実家を訪れて驚愕の事実に提督が焦る中、災難は自ずと現れたのだった。
*登場人物が多いので、大和・秋月・龍鳳に関してはセリフの前に名前を入れてます。
*一部登場人物の個人名が出てきます。
「忠哲、来てくれたんだね!」
ギュッ
「……」
大和・秋月・龍鳳「 」
「ふ……」
「あらぁ、はははは」
元日本帝国陸軍“准将”信条要(しんじょう かなめ)は歓喜の笑顔に涙を浮かべながら人目も気にせずに目の前の提督に抱き付いた。
彼女が軍を辞めてからまだ1年ほどしか経っていないので、見た目は軍に籍を置いていた時と比べて髪が伸びているくらいしか違いはなかった。
活発そうな雰囲気、明るい笑顔、引き締まった身体はどれも過去の彼女と何一つ変わっていなかった。
まだ20代前半の彼女が若くして周りから将軍と呼ばれるまでの地位に着けたのは、親類縁者にその軍関係者が多かった事、生まれが旧家で家柄に恵まれていた事などが理由にある。
だがそれは彼女にとっては不本意以外の何ものでもなかった。
勤勉と努力を美徳とする彼女は不本意ながら明らかに回りより早く准将まで昇進すると、そのまま幹部コースに進むとお思いきや、なんと周りの予想を裏切って前線の指揮官となる事を選んだ。
その結果、出世コースを歩んでいた頃は親の七光りなど仕方のない誹謗中傷を時折受けていたが、現場に自ら出るようなってからは元々持っていた優れたセンスを開化させた。
そしてめきめきと頭角を表し、気付いた頃には最良の前線指揮官のひとりと周りから認められるまでになっていた。
そんな彼女はある日突然軍を辞めた。
理由は、今本人が抱き付いている男にあった。
何がきっかけで惚れたかはよく覚えていないが、彼に好意を抱くようになってからは、軍人としてではなく女として彼に好かれたいと希望を抱くようになり、その結果“軍を辞めて女を磨く”という極端な答えに辿り着いたのだった。
だが、ただ辞めて彼から離れただけでは意味が無い。
自分が離れた結果彼が誰かと恋添い遂げる可能性は否定できなかった。
故に彼女は保険を掛けることにしたのだ。
認識票を使い、自分の気持ちを贈るという行為を。
その結果はどうやら功を奏し、今目の前に来てくれた。
正直言って、一年程度で自分の前に現れるとは思っていなかったので、花嫁修業はまだ完全とは言えない状態だったが、それでも要は彼が自分に会いに来てくれた事が本当に嬉しかった。
だが肝心の抱き付かれている提督は、どうやら彼女の突然のこの行動に意表を突かれてどう反応したらいいのか困っている様子だった。
抱き付いた腕に力を入れて揺らすたびに力なく彼の顔はふらふらと揺れていた。
それも仕方のない事だ。
要は一旦その昂ぶる感情を落ち着かせると、まだ目尻に残る涙を拭いながら話し掛けた。
「忠哲、お前本当に来てくれたんだね……。お前変なところで針の穴に糸を通すような鈍感見せるからさ。正直、あたしに会いに来てくれるか不安だったんだけどさ、嬉しいよ……。認識票見てくれたんだな」
「……准将……」
提督は、何故か青ざめた顔で、そして更に生気のない眼で彼女を見て、やっとの思いで喉の奥から言葉を発した。
その様子に要は心配半分不満半分と言った顔でちょっとむくれながら言葉を返した。
「ちょっと、准将何て堅苦しい言い方よしてよ。もう軍人じゃないんだからさ。名前で呼んでよ。それに、大丈夫? なんか調子悪そうだね」
「……」
提督はただ黙る事しかできなかった。
「長旅で疲れたんでしょ。ね、こっちで休んだら家に来なよ。色々話したいし、紹介し……」
早速提督に猛アピールを始めようとしたところで要はようやく気付いた。
彼が連れてきていた大和達に。
「あれ……? えっと、あれ、は失礼だね。えっと、あの子達って……」
軍に身を置いていた彼女は当然ながら艦娘の事は知っていた。
自分の回りにも兵器を模した似た存在がいたから尚更だ。
私服を着ていたとは言え、過去に関連の資料や実物を見た事があった為、彼女には一目で大和達が艦娘だと判った。
だがそれはまだ現時点では軍事機密だった。
提督は枯渇し掛けていた気力を振り絞って、なんとか正気を保つと、彼女にそれ以上言わせない様に口を抑えた。
「んぐっ?」カァッ
「じゅ……信条さん」
「……」ジトッ
要が不満そうな半目で提督を見た。
どうやらまだ呼び方に問題があるらしい。
ここは彼女を不機嫌にさせてはいけない。
即座にそれを悟った提督は速やかに呼び方を改めて言った。
「要、悪い。ちょっと外で話そうか」
「ん……♪」
要は直ぐにほんのりと顔を赤らめて嬉しそうな顔になり、口を抑えている提督の手を握って小さくコクリと頷いた。
「というわけで、父さん母さん、ちょっと出かけ来る。直ぐ戻るから」
「おう」
「はいはい♪」
大和「……た……」
暗い表情で大和が途切れそうな顔で提督を呼ぼうとしていた。
「大和、悪い。ちょっと皆をみていてくれ。……直ぐに戻るから」
提督はそう言って、さっと何かメモに書くとそれを大和に渡した。
ソッ
大和「……?」
大和は提督が見知らぬ女性を連れて家を出ていく後姿を、悲しみに暮れた顔で見送っていたが、その際に渡されたメモを思い出し、手を開いてそれを見た。
そこには……。
『心配するな』
と一言だけが書いてあった。
「た……さ」
そんな素っ気ない言葉だったが、大和は少し安心した。
だから横で泣いていた秋月と、まだ状況がつかめずポカンとしている龍鳳を優しく抱き締めて安心させる事ができた。
その様子を微妙な表情で提督の両親は見ていた。
「なぁ、どう思う?」
「んー、寂しいとはちょっと……うーん」
哲刻の疑問に対して妻のはなえは何となく波乱の予感を覚えながらも、少し楽しそうに笑っていた。
帰郷編の続きです。
新キャラ、案外気に入ってたりします。