提督の憂鬱   作:sognathus

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ある日、執務室にいた秋月は提督の私室から響く物音を耳にした。
ドアは開けっ放しになっており、そこから垣間見えた提督の姿は何やら荷造りをしている様だった。

*後半、登場人物が多くなるのでセリフの前に名前入ります。


第61話 「指名」

「大佐、どうして荷物をまとめてるんですか?」

 

「ん? ああ、国に帰るからその準備をしてるんだ」

 

「え?」

 

「ああ、そういえば話してなかったか。前の作戦が終わったらちょっと国に帰る予定でな」

 

「国……日本に、ですか?」

 

「ああ。急で悪いが叢雲たちには言っておく。基地の事は頼んだぞ」

 

『国に帰る』『基地の事は頼んだ』

何気ない一言だったが、提督のその言葉は秋月にある結論を連想させて激しく動揺させるのに十分な効果があった。

 

「基地の事って……。そ……あ……れは……もしか………その……」ジワ

 

「秋月?」

 

提督は背後で異変を感じ、振り返るとそこには目に涙を溜めて今にも泣きださんとしている秋月がいた。

 

「……っ」ダッ

 

「……?」

 

状況が理解できずに戸惑った表情をする提督に、秋月はついにその場にいる事が堪え切れなくなりその場を走り去ってしまった。

提督はその背中を呆然と見つめる事しかできなかった。

 

 

 

「長門さん! 加賀さん! あ、良かった金剛さんも!」

 

基地内の喫茶店で軽食を食みながら憩いのひと時を過ごしていた長門達は、酷く狼狽した秋月の声に一斉に振り向く。

 

「ん? どうしたんだ秋月。血相を変えて」

 

「大丈夫? 落ち着いて」

 

「Oh どーしたノ? 何かあッタ?」

 

「大佐が……大佐が……」フルフル

 

「大佐が?」

 

「どうかしたのですか?」

 

「n?」

 

「大佐が国に……日本に帰っちゃうんです!!」

 

「は?」

 

「え?」

 

「What?」

 

「大佐が……大佐が……い、いなく……う……ぇ……っ」

 

突然の報告に長門達は目に点にする。

そして、そんな一同の前で秋月は、今度こそ自分が知った事実に耐え切れなくなってその場に泣き崩れた。

 

「まぁ落ち着け。ほら」ヨシヨシ

 

「大佐が日本に? 本部に立ち寄る用でもできたのかしら?」

 

「う……ぐす。ちが……違うと思います。き……基地のこと……は、頼んだって」

 

「HAAAAAA!?」

 

「何ですって……?」

 

「ほう?」

 

新たな事実に金剛と加賀が動揺の声を上げる。

幸いに長門はまだ普段通りだった。

 

「多分大佐は本部に着任になるのではないでしょうか……。だから新しい提督が来るまで基地の事は……」

 

「それは聞き捨てならないネ!! ちょっと大佐を search してくるヨ!」

 

「私も付き合います。可及的速やかに、即刻真実を確認する必要があります。最優先事項です最優先事項ですさ……」

 

「おい、待てお前達まで動揺してどうする。おちつ……」

 

「私も行きます!」

 

「Goooooood! 行くヨ!」

 

「了解」

 

「はい!」

 

「おい、ま……」

 

バタンッ

 

 

「……行ってしまった」

 

「長門さん?」

 

「 龍鳳」

 

一人残された状況に唖然としている長門が声がした方を向くと、そこは喫茶店の入り口からひょこりと顔を出して不安そうにこちらの様子を窺っている龍鳳がいた。

 

「どうかしたんですか? 加賀さん達。何だか凄い勢いでしたけど」

 

「んー……」(これはまだ広める段階ではないな)

 

「長門さん?」

 

「ん? ああ、悪い。何でもないよ。ちょっとゲームでつい熱くなってしまっただけだ」

 

「ゲーム?」

 

「連想ゲームだ。出題者がヒントを出してそれを当てるのがルールでな。金剛が言ったヒントがどうしても納得できないとか言って実際に本人も含めて確認しに行ったんだ」

 

「はぁ……なるほど」

 

