それは何気ない日常で、彼にとっては貴重な憩いのひと時。
魚は釣れなくても煙草をふかしながら波の動きを見ているだけでも彼の心は和んだ。
そんな風にリラックスしていると、釣り糸を垂らしている海の方からチャプリと音がした。
「……」
丸くて赤い瞳が提督を見つめていた。
海面から頭を出していた人ならざる白い肌をした物体は、明らかに深海棲艦だった。
それもレ級以上に幼い外見から察するに、提督の頭の中の敵資料から導き出された答えは……。
(北方棲姫……)*以下『北方』
基本的に鬼クラス以上の実力を持つとされる姫級は深海棲艦の中でも特に警戒すべき存在。
そんな敵が何故基地の警戒網にひっかからず自分の目の前まで来れたのか提督には解らなかったが、一つだけ確かだったのは今彼が命の危機に直面しているという事だった。
少なくとも彼はそう考えていた。
(突然の死、か……。いざ直面するといろいろと心残りが浮かぶものだな)
レ級の仲間かどうかわからない以上、攻撃されないとは限らない。
提督は敵の手にかかるならせめて自決しようと、釣り糸を切る為のハサミに手を掛けながらそんな思考を巡らせていた。
「……」
対する北方は未だに提督を見つめたままその場にいたが、やがて彼が身じろぎをせずにその場を緊張と警戒から動かないでいると、なんと自分からゆっくりと近づいてきた。
ちゃぷ……。
「……」
水面を漂いながら堤防のへりまで北方は来た。
しかしそこからまた動かずに真上にある提督の顔をじっと見つめる。
(まさか……)
提督はその時ある考えが浮かんだ。
彼は一旦ハサミから手を放すと、片手に持ったままとなっていた釣竿のリールを巻いて、その糸を北方の近くまで近づけた。
「……」
北方は釣り糸に繋がれて水面に浮かんでいた重りが自分の近くに来た事に気付くと、装備だか服なのかは解らなかったが、それっぽい物にそっと釣り針にひっかけたようだった。
それを確認して提督は半信半疑の思いでリールを巻き上げる。
キリキリ……。
驚くことに少女一人を釣り針一つで引き揚げているというのに、提督はその時重さと言うものを全く感じなかった。
おかげで北方のサルベージは難なく進み、数秒足らずで彼女を自分が立つ堤防の上まで引き上げることができた。
「……」
提督の間近に引き上げられた北方は、釣り上げれたことによって宙に浮いた状態のままだというのに器用に釣り針を外すと、落ち着いた様子でコンクリートで出来た堤防の上に降り立った。
トンッ
その時初めて提督は彼女から重さを感じるような音を聞いた。
どうやら彼女には重力をある程度操る能力があるらしかった。
「……」
北方は提督の横に立ったかと思うとまたそのまま動かずに提督の事を見つめていた。
「……」
何をしたらいいのか考えあぐねた提督は、取り敢えず最初していたようにその場に座り直すことにした。
「……んっ♪」ギュッ
すると北方は提督が座るのと同時に彼の腰に嬉しそうに抱き着いてきた。
それは提督がその時初めて見た北方の感情が感じられる表情だった。
「大佐……」
夕刻、いつも通り執務を行う提督の横で、秘書艦の赤城は顔をひくつかせながら彼に訊いた。
「ああ」
「訊いていいですか?」
「こいつの事か?」
「はい」
「~~♪」スリスリ
提督の膝の上では北方が子供のように彼にはしゃぎ、彼にじゃれついていた。
「どうしたんですか? それ……」
「……釣れた」
「は?」
「……」
「……え?」
「嘘じゃない。本当にそれしか言いようがないんだ」
「そんな……」
「敵意がないところを見るとレ級の仲間なのかもな」
「そんな安易に……」
心配そうな表情をする赤城を、提督の膝からその様子を見ていた北方は、何を思ったのかふわりと飛んで今度は彼女の胸に抱き着いた。
「ひっ……!」
突然の行動に赤城は短い悲鳴をあげる。
自分にとっては宿敵とも言える種類の敵が、今彼女の胸に嬉しそうに抱き着いていた。
「赤城落ち着け」
「でも、でもぉ……」ジワッ
涙目で無防備の状態で敵を抱える恐怖に震える赤城だったが、北方はそれを全く気にしていない様子で尚も純真そうな瞳で彼女を見つめながらこんなことを言ってきた。
「おかぁ……さんっ♪」
「え?」
「……」
不意の言葉に赤城と提督は固まる。
「今……え? これ、この……子? なんて……」
「えへへ~♪ あかぎおかーさんー♪」スリスリ
「ちょ!? だ、誰がお母さんよ!!」
愛しの提督の前で突然一児の母親にされた赤城は半泣きで否定する。
北方はそれも気にする事もなく不思議そうな表情で更にこう言ってきた。
「ん~? あかぎ、ほっぽのおかーさんになってくれない? たいさはおとうさんなのに?」
「えっ」
その言葉に赤城は顔を赤らめて一瞬提督を流し見た。
提督はその視線に気づき、冷や汗を一筋流した。
(嫌な予感が……)
「大佐、この子飼いましょう」
「おい」
間髪入れずとんでもない事を言いだした赤城を提督は珍しく焦った様子でツッコミを兼ねた制止を敢行するのだった。
一方その頃、レ級たちの棲みかでは……。
「ねぇ姫ー」
「ん?」
「ほっぽちゃん知らない?」
「北方ノ? いや、見てないけど……」
「んー、そっかー。どこか遊びに行っちゃったのかな」
「あいつはお前と違って本当に根っからの子供だからな。ちょっと目を離すとこれだ」
「んー……もしかして大佐の所にいったのかな」
「だったら迎えに行って来るか? 大佐も困っているだろう」
「迎えに行くのは賛成だけど、その心配はないかな」
「ん? 何故?」
「ほっぽちゃんには困ったら先ず男をお父さん、女をお母さんって言って頼りなさいって言ってあるからね!」
「……」
鬼姫はその言葉を聞き絶句した。
そして僅かの間で気を取り直すとすぐさまレ級にこう言った。
「レ級」
「ん?」
「すぐ行け」
「え? 何処に?」
「迎えにだ」
「え? なんd」
「いいから行け。おい、ル級」
レ級のすぐ近くで昼寝をしていたル級は鬼姫の一言で直ぐに起きた。
「……ふぇ? あ、は、はい! なに? 姫」
「お前の大好きな大佐が北方ノに取られようとしている。直ぐに行って連れ戻して来い」
「だ、大好きってそ……え? ええ!?」
「レ級があいつに大佐の事を父と呼ぶように教えたそうだ」
「!? い、行く! わたし行きます! 行こ、レ級!」
「え? え? 皆どうしたの?」
片や真剣な表情で指示を出す上司、片や真剣な表情で焦燥を見せる親友。
レ級は自分が蒔いた種が起こそうとする事態をまだ予想ができず、戸惑うばかりだった。
イベント前に3-5をクリアしたら何となくこの話が浮かびました。
そして何となく401が欲しくて大型回したらまた弾薬が1万切りました。
はい、自業自得です、すいません。
帰郷の話がなかなか進まず日常の話ばっかですね。
暫く続きがちゃんと出来るまでふらふらしようかなと考える今日のこの頃です。