提督の憂鬱   作:sognathus

307 / 404
「はじめまして」

『その時』は突然訪れた。


第60話 「対面」

「……レ級」

 

提督は眉間を指で摘まみながら苦渋の表情で、当然のように執務室にいるレ級に声を掛けた。

 

「ん? なーに?」

 

「対面の時は事前に連絡する約束じゃなかったか?」

 

「連絡したじゃん」

 

「今日な。そしてその日の内に来るなんて流石に予想できるわけないだろう」

 

提督はそう言って今度はちゃんと顔をあげてレ級達を見ながら言った。

レ級はそれに対して相変わらず自分の行動を特に気にしていない様子でのほほんとしていたが、タ級がすぐ横から申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。

 

「ごめんなさい大佐。一応注意したんだけど……」

 

「姫もさっさと済ませたいって聞かなくて……」

 

「早く済んだ方がいいんじゃないの?」

 

タ級に同調してル級も謝ろうとしたが、レ級に負けないくらい能天気なヲ級は不思議そうな顔でそんな事を言う。

 

「そうだよねヲ級。皆なんでそんなに困った顔してるのかな?」

 

「んー……分かんない!」

 

「僕も!」

 

「「あはははははは」」

 

 

心から可笑しそうに無邪気に笑うレ級とヲ級を前にして、提督を守るように立ちはだかっていた赤城は顔をひきつらせながら見ていた。

 

「……」ピクピク

 

「落ち着け赤城」

 

「分かってますよ。分かってますけど、でも……」チラ

 

キャッキャッ

 

「……」イラ

 

「赤城さん落ち着いて」

 

加賀も弓に手を伸ばそうとする震える手をなんとか我慢している赤城を宥める。

壁側には長門、叢雲、初春が立っており、その様子を苦笑交じりに見守っていた。

 

「ま、今回は仕方ないだろう」

 

「はぁ……姫や鬼にも楽な戦いはした事ないのにいきなり敵の本大将だもんね。そりゃ緊張もするわよ」

 

「まぁよいではないか。今回は和解の場なのであろう? なればそう構える事もないじゃろ」

 

それぞれ落ち着いた様子で冷静な意見をする長門達に、提督はいつも通りの固い表情で油断を感じさせない声で言った。

 

「和解ができれば、な。最悪でも和睦にまで持っていかなければ本部との交渉は到底無理だろう」

 

 

「む、姫はそんなに分からず屋なんかじゃないよ! 前とは違うんだから」

 

どうやら会話が聞こえていたようだったレ級が頬を膨らませて提督の言葉に抗議する。

 

「前はそうだったのか?」

 

「ちょっとね」

 

「直ぐ怒るから怖かったよね」

 

提督の問いにヲ級とル級はあっさりと自分たちの上司を擁護する事なく、反対に下手をすれば疑心感を与えそうな事を言った。

 

「あなた達……レ級がああ言ってたんだから少しは姫をフォローしなさいよ……」

 

タ級は呆れた顔で溜め息を吐いた。

 

 

 

――それから一時間程した頃。

 

「大佐、来たよ!」

 

レ級が元気の良い声でドアを開けてその日最大にして最重要と言える不意の来訪者を連れてきた。

 

コツコツ……

 

「……レ級、こちらが?」

 

「うん! そうだよ!」

 

提督の前に静かに一人の女性が部屋に入ってきた。

女性は艶やかで長い銀髪をまるで昔の日本の姫の髪型のようにし、少し乱れた前髪から覗く切れ長の目は非常に落ち着いた光を宿していた。

深海棲艦特有の特徴的な青白い肌を包む服装は意外にもワイシャツにジーパンと言った非常にラフな格好であり、先の印象も合わせて高貴さを醸し出しながらもそれをあまり意識させない不思議な雰囲気を纏っていた。

 

「初めまして提督。それとも大佐と呼んだ方がいいのかしら? 私がこのレ級達の首領、深海棲艦日本攻撃群南方群司令の鬼姫だ。角とかは隠したから人間に見えるだろう?」

 

提督はその雰囲気に飲まれて動揺すまいと努めながら、一応平静を装って応えた。

 

「こちらこそ初めまして。本日はよく来てくださいました。私がこの基地の提督の大佐です。早速ですが南方群司令……? 深海棲艦はそんな具体的で明確な軍組織を構成していたのですか?」

 

