木曽は直ぐに挨拶をしようとしたのですが、提督はなにやら彼女を注視して直ぐに口を開こうとしません。
その視線は感情を感じるようなものではなく、明らかに何かを確認しているような妙な視線でした。
「ん……」
「あ」
「……」
「……? どうした? 大佐」
木曽は軽く挨拶を交わしてすれ違うだけだと思っていたが、自分を見たまま動かない提督に、居心地の悪さを感じて取り敢えず木曽の方から声を掛ける事にした。
「ああ、木曽か。いや、なんでもない」スタスタ
「ちょっと待て! ちょっと待て! 今の何だ? 今の間は何だ!?」
「いや、別に」
「俺の目を見て言えよ! 俺が判らなかったんだよな!? そうだよな!?」
「……何を言っているんだ? ちゃんと名前を言っただろ?」
木曽に問い詰められている提督は一見平静を装っていたが、その目は明らかに動揺し、泳いでいた。
「じゃぁ何で言うまでに時間掛かったんだ? 明らかにさっきの間思い出そうとしてたよな!?」
「……悪い」
「俺の名前を忘れるくらいボケてたのかよ!?」
確かに自分は提督とあまり話した事はなかったが、それでも戦闘ではそれなりに役に立ってきたつもりだし、その度に彼から褒められたりもしてきた。
全く接点がなかったわけではないのに、不意に受けたこの扱いに納得ができなかった木曽は尚も提督に詰め寄った。
「いや、ちょっと人違いをな」
「は?」
「一瞬、お前が天龍に見えたんだ」
「え」
「あくまで個人的な感覚なんだけどな。俺にはお前と天龍がよく似ているように感じるんだ」
「……なるほどな」
提督の答えを聞いて木曽は少し大人しくなった。
あまり自覚こそしていなかったが、改めてそう言われると分からなくもない事だったからだ。
「その男勝りの口調と眼帯。服や髪型をちゃんと見れば分かるんだが、どうしてもパッと見だと一瞬混乱してしまいがなんだ」
「……つまり差別化が必要って事だな」
「いや、そこまでする必要はないと思うぞ。さっきも言った通りちゃんと見れば俺も分かるし」
「でも俺は大佐に間違えられたくないし名前も忘れられたくない」
「それについては努力、いや、以降は間違いないようにする」
「本当かぁ? じゃぁ訊くが、俺と天龍の違いって何だ?」
「艦種だ」
「そこじゃねえよ! そんなの見なくたって名前聞きゃ誰だって判るだろ!?」
「……つまり身体的な特徴とか性格の事か」
「そうだ」
木曽は若干呆れ顔で提督の答えを肯定する。
「……性格は天龍より冷静だな。いや、比較対象にする程性格は近くはないか。戦闘自体は好きな方だが、それより周りの状況を見て判断し行動する冷静な性格だよな」
「……まあ悪くないな」ポリポリ
「次に身体的な特徴か。ふむ……む」
「ん? どうした?」
「いや、別に」
「おい、なんで目を逸らす? 何考えた? 言えよ」
「すまないが拒否する。というかあまり言いたくない」
提督は再び詰め寄る木曽にバツが悪そうな顔でかぶりを振るばかりだった。
そんな彼を訝しみながらも木曽は彼の視線が一瞬自分のある部分に向いていた事に鋭く気付いた。
「……? っ、まさ……いや……」カァ
(気付いたか?)
「そうだよな……。パッと見て判るくらい俺って天龍に負けてるよな……」
「だから言いたくなかったんだ」
「大佐は……」
木曽は視線を胸元にお歳ながらぽつりと何かを提督に訊こうとした。
提督はそんな彼女に敢えて最後までは言わせず、即答した。
「俺はどっちでもいい。愛おしければ取り敢えず問題にはしない」
「……本当?」ジッ
「本当だ」(口調が……。もしかしてこれが素か?)
「なら、いいけど……な」
「気が済んだか? ならもうこの話はよそう。俺は今後お前と天龍を間違わないし、今までもそうだったがその……大きさで好みが分かれたりもしない。いいな?」
「ああ……」
「なんだ? まだ気になる事があるのか?」
「いや、別に……」
「……話し方変えてみるか?」
「え?」
意外そうな目で提督を見る木曽。
その顔はまだ提督が何を言いたいのか解らず混乱しているようだった。
「さっき差別化をしたいとか言ってただろ? なら俺と二人の時にだけ話し方を素にしてみてはどうだ?」
「話し方を素に……? よく分からないな。どうしたらいいんだ?」
「どうするもなにも、その男っぽい口調をやめて自然な感じの喋り方にしたらいいだけだ」
「自然に……」
「そうすれば、少なくとも俺の前では天龍との違いが判るようになる」
「……なるほど」
木曽は提督の提案を静かに考える。
自分には全くなかった考えだった。
「さっき俺に大きさの事で真偽を訊いただろ? その時のお前は口調は自然だったぞ」
「大きさの事を訊いた時? あっ……」カァ
「勿論今の口調が慣れてて楽なら無理に変える必要はないだろう。これは単純に“差別化”に対する俺の提案だ」
「……分かった」
「ん?」
「大佐の前ではその……しおらしくする」
「しおらしく……無理はするなよ? 話し方を変えて負担になるだけなら意味がないからな」
「いや、大丈夫だ……あ、大丈夫。その、こういうのも何か大佐だけ特別みたいな感じで悪くないし……な。あ、悪くない……し」
「まぁお前がそう思うならいいが」
「うん……」
提督の提案を飲んだ木曽は、少し顔を赤らめながらもこの新たな試みによって自分の心が妙に温められる感じがした。
この感覚、悪くないな。
木曽はそう思った。
「……木曽、ちょっと付き合わないか?」
「え?」
「予行練習だ。茶でも飲みながら慣らそう」
「……っ。ああ! あ、いや、うん!」パァッ
「……本当、無理はするなよ?」
提督は木曽の変化に戸惑いながらも、少し心配そうな顔で彼女を自室へと導いた。
吹雪と初霜が改二になりました。
次は那智だ、頑張ろう!
あ、大鳳さんは12のままもう少し待っていて下さいorz