「はは、まぁ金剛はともかく、加賀や秋月のあんな姿を見れば驚くのも仕方ないな。あいつらも根は無邪気という事なんだろうな私みたいに」フンス

 

「え?」

 

「ん? なんだぁ? 龍鳳。私は無邪気には見えないか?」

 

つい反射的に疑問の声を上げてしまった龍鳳に長門は面白そうに笑い掛ける。

 

「あ、いえ、そんな事は!」アセ

 

「ふふ、気にするな。ちょっとからかっただけだ」

 

「えぇ……もう、驚きました。でも正直に言うとわたしは長門さんは、無邪気というよりカッコイイと大人という感じがします」

 

「ほほう? それはそれで光栄だな。 だがな龍鳳、私だって結構無邪気で純情な乙女なんだぞ?」

 

「え?」

 

「私はカワイイものが大好きなんだ。だから部屋にはヌイグルミやハニワがだな」

 

「え? は、ハニワですか? ハニワってあの埴輪ですか? ヌイグルミは分かりますけど、ハニワ……」

 

「ん? 可愛くないか? あのつぶらな瞳とか」

 

「ん、ん~……」(瞳何て無いよ。空洞だよ……)

 

「ふむ……龍鳳には一度、可愛らしさについてじっくり……」

 

「えっ」

 

「ふふ、冗談だ」

 

「は、はぁ……」(長門さん……この人だけは本当によく分からないなぁ)

 

「ま、そんな事よりだ。龍鳳、ちょっと訊きたいんだが?」

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

「大佐が何処にいるか知っているか?」

 

 

 

「大佐、出立の準備完了しましたよ」

 

堤防の上で釣りをしている提督に大和が後ろから声を掛けてきた。

 

「ああ、すなまないな大和」

 

「いえ、このくらい。それで、どのくらい滞在される予定なんですか?」

 

「ああ、その事なんだがな。実は今度の休暇は艦娘の随伴も何人特別に許可もされているんだ」

 

「え?」

 

「どうだ? お前さえよければ一緒に来るか?」

 

「そ……い、いいんですか!?」ズイ

 

大和は不意の誘いに目を丸くしたかと思うと、今度は真剣な顔をして提督に迫る。

 

「予め連れて行く奴が決まっていれば前と違って騒ぎも大きくならないだろうしな」

 

「あ、なるほど。でも、そのお誘い……いえ、好機逃すわけにはいきませんね!」

 

「ん、それじゃあ?」

 

「はい! 是非ご一緒させてください!」

 

 

「よかったここにいたか」

 

「おとーさん!」

 

 

自分達に掛かってきた新たな声に大和と提督は振り向く。

するとそこには、長門と龍鳳堤防の下から彼らを見上げていた。

 

「ん?」

 

「あ、長門。それに龍鳳ちゃん」

 

「いや、ここにいて良かった。今頃基地の中は凄い騒ぎだろうからな」

 

「何かあったのか?」

 

「ま、それは後で話す。それより大佐ちょっと小耳に挟んだんだが、帰国するのか?」

 

「え?」(何それ。聞いてない!)

 

長門に着いて来ていた龍鳳は思わぬ事実に驚いた顔をする。

もしかして加賀達が血相を変えていたのはそれが理由だったのでは?

龍鳳はここに来てようやく長門が自分に教えた連想ゲームが彼女なりの方便だった可能性に気付いた。

 

「耳が早いな。秋月に聞いたか?」

 

「まぁな。だが、ふむ……二人が話していた感じから察するに今回の帰国は本部に用事があるわけではなさそうだな」

 

「ああ。なんでも親父たちに特別に用意された特別な機会らしい。つまり純粋な休暇だ」

 

「なるほどな……理解した。前の作戦の成功報酬みたいなものか?」

 

「勘が良いな。そう聞いている」

 

「ふーん……」

 

「長門?」

 

「あ、すまない。大佐、大和も一緒でいい。ちょっと話が……」

 

 

 

「――というわけだ」

 

「……なるほど」

 

「あー……」

 

「……」ヒシッ

 

