提督の憂鬱   作:sognathus

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昼休み、提督と一緒に執務室で昼食後の余暇を楽しいでいた長門がふと言った。


第×45話 「エイプリルフール」

「大佐、四月だな」

 

「ん? ああそうだな」

 

「四月と言えば?」

 

「うん? ……エイプリルフールとでも言いたいのか?」

 

「正解だ。珍しく西洋文化に気付いたな」

 

「いくら俺でもそれくらい分かるぞ。単にそういうイベントに淡白なだけだ」

 

「まぁそういう事にしておいてやろう」フフン

 

「何でそんなに偉そうなんだ。で、なんだ? 馬鹿し合いでもしたいのか?」

 

「そんなところだ。ちょっとゲームでもしないか?」

 

「休み時間だから構わないが、具体的にどんな?」

 

「お互い嘘や冗談を言って相手を驚かせたりウケさせた方が勝ちだ」

 

「冗談はともかく、嘘をつくの前提を対戦相手に言っている時点でそのゲームは成立しないと思うが」

 

「まぁ細かい事言うな。先ずは私からいくぞ」

 

「杜撰だな……。いいぞ、こい」

 

「……こほん、提督、長門だ」キリッ

 

「ほう……」(出会ったばかりの、今よりずっと真面目に見えた頃の真似か)

 

「貴方の艦隊に迎えて頂いた事に感謝する。我が忠義と誇りに懸けて、この基地を守り抜いてみせよう」

 

「……」

 

「……どうだ?」

 

「ああ、本当に……どうしてこうなった」

 

「おい」

 

「冗談だ」

 

「そう思ってないだろう」

 

「鋭いな」

 

「むぅ……。まぁ、一応ウケたと思ってよさそうだな」

 

「ああ、割と良かったぞ」

 

「ふふ、先ずは一歩リードと言ったところか。では次は大佐の番だな」

 

「分かった。そうだな……。よし、長門」

 

「なんだ?」

 

「俺は近く、違う基地へ異動が決まった」

 

「はは、そうかそれは急だな」(ベタ過ぎだな。まぁ大佐ならこんなものか)

 

「ああ、何分本当に急でな。話すのが遅れてすまない」

 

「うんうん、達者でな。大佐がいなくなっても私たちは新しい提督に誠心誠意仕えて平和を守っていくから安心してくれ」

 

「長門……。頼もしい言葉だな。それなら俺も安心してここを去れるというものだ」

 

「ああ、安心して行くがいい……って、いい加減芝居もこれくらいにしな……」

 

長門がそう言って提督との芝居を切り上げようとした時だった。

提督はおもむろに引き出しから封筒を一つ取り出し、それを机の上に置いた。

 

 

ポスッ

 

「ん? なんだそれ?」

 

「本部からの辞令書だ。今朝届いてな」

 

「 」

 

「いや、本当に急で俺も驚いてな。本当なら朝礼の時点で皆には話さないといけなかったんだが」

 

驚きで言葉を失った長門は気付いた。

提督が出した封筒に開け口を封をしていたとあるモノに。

それは既に開封する際に切られていたが、赤い塊にとても見覚えのある紋章だった。

それは……長門が目を見開く。

 

「……ぁ」(封筒に海軍の封蝋が……これは本物だ……!)

 

「長門、これからこの基地の事をたの――」

 

「私も行く」

 

「え?」

 

「私も行くからな。絶対」

 

「いや、待て長門。一緒に行くってそれは……」(ん? 茶番に乗ってくれてるのか? にしては目が……)

 

提督の思っていた通りそれは長門のゲームに乗った彼の茶番だった。

提督が出した封筒は、彼が提督としてこの基地への赴任の指令を下された時にもらった初めての辞令書だった。

彼はそれを軍人としての一歩を踏み出した思い出の品として大事にとっており、常にそれを机の引き出しに閉まって身近に置いていたのだ。

それは理由が無い限り特に人に見せる物でもなかったので、今この時点においてその辞令書の存在を知っている者は基地には皆無であった。

そしてそれが理由で今、提督との思惑と長門の気持ちとの差となって、彼女が本当に提督の嘘を信じてしまっているという事を彼はまだ気付いていなかった。

 

「やだ。絶対に、絶対に行くからな!」ドンッ

 

「……長門?」(これは演技ではない……?)

