提督の憂鬱   作:sognathus

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提督が実家に戻って家の中に入ると、そこには彼の父親が居た。
父親は提督を見ると、片手に持っていた酒が入ったグラスを静かに置き、石の様な表情でゆくりとこちらに近づいて来た。
その時提督と一緒にいた彼の母親は何かを察し、勢いをつけて迫ろうとした父親にとっさにしがみついたのだった。

*登場人物が多いので、大和・秋月・龍鳳に関してはセリフの前に名前を入れてます。

*一部登場人物の個人名が出てきます。


第4話 「緊急事態」

「……っ、この……!」

 

「あんたダメ!」ガシッ

 

「放せお前っ、放さんかぁぁぁぁっ!!」クワッ

 

秋月・龍鳳「ひっ」ダキッ

 

大和「大丈夫よ」

 

凄まじい剣幕でこちらに迫ろうとした提督の父親に、秋月と龍鳳は恐怖に震え、思わず近くにいた大和に抱き付いた。

対して提督は、顔を真っ赤にして理解できない言葉を喚き散らす自分の父親を疲れた目で見ていた。

 

「!@%#?!!」

 

「……」(やっぱりこうなったか)

 

大和「あの、た……だてつ、様……あ、さん? こ、これは?」

 

「まぁ、大方予想通りだ」

 

「と言うと?」

 

「俺が連れて来たのが女ばかりだったから何か勘違いしたんだろう」

 

「え? 勘違い……?」

 

「忠哲! 貴様! お前ナァ! 自分が今なにを……! っ、放せと言っているだろぉ!」

 

父親は未だに怒り狂っていた。

母親が必死にしがみついて止めていなければ直ぐにでも提督に飛びつかんばかりの勢いだ。

提督は努めて冷静に静かな口調で父親に語り掛けた。

 

「父さん、はっきり言わせてもうけど父さんは誤解しているだけだ」

 

「ああ!?」クワッ

 

秋月・龍鳳「ふぇっ」ダキッ

 

大和「よしよし」

 

「誤解ってなんだこら!? こんな若い女連れてきてこぶつ付きみたいなのも二人もよぉ!? 子供なんて言い訳きかんぞ! 明らかに歳合わないだろうが!」

 

「……本当に落ち着いてくれ。俺が娼婦に手を出したと思ってるんだろ? やめてくれ、本当に。俺はともかく、この子達に失礼だろ」

 

「……っ、失礼……?」

 

「そうだ。さっきも言った通り誤解しているだけだ。目の前の息子をどうか信じて欲しい」フカブカ

 

「……」

 

父親はそこでようやく少し静かになり、土下座をして弁明する息子を冷めつつある頭で見る。

母親もそのタイミングを逃さず、すかさずフォローに回った。

 

「ほら、忠哲もああ言ってるじゃない。あたしらの子があんたが思ってるような事するわけないでしょ……?」

 

「……もし本当にしてたら腹を切ってる」ボソ

 

提督の呻くような呟きが聞こえたのか、父親はやっと落ち着いて怒っていた肩を下げた。

 

「……まぁ……。いい、取り敢えずはまぁ……」

 

「……説明していいか?」

 

「……悪かった。座れ」

 

 

「まず連れてきた彼女達だけど、こちらは大和さん、俺の仕事仲間だよ」

 

提督は大和達を自分の後ろに座らせて、改めて説明を始めた。

母親はそれに合わせて相槌を打つかのようにポンと手を叩く。

 

「あら、やっぱり」

 

「随分若いな……。事務の……お仕事ですか?」

 

まだ疑念が晴れない父親は、訝しむ目で大和に質問した。

大和は初めて父親に話し掛けられて、驚きつつも何とか受け応える。

 

大和「え? あ、は、はい!」

 

「そうですか。あ……さっきは申し訳ない」

 

大和「い、いえ。だ、大丈夫ですから!」

 

「……それで」

 

今度は大和の横に並んでいた秋月と龍鳳の方を見る父親に提督は説明を続けた。

 

「ああ、この二人は大和さんの妹だよ」

 

「……なるほど」

 

「思った通りだわぁ。あなた達、さっきは怖がらせちゃってごめんなさいね。お名前、聞いていいかしら?」

 

秋月「あ、秋月と言います! 初めまして! よろしくお願いします!」

 

龍鳳「龍鳳……です。あの……よろしくお願いします」

 

秋月と龍鳳はそれぞれ挨拶をしたが、龍鳳の方はまだ恐怖で身体が固くなっている様だった。

自己紹介する口ぶりもどこかたどたどしい感じが拭えない。

提督の母親はそんな彼女を安心させるように優しい笑顔で言った。

 

「秋月ちゃんはさっき聞いたわね。龍鳳ちゃん……? カッコイイお名前ね」

 

「あ、ありがとうございます!」パァッ

 

「ん? おい、苗字は?」

 

名前だけしか聞いてなかったのが気になった父親が、当然のことを聞いて来た。

提督は苗字の事までは叶えていなかったので焦る。

 

「苗字? あ……苗字な。苗字は、あー……」

 

大和「クレです」

 

不意に大和が発言した。

父親は聞き慣れない苗字に眉を潜める。

 

「クレ?」

 

