提督の憂鬱   作:sognathus

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提督の母親が衝撃的な発言をした瞬間、事態を把握した大人組の対応は素早かった。

*一部登場人物の個人名が出てきます


第10話 「選択」

「いやー! 離してくださいー! 龍鳳は、龍鳳は大佐とお風呂にー!」ジタバタ

 

「はい、大人しくてね」

 

際どい所で独り落ち込んでいた大和は正気に戻り、龍鳳を担いで外に出て行く。

 

「あ、秋月はその……。べ、別にたい……忠哲さんとならあ、あの……!」

 

「この事については一度落ち着いて考えた方がいいわ。だから秋月、いらっしゃい」

 

「あ、あの本当に私はだいj」

 

「秋月」ジッ

 

「はっ! 失礼致しました! 同行致します!」ビシツ

 

秋月は何とか自分は理性的に振舞って目の前の鐸の説得を試みようとしたが、やはり直接の配下でなくとも彼女は“提督”だった。

鋭い視線で見つめられ、命令するようなはっきりとした声に秋月は無意識に否応なく艦娘としての反応をしてしまった。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

果たして不測の事態はあっという間に収束し、はなえも酔い潰れて寝てしまった刻哲に無理矢理肩を貸す形で連れて行って、その後後付や就寝前の準備に取り掛かってしまった為、その場には危機を脱してホッと息を着く提督と思わぬ好機に僅かに口元を緩めて笑う要だけが残された。

 

「……申し訳ないな、騒がしくて」

 

落ち着くために二人で縁側に移動していた提督が何ともすまなそうな声で言った。

その言葉の中には今に至るまでに彼女自身に対して犯してしまった過ちに対する謝罪の気持ちも含まれていた。

 

「いいよ。気にしてない。賑やかで凄く楽しかった」

 

要は本当に気にしていないような明るい笑顔でそう答える。

 

「ねぇ提督君」

 

「う……やっぱりまだ怒ってるか」

 

「え? ああ、ごめん! 呼び方つい引っ張っちゃった。ううん、もう気にしていないから」

 

「……それで?」

 

「あ、うん。それでね忠哲」

 

「ああ」

 

「私さ、君の事が好きじゃん?」

 

「いや、俺に疑問形で言われてもな」

 

「ふふっ、まぁまぁ。それで好きなんだけどさ」

 

「……ああ」

 

「君、周防さんとの付き合いもあるし、その……艦娘の子たちのとの『カンケイ』もあるでしょ? だから今この場では私も君にあたしの気持ちに応えてもらえるとは思ってないから」

 

「……」

 

“艦娘の子たちとのカンケイ”という言葉に僅かに提督は痛い所に触れられたように気まずそうな顔をする。

艦娘の提督である以上、彼女たちと成り行きや恋愛で情事を経るのは不思議ではない事だが、それでもそれを実際に自分以外、それも自分を慕ってくれている異性に指摘されると提督は何とも言えない罪悪感居た堪れない気持ちになった。

 

「そんな顔しないでいいよ。大丈夫、私も所属する軍は違ってもその辺の事情は解っていたから。ほら、陸軍にもあの娘たちみたいな子いたいし」

 

「……すまない。ん……陸軍にも、か。あきつ丸みたいな?」

 

「うん、そう。陸軍にはね、戦車の娘ともいたんだよ」

 

「戦車……か。それ、侮辱するつもりはないが、戦力としては問題はなかったのか?」

 

「あ、っふふ。やっぱり気になるよね? 旧軍の日本の戦車は世界のと比べると性能がアレだったからねぇ。その疑問も解るよ」

 

世界大戦の折、旧日本軍が使っていた戦車の能力の足りなさは現代でも有名だった。

日本が海洋国家である為戦車の発達が遅かったのは仕方ないとは言っても、その性能の低さを愛くるしいとさえ思う人がいる始末である。

提督の心配もある意味当然と言えた。

 

「その笑い、俺が思っているほど実態は悪くないみたいだな?」

 

「正解。陸軍はねー、旧兵器の性能が海軍のと比べて大分劣っていた事は解っていたからねー。だから陸軍だけは特別に海軍とは一線を画す強化法を実行する許可を取り付けたの」

 

「一線を画す?」

 

提督は要の言葉に興味ありげな視線を向ける。

 

「うん。勿論、チハやあきつ丸も通常の戦力としてはいるよ? だけどそのままだと能力的に劣るのは解り切ったことだから海軍の艦娘と違って陸軍の娘は“最初から”強化された状態で生まれてくるの」

 

「……最初から、強化?」

 

「うん、そう。今陸軍が人用の戦車として正式に採用してる戦車があるでしょ? 実はアレを拠り所にした娘もいるんだけど、強化されたチハとかはその娘と能力を比べてもそんなに見劣りしないくらい強いのよ?」

 

「……それは、凄いな」

 

要の話を聞いて提督は心から驚いた顔をする。

現在軍が採用している人用の戦車はそれこそコンピュータなどを搭載し、砲撃の際の砲塔の照準も自動で行うようなハイテクのものだ。

そんな戦車の艦娘が既に存在するというのに、更にその娘と比較して見劣りしない力を持つチハとは最早チハとは名ばかりの別物ではないか。

一体どれほどの強化が施されたチハなのか、提督には全く想像がつかなかった。

 

「ふふ、良い顔ね。だからねー、当然海軍に派遣されているあきつ丸とかも陸軍に所属しているあきつ丸と比べたら大分違うのよ」

 

「ほう……。じゃぁ陸軍のあきつ丸もチハ同様に?」

 

「そう、海軍に派遣してるあきつ丸は実はアレ、かなり能力落とした状態なんだよね。勿論あきつ丸はその事に対して一切文句も言わないし、不満も感じない。何故ならあの子たちはあくまで“海軍のあきつ丸”として忠哲君たち提督を手伝いに来たという自覚を持ってるから」

 

「……真面目なんだな。彼女たちは」

 

「そうね。元が兵器だからというのもあるかもしれないけど、あの娘たちにとっては姿は違ってももう一度武器として軍の役に立てることが何よりの、至上の喜びであり誉なのよ」

 

「……」

 

自分が今も艦娘達に対して持っている複雑な思いを陸軍の娘たちに対しても持ったのだろう。

提督は目を瞑って苦悩するような顔をする。

要はそんな提督の肩をそっと抱き寄せて優しい声で言った。

 

「勿論、そんなあの娘たちの固定価値観を変化させて人間と兵器の垣根を越えた絆を芽生えさせるのも、指揮官である提督の力量とも言えるんだけどね」

 

「……要s」

 

「さん、は付けて欲しくないな」

 

「……要」

 

「うん。やっぱりね、あたし。忠哲君の事が大好きだよ」

 

チュッ

 

要は満面の笑顔で頬を染めてそんな事を言ったかと思うと、おもむろにそのまま自然のような動作で提督にキスをした。

 

「……」

 

提督はそれを黙って受け入れ、またキスをした要もその時、彼と唇を交わした喜びを感じながらもある別の事を考えていた。

 

(……やっぱり諦められないよ。軍に、戻ろうかな……。今度は海軍に……)




帰郷編のネタというか話はまだもう少しあるんですよね。
あと5話くらいかな。
何とか今月中に完遂したいですね。

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