかったとのは事実だ。だがな」

 

「なんです?」

 

「……」ドキドキ

 

「ある時国王が大病を患い非常に危なかった事があったそうだ。そんな折彼は自分の死期を予感してある行動を取った」

 

「ある行動……?」

 

「後継者の指名でしょうか。常識的に考えて」

 

「違う、それはな。ローザと死ぬ前に結婚をしようとしたんだ」

 

「まぁ……!」

 

「……」

 

予想外の答えにリットリオは顔を輝かせ、ローマも姉程ではないにしろ言葉が出ないくらいには意外そうな顔で驚いているようだった。

提督はここが畳み掛けどころだと判断し、更に話を続けた。

 

「国王は式を急ぐ余り教皇の到着を待たずに祝福を電報で求めたりもしたようだな」

 

「そんな……それほど亡くなられる前に彼女を……」ウルッ

 

「……しかし身分の差と言う如何ともし難い壁があります。それについてはどう決着したのでしょう?」

 

「国王はローザに爵位を与えて優遇もしたようだが、これは多分他の愛人との差を示すためだったかもしれないな」

 

「………あまりその配慮は功を奏しなかっみたいですね」

 

ローマがメガネのブリッジを上げながら勘の良い指摘をする。

 

「まぁな。式を挙げる際のわだかまりも緩和させる目的もあっただろうが、結局公式な式とは認められなかったみたいだ」

 

「貴賤結婚……ですか?」

 

「そうだ。当然彼女の子には王位継承権は認められなかった」

 

「結局身分の差は最後まで残ってしまったのですね」

 

「可哀そう……」

 

二人は目に見えて沈んだ顔をした。

リットリオはともかく、ローマも同じ顔する辺り、やはり彼女も近付き難い雰囲気を纏っているとはいえ、乙女である事には変わりなさそうたった。

提督はそんな彼女達まだ話が終わっていない事を告げた。

 

「まぁそう悲しい顔をするな。まだオチが終わってない」

 

「え?」

 

「結果が分ってしまっていると言うのにこれ以上何が?」

 

「確かに身分の差自体は埋まらずに終わった。だがな、この結婚式いつしたと思う?」

 

「え、それは……国王陛下が危篤の時ですよ、ね?」

 

「そうです姉さん。大佐はそう言っていました」

 

「いや、違う。俺はあくまでその時国王はそうしようとした、と言っただけだ」

 

「え? ああ、そういえ……ば?」

 

「……確かに」

 

「実はな、国王とローザの結婚式はその時にはしなかったんだ」

 

「え、そうなんですか?」

 

意外な事実にリットリオは再び目を丸くして驚く。

ローマも合点がいかなそうな表情をしながら、何故式を挙げなかったのか早速推理を始めた。

 

「ですが、式自体は挙げたんですよね? 時期をずらした……? いや、陛下は事を急いていた筈……。という事はまさか……」

 

「そうだ。国王はその時持ち直したんだ」

 

「えっ」

 

「やはり」

 

「正式にローザが国王と式を挙げたのは実はその時から8年後だ」

 

「8年……」

 

「そんな後に」

 

「例え貴賤結婚であろうと、一度目は死期を予感して焦り、二度目は満を持して改めてした辺り、国王の彼女に対する愛情の深さがよく解るとは思わないか?」

 

「確かに……そうですね!」

 

「……ふむ」

 

「まぁ流石に二人は一緒の墓に入れなかったが、だかそれでも俺は正式に認められなかったとはいえ、マリーアの死後数十年に渡って彼女が国王の傍に在り続けたのは相応の愛があった証だと思うぞ」

 

「そうですね。私、納得しました。大佐が彼女の名前を候補に挙げた理由」

 

「……まぁ悪くは無いと思います」

 

提督の話を最後まで聞いて、二人はどうやら納得した様子だった。

リットリオに至っては感動したのか目に涙を浮かべていた。

 

「そうか、良かった。じゃぁ理解を得られたという事で改めて訊こうか。リットリオ、お前の名前はどっちがいい?」

 

「……」

 

リットリオは提督にの問いに対して僅かな沈黙の後、やがて顔をあげると彼の顔を見て言った。

 

「ローザ」

 

「本当にそれでいいんだな?」

 

「はい! マリーアでも良いとは思いますが、それだとマリアさんと似てしまいますからね。でしたら、先程のお話を気に入ったの事もありますし、私はローザを選びたいと思います」

 

「そうか、分かった。ならこれからはお前はそう呼ぶことにしよう。宜しく頼むぞローザ」

 