大和「はい。日暮れの“暮れ”という感じ一文字で暮です。お義父様、お義母様、改めて自己紹介致します。お初にお目にかかります。暮大和と申します」

 

(なるほど。呉工廠からから取ったのか。……なんか親父たちの呼び方に違和感を感じるな)

 

「暮さんか……」

 

「はい」

 

最初こそ訝しむ気持ちがあったものの、父親は丁寧な大和の態度に警戒心を解くことにした。

居住まいを正すと、改めて大和の方に向き直り母親と一緒にお辞儀をしてきた。

 

「忠哲の父、哲刻です。こっちは妻のはなえです。皆さん先程は本当に失礼しました」ペコ

 

「ごめんなさいね」ペコ

 

大和「い、いえ。本当に気にしないでください!」

 

秋月「そうです。私達はもう大丈夫ですから!」

 

龍鳳「……!」コクコク

 

「ありがとうございます。……で、忠哲よ」

 

「ん」

 

「今日はどうした?」

 

当然の質問である。

だが、それには容易に答えられる。

提督は落ち着きを取り戻した態度でゆっくりと答えた。

 

「まぁ、久しぶりの帰郷なんだけど、大和……さん達に仕事でお世話になってるからちょっとお礼の代わりに連れてきたんだ」

 

「ふむ……」

 

「本当にただのお礼だよ。誘ったんだから経費は全部俺持ちだ」

 

大和(ただの……)シュン

 

秋月(お礼……)シュン

 

龍鳳「?」キョトン

 

「ま、そういう事なら問題ないか。なぁ」

 

「ええ、そうね。一時はどうなるかと思ったけど、波風立たなくて良かったわぁ」

 

「問題? 波風……?」

 

提督は何故か明らかに違う事で安堵の表所をする自分の両親が気になり、探るような顔をする。

 

「丁度良い。その内話すつもりだったからこの際に言うがな」

 

「……ああ」(凄く嫌な予感が)

 

「忠哲、あんたもう30でしょ? 軍人さんの仕事ばっかりやってたら良い人探すのも難しいと思って」

 

「……」(まさか)

 

「そうだ。見合いだ。相手を探しておいた」

 

大和・秋月「!?」

 

龍鳳「おみあい?」

 

「……まぁ、うん」

 

キョトンとした顔で提督にその意味を乞う龍鳳だったが、残念なことに提督はそれに答えてやるほどの余裕が既になかった。

 

「いや、俺も無理矢理とは思ってない。だけどな、探した相手は全く問題ないとは思うんだ」

 

「そうなの。あ、別に本当に無理矢理じゃないのよ? でもお父さんが言っていた通り本当にピッタリだと思うから!」

 

「ピッタリって……どうしてまた、妙に自信があるような?」

 

「そう、それだ。その相手な。お前の知り合いだ」

 

「え?」

 

「前に陸軍で働いていた人なんだけど。覚えてない? あの子、あなたと顔馴染って言ってたわよ」

 

「陸軍の……顔馴染……。もしかして」

 

提督の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。

まだ士官学校を卒業して晴れて軍人となって間もない頃だ。

 

「思い出したか? 信条要さんだ」

 

「あ、ああ……確かに覚えてる。しかしまたなんで、彼女なんだ?」

 

「え? なんでってお前、あの子はお前に言伝してあるからその気になったら必ずここに帰って来るはずだって言ってたんだぞ?」

 

「言伝? いや、覚えが」

 

「ええ? 忘れてるだけじゃないの? 要ちゃん、ちゃんと言伝の代わりに大事な物あなたにあげたって言ってたわよ? ほら、なんでしたっけお父さん、えっと……」

 

「認識票だ。裏にこっちの住所を書いておいたって」

 

「認識票……裏……!」

 

提督は更に思い出した。

彼女が軍を辞める時に自分と話した時の事を。

 

「やぁ、まさか生まれの土地が一緒だったとはな。ここに来たっていう事はもうあの子には会ってきたんだろ?」

 

「……」

 

提督はかつてない程焦りの汗を流していた。

まさかこんな展開など予想などしていなかったから。

 

大和・秋月・龍鳳「……」

 

後ろの三人はそれぞれ何か言いたそうにこちらを見ていた。

龍鳳は単純に状況が理解できていないようなだけみたいだったが、他の二人は違った。

大和と秋月は今にも泣きだしそうな顔でこちらを見ていた。

 

(切り抜けなければ、どうする……)

 

提督は心中、頭をフル回転させる。

様々な方法を模索はしてみるものの、その過程で彼女もここに来ることを思い出した。

 

「……」

 

目の前が真っ暗になりそうだった。

災難というレベルではない、これは自分の名誉の大事に繋がりかねない。

考えなければ何か、何かを……。

提督がそうして死にそうな顔で五里霧中の中を模索していると、災難の一つが早速自ずから彼に寄って来た。

 

「ごめんくださー……って、おい! おま……来てくれたんだ!」

 

明るい声に感動で滲み出た涙で僅かに震えも感じた。

提督がその声に反応して、後ろを見ると、そこには見覚えがある褐色の肌に相変わらずのはねっ毛が特徴的な、陸軍のかつての知り合いがいた。




大分遅くなってすいません、遅々とした更新となっておりますが、帰郷編の続きです。
4月には大分進めます。

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