「当たらずとも遠からずと言ったところだ。私たちに明確な指揮系統は存在しない。基本的に誰かに従うかは自由意志だ」

 

「では群司令というのは?」

 

「少なくとも日本を攻撃する仲間の群れは私を含めて大きく4つ存在する。私はその内の一つの首領のようなものだから、軍人を相手にする話をするには理解し易い肩書だと思ったのよ」

 

「なるほど。では東と西と北にも鬼姫……貴女のような者が?」

 

「ミナミ」

 

鬼姫は唐突に言った。

 

「は?」

 

「鬼姫という響きはあまり好きではないし、敬称も腹を割って話す場には相応しくなく感じる。だからミナミと呼んで欲しい。どうしてミナミなのかは解るな?」

 

「いや、流石に初体面でありますし。しかも今の段階では不戦の約定を結んだに過ぎない関係ですから……」

 

「ならん。レ級達だけ個体名で呼んで私だけそうでないというのは気に入らん」

 

「……ではおに――」

 

「は?」

 

鬼姫の目が不機嫌に赤く光る。

髪がざわつくように揺らぎ、それだけで部屋の室温がまるで灼熱にまで上昇するのではないかと思わせる程、圧倒的な威圧感をその部屋にいた者は感じた。

 

「……ミナミさん」

 

提督は危機を察知した自らの本能に即座に従い、鬼姫の要求を飲んだ。

 

「あ、それと言葉遣いは敬語じゃなくていい。なんかレ級達と違って差別されているようで嫌だ。私ももう少し話し方を柔らかくするから。あと、さん、もいらない」

 

「……」

 

「分かった?」

 

「……分かった、ミナミ」

 

「よし。それで? ああ、他の首領についてだったわね」

 

「……ああ」

 

「いる、とは思う。だけど実際に会った事はないからね。断言はできない」

 

「? 会った事はないのにどうして仲間の群れについて知っているんだ?」

 

「うちには流れ者、元々別の所にいた子も結構いるの。その子たちから話を聞いてきた結果、他にも大きな群れがさっき言った通り3つある事が判ったのよ」

 

「そうか。ではあn……ミナミの群団の規模についてだが……」

 

「……総力で動けば国一つ動かすことになる規模だとは思うけど、それでも他の首領には会った事がないからな。他の群れの規模を知らない以上明確にどれ程のものかは答えるのは難しい」

 

「……なるほど」

 

「言っておくけど別に庇いだてはしてないからね? 本当に知らないのよ」

 

「……分かった。実際に本部の面々に顔合わせしてもらう前に確認しておきたかった事は以上だ」

 

「そう。じゃあ次は個人的、か?」

 

ここまで提督の一挙手一投足をまるで品定めをするかのように面白そうに眺めていた鬼姫は、彼の心の裡を見透かしたかの如く薄く笑いながらそう訊いた。

提督はそれに対して主導権を握られている事を悔しく思いながらも、確信を突いてきた鬼姫の視線から目を逸らすことなく落ち着いて肯定した。

 

「そうだな……。何故急に和平を結ぼうと?」

 

「疲れたのよ」

 

「え?」

 

あまりにも短い答えに提督は虚を突かれた顔をする。

 

「疲れたんだ。もう、何かを憎みながら戦うのは」

 

「……憎み、か」

 

提督は鬼姫の言葉に何かを察したようだった。

彼は深刻に何かを考えている表情になると、顔の前で手を組んだ。

 

「大佐たちはもう何となく察しがついているかもしれないけど、私たちは元艦娘よ」

 

「……」

 

提督の周りの艦娘達が息を飲む様子が伝わったが、誰一人としてその事実に動揺する者は出なかった。

ここもやはり鬼姫の言う通り、知らされずともとも無意識にその答えに辿り着いている者が何人かいるようであった。

 

「戦いで沈んだ艦娘がどうして私たちのような存在になるのかは解らないが、生前に軍や司令に対して憎しみや悲しみと言った深い負の感情を持っていた者ほど変わり易いのは確かだ」

 

「負の……」チラッ

 

鬼姫の言葉聞いて提督は無意識に直ぐ近くにいた気になる存在をチラリと見た。

それに対してレ級は何故提督がこちらを見てきたのか解らず不思議そうな顔をし、ル級は反対に恥ずかしそうに眼を逸らした。

 

「え? なに?」キョトン

 

「きゃっ。な、なに?」(見つめられちゃった)ポッ

 