 

「その辞令書には大佐一人で来いとは書いてないだろう? なら、気心の知れた秘書艦となり得る私が同伴するのは至極当然であり、必要な事だ」

 

「おい……ま――」

 

「待たない。これは絶対だ」

 

「……」

 

提督を見つめるその顔は、普段おちゃらけた態度を取る長門が久しぶりに見せた本当に真面目なものだった。

提督はその瞳に見つめられながらこれはマズイとようやくその時になって思い、なんとか誤解を解く事にした。

 

「長門、いいか。ちょっと話を聞け。これはなじょ――」

 

「連れて行ってくれるなら何でもする。いや、今までも大佐の為なら何でもするつもりだったが、今私が言っている意味はそれより重いぞ? 悪行は絶対にしないが、背徳的な淫行も、大佐が望むなら何時如何なる時も応えてみせる」

 

「……」

 

長門は静かに暴走している。

実力行使に出ずにそれを意志として示している分、言葉によって誤解を解くのは容易ではない。

そう判断した提督は、チラリと窓から差し込む日の光を見た。

白昼、自分からこういう事をするのは好まざることだが、致し方あるまい。

 

「長門……」

 

「ん、なんだ? 私は意志は変えないぞって……え?」

 

チュ

 

提督は言葉少なく長門の頭を自分の顔へ近付けると、そのまま優しく口づけをした。

 

「ん……ふ……。たい……?」

 

突然の提督らしからぬ行為に長門は珍しく動揺し、仄かに赤く染まった顔で提督を見る。

 

「長門……お前に言わなければならない事がある」

 

提督はその気を逃さずに静かに語り掛ける。

対する長門はキスの効果もあって、すっかり女の顔で提督の顔を見つめながら続く言葉を待っていた。

 

「……」

 

「いいか? あれはな、冗談だ」

 

「……」

 

「……」

 

「……え?」

 

ゆうに一分は時が止まったような顔をしていた。

提督の言葉を理解した長門は、ポカンとした顔で聞き返す。

 

「冗談だったんだ。封筒の中身も確認せずにお前があの嘘を信じるとは俺の予想外だったんだ」

 

「……な」

 

提督の話を聞いてようやくそこで長門の目に理性が戻って来た。

最初は動揺してぽかんとした顔をしていただけだったが、提督のその言葉の後には直ぐに恥ずかしそうな顔になり、彼女は思わず顔を伏せた。

 

「その……悪い」

 

提督はバツが悪そうにそう謝るしかなかった。

 

「……恥ずかしい」

 

顔を手で隠しながら長門はぽつりと言った。

 

「……すまん」

 

「いや、恥ずかしいのはな大佐」

 

「ん?」

 

「大佐の嘘を信じてしまったのもそうだが、久しぶりに情を交え合う行為以外で、素を見せてしまった事だ」

 

「……お前」

 

提督はその答えに少し呆れた顔をした。

 

「ああ……恥ずかしい……」プルプル

 

「じゃぁ今までのおちゃらけた態度は演技だったのか」

 

「いや、そういうわけじゃないが。あれはあれで楽しんでいたし」

 

「……なるほど」

 

「自分の意思で切り返していた時ならともかく、こういう不意打ちは効くものだな」

 

「……そうか」

 

「……なんか、癖になりそうだ」ボソ

 

「おい」

 

「……ふふ、冗談だ」

 

そこでやっと顔を上げた長門の顔は、僅かに涙が滲んでいたが、もういつもの顔で本当に心から面白そうに笑っていた。




仕事が棚卸で、もう次の出勤まであまり時間が無いというのに、思いついたおかげで勢いのまま投稿とあいなりました。

こういう長門も偶には良いですね。

さぁしご……の、前に少し寝よう。

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