長門から話を聞き終えた提督は腕を組んで考え込む沈鬱な顔をしていた。

その傍らでは大和が何かいろいろと納得した様子で半笑いを浮かべ、そして何故か龍鳳は彼の足にまるで親から離れる事を拒む子供の様にひしりとしがみついていた。

 

「秋月の誤解が広まっているわけか。いや、俺も断片的に情報を与えるような話し方をしたのが悪かったな。それと龍鳳離れろ」

 

「や!」

 

「……まぁあいつらの誤解は俺が直接解く。長門、報告ありがとう」

 

「ああ、気にするな。私は最初からなんとなく予想してたしな。それよりだ」ズイ

 

話し終えた長門は屈託なく笑いながら提督に近づく。

 

「ん?」

 

「他に誰を連れて行くつもりなんだ? 後何人くらい?」

 

「確か3人だったかな。丁度いい、長門おま……」

 

「わたしも! お父さんわたしも連れて行って下さい!」

 

提督が目の前の女性を誘う前に龍鳳が置いて行かれまいと声を上げる。

 

「分かった。連れて行ってやるから離れろ」

 

「……本当ですか?」ジッ

 

「ああ」

 

「……っ」パァッ

 

ヒシッ

 

 

「~~♪」

 

「……」

 

「あはは、結局何も変わらなかったな」

 

「……」(可愛い……)

 

自分も連れて行ってもらえる事に安心した龍鳳は、歓喜の笑顔を浮かべると更に今度は提督の腕に嬉しそうに抱き付いた。

その屈託のない無邪気な反応に母性をくすぐられた大和はほんわりとした顔でその光景を眺めていた。

 

「で、長門どうだ?」

 

「お? 最後の一人に私を誘ってくれるのか。そいつは嬉しいな。だが、ふむ……」

 

提督は流石に長門が即答で快諾するとは予想していなかったが、真剣に悩む様子の彼女を意外に思った。

 

「どうした?」

 

「ああ、悪い。大佐、せっかくだがその誘い、今回は辞退させてもらおう」

 

「「え?」」

 

提督と違って恐らく長門が二つ返事で快諾すると予想していたのだろう。

大和と龍鳳は心から驚いた声を同時に出した。

 

「ん、そうか」

 

「ああ。誤解しないでくれよ? 別に嫌なわけじゃない。ただ、、大佐が不在の間の基地の方も気になってな」

 

「ふむ、なるほど」

 

「う……」

 

「あ……」

 

長門の答えに大和と龍鳳は恥じる顔をする。

どうやら自分の欲求に素直に従った自分を恥ずかしく思っている様だった。

 

「はは、二人ともそんな顔してくれるな。私だって最初に誘われていたら行っていたかもしれない」

 

「長門……」

 

「長門さん……」

 

「替わりと言っては何だが大佐、私から随伴を推したい奴がいるんだがいいか?」

 

「勿論だ。誰だ?」

 

「ああ、それはな……」

 

 

 

「え!? わ、私ですか!?」

 

堤防での一件から暫く後の事、既に提督から直接話もあり、誤解が解かれた基地は普段の落ち着きを取り戻していた。

その時に秋月は提督から一緒に帰国の際に随伴しないかと誘われたのであった。

騒ぎの原因といえば言い方が悪いが、そんな自分を提督が誘ってきた事に秋月は心底驚いた。

 

「ああ。なが……んんっ」

 

「?」

 

「秋月、耳を貸せ」ボソ

 

「え? あ、は、はい」

 

「この前の夢の件からまだお前のことが気になっていてな」ヒソ

 

「あ……」カァ

 

「それで、どうだ? お前さえ良かったら、だが」

 

「あ、はい。私でよろしければ!」

 

 

金剛「ウぅ~、く、悔しいデス~」

 

秋月が顔を輝かせて嬉しそうに提督と話している様子を、何とも言えないといった微妙な雰囲気で見守る一団がいた。

 

加賀「でも、大佐の直接の指名なら仕方ないですね。それに今回は1週間の留守。用心の為に戦力は残すという長門さんの考えは理解できます」

 

金剛「hm......まぁ、そうネ。確かにそれは間違ってはいないワ」

 

