港で立ち尽くし、悩んでいた提督のポケットの中で不意に何かが小さな振動と共に音を発した。
「ん? 携帯? 衛星の方じゃない。普通の方か。もしもし?」ピッ
『あ、出たわね。もう着いたの?』
スピーカーからは聞き覚えのある声が聞こえた。
「ああ、君か。着いた。今鹿児島だ」
『……は?』
一瞬張りつめた緊張を伝える沈黙の後、唖然とした彼女の声が返ってきた。
「今、船でようやく鹿児島に着いたところだ」
『……え? なんで? なんでもう鹿児島にいるの? だって本部には来てないじゃない」
「ああ、本部に寄るのは後にしようと思ってな」
『……!』(しまった! こいつ……こいつは……ああ、もう! そうよ!こいつはそこういう奴だったわ!)
本部の執務室で彼女は口に手を当てて自分の迂闊さを恨んだ。
『……?』
その後ろで餅を食べていた武蔵は彼女の動揺ぶりを不思議そうな目で見ていた。
「……? どうかしたか?」
『……迂闊だった』
「え?」
『油断した……』
「おい、どうした?」
聞き慣れない彼女の恨めしそうな声に、何故か波乱を予感した提督は僅かに戦慄した。
『……なんでもない。はぁ……えーと、今鹿児島にいるってことはそのまま田舎に行くのね?」
「ん? ああ、そうだが」
『そ、私も行くから』
「は?」
『前に一回行った事あるから実家の場所は覚えてるわ。そこで間違いないでしょ?」
「いや、そうだが……別にわざわざ来なくていいぞ? 後の方にはなるが、本部には寄るわけd」
『行くから?』
有無を言わさぬ迫力があった。
これは断れない、止めてはいけない。
提督はそう直感した。
「……分かった」
『じゃ、着いたらまた連絡するから』ピッ
「……」
先程とは違う雰囲気で再び沈思する表情を浮かべる提督に大和達は心配そうに声を掛ける。
「大佐?」
「お父さんどうしたの?」
「大佐……?」
「いや、なんでもない。……それより、そうだ。どうしようか」
思い付きとはいえこれも重要な事だ。
提督は自分の不安を彼女達に悟らせない為にに話題を変えることにした。
「どうしたの?」
「いや、実家に帰る以上親にお前達の事を説明しなければならない。それをどう言ったものかと思ってな……」
「ご両親に紹介……!」
提督の言葉をまるで衝撃的な事実を知ったかのような顔で目を見開く秋月。
「いや、説明だ。まぁ意味は同じ……か?」
「大佐の……お義父様とお義母様……!」
「大和……?」(なんだ? なんかあの表情を見ると言葉の意味が違って聞こえる……?)
「別に悩む必要はないと思います。だってお父さんは龍鳳のお父さんですから」
「……」(これが一番の問題かもな)
「取り敢えずその事はフェリーの中で考えよう。そうだな、それじゃぁ親に会う前に注意し無ければならない事があるからそれを伝える」
「注意、ですか?」
「わ、私大佐のよ、よ……ぇとして恥ずかしくないように頑張ります!」
「わ、わたしも! 龍鳳も大佐の娘として……!」
「二人とも落ち着け。そういう事じゃない。俺が伝えたいのは父親の性格の事だ」
「大佐のお父さん?」
「そうだ。俺の親はな。母親は問題ないんだが、父親の方はなんと言うかこう……かなり昔気質でな」
「厳格、ということでしょうか」
秋月がおずおずと聞く。
「良く言えばな。悪く言えば頑固……いや、偏屈か? まぁともかく難しい性格なんだ」
「どのような性格なのですか?」
提督の父親という貴重な情報をより詳細に確かめる為に大和が真剣な表情で秋月の後に続いて質問してきた。
「特徴を伝える良い例を挙げるとすれば……。そうだな……大和、襖の溝、鴨井と言うんだが。それと敷居を含めた木の部分があるだろう?」
「え? ええ、はい」
「それを踏むとな、凄く怒る」
「えっ」
「そ、それだけで……?」
秋月と龍鳳はその一言で一瞬で不安そうな顔になった。
「ああ、流石に家族以外の、女性にはしないとは思うが、俺が子供頃それをついしてしまうと物がよく飛んできた。硯や茶碗とかな」
「も、物が……」
秋月は、自分の目の前に硯や茶碗といった、当たれば痛いだけじゃ済なそうな固い物が飛んでくる様を想像して冷や汗を垂らした。
「あと、元々無口なんだが、食事中は完全に無言だ。話し掛けられるのは勿論、食事中に会話が混ざるのも嫌う」
「無言の……食事……」
いつも提督や仲間と食事を摂る時は楽しい雰囲気なのが当たり前であった龍鳳にとって、会話がない食卓の風景はとても想像が難しかった。
「と、まぁこんな気難しい性格をしているわけだ。そんな親父にどうお前達をどう説明するか……。ああ、これはフェリーで考えるんだったな。取り敢えず行こう」
「は、はい」(提督のお義父様……かなりの難敵みたいね)
「硯……茶碗……」(ちゃ、ちゃんとご挨拶できるかな……)
「こ、怖そう……」(お父さんのお父さんなのに凄く怖そう……)
提督の説明を聞き終わった大和達はまだ見ぬその父親に言いようのない不安を感じるのであった。
今回の話は完全に筆者の身内ネタです。
ま、艦これにはいろんな提督がいるのでこういう設定とネタの使い方も悪くないと思ったわけです。
この作品を書き始めた当初はまさか提督の両親までネタとして使う事にになるとは思わなかったですねぇ……(遠い目)
いや、勿論ネタに詰まったとかではなく、面白そうと感じたのでやるわけですが。