「はい! 素敵なお名前ありがとうございます。大佐」

 

 

「それじゃ次はお前だな」

 

姉の命名の流れを見て、実は少し前から内心ワクワクしていたローマが提督に声を掛けられてピクリと反応する。

自分にはどんな名前が付けられるのか、姉の時同様期待に満ちた目をローマは提督に向けた。

 

「……」

 

「お前の名前は一つだが、これも一応よく考えたつもりだ」

 

「……拝聴します」

 

「パスタだ」

 

「 」

 

「え」

 

言葉に言い表せない衝撃がローマの体の中を走った。

そのあまりにもぞんざいに思える名前に彼女は言葉を失い、ついでに思考も止まった。

だが提督は無慈悲にもそんな彼女を気にかける事なく名前の決定を告げる。

 

「お前はパスタでいいだろう」

 

「 」

 

「え、ちょっと大佐それはあの……」(あ、もしかして)

 

流石に見ていられなくなったリットリオが何とかして妹を救おうと試みるも、内心は彼女は何故提督がこんな裁定をしたのか何となく予想できていた。

 

「とやかく言うつもりはなかったが、姉が再三の注意したにも関わらず直らなかった上官に対する態度。これはある程度反省をしてもらう必要があるだろう。それまではお前はパスタだ」

 

「パ……ス……」(この私がパスタ? 栄えあるローマ帝国の『Roma』の名を冠する私が……国を代表する食材とはいえ、まさかの乾燥した麺……?)

 

「誤解するなよ? 俺は規律さえ守っていたらそこまで厳しくはしない。だがお前の場合は根本的に性格に問題があるようだ。故に軍と言う組織の中で生きてもらう以上それを反省を促す意味でもこの名前を……」

 

「ごめんなさい」

 

提督が説教を言い終える前に目の前でローマが深々と頭を垂れていた。

だが提督は黙ってそれを見ている。

 

「……」

 

「Mi dispiace molto......(ミディスピアーチェモールト)」

*大変申し訳ございません

 

「反省したか?」

 

「はい」

 

「もう姉に迷惑を掛けないか? 規律を守るか?」

 

「誓って」

 

「そうか……」

 

「名前を……」

 

涙を溢れさせ、すがるような目で提督を見るローマ。

もはやそこにはついさっきまで高慢な態度をとっていた女の姿はなく、叱られた子供のように小さく反省した女子の姿があった。

提督はそれを見て考えるように腕を組む。

 

「ん……」

 

「厚かましいのは承知でお願い致します。私にも素敵な心満たされる名前を……」

 

「……いいだろう。じゃぁリウィアかユリアから選べ」

 

「あ……それって……」

 

名前を聞いただけでローマにはその由来が分かったようだ。

彼女は提督の口からそれを聞いて喜色に満ちた顔をする。

 

「流石、ローマの名を冠する戦艦なだけあるな。もう分かったか」

 

「はい、勿論です。リウィアは古代ローマの初代皇帝の妻、そしてユリアは皇帝の死後に同じ人物が名乗った名前ですよね」

 

「その通りだ。彼女は権勢欲が強かった人物とも言われるが、やはり俺は権力者でありながらその時代にしては珍しい良き妻、良き母としての面を評価したいと思うところだ」

 

「私もかねがね同意します。同じ女として尊敬し、学ぶべき点の多くはやはりその面にあると思うので」

 

「ふむ、そうか。ではローマ、選べ。お前はどの名前がいい?」

 

「……」

 

ローマはリットリオの時と同じく俯いて暫く黙考し、やがて顔をあげると提督を見て言った。

 

「では私はリウィアを拝命したく存じます」

 

「そうか、お前は姉と違って先を取るか」

 

「はい。ユリアも捨て難いのですが、やはり自分としては皇帝が死して尚威光を保ち続けた頃よりかは、妻として皇帝を支えた頃の彼女に魅力を感じますので」

 

「なるほどな。そういう意味でなら二人とも選んだ理由は似ているとも言えるな」

 

「ふふ、そうね」

 

「ふっ……言われてみれば」

 

「……ではローザ、リウィア」

 

「「はい!」」

 

新たな名で呼ばれた二人は揃って姿勢を正すと張りのある声で返事をした。

 

「改めて宜しく頼む。これからも俺を、この基地を支えてくれ」

 

「了解しました!」「了解です!」




長っ、てか最近ペース悪っ
あ、ここに投稿するようになって1年過ぎたみたいです
まぁ、その内の半分くらいは投稿してない気がするのでまだ実質的な活動は半年といったところでしょうかw

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