提督の憂鬱   作:sognathus

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提督は所謂“修羅場”と言われる地獄を覚悟していた。
そしてそんな彼を待っていた予想外な展開とは……。

*一部登場人物の個人名が出てきます。


第8話 「理解」

「……経緯?」ギロッ

 

「……そ、そうです」(相変わらず怒るとうちの大将くらい怖いわね)

 

日本帝国海軍第4司令部司令官周防鐸少将は今、怒りで顔を真っ赤にした提督の父親である刻哲の形相と気迫にやや気圧されながらも必死に説得して宥めようとしていた。

 

「……」

 

対して怒りの対象である提督は、罰を潔く受ける罪人よろしく土下座をして額を畳に着けたまま黙していた。

刻哲は大和に後ろから羽交い絞めにされていた。

要が提督争奪戦(景品には最早抗議する気力無し)に参戦を表明し、自身の立場的不利を緩和する為に大和の提督に対する想いを看破し、彼女にも争奪戦の参戦を提案した辺りで刻哲が激怒して息子(提督)に殴りかかろうとしたからだ。

刻哲が怒った理由は提督の不純異性交遊ひとつのみ。

邪まな動機ではなく、加えてお互い同意の上での関係とはいえ、鐸や要との関係はともかく刻哲が海軍の機密事項である艦娘の存在など知ってるわけもなく、ましてや提督と艦娘との間にケッコン(仮)などといったシステムがあるなど予想も着く筈が無かったので、一人の子の父親として彼が怒るのも当然の反応と言えた。

 

「俺の息子がやった事に何か納得できる事情があるってのか!?」クワッ

 

「ひっ……」ビクッ

 

「そ、それを今から忠哲に代わって私が説明しようと……」

 

「……」(へぇ、提督君のお父さんって怒るとこんな感じなんだ。うちの父さんと似てるなぁ)

 

刻哲の怒りを前に、提督の艦隊の最高戦力である大和はすっかり怯えていた。

彼女も女性である。

戦場の恐怖には慣れていても異性の怒りに触れる機会など提督の部下をしていてあるわけがなかった。

そしてそんな刻哲を必死に宥めようとしている隣で提督に片想いを寄せる元陸軍将軍の信条要は、流石に男と交って実戦を想定した訓練や教育を受けてきた事と元々の豪胆な性格もあり、ケロっとした顔で彼の父親が怒る様を眺めていた。

 

「お願いですから少しだけ話を聞いてぇ!」

 

「……」スクッ

 

とうとう鐸が刻哲の暴走に根負けして半泣きで自分の訴えを叫んだ時だった。

要が不意に達が上がりポン、と彼女の肩に手置いた。

 

「え……?」

 

涙を滲ませた目で要を見る鐸、そして力では余裕で勝ってホールドをかけながらも刻哲の怒りの迫力に半べそをかいていた大和もまた、要が立ち上がった事に気付いて驚いた顔をした。

 

「あたしに任せて」ボソッ

 

要は鐸の耳元で小さな声でそう言った。

 

 

「……ん?」

 

羽交い絞めにされていた刻哲が自分の前に立ちはだかるようにして立った要に気付いて見上げる。

対して要はその睨むような視線に怯む事もなく、どことなく自信に満ちた笑顔を浮かべながら刻哲の両肩に手を置いた。

 

ギュッ

 

「……」ピクッ

 

軍を辞めても鍛える事を怠っていない要の腕の筋肉が僅かに膨らむ。

刻哲はその自分の肩を掴む力に、本気ではないとはいえ女性には似つかわしくない頼もしさを感じた。

要は刻哲が自分の力に反応して気を取られた好機を見逃さずしっかりした口調で話し掛けた。

 

「聞いてください」

 

「……む」

 

刻哲は焼けた褐色の顔から覗く要のくっきりとした大きい目に何か強い意志を感じ、取り敢えず落ち着いた様子を見せた。

 

「色々思う事はあると思います。だけど断言します。忠哲はお義父さんが思っている人じゃないです」

 

「……」ピクッ

 

“お義父さん”という響きに未だに伏せたままの提督がピクリと反応する。

音こそそれは『おとうさん』だが、何故かそこに彼は違うニュアンスを感じたのだ。

だが今この場においては自分はとやかく言える立場でも気力もない。

色々気になる事はあったが取り敢えず提督はその場はそのまま黙っている事にした。

目敏くその事に気付いていた要は内心くすりと笑うと、尚も刻哲から目を逸らさずに続けた。

 

「あたしは周防さんほど彼と長く付き合った事はありませんが、それでも所属が違うとはいえ同じ軍属として短い時間でも彼と関わって解った事があります」

 

「……なに、かな?」

 

刻哲は喉から絞り出し様な声で訊いた。

 

「彼は愚直です」ニッ

 

「……」

 

「意味、解りますよね? あの人は理由や責任、考えもなく女性と付き合って不幸するような事は決してしません。その動機には思わず笑っちゃいそうなくらい愚かしくも真面目な彼の性格故の理由が必ずあります」

 

「……やけに自信ありげに言いますね。周防さんより過ごした時間が短いのに何故そこまで言えるんですか?」

 

明らかな感情押しという事は自分でも判っていた。

だがそれでも相手の目を見て誠意を伝えるという行為に自信を持っていた要の思いが刻哲に伝わり、彼の心に疑惑はまだあったものの、怒りの熱が下がった事を確信した彼女はこう答えた。

 

「今ここにいる人、そして今日連れてきた子達を思い出して、見てください。彼女達がそんな不純な動機に同意するような濁った子に見えますか?」

 

「……」

 

刻哲はそう言われて目の前の要と鐸、そして今時分を捕えている大和を見上げた。

 

「……っ」ビクッ

 

「……」

 

大和はまだ怯えていたが頑張って涙が出るのを堪えて努めて真剣な表情をしようとした。

要は完全に落ち着きを取り戻し、凛とした空気まで纏って彼の視線から目を逸らさずに真剣な目でそれに応えた。

 

「……」

 

そして刻哲は目を瞑って考える。

今は妻が避難させた幼い二人の事を。

 

(……流石にそれはない。でなければ、あんな歳の子が息子にあれほど慕った様子を見せるわけもない、か)

 

 

「解った」

 

刻哲はポツリと言った。

その言葉に彼を除いた4人は揃って反応して彼を見る。

 

「話は解かりました信条さん。まぁ……あれだ根拠はまぁ、アレだが言いたい事は解った。だから信じる事にしますよ、愚息を」

 

「お義父さん……」

 

要はそこでやっと表情を綻ばせて柔らかい笑みを浮かべた。

刻哲は少し体裁が悪そうにこめかみを掻きながら居住まいを正すと、手に着いていた血を着物の袖で軽く拭ってこう言った。

 

「取り敢えず酒だ。せっかくこんな息子を慕って5人もうちに来てくれたんだ。ちょっと祝い事くらいしないと何も始まらない」

 

「父さん……」

 

ようやく額を少し上げて自分を見る息子に対して刻哲はまだ僅かに複雑そうな表情をしながら言った。

 

「まぁ、多少は脚色してもいいから少しくらいは話、聞かせろよ?」




帰郷編の続きです。
ペースが何か変な事になってますが、今月中には終わらせて妙なナンバリングも整理するつもりです。

申し訳ございません!

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