提督「皆、納得してくれて助かる。なに、お土産はちゃんと買ってきてやるから」

 

背後で囁かれる声に気付いたいのだろう。

提督は声が聞こえた方を振り返り、彼女たちのご機嫌を取ることにした。

 

隼鷹「大佐、お酒! 内地のお酒頼むよ!」

 

深雪「ん~、あたしは美味しいのならなんでもいいけど……でも別に食べ物以外でもいいよ!」

 

敷波「食べ物以外かぁ……じゃ、ゲーム、とか?」

 

愛宕「いいわね! それ!」

 

川内「あたしもなんでもいいよ! でもなるべくなら可愛いのかな」

 

加古「わたしは元気なのがいいなぁ」

 

あきつ「二人ともあまりにも希望するものが抽象的過ぎるのであります。大佐が困っていますよ」

 

ハチ「本、お願いできるかしら?」

 

明石「大佐、私は工具がいいです! このリストに載っているものをですね……。あ、これ自作の衛星電話です。ちゃんと2つ用意したので追加をお願いしたい時はこれに掛けます」

 

提督「分かった分かった。お前たちも他にも欲しいのがあったらこれを使え」

 

ハーイ

 

提督「じゃぁ、行ってくる」

 

 

 

飛龍「はぁ、行っちゃったなぁ」

 

提督を載せた高速艇が消えた方の海を眺めながら飛龍がぽつりと言った。

 

神通「寂しいですけどお土産を楽しみにしましょう」

 

長門「そうだな。ま、久しぶりに実家に帰るんだ。両親とも積もる話もあるだろう。偶には大佐もゆくりさせてやろうじゃないか」

 

金剛「エ?」

 

不知火「は?」

 

ざわざわ……

 

長門の言葉に一部の娘たちがピクリと反応する。

その反応はやがてざわめきとなり、さざ波の様に広がっていった。

 

長門「ん? 皆、どうしたんだ?」

 

榛名「あのー、長門さん」

 

榛名がおずおずと手を挙げながら質問してきた。

 

長門「ん?」

 

榛名「大佐は実家へお帰りになるんですか?」

 

長門「そりゃそうだろう。1週間時間あるんだぞ? そりゃ実家にも帰るだろうし親にだって会うだろ」

 

まるゆ「……! 確かに、考えてみれば!」

 

榛名「大佐の……」

 

不知火「ご両親……」

 

加賀「不覚でした……」

 

武蔵「……お、おい長門」

 

場の雰囲気に不穏なものを感じた武蔵が長門を小突いて異常を知らせる。

 

長門「むぅ……これはしまったかもな」

 

加賀「追います。直ぐに準備を」

 

鳳翔「え?」

 

金剛「大佐の parents......! shit! shiiiiiiit!!」

 

陸奥「あらあら……」

 

長門「……叢雲さん、初春さん」

 

暴走しようとする金剛達を自分たちで止めるのは些か部が悪いと考えただろう。

長門は助けを求めるように叢雲と初春を呼んだ。

さん付けで呼ばれた叢雲と初春が面倒そうな顔で振り返る。

二人は古参ではあるが基本的に他の駆逐艦と同じ扱いを本人達の意思で望んで受けている為、榛名の様に大人しくて真面目な性格の娘を除いて普段は長門たちからも呼び捨て呼ばれている。

だが、そんな戦艦たちからさん付けで呼ばれる時、それは立場を明確に意識した彼女たちへの本当の意味でのヘルプだった。

 

叢雲「はぁ、仕方ないわねぇ……」

 

初春「ふふふ、ほんにの。ま、ここは図々しく先輩面をしようか、の?」

 

叢雲と初春は、駆逐艦とは思えない頼もしい雰囲気を醸しながら苦笑交じりに暴走の根源へとしっかりとした足取りで向かっていった。




最近投稿のペースが遅いですね。
寒いし、仕事忙しいし、観たい映画を纏めて劇場やDVDで消化している結果です。
本当にすいません。
冬は本当にこんな感じで動きが鈍くなります。
別に飽きたり放置決め込んでいるわけではないので、その辺は安心していただけたらと思います。

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