そしてヲ級とタ級に至っては……。

 

「えっちー♪」

 

「ヲ級!」

 

 

「……」

 

その負の感情とはあまりにも遠いものを感じさせるレ級達を見て、何とも言えないと言った顔でその様子を見つめる提督に、鬼姫は面白そうに笑いながら言った。

 

「……あぁ、あいつらの事は私もよく分からない。何しろ初めて会った時からあんな感じだったからね。まぁ恐らくそういった感情以外にもどうしても成就したい目的があったりすると変わるのかもね」

 

「なるほど……。因みに何故疲れたのか訊いていいか?」

 

「あいつらの所為」

 

鬼姫はにべもなく即答した。

 

「……」(やはりか)

 

「その顔、予想は着いているみたいね。そう、レ級達よ」

 

「え? 僕達?」

 

「あなた、自分で姫にいろいろ頼んでたの忘れたの?」

 

ヲ級を叱っていたタ級が今回のこの機会を作った立役者だるにも関わらず、自覚が全くない顔をするレ級に呆れながら言った。

 

「タ級、それはちょっと違う。確かにそれもあるけど、一番の理由は普段からお前達の姿を見ていたからよ」

 

「え?」

 

「わたし達?」

 

ル級とヲ級も不思議そうな顔をする。

 

「そうよ。大多数の仲間が人間、特に海軍に強い敵意を持っていたのに対してレ級達は何故か最初からそういったものを全く持っていなかった」

 

「ああー」

 

レ級が鬼姫の言いたい事を理解したらしく、軽く手をポンと叩く。

 

「だというのにいざ行動するとなるとこいつらは全く迷いがなく、何かこう仕事と割り切って淡々とこなしていた様子が他の子たちは明らかに違う気がしてたの」

 

「ねぇ、それって褒めてくれてるの?」

 

ヲ級が期待するような目で鬼姫を見る。

 

「ん? まぁ少なくとも今日こうして私がここに来るまでに至ったのは、あなた達のおかげだとは思っている」

 

「そっか。えへへ、なんか嬉しいなぁ♪」

 

「……」

 

「変わった奴でしょう?」

 

「確かに。反論する気は起らないな」

 

「それから私はレ級達が元々海軍本部の、しかもまだ生きている提督の配下だったかもしれないという事を聞いて。しかも、やっぱりその人間に対して全く負の感情を見せない事に……。何て言ったらいいのかしら、可能性のようなものを感じたのよ」

 

「なるほど」

 

「曖昧だけどこれが今日ここに来る決断に至った動機よ」

 

「分かった。流石にいきなり納得はできないが南の言いたい事は何となく理解できたよ」

 

「そう。堅物そうな顔してるのに意外に柔軟なのね」

 

「ふっ、よく言われる」

 

「それじゃ、一応これで和解成立という事でいいのかしら?」

 

「少なくとも今の時点ではこの基地のみという範囲に限られるが、実際に成立するとどうなる?」

 

「取り敢えず今の時点から私の一派は全て生息する海域での敵対行為を停止し、危害を加えられない限り静観に徹する。残念ながら大佐の基地は私が幅を利かせている海域じゃないからその恩恵には預かれないけどね」

 

「いや、十分だ。それだけで直ぐに本部は先ず異変に気付くだろう」

 

「それを本番への足掛かりに?」

 

「そういう事だ」

 

「分かったわ。じゃあこれ以降の段取りについては大佐に任せる。私の出番が必要なときはまた適当にレ級達に言って」

 

「言ってよ!」

 

「言ってね!」

 

「い、い……!」

 

「ル級、無理しないの」

 

「……了解した。では」スッ

 

鬼姫は提督が差し出してきた手を最初不思議そうに見ていたが、その意図を理解すると初めて温かい笑顔を彼に向けてその手を握った。

 

「……ふふ、頼んだわよ」




提督と深海棲艦の和解の話でした。
新しい部を始めるに当たり、そろそろ回収しておかなければいけないネタだと思ったので、急遽ラスト一歩手前に入れる一歩手前に入れることにしました。

最後の話は提督が一時的な帰国に当たって誰を連れて行くかというものになる予定です。

……どうでもいい事ですが、プリンツを改造する為に無理やり5-4に通い続けてレベリングをした結果、弾薬がまたエライことに……。
古鷹申し訳ない、改二はもう少し待